午前六時、まだ眠気の残る空気の中、ドアが開く乾いた音が響いた。
「おはよー……」
のっそりと姿を現した陽に、先に起きていた義宗が声を返す。
「おう、どうした?」
「スマホの充電器忘れたんだよ」
「あぁ、これか」
義宗の手元では、陽の忘れ物がしっかりとスマートフォンに命を吹き込んでいた。
「あ、充電してていいよ。それより義宗たち、休みはいつなんだ?」
ふと思い出したように尋ねた陽に、義宗は少し顔をしかめて答えた。
「明日の予定なんだけどさ……。依頼を受けるかどうか、返事をうやむやにしてる客が二人いて。どうも明日も休めない気がしてきたんだ」
「なんでだよ。受付くらい、俺らに任せればいいじゃんか」
陽の提案に対し、義宗は無言で冷蔵庫を指さした。そこに貼られた一枚のシフト表。陽が歩み寄ってその内容を確認した瞬間、思わず変な声が漏れた。
「え……明日、二人だけかよ! 俺と大地か……」
「そうなんだ。しかも、大地はもう明日の依頼が決まってるから、そっちに専念してもらわなきゃならないしな」
人手不足の現実に、陽は明日への不安を隠せない。
その時、再びドアが開いた。
「あ、陽さんおはようございます♪」
買い物帰りの里奈が、弾んだ声で入ってきた。
「やほー」
「今、美味しいコーヒー豆を買ってきたので淹れますね。澪さんは?」
「ありがとう。澪なら、今は俺のポケットの中で寝てるよ」
陽が自分のポケットを軽く叩くと、里奈は愛おしそうに目を細めた。
「ふふ、じゃあ起きたら淹れますね」
「よろしく!」
里奈は軽やかな足取りでキッチンへ向かい、朝の静かな空間にコーヒーの香りが広がり始めた。
「まぁ、明日はせめて里奈だけでも休ませてやりたいんだがな」
義宗が溢した本音に、陽は迷いなく言葉を返した。
「受付も依頼も、明日は全部俺が引き受けるよ。お前らもたまには休めよ」
「んー……マジか?」
思わぬ申し出に、義宗が半信半疑といった様子で顔を覗き込む。
「おう。気休めにでも、二人でどこか出かけてこいって」
「……わかった。明日、任せるわ」
「任せろ」
二人の間で男の約束が交わされたところへ、里奈が湯気の立つカップを運んできた。
「何をお話ししてるんですか?」
芳醇な香りがテーブルに広がる。
「ありがとう」
陽が礼を言ってカップを受け取ると、里奈は「いえいえ」と控えめに微笑んだ。
「里奈、明日どこか行くか」
義宗の唐突な誘いに、里奈は驚いて目を丸くした。
「えっ、お仕事は大丈夫なんですか?」
「おう。頼もしい同僚が頑張ってくれるらしいからな」
「陽さん……ありがとうございます!」
パッと顔を輝かせる里奈に、陽は軽く手を振ってみせる。
「大丈夫、大丈夫。どうしても分からないことがあったら連絡するけど、なるべく自力でやるからさ」
「おう、何回でも電話してくれ」
「合点承知!」
陽は頼もしく頷くと、温かいコーヒーを一気に飲み干した。
結局、最後まで澪はポケットの中で眠ったまま。陽は静かな寝息を連れて買い物を済ませると、明日への活力を胸に、ゆっくりと帰路についた。