深夜の静寂に包まれた部屋で、デジタル時計の数字がAM 12:42を刻んでいた。
「明日、何時なの?」
隣で澪が、眠たげな声を絞り出すように尋ねた。その問いに、陽は記憶を辿りながら「えっとな……」と言葉を濁す。
「……聞いてないわ」
「えー……」
澪の不満げな吐息が、薄暗い部屋に小さく響く。
「電話するか」
陽は観念したようにスマートフォンを手に取り、発信ボタンを押した。
静かな室内に、無機質な呼び出し音が鳴り響く。数回のコールの後、相手が受話器を上げた。
『おう』
「ごめん、義宗。寝てた?」
『いや、まだ仕事してる』
受話器の向こうから聞こえる義宗の声には、深夜にもかかわらず、仕事への熱量が滲んでいた。
「……事務所で?」
『あぁ、ちょっと気にかかる事があってな』
「大丈夫か?」
『大丈夫だすぐ終わる。んで、何か用か?』
義宗の言葉は簡潔だ。陽は本題を切り出した。
「あぁそうそう、明日何時に行けば良いん?」
『あれ、明日8時で良いんだよな?』
義宗が隣にいる人物に確認するように問いかけると、少し遠くから里奈の落ち着いた声が入り込んできた。
『陽さん達ですか? 陽さん達は8時です』
『……だそうだ。8時だ』
「りょーかい」
用件が済み、通話を切ろうとしたその時、再び里奈の声が響いた。
『あ、少しだけ澪さんに代わって頂けますか?』
『あぁ。陽、澪に代わってくれってよ』
「おう。澪、代わってだって」
「私は眠いのだー……」
「まぁそう言うな。里奈ちゃん、ちょっと待ってねー」
苦笑いしながら、陽は渋る澪の手に、温かくなったスマートフォンをそっと預けた。
「もしもしー」
陽から受け取ったスマートフォン越しに、澪が間の抜けた声を出す。
すると、受話器の向こうからは里奈の弾んだ声が聞こえてきた。
「澪さん、あのねあのね」
そこからは、最近オープンした話題のスイーツ店や、流行のカフェの話に花が咲き始めた。深夜の静寂を塗りつぶすように、二人の会話は熱を帯びていく。
「先に寝るぞー」
陽が声をかけても、澪は「そうそう、あそこも美味しかったわぁ」と頷くだけで、すっかり夢中だ。
やがて、澪から手で「OK」とサインが出されるのを確認すると、陽は一人、先に布団へと潜り込んだ。
……。
………。
ふと意識が浮上した。
枕元の時計に目を向けると、数字はAM 3:12を指している。
「……まだ起きてんのか?」
居間の方から、漏れ出す明かりが目に入った。
陽が体を起こし、襖を引く。
「みーおー、明日起きれなくなるぞー」
「あら」
声をかけると、そこにいたのは澪だけではなかった。
「ごめんなさい、お邪魔してます……」
「え。あれ、里奈ちゃんいらっしゃい」
意外な来客に、陽は目を丸くした。
「すみません、夜分遅くに」
「気にしないで、今ココア淹れてあげる」
「あ、私も手伝います」
「大丈夫だよー」
キッチンへと向かう陽の後を、里奈が静かについてくる。
「ありがとう」
「いえいえ、寝ててください。私も今回の任務、付き合います」
「大丈夫だよ、命を張るような任務じゃないしな」
陽が軽く笑い飛ばそうとすると、里奈は真剣な表情を崩さなかった。
「義宗さんから聞くと、そこは豪邸で大変らしいんです」
里奈の言葉に、陽は手を止めた。
マジか。まあ、依頼主は大抵金持ちだ。薄々察してはいたが、改めて言われると身が引き締まる。
「んー、義宗はこないのか?」
「事務所の仕事を片付けるみたいです」
「そうか。まあ、疲れたらすぐに帰りな? 義宗も心配してるだろうから」
「わかりました」
深夜のキッチンにココアの甘い香りが広がり、明日から始まる騒がしい日々の予感を包み込んでいった。