「ここですね」
里奈が足を止めた先には、圧倒されるほど巨大な門がそびえ立っていた。見上げるような石壁の威圧感に、陽は思わず声を漏らす。
「うわ、でかっ……」
呼び出しのチャイムを鳴らすと、間を置かずインターホン越しに快活な声が返ってきた。
『はい』
「よろず屋の鏡音です」
『あぁはいはい! どうぞ中へ!』
重厚な門がゆっくりと開かれ、一行を邸宅へと招き入れる。しかし、陽の背中を流れる汗は止まらない。隣を歩く澪から放たれる空気が、今は刃物のように鋭く研ぎ澄まされていた。
「……澪?」
「なに」
陽が恐る恐る声をかける。いつもなら包み込むような余裕を見せる彼女の瞳には、今は一欠片の温度も宿っていない。
「悪かったよ。いつもは怒らないのに、なんで今日はそんなに不機嫌なんだ?」
「怒ってないわよ」
短く、突き放すような拒絶。余計な言葉を一切許さないその響きに、陽はそれ以上言葉を続けることができなかった。板挟みになった里奈は、冷や汗を流しながら二人を交互に見つめる。
「……? 汗」
「あぁ、里奈ちゃんごめんね」
「い、いえ……」
「里奈、行くわよ」
澪は陽を見ようともせず、里奈を促して歩き出した。
その後始まった作業は難航を極め、時計の針は無情にも正午を指していた。
「陽さん、朝から休憩無しなのですから、少し休んでください」
里奈の気遣いに、陽は強がって笑みを浮かべて見せる。
「大丈夫だよ、これくらい!」
「休め。」
澪の声が低く、重く響いた。感情を押し殺したようなその響きには、逆らうことを本能が拒否するほどの重圧がある。
「……は、はい」
(怒ってる時の澪は、マジでおっかないな……)
陽は大人しく引き下がり、主人が用意してくれた椅子に腰を下ろして温かい紅茶を啜る。
「なに女子に任せて休んでんだよ」
「手伝いに来ました」
不意に聞き慣れた声が響き、陽は弾かれたように顔を上げた。
「おー! 大地と蓮華!」
そこに立っていたのは、屈強な体格に似合わず甘いものを好む気さくな堀口(ほりぐち)大地(だいち)と、一行の命を繋ぎ止めてきた専属医師、織部(おりべ)蓮華(れんげ)だった。彼女の腕がなければ、自分たちは何度死に直面した事か。優秀な医師の登場は、停滞していた空気を一気に塗り替えていった。
「陽さんは朝から休まずずっと作業してたので、休ませてるんです」
里奈がそう言って気遣ってくれたタイミングで、大地が顔を出した。
「なるほど。三人とも休んでな、これは義宗からの差し入れだ」
手渡された袋の中を覗くと、そこには美味しそうな弁当が入っていた。
「ありがたやー!」
「……じゃあ、少し休みましょうか」
「そうね」
里奈と澪の言葉に甘えて、俺たちは一息つくことにした。義宗からの差し入れでしっかりとエネルギーを補給したおかげで、その後の作業は驚くほど捗り、午後3時には全ての仕事を終わらせることができた。
「それでは、私は事務所に戻りますね」
里奈が丁寧に会釈をしてその場を離れる。
「蓮華、俺らも事務所行くか」
「うん」
大地が蓮華を促し、ふとこちらを振り返った。
「陽たちはどうする?」
「……」
俺は隣にいる澪の顔をじっと見つめる。
「んー……すまん、今日は帰るわ。次の仕事が決まったら連絡してくれ」
「ほう、珍しいな。了解したー」
仲間たちと別れ、俺は澪と二人きりで静かな帰り道を歩き出した。
「疲れたなー」
「そうね」
「寒くない?」
「寒くない」
些細な会話で彼女の様子を窺うが、やはり機嫌が悪そうだ。
「あぁ、夕飯買わないと。そこ寄って良い?」
「家にあるもので良いじゃない」
「まぁそう言わずに」
嫌そうな顔をする彼女の背中を優しく押し、俺たちは夕暮れ時のスーパーへと足を踏み入れた。