部屋に戻ると、そこにはこたつの温もりに負けて、幸せそうに寝息を立てる澪の姿があった。
「あ、ココア……どうしましょう」
里奈ちゃんが困ったように、用意していたカップを見つめる。
「俺が飲むよ。ココア、好きなんだ」
「そうなのですか?」
そう言って、彼女はふわりと花が咲くような微笑みを浮かべた。
俺は温かいココアを一口啜り、気になっていたことを切り出してみる。
「……さっき、俺の小さい頃の話をしてたんだって?」
「そうですよ。澪さん、本当に嬉しそうに話してくれました」
「そ、そうなんだ……」
自分の知らないところで、護り人である澪が俺のことを語っていた。照れくささと、ほんの少しの気恥ずかしさが混ざり合い、顔が熱くなるのを感じる。
他愛もない会話を重ね、温かい飲み物が体に馴染んでいくうちに、心地よい沈黙が二人の間に流れた。ふと里奈ちゃんを見ると、その瞳は今にも閉じそうなほど潤んでいる。
「少しだけでも、寝よっか」
「そう、ですね……」
「里奈ちゃん、目がとろーんってしてるし」
俺が茶化すように微笑むと、彼女はハッとしたように顔を赤らめた。
「はっ……すみません、少しだけ……眠くなってしまいました……」
恥ずかしそうに俯く彼女の仕草に、胸の鼓動が少しだけ早まる。
俺と里奈ちゃんは、残り少なくなったココアを飲み干すと、こたつの魔力に身を任せ、束の間の微睡みの中へと落ちていった。
午前6時32分。
意識の底からふわりと浮上するように、陽は目を覚ました。これ以上まどろみに身を任せれば、今日一日の予定が瓦解する。そう直感した彼は、重い腰を上げて台所へと向かった。静まり返った空気の中で、手早く朝食の準備を始める。
午前6時54分。
「すみません、寝過ぎてしまいましたぁ……」
背後から聞こえてきたのは、申し訳なさそうな里奈の声だった。
「おはよう。今作ってるから、おこたで温まってて!」
陽が振り返ると、そこにはまだ夢の断片を引きずっているような、とろんとした表情の里奈が立っていた。朝にはめっぽう弱いらしい。
「ありがとうございますぅ……」
彼女は吸い込まれるように炬燵へと消えていった。
午前7時02分。
よく寝る狐さんもそろそろ起こす時間だ。
「みーおー! 朝だよー!」
「スゥー……」
返ってくるのは規則正しい寝息だけ。だが、長年の付き合いが陽に真実を告げていた。
(……起きてるな)
二度寝の誘惑に負け、あえて「起きていないフリ」を決め込んでいる。その証拠に、睫毛がわずかに震えていた。陽は隣でウトウトしている里奈に視線をやる。彼女はこちらを見ていない。
陽はいたずらっぽく口角を上げると、無防備な澪の耳元へ顔を寄せた。
「……」
カミッ……
「みゃぁっ!!!?///」
「へっ!?」
静かな朝の空気が、澪の悲鳴で一変する。敏感な耳を甘噛みされた彼女は、弾かれたように飛び起きた。
「ど、どどうしました!? 汗」
突然の事態に、里奈の眠気も一気に吹き飛んだようだ。
「貴様……っ!///」
顔を真っ赤にして睨んでくる澪に対し、陽は涼しい顔で言い放つ。
「寝たフリする澪が悪いんだよ。さぁ里奈ちゃん、食べようか」
「あ、はい……。すみません、ごちそうになっちゃって……」
釈然としない空気のまま、里奈は恐縮しながら箸を手にする。一方の澪は、一言も発さなかった。
気まずい朝食をなんとか終え、一行は本日の依頼現場へと足を踏み出した。