※この作品はR-18です。

護り人   作:倉羅

4 / 17
束の間の静寂と、朝の予感

 

 

「てか、お前は現場に行ったのか?」

 

 

勇也が投げかけた問いに、陽はどこか他人事のように「行ったよなー」と頷いた。その曖昧な返答を補ったのは、隣にいた澪の冷静な言葉だった。

 

 

「行った時には既に捕まってたから、そのまま帰ったのよ」

 

「なーる」

 

 

勇也は納得したように首を鳴らす。一段落ついたところで、今度は京子が義宗へと視線を向けた。

 

 

「次の依頼はもう貰ってるの?」

 

「あぁ、貰ってるぞ。明日の朝八時に庭掃除の依頼だ」

 

「庭掃除かー……」

 

 

勇也が、隣に座る陽のことをチラチラと盗み見てくる。その視線に含まれた意図を察し、陽は観念したように息を吐いた。

 

「はいはい、俺たちが行ってきますよ」

 

「さすがー、話が早い!」

 

 

おどける勇也を余所に、澪は実務的な詳細を確認する。

 

 

「場所は?」

 

「小町駅から少し歩いた所なのですけど、駅に着き次第、私がサポートします」

 

 

里奈の頼もしい言葉に、澪は「なら心配ないわね」と小さく頷いた。

二十分後。

事務所のソファには、微かな寝息が漏れていた。

 

 

「爆睡だな」

 

 

勇也が呆れたように、しかしどこか楽しげに呟く。京子もその様子を見て「気持ち良さそうね」と頬を緩めた。

陽はよほど疲れが溜まっていたのか、深い眠りに落ちている。

 

 

「まぁ、明日のための体力温存だな。もし起きなければ事務所に泊まるか? 鍵を渡しとくが」

 

 

義宗の提案に、澪は静かに首を振った。

 

 

「解散する時に起こすから大丈夫よ」

 

「そうか」

 

 

義宗は短く応じると、眠る陽を気遣うように、それ以上深くは追求しなかった。

窓の外では、明日という一日の足音が、少しずつ近づいてきているようだった。

 

 

「……」

 

 

澪は、吸い込まれるような沈黙の中で、ただじっと陽の顔を見つめていた。その視線の熱に気づいた京子が、小首をかしげて問いかける。

 

 

「どうしたの? ずっと陽を見て」

 

「……赤子の時から、この寝顔だけは変わらんね」

 

 

澪の慈しむような呟きに、傍らにいた勇也と義宗が興味深げに身を乗り出した。

 

 

「なぁ澪さん、コイツが小さい時はどんな奴だったんだ?」

 

「俺も気になる。伝説の妖怪にそこまで言わせる陽の幼少期というやつをな」

 

 

義宗が冗談めかして言うと、澪はどこか遠くを見るような目で微笑んだ。

 

 

「バカなだけだったかもしれないけれど……とりあえず、不思議な子だったわ」

 

 

そんな穏やかな空気の中、里奈がふと、以前から抱いていた疑問を口にする。

 

 

「あの、澪さんって本当に昔は凶悪だったんですか? 陽さんと友達になった時から、そんな風には見えませんでしたけど……。」

 

「私らもそう。全然イメージ湧かないよね」

 

 

京子の言葉に、勇也も「ああ」と深く頷いた。

 

 

「だが、澪は『白面金毛九尾の狐』なんだろう? まあ、

その立派な尻尾を見れば、格の違いは納得できるがな」

 

 

義宗が指摘すると、京子は「はくめんこんもー……きゅーび?」と不思議そうに言葉をなぞった。

 

 

「最強クラスの妖怪のことだ」

 

「……そうなの?」

 

 

目を丸くする京子を余所に、澪はふわりと尾を揺らし、はぐらかすように笑った。

 

 

「和尚が勝手に言っていただけよ。信じなくていいわ」

 

 

澪は話題を変えるように、少女たちへ視線を移した。

 

 

「それより、京子と里奈。あなたたちも、小さい時の彼らのことを教えてよ」

 

「あたしはね、気がついたら和尚さんに呼び出されてて。目の前にいたのが、まだ真っ赤な赤ん坊の勇也だったの」

 

「私も同じです。生まれたばかりの彼を見た瞬間、守ってあげなきゃって強い使命感に駆られて……。今では逆に、守られてばかりですけど」

 

 

里奈が照れくさそうに微笑むと、澪の表情が柔らかく緩んだ。

 

 

「お互いを気遣い合えるなら、それが一番じゃない」

 

「そうよ、仲良しが一番なんだから!」

 

 

賑やかな笑い声が響く中、澪はふと、静かな声で核心を突く問いを投げかけた。

 

 

「……ちなみに二人とも、和尚に呼ばれる前の記憶はあるの?」

 

「いえ、無いですね」

 

「無いわ」

 

 

迷いのない二人の答えを聞き、澪は短く「そう」とだけ返した。

 

 

(……やはり、記憶があるのは私だけか)

 

 

記憶の糸は、二十年以上前の夜へと遡る。

午後十一時二十三分。深夜の産婦人科の一室。

 

 

「男の子ですよ!」

 

 

医師の弾んだ声と、世界を震わせるような産声が響き渡った。

 

 

「ハァ……ハァ……。可愛い……」

 

 

体力を使い果たし、脂汗を浮かべながらも、母・真理子は愛おしそうに我が子を見つめる。

 

 

「頑張ったな、真理子!」

 

「あなた……早く、護り人を……」

 

 

切迫した真理子の願いを受け、部屋の隅で静かに時を待っていた和尚が一歩前へ出た。

 

 

「こちらで呼び出しましょう」

 

「……お願いします」

 

 

父・大輔が深く頭を下げる。

和尚は床に、この世のものとは思えない独特な紋様の陣を刻み、静かに印を結んだ。

唇から漏れ出す祝詞は、現世と隠世の境界を揺らしていく。

それは、ひとつの命にひとつの影が寄り添う、「守護」という名の契約が結ばれた瞬間の記憶だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。