※この作品はR-18です。

護り人   作:倉羅

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凍える夜の別れと、春待つ約束

 

 

「誰にでもミスはある、気にしなさんな」

 

 

澪はいつの間にか、見慣れた元の姿へと戻っていた。先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら、彼女の周りにはいつも通りの穏やかな時間が流れている。

 

 

「いやー……あれ外すかなぁ……」

 

 

対照的に、陽は自分の失態を悔やむように項垂れた。絶対の自信があったはずの狙いが、あえなく空を切った。その感触がまだ右手に重く残っている。

 

 

「風が強かったり、たまたま何かの拍子で狙いがズレただけよ」

 

 

慰めるような澪の声も、今の陽には届かない。

 

 

「……」

 

 

沈黙を破ったのは、陽のポケットで震えるスマートフォンの着信音だった。

 

 

「……おう」

 

『ハァ……ハァ……お前んちで少し休んでも良いか? 走りすぎて死にそう』

 

 

電話の向こうからは、今にも事切れそうな義宗の荒い息遣いが聞こえてくる。

 

 

「良いよー」

 

『今から向か……ゲホッ……』

 

『大丈夫ですか?』

 

 

背後から里奈の心配そうな声が混じり、通話は途切れた。

 

 

「義宗、死にそうだった」

 

「やられたの?」

 

 

陽の報告に、澪が不思議そうに小首をかしげる。

 

 

「いや、走りすぎて」

 

「ほんと体力無いわねー」

 

「ははは……」

 

 

それから間もなくして、玄関のチャイムが鳴った。澪がドアを開けると、そこには案の定、精根尽き果てた様子の義宗が立っていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「あぁぁ疲れたぁあぁ」

 

「里奈は息一つも上がってないじゃない、情け無いわねー」

 

 

涼しい顔をしている里奈と、幽霊のように青白い義宗。その対照的な姿に、澪は容赦ない言葉を投げかける。

 

 

「本当だな。澪、今度ジム行こうぜ」

 

「私がルームランナーになってあげるわよ」

 

「なるほどそりゃあ良い」

 

 

軽口を叩く義宗を、陽が冷ややかな目で見つめた。

 

「死ぬぞ」

 

「?」

 

 

義宗が首を傾げる横で、澪は心外そうに唇を尖らせる。

 

 

「何よ失礼ねー、そういう悪戯するのは陽だけよー」

 

「悪戯というか、殺しに来てたろ……」

 

「ふっふー」

 

 

楽しげに笑う澪の様子を見て、義宗が興味深そうに尋ねた。

 

 

「何されたんだ?」

 

「陽が運動にハマってた時期があったのよ。それに私も一肌脱ごうと思って、ルームランナーに変身してあげたの」

 

「ほう」

 

「まぁ最初は良かったんだ、だけどある日にいつも通りルームランナーで走ってたら、澪が退屈って言い出したんだ。そしたらスピードを急に上げやがって……」

 

 

陽は、今も消えずに残っている唇の傷痕を、そっと指でなぞった。

 

 

「うわーこえー……」

 

 

義宗が心底恐縮したように声を漏らした。語られた凄絶な記憶に、背筋を凍らせているようだ。

 

 

「それで出来た傷痕だったのですね」

 

 

里奈が納得したように頷き、慈しむような視線を送る。向けられた陽は、当時の感覚を思い出したのか、少しだけ目を細めた。

 

 

「痛かったなぁ……」

 

「……悪かったわよ」

 

 

ぼそりと、バツが悪そうに澪が口を開く。その横顔には珍しく殊勝な色が浮かんでいた。

 

 

「ふふ、何だかんだでその時は澪も焦ってたよな。焦ってる澪、初めて見たよ」

 

 

茶化すように笑いながら、陽はその手を伸ばして澪の頭を優しく撫でる。

 

 

「……チッ」

 

 

澪は忌々しそうに舌打ちをしたが、その手を振り払うことはしなかった。

 

 

「仲良いな。よし、そろそろ帰るか」

 

 

二人の様子を微笑ましく眺めていた義宗が、区切りをつけるように腰を上げた。

 

 

「はい♪」

 

「もう帰るのか?」

 

「おう、お前らのイチャイチャタイムを邪魔しちゃ悪いからな」

 

「いやいやいや……」

 

 

慌てて否定する言葉を、義宗は快活な笑い声で遮る。

 

 

「ははは、まぁそれは冗談として、これからちょっと用事があるのさ」

 

「明日は宜しくお願い致します」

 

 

里奈が丁寧にお辞儀をすると、澪は頼もしげに胸を張った。

 

 

「任せなさい」

 

 

夜の冷気が入り込む玄関先まで、二人を見送るために外へ出る。義宗と里奈の背中は、やがて深い暗闇の中へと消えていった。

 

 

「明日はどこに行くのかしらね」

 

 

隣に立つ澪が、夜空を見上げながらポツリと呟く。

 

「んー……、食べ歩きとか?」

 

「へー、良いわね」

 

 

弾んだその声を聞いて、陽はふと思いついた提案を口にする。

 

 

「俺等も今度、箱根とかそこら辺で食べ歩きするか」

 

「さんせー」

 

 

二人の意見が一致したところで、夜風の冷たさが肌に刺した。

 

 

「寒いな……」

 

 

どちらからともなく足早になり、二人は温もりの残る家の中へと、そそくさと戻っていった。

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