※この作品はR-18です。

護り人   作:倉羅

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団欒の余韻と、寝室への足音

 

 

「……名は?」

 

 

澪が静かに問いかけると、絶望の淵にいた陽の父母は、呆然と顔を見合わせた。

 

 

「子の名は、決まっているの?」

 

「……陽(はる)です」

 

 

父・大輔が震える声で答える。澪はその名を一度、心の中で反芻するように繰り返した。

 

 

「陽か。……気が変わった。私がこの赤子の護り人になろう」

 

「なっ……!」

 

 

驚愕に目を見開く大輔。だが、その場にいた和尚が激昂し、声を荒げた。

 

 

「ふざけるな! 貴様のような妖怪が、人の世で暮らすなど断じて許さん!」

 

「そう。なら、まずは貴方から殺してあげる」

 

 

澪の瞳に冷徹な殺意が宿る。不穏な空気が膨れ上がろうとしたその時、赤子の陽が「えへー」と無邪気に笑った。その屈託のない声に毒気を抜かれたのか、和尚は苦渋に満ちた表情で拳を握りしめる。

 

 

「……いいだろう。だがこの子に何かしてみろ。その瞬間、貴様を地獄へ叩き落としてやる」

 

「はっ、お前ごときに何ができるというの」

 

 

鼻で笑い飛ばし、澪は陽の小さな手を握り返した。それが、長く奇妙な「暇潰し」の始まりだった。

 

 

【二歳:小さなしっぺ返し】

 

 

「みょんー!」

 

 

よちよち歩きの陽が、一輪のたんぽぽを差し出してきた。「ぽぽ、はいっ!」という愛らしい献上。澪は無表情のまま、その黄色い花を見つめ……。

 

 

パクッ。

 

 

迷わず口に放り込み、咀嚼した。

 

 

「ハッ……!」

 

 

陽は絶望に顔を白くさせ、数秒の沈黙の後、大粒の涙をこぼした。

 

 

「た……たべたったぁぁ……!」

 

 

泣きじゃくる幼子を横目に、澪は平然とモグモグと咀嚼を続けていた。

 

 

【七歳:お菓子の乱】

 

 

「それ俺のお菓子だろー! 返せよ!」

 

 

成長した陽が、澪の手元にある袋を奪おうと必死に手を伸ばす。しかし、澪はひらりと身をかわし、涼しい顔で中身を口に運んだ。

 

 

「早い者勝ちよ。文句があるなら私より早く動くことね」

 

「ばか澪! 意地悪!」

 

 

涙目になって怒る陽に対し、澪はツーンとよそ見を決め込む。そんな子供じみた喧嘩が、彼らの日常になっていた。

 

 

【十四歳:歩み寄る夜】

 

 

「澪、コンビニ行ってくる」

 

 

声変わりが始まった陽が上着を羽織る。

 

 

「私も行く」

 

 

当然のように立ち上がる澪に、陽は少しだけ照れくさそうに笑った。

 

 

「じゃあ、澪の好きなおでん買おっか」

 

「……ええ、そうね」

 

 

かつて赤子の首を絞めようとした爪は、今では温かいカップを支えるためにあった。

 

 

【十七歳:冬空の下で】

 

 

「陽ー」

 

 

澪が、部屋でくつろぐ陽を呼ぶ。

 

 

「んー? 何?」

 

「近くに、屋台のおでん屋が来てるんですって。行きましょう?」

 

「えー、外寒いよ。せっかくコタツ入ってんのに」

 

 

陽は面倒そうに顔を伏せるが、澪は引かなかった。

 

 

「いいじゃない、今日くらい。……ね?」

 

 

珍しく少しだけ甘えるような、あるいは懐かしむような彼女の声に、陽は溜息をつきながら立ち上がった。

 

 

「……ま、おでん食うくらいならいいか。」

 

「ふふ、決まりね」

 

 

寒空の下、肩を並べて歩く二人の影。

かつて花を食べられて泣いていた少年と、それを冷たく見下ろしていた化物は、今や冬の匂いの中に同じ温もりを探していた。

 

 

「ざっと言うと、こんな感じで丸め込まれたのよ」

 

 

澪がいたずらっぽく話を締めくくると、聞き入っていた義宗が感心したように頷いた。

 

 

「なるほどな……そんな歴史があったのか」

 

「陽って、本当に誰とでも仲良くなれるよな」

 

 

勇也が笑うと、里奈も「そうですね」と優しく同意する。仲間たちの談笑が心地よい子守唄になったのか、陽はこたつの中で小さく身をよじらせた。

 

 

「陽、そんなところで寝たら風邪を引くわよ」

 

「……ん、あぁ。ごめん」

 

 

澪に揺り動かされ、陽は眠い目をこすりながら起き上がる。

 

 

「帰る?」

 

「そうするか」

 

「よし、じゃあ片付けて解散にするか!」

 

 

義宗の号令で、賑やかだった鍋の跡を片付け、一行はそれぞれ帰路についた。

 

 

午後十一時二分。

 

 

自宅の玄関を開けると、使い慣れた家の匂いが二人を迎えた。

 

 

「澪、先にお風呂入っちゃいなよ」

 

「えぇ」

 

 

澪が浴室へ向かった後、陽も一息ついてから湯を浴びる。お互いにさっぱりした後は、自然とこたつに並んで座り、深夜のテレビをぼーっと眺める時間が流れた。

 

 

「なぁ」

 

「んー?」

 

 

陽がふと思い出したように、隣の澪へ視線を向ける。

 

 

「俺が事務所で寝てたとき、みんなと何の話をしてたんだ?」

 

「小さい頃の、あんたの話をしていたの」

 

「俺の?」

 

「ええ、そうよ」

 

「ほー……」

 

 

自分の知らないところで語られていた幼少期に、陽は少し照れくさそうな、それでいて不思議な感覚を覚える。

 

 

「ん~っ! さて、そろそろ寝るわ」

 

「俺も寝る」

 

 

澪が大きく伸びをして立ち上がると、陽もそれに続いた。テレビの明かりを消し、静まり返った部屋で歯を磨く。二人の一日を締めくくる儀式を終え、並んで寝室へと向かった。

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