軽井沢との同行前の1時間の内、30分で身支度を整える。
その後アメリカに電話をし、アメリカの事業パートナーへある報告をする。
まずは俺が仕掛けた件で、日本にはAIで動く電気自動車が大量に輸入され、都内を中心に利用者が増えた。
今の日本のタクシーは初乗り500円、平均的に1キロで400円である。
それを俺は半額の値段で付けた。
1日平均300キロ走ると仮定すると200円×300キロで1日6万円の稼ぎとなる。
1か月で180万円。
全部で5万台なので1か月で90億円の売り上げとなる。
1年間にすると1,000億円を超える。
一般のガソリン車と比べ、耐久性能に優れた電気自動車は、10万キロ走るとガタが来るものと比べ、30万キロ~50万キロと言われている。
既に社名を変更したSテクノロジーは、電気自動車の整備部門も作り動き出している。
丁寧にメンテナンスすることで走行距離を延ばすことが可能だ。
他には細かな問題があるだろうが、今の所坂柳に任せておけば大丈夫だろう。
もともとあった資産と、今回の電気自動車の獲得で7兆円の個人資産を持ち、日本で1番の富裕層となった。
パプアニューギニアで行った布石のいくつかは既に動き出している。
俺はPCで自分の名前を検索する。
そうするとビリオネアランキングの最新版が更新されていた。
ちょうど年度更新だったのだろう、4月のそれに、自分の名前を確認する。
しかし他に出てくる情報はない。
ランキングのソースは海外のニュースサイトで、そちらを見ても他に情報は出ていない。
日本はもともと、所得税を納める富裕層は公表されていたが、今はされなくなっている。
だがソースを辿ることで都市伝説などではないことが分かるだろう、金融を司る機関の一つが公表したデータなのだから。
俺は紺色のスーツに白のワイシャツを着て、黒のベルトと革靴を持つ。
名刺は持たないが財布とスマホを持ち、書斎を後にした。
部屋を出ると軽井沢の前のテーブルに温かいコーヒーが置かれている。
少し離れた先で一之瀬が朝食を食べている。
いつもより少し遅い朝食ではないだろうか。
家にいるときにしかしない少しラフな格好をしていた。
「綾小路くんッ!おはよう!」
手を振ってこちらに声をかけてくる一之瀬に軽く右手をあげて答えた。
「わ!スーツ姿の清隆…出来る人オーラがすごい…」
「待たせたな、行くか。恵」
俺は手ぶらで恵に声をかけるとコーヒーを一気に喉に入れて気合を入れた。
カードキーで車庫を開けて保管してある車のカギを取って、恵を乗せて車を走らせる。
*
アパレルの会社は吉祥寺駅からすぐの場所にあった。
倉庫も併設してある古めの建物の隣のパーキングエリアに車を止める。
アメリカで創業100年以上のアパレル・アウトドアを冠にする日本法人。
創業者の名前の付けられたブランドに、インターナショナル合同会社を付けた事業体の株すべてを買い上げた形だ。
日本のとある家族の親族経営のため売上等の公表はされていないが、ブランド名の強さからあくせく働く必要はない。
シンプルかつ機能的なアメカジスタイルをラインナップする店舗には、代表的なトートバッグが店頭に飾られている。
経営陣が変わったとて売上が保障されている会社だ。
俺は実際に明確な革新をするつもりはなかった。
どうせ日本法人の課題はありがちで、ファン層の高齢化だったり、固定給が少ないだったり、アメリカ本社からの在庫に偏りがあるだったりと、そういったものだと思っていたし、別に解決しようと思ったわけではないからだ。
簡単に言えば軽井沢の社会経験だと認識している。
車を降りて、恵に案内される。
店舗の前で一礼して、店員に声をかけて2階に案内された。
教えたYOUTUBEチャンネルのように、しっかりと所属と名前とアポ時間、そして相手を伝える。
少し緊張しているようにも見えたが、完全にこちらが客なのだ。
そこまで緊張する必要はないと思えた。
奥の応接室で待っていると、広報と、もう一人、前社長と思われる高齢の女性が現れる。
俺たちは立ち上がり礼をした。
「わざわざお越し下さりありがとうございます。元代表と、こちら、広報担当です」
「よ、よろしくお願いします!こちらの会社を担当することになりました、軽井沢と、社長の綾小路です」
どうぞお座りくださいと言われ席に着く。
名刺交換は行わない。
既に同じ会社の人間だからだ。
俺はふと広報担当を見た。
広報に相応しい美貌の、一之瀬の担任、星之宮知恵を彷彿とさせる女性は笑みを持ってこちらを見ていた。
メインで話すのはこの女性なのだろうか、手元にレジュメを4枚持っている。
アパレルの広報は会社の綺麗どころを揃えるという噂は本当らしいと思わされる。
仕事人間ではあるが、ちゃんとプライベートとバランスが取れている事が分かる肌艶と、心地よい声から言葉が発せられた
「まさかそちらの社長様が来てくれるとは思いませんでした。弁護士経由で譲渡は終わっておりますので、わたくしが来るのは一応今日が最後となっております。ただ、もし良ければフロアに1席、わたくしの席を設けて頂ければ、嬉しいのですが、いかがでしょうか?」
元代表からそういった提案をされる。
少しの沈黙は、軽井沢が俺の事を伺っているのだろうと思われた。
「…あ、はい、もちろん構いません。あたし…いえ、私もタスクがありますが、会社の事を知って参りたいと思っておりますので、もしかしたらご相談する機会があるかと思われます」
「ありがとうございます。席はご指定頂いてもよろしいですか??」
「分かりました。後日お知らせしたいと思います。それで…その辺りの事についてはどなたにお伺いすればよろしいでしょうか。担当者をお教えいただければご挨拶させて頂きますが…」
「その点につきましては、こちらの広報担当とお話頂ければ問題ありません。社歴も10年のベテランで、役員ですので」
そういって元代表が広報を紹介してくる。
そうすると広報も座ったまま頭を下げた。
失礼しますと声がかかり、応接室にペットボトルの水が運ばれてきた。
同じく広報の女性だろうか、20代前半の女性だ。
軽井沢と仲良くなれそうな面々に少しだけ安堵する。
「それじゃあ、まずは直近の引継ぎから済ませます。主に現場で起こっている事ですが…。チエちゃん、よろしく」
「かしこまりました。ではこちらをご覧ください」
まさかの下の名前も同じチエと呼ばれた広報が、レジュメを配り始める。
1枚にまとめられたレジュメを見ると、店舗毎の売り上げの目標と実績が書かれた資料だった。
そして、店舗別で従業員数の記載もある。
「各店舗実績と、従業員数を書きだしました。経営陣は、こちらにいる元代表を中心に、ご夫妻と親族から、K・A社へ譲渡済みです。当社はアメリカに本社がありますので、規定通り、今まで代表が行っていた本社とのやり取りを軽井沢さんが行っていただく事となっております」
◇
俺が一言も話すことなく、打ち合わせが終わりに近づく。
既にやる事は決まっていた。
こちらの要望は大きな社長席を排除し、フロアを拡大する事と、前日の全店舗の売り上げを毎日軽井沢に報告させることだった。
そして、アメリカ本社との顔合わせも済んでいるのだろう軽井沢が、同じく日本法人の部長達に何を指示したかを毎日報告するよう依頼している。
具体的な業務は今のまま継続し、指揮・命令・決裁が必要なものはチエを経由し軽井沢に相談される仕組みとなっている。
30分程、仕組みについて話、より今後の活動のための決裁を、チエから軽井沢へ仰ぐ話になってきため、元代表は気を利かせて離席する。
今はチエ、軽井沢、綾小路の3人だけが応接室にいた。
「───ふぅ。やる事が山積みですが…なんとか軽井沢さんと協力して、会社を良い方向にして行きます」
「ありがとうございます。あの…形だけの代表ですが、チエさんのような頼れる先輩がいて、ホッとしました…。チエさんって、電話口と実際に会うのとでは雰囲気全然違いますね」
元代表が席を外したおかげか、砕けた口調のチエと軽井沢がいた。
「よろしくお願いします。事業の売却…難しい事は分からないけど、今の社長は引継ぎではなく売却を選びました。今までの業務は大きく変わらないけれど、舵取りをするのは軽井沢さんですので…。ふふふ、口調はそうですね、軽井沢さんよりも年上ですから、そう思うんじゃないでしょうか」
「あたしも雇われ社員…綾小路…の指示の元動いてますが、まだまだ経験が浅いので…本当に頼りにしてます、チエ先輩」
「…まさか経営陣が年下の女性になるなんて考えもしなかったけど、是非気兼ねなく聞いてくださいね」
「ありがとうございます。元代表の言っていた、座席と…後あたし、店舗を全て一度回ろうかと思ってまして、チエさんも一緒に行きませんか?」
「良いですね、是非、よろしくお願いします」
日程については後日議事録と共にメールをする。
と言って、仕事の話を終える。
「あの~…失礼ですが、チエさんっておいくつなんですか?」
「え~??何歳に見えますか?」
「う~ん。綾小路くんは、何歳だと思う?」
ここに来て初めて話を振られる。
チエさん…きっと星之宮先生と同じくらいではないだろうか。
だが、こういった話題は無難にしておいた方が良い。
「軽井沢より3つくらい年上に見えるが、先ほどの話からすると20代後半じゃないか」
「あら、そんなに若く見えます?ちなみにお二人はおいくつなんですか?」
「私たちは実は同い年の同級生で…今年20歳です」
「やっぱり!実は私、綾小路さんの年齢は知っているんです。まさか…日本で一番のお金持ちが目の前にいるなんて…」
「あ、櫛田さんが言ってた。そうなの?綾小路くん」
「メディアが騒いでいる事だが、イギリスの投資銀行が言っている事だ。金額としては事実なんじゃないか」
「えぇえええ!!ヤバ…。イケメンで背が高くて、大金持ち…是非お近づきになりたいです」
「えぇ…まぁ気持ちは分からなくもないですが、チエさん結婚はしてないんですか?」
軽井沢は目ざとくチエの左手薬指を見る。
指輪の跡があるからだ。
「いーえッ!!別れますから大丈夫です」
「えぇ??そんな、良いんですか??」
話がおかしい方向へ向かってしまっている。
勝手に祭り上げられる事には慣れず、居心地が悪い。
打ち合わせから1時間が経つため、俺は時計をチラっと見て、軽井沢へ話しかける。
「…軽井沢、そろそろ次の予定だ」
「あッ!そうね。チエさん、すみません、後、ご連絡します。帰る前に部長さんたちに挨拶させてください」
「はい、分かりました。あ、最後にせっかくなので、綾小路さんの連絡先も聞いておいて良いですか?名刺などお持ちじゃありませんか?」
食い気味のチエにタダでは返さないとばかりに止められ、俺は返答する。
どんな言い訳をしたって断る理由にはならないし、食い付き用からチエは言い返してくるだろう。
きっと軽井沢もあちらの味方をするに違いない。
仕事を円滑に進めるために。
と言われてしまえばそれまでだ。
軽井沢の印象が悪くなってしまうのも会社としては避けたい。
そう観念する。
「失礼いたしました。今後も協力する身ですので、是非お願いします。弊社は名刺がないので、スクリーンショット防止用のQRコードですので、読み取りをして頂いても?」
はい!是非と答えてスマホを取り出すチエ。会社支給のスマホではないそれを取り出すと、QRコードを読み取られる。
「すみませんが、情報漏洩のためメッセージアプリをダウンロードして頂く必要がありまして。でも直接やり取り出来ますので」
「はぁいッ!ありがとうございます」
少し頬の明るんだチエを見ると、QRコードからアプリをダウンロードしてメッセージアプリを開く。
そこに表示される俺の名前を登録した。
俺はスマホに来たチエのフルネームを確認する。
会社で使っているものを同じものだが、社外欄に、彼女の名前が表示され、メッセージが送られてくる。
[次はいつ空いてますか]
と送られてくるメッセージを見る。
このメッセージを軽井沢は見ていないだろうが、軽井沢の笑みが引きつっているのが分かった。
「じゃ、じゃあ、部長連中をご紹介しますね!」
そういってチエが応接室を開けた後、複数人のプレス担当者が名刺を持って俺に挨拶をしてきた。
綺麗どころに質問攻めに会いながら、軽井沢とチエは不安そうな視線をこちらへ送るが、「俺は良いから挨拶してこい」と指示し別行動をする。
なんだか一人一人のねっとりとした質問に、それでも丁寧に返答してあげる。
NTRと言うんだったか…面白いかもしれない。
俺は表情の変わらない顔で、そんな事を思った。