1-0 プロローグ
20XX年、4月1日。
20才の年になった。
俺はアメリカから帰国し、1年ぶりに日本にいる。
高度育成高等学校を卒業から丸1年後。
1年間はアメリカの大学で遊びつつ卒業の単位を取得。
ホワイトルームと高校で培った経験を活かし無事大学を卒業する事が出来た。
日本の場合は4年と、資格取得のために6年、合計10年以上はかかる進路なのだが、能力を示せば1年で卒業出来たるのは、やはりアメリカと言ったところか。
社会経験のない俺でもある程度のコミュニケーションをとる事が出来て、現地でも友人と呼べる人を作ることが出来た。
更に、アメリカの有力な企業や政治家ともつながりを持つことにも成功する。
日本での1からのスタート。卒業式後の連絡先は作っていなかったため、同級生と交換が出来なかった。
──皆は元気だろうか。
成田空港に降り立ち、残念ながら実家も在学中になくなってしまったため、家探しから始めないといけない。
住民票はホワイトルームではなく仮のもののままだったのではないだろうか。
拠点を移すため、パスポートにあるアメリカの住所を書き換えなければならない。
東京での拠点を探すことにした。
*
「どこに住んでも結局は変わらないな」
ふと漏れてしまった。あまり馴染みのない東京都内。
いかに歩こうと、どこに住むのが良いかなんて分からない。
不動産を探すつもりが不動産会社一つにも足を運べていない。
新宿はごみごみしているし、青山辺りはオシャレすぎる気がする。
俺はアメリカに会社を複数作っているため、六本木辺りが良いのだろうが、あまりのオシャレさに気後れしてしまう。
アメリカのIT企業の泥臭さとは正反対だと思うからだ。
──確かアイツはこの辺りの大学に通っているはずだ。
そう思い、俺は助っ人を呼ぶことにした。
*
三田のある大学の構内でコーヒーを飲みながら携帯を弄っていると、声をかけられる。
「綾小路くん!!」
「櫛田か、久しぶりだな」
「…びっくりした!急にSNSで連絡くれたから…何があったのかと思って二度見したよ」
「高校卒業してから連絡先を知っているのはお前のだけだったからな」
「やっぱりそうなんだ…。皆今でもグループチャットで綾小路君の事が話題になるよ…」
「そうなのか。櫛田がここの大学に通っていると聞いて来たんだ。いい大学だな」
「うん。両親泣いて喜んでいるよ。学費も免除だしね」
「お金がかからないのは良いことだよな」
櫛田と俺は電話番号の交換をした訳ではない。
連絡先交換のやる気のない俺を察した櫛田は、SNSのアカウントを作成してそれを俺に教えてくれたのだ。
俺だけじゃない、学年の皆と、仲の良い後輩に。
[綾小路だ。今から会えるか?]
櫛田はそんな俺のダイレクトメールに答えてくれた。
「…っと!!それにしても!!いやいやいや!マジで焦ったからね。授業中に抜け出してきたんだけど…。まぁ、いろいろ聞きたいことはあるんだけどなんの用かな?」
「授業は大丈夫なのか?」
「友達に言ってきたから大丈夫だよ。それで、用件は?」
他にも色々と話したい事はあるのだろうが、俺の性格を良く知っている櫛田はそういって急かす。
「今日アメリカから帰ってきた。しばらく東京に住もうと思っている。だが住む場所も無ければ、皆がどうしているか分からない状態だ。移動手段として車も欲しい。悪いんだが、櫛田にはいろいろと教えて貰いたい」
「アメリカの大学に行って、戻って来て…??うん??急だね、えっと、まず大学は卒業したの?」
大学2年生に上がったばかりなのだろう櫛田は、当たり前の質問をしてくる。
「あぁ、1年の飛び級で卒業した。卒業証明書は見るか?」
「…いや…見ないけど…。ち、ちなみにどこの大学を卒業したの?」
恐る恐る聞いてくる櫛田に、俺は自分の卒業した大学を口にする。
すると目を見開き、言い辛そうに言葉を紡いだ。
「…ま、まぁ綾小路君の事だからそんなことかなと思ったけど…。よく分からないけど入学するのは比較的簡単と聞くけど、卒業するのは難しいって言うよね…。それにしても大学…卒業した意味はあったの?」
「長い時間の試験はあったが、手続きみたいなものだ。あぁ、医師免許は取ったからそれなりに意味はあったと判断している。あっちではしばらく研修医にならざるを得ないが、こっちでも医師国家資格は取得した。こっちの制度なら研修生とは言わず、すぐに医療行為をすることが可能だ」
医師免許は国が変わると使用が出来ないが、国によって制度の緩和がある。
小さな国の医師は、日本で医療行為が出来ないが、アメリカやドイツの様な医療が発達している国の医師ならば、日本での取得は比較的緩和される。
「そ!そ……そ……そ…そーなんだね…。医師免許…。医者…かぁ」
「……何か、問題でもあるのか?」
櫛田らしくない、固まった状態。
「いやまって…。頭がついていかないから…ちょっと整理させて…」
櫛田がフリーズしている。
落ち着くまで黙っておこう。
アメリカだと飛び級はあり得る事だと聞いているし、試験がそんなに難しかったわけではない。
計算と暗記を繰り返せば問題なく通る試験だった。
一人ブツブツと口にする櫛田をよそに携帯をいじっていると、櫛田が頭を振り、口を開いた。
「えっと…東京に住むんだよね。具体的な場所は決まっているのかな?」
「決まっていないな。逆に教えてほしいんだが、どこが良いと思う?櫛田はどこに住んでいるんだ?」
「私は…学費以外は自分で稼がないといけないから下北沢に住んでいるよ。綾小路くんは…う~ん。予算とか、広さとか、どんな感じ?」
「下北沢か、テレビで見たことあるな。ロックバンドの聖地とか、大学生の好みそうな場所だ。広さは程よく住めれば問題ないな。予算については恐らく考えなくても良いだろうが、セキュリティはしっかりしている方が良いな」
俺がそういってから櫛田はしばらく考えるように上を見る。そうしてからニヤリと笑い、こちらに言った。
「それなら今不動産会社でアルバイトをしている元同級生の所に一緒に行かない?」
「さすが櫛田だな。良いだろう。連れてってくれ」
「ちょっと待ってね!聞いてみるから」
そう言って櫛田は電話を始めた。元同級生は仕事中のようで、代表電話にかけている。
俺は櫛田が電話している途中、周囲を見回すと女子が集まり、こちらをチラチラ伺っているのを目にする。
俺と櫛田に興味があるようだ。
むしろ櫛田の人気が高いのだろうか。
それにしても多種多様な服装をしている。日本では物心つくころからホワイトルームにおり、高校も制服で生活することが多かったからか、自由な服装の日本の同学年にはまだまだ慣れない。
とある人物は鬼頭の様な、奇抜なファッションでもいた。
櫛田の大学はその中でも特殊なようで、地味目な格好をする人と、派手な格好をする人の2つのパターンが明確に分かれているようだ。
そんなことを考えていると、あまり聞き取れないが盛り上がっている電話を切り、櫛田がこちらに声をかけてくる。
「オッケーだったよ!行こう綾小路くん!」
「あぁ、ありがとう櫛田。授業は大丈夫なのか?」
「こんな面白そうなイベント、参加するしかないからね!!」
櫛田のやる気に満ちた顔に、嫌な感覚が脳裏によぎった。
*
元同級生のアルバイト先は櫛田の大学から歩いて20分程の所にあった。
麻布十番という場所らしい。
六本木に近い所にあるその場所は、ワーク・ライフ・バランスが良いと思われた。
新築に近い、一際綺麗なビルの1階にある不動産会社を指差すと、櫛田が言った。
「ここ!ここ!!」
案内を頼む。
と言った俺に忠実に教えてくれるのはありがたいが、まだ大事な事を教えて貰っていない。
「櫛田、俺は元同級生の名前をまだ聞けていないんだが……」
「大丈夫~!すぐ分かるから」
テンションの高い櫛田に気圧されつつ、勝手に入っていく彼女を見て辟易する。
自動ドアを入ってすぐに、カウンターの反対側にいた女の子を見て、すぐに誰か察する。櫛田と挨拶を終えた元同級生が、俺に向き合う。
女の子は右手を口元にやり、驚いている様だ。
その特徴的な目、ギャルのような化粧、端正な顔立ちを俺は見る。
元1年Dクラス、佐藤麻耶。
「佐藤」
「本当だったんだ…。綾小路くん…夢みたい」
絶句した顔の佐藤がカウンターにいた。
「久しぶりだな。ここでアルバイトしているんだって?」
「…うん。大学1年生の時からだけど…」
「お前は確かファッション関係の仕事を目指しているんじゃなかったのか?」
「しっ!アルバイトだから…家賃とか、生活費とかのためなの!!」
「そうなのか」
「ん…それにしても本当久しぶりだね…。カッコよくなっているね。今までどこにいたの?恵ちゃんには会ったの?」
こちらに圧をかけて来たと思えば、もじもじと両手を遊ばせ、身体をくねくねさせる。
「カッコよくなったのか?今まではアメリカにいた。恵には会っていないな。今日アメリカから帰ってきて、櫛田の連絡先だけ知っていたから連絡した」
ふぅんと言う佐藤。
話を聞いてほしそうに、上目遣いでこちらをのぞき込んで来る。
「佐藤は1年間どうだったんだ?勉強とかどうだ?」
「恵ちゃんに教えてもいいかな…。いや、タイミングをみてからにしよっか。アメリカで1年なにやっていたの?あ、私はちゃんと単位取って頑張っているよ」
「単位が取れているようで何よりだ。俺も無事単位を取ることに成功した」
二人で立ちながら会話を繰り広げていると櫛田が途中で入ってくる。
「まぁまぁまぁ!!長い話になるだろうか、とりあえずここに来た用件を片付けない?」
「…そうだね、私の接客で良いのか分からないけど…綾小路くん、住む場所を探しているんだよね?」
「あぁ、しばらく東京を拠点にすることになった。麻布十番は良い所だな、この近辺でいい所を見繕ってもらえるか?」
「この近辺で?…うん、分かった。探すから、このアンケート用紙に記入してもらえるかな。コーヒーだよね?櫛田さんは紅茶で良い?」
俺たちは佐藤にオーケーというと、アンケート用紙に書き込む。
途中櫛田からアレコレと言われ、記入する。記入を進めていて思ったが、俺が思っていたものと微妙に異なっていた。
とりあえず全ての項目を記入し、佐藤を待つことにする。
櫛田が楽しそうにアドバイスをしてくれるのが新鮮に感じた。
「はい、お待ちどうさま。アンケートありがとね」
「佐藤、悪いんだが、これは物件を借りるアンケート用紙じゃないか?」
「えっ?そうだけど…」
「物件の購入の方で良いか?」
そういうと佐藤も櫛田も驚いたようにこちらを見て、その後二人は何かアイコンタクトをする。
「あっ、ごめんね。購入だと思わなくて、でも良いよ、このアンケートの中から見繕うからさ」
そして佐藤は俺のアンケート用紙を元に、タブレットで検索して行く。
櫛田のアドバイス通り、広さもそれなりにしたし、セキュリティもしっかりしたところを選定する。
慣れている動作にも関わらず、知り合いだからだろうか。
どこかたどたどしい動きの佐藤を、微笑ましい目で見る櫛田を眺めていると、いくつか候補を出してくれる。
「候補に挙がるのが100件くらいあるけど…どれもこれもすごく高いよ。賃貸でもこの辺りは地代が高いからね…」
「そうなのか。相場は俺には分からないからな。教えてくれるとありがたい」
「うん…。まぁ、見せた方が早いかな」
そうして佐藤が俺の方にタブレットを見せてくる。
それを櫛田が覆いかぶさるように見て、ゲェっという顔をする。
櫛田を横目に、タブレットに表示される物件を一つずつ吟味した。
全て億と表示されているが、今1億円は70万ドルくらいか…と計算しながら。
別に金額的には問題ない。
重要なのはやはりセキュリティ面と、駐車場だろう。
物件は良いものが出るのに待っている時間が必要だと聞くが、俺にはそんな時間はない。
掲載されている物件の中で選定し、購入をして、出来れば今日中に足としての車選びをしたい。
店内のカウンターには興味深そうに見ている俺に、引いている櫛田と、何とか補助をしようとする佐藤がいた。
「ちょっと貸して!今さ、3Dって言って、物件の中を見ることも出来るんだ」
と言って佐藤が俺からタブレットを取り、ある操作をする。
すると実際に物件の中を歩いているような画面が現れる。
「これは便利だな」
隣で櫛田が楽しそうに大理石がどうだかや、鏡がどうだかと口にし、佐藤も佐藤でこんなところに住みたいだのなんだのと口にする。
完全に同級会だ。
ずっと見ていても構わなかったが、そろそろ決めないとな。
一通り二人の感想を聞いたうえで決断する。
俺が総合的に判断したのはとある大型マンションの最上階。
広さもセキュリティも問題ない。
佐藤に聞いて確認すると、会社としての使用も出来そうだ。
しかし確認も簡易的なもの。契約時にまた聞いた方が良いだろう。
俺は物件の購入を決めた。
「ここにしよう。手続きはどうすればいいんだ?」
「「…え?」」
「どうした?」
先ほどまでの同級会とは異なる二人を横目に、佐藤に手続きを促すように言う。
「…いや…。な…なんで?」
「セキュリティについては問題なさそうだし、車で最上階まで行けるだろ?広さも櫛田の言う広さ以上あるから問題ない。それに家具や家電、コンシェルジュサービスなんかもついているから面倒な手間が省けるからな」
目を見開き信じられなさそうな櫛田に疑問を持ちながら佐藤に説明を続ける。
「それに俺は今家がないからな。早めに決めたいんだがどうすれば良いんだ?今日はこの後車も見ないと行けないし、アメリカから届いた荷物も空港に保管していて運び込みたい。今夜中に家の鍵とか欲しいんだが…」
佐藤はタブレットに表示された物件と、俺を交互に見ながら、徐々に理解をしていく。
決して冗談で言っているわけではない。
「ちょ…!!!ちょっと待ってて、流石に私では無理だから先輩に同席させないと…」
「問題ない…急かしてすまないな」
なんだか物件購入については佐藤だけでは出来ないらしい。
寮住まいばかりだったから勝手が分からなくて申し訳ない。
バタバタと後ろへ下がり、上の者と何か会話する焦った様子の佐藤を見ながら、櫛田が隣から声をかけてくる。
「綾小路くん…私もそこに引っ越していい??」
「櫛田が良いなら来れば良いんじゃないか?広さは申し分ないだろう」
ガッツポーズを決める櫛田を始めてみた。