3-0 プロローグ / 3-1 連休
プロローグ
──5月。
日本でやりたかったことの半分は終えられたか。
計画にはない会社も手に入れたが、欲しかったものは簡単に手に入れることが出来た。
土地を購入しても数十年後には国に自動的に売却される南国と比べ、日本は本当に金さえあれば大抵の事は出来る。
日本に来た目的は3点
・盤石な基盤を作る事
・国内で自動運転タクシーを作動させる事
・国外で隠れた軍隊を作る事
同級生を頼ったのは成功した。
財界のダークホースになり、政界の穴を突くと言う試みは徐々に進行している。
高校の3年間は無駄ではなかった。
1年はかかると思われた仲間づくりは1カ月足らずで成し遂げることが出来た。
企業の買収を急いだが、追加で購入する予定は今のところない。
それにしても。
「そういえば、一個下の後輩が卒業したか」
天沢、宇都宮、宝泉、椿、そして七瀬。
彼らは今、何をやっているのだろう。
「交わるというのならば、楽しみだな」
楽しみ。というものをいつから持っていたのか。
勝つか負けるか、それだけが原動力になっていた過去。
俺は深夜の一人、車の中でポツリと呟いた。
1
「だるすぎ…」
東京の夏は暑い。
年々暑く、そして長くなっている気がする。
都内のゴミゴミとした雑居ビルが立ち並ぶ中、決して整っているとは言えない商店街で、ツインテールの少女が背中を丸めて歩いていた。
Aクラスで卒業したにも関わらず、特権を破棄。
二度と使わないと凄んだが、担任と理事長から柔らかい目を向けられ、「困ったことがあったらいつでも連絡してください」と言われた。
特権の破棄は叶わなかった。
あたしにはそれ程の権利もないのか。
高校でのけ者にされた理由の一つ、プライベートポイントをガンガン使っていた私は、残り分を高育に買い取られたとて、たかが知れていた。
1か月ちょっとで資金が付きかけ、お気に入りだった都内の高級ホテルを追い出される。
キャリーケースには5日分の服や下着類が乱雑に入れられていた。
生きる目的を失った天沢一夏は、日々糖分の補給とチラつくホワイトルーム、そして大好きな先輩に苦しめられる。
「うっッっゼェ……」
「お姉さんこんにちは~!」
声をかけられチラっと見る。
大学生くらいの男。
「…なに?」
「いきなり声かけてごめんね、熱いよねぇ」
「……はぁ」
マジでうざい。
ナンパをされる男のレベルが徐々に下がっている。
ホテルを追い出された後、まだ姿勢が真っすぐだった時。
その時はこういった低レベルな男に声をかけられる事などなかった。
ヤリたいだけ。
マジでキモイ。
大方、ヤリやすい女に見えたのだろう。
ゆっくり歩き、ロリ系で、大股歩き。御しやすく見えたのだろう。
鼻毛が出ている男を見て嫌悪感を感じる。
ひと睨みすると、男は逃げて行った。
*
卒業後は、門の前で誰かが出迎えてくれると思っていた。
憧れだった先輩が、もしかしたら来てくれているのかと、そう願ってやまなかった。
しかし、彼は来なかった。
あたしは一度、ホワイトルームを訪れようとした。
でも、ホワイトルームの場所は分からなかった。
そりゃそうだ。場所は秘匿されている訳だから。
先輩が卒業した後の高校3年生。
何か見つかると良いなと言った彼の助言に従い、なんとなく過ごした1年間。
仲の良い子は出来たが、物語の様にはいかない。
少し違うと分かるとあたしから離れて行った。
だから思った。
先輩はやっぱり特別なんだって。
幼馴染も、あたしも、先輩の様な姿勢で、他人と接する事なんて出来ない。
なぜならあたし達は、人と比べ、脱落した人を見て、下に思い成長して来たのだから。
それを先輩は脱落した人を下に見たりはしなかった。
それは大きな違い。
「はぁ」
ため息をつきながら、カフェでアイスコーヒーを飲む。
勿論充電器をコンセントに繋ぎながら、携帯である人を調べる。
それが日課になっていた。
「あれ??」
1人カウンターで携帯をいじっていると不思議な視線を感じて振り返る。
目に移って来たのはワイシャツに黒のパンツ姿の……誰?
「……なんですか?」
忘れたわけではない、確かに同じ高校にいた気がする。
一つ上の、先輩だったような。
だから敬語を使った。
「あなた高育にいた、一つ下の子じゃない?」
「高育にはいましたけど……」
「ちょっと、そんなに睨まないでよ。私は長谷部波瑠加っていうの。堀北さんとか、櫛田さん、平田さんって知らない?同じクラスだったの」
堀北と櫛田は知っている。
しかし、平田……?それでも共通の知り合いはいそうだ。
嘘を付いている感じてもない。
「新手のナンパです?」
「ちょっとちょっと!違うって、なんか困ってそうだから話しかけたんだけど」
「……冗談ですよ」
そういって天沢は携帯に顔を戻し、アイスコーヒーを飲んだ。
それでも長谷部は後ろから天沢に声をかける。
「後輩が困っていそうなのに、助けない訳ないでしょ?ねぇ、あなた確かAクラスだったよね、どこの一流大学に入学したの?」
「……今忙しいんですけど」
話しかけるなオーラを出しているのに、気にせず話しかけて来る長谷部を、天沢はうっとおしいと感じた。
「綾小路くんの事調べているの?」
「携帯を覗くなんて、サイテーですね長谷部先輩」
「……ッ!なによ、こっちが親切にしてあげようと声かけてるのに」
「別に親切にして貰おうとおもっておりませんので」
「あっそ!」
気分を害した長谷部はカフェを後にした。
きっとあの服装は、アルバイトの時のものだろう。
天沢の服は高価なものだったが、ところどころ皺が付いていた。
社会人としての長谷部と、自らを比較して、劣等感を感じたのだ。
それに、他人から施しを受けるほど落ちぶれてはいない。
しかし、いつもならカフェラテを頼むのに、アイスコーヒーにしたのには訳がある。
カフェラテを払えるお金を持っていなかったのだ。
2
「──見つけました」
とある一室のモニタールームにいた少女が何かを呟く。
すると後ろにいた同じく杖を付く少女が反応する。
「やっとですか」
「はい、やっとです。綾小路くんが買収したタクシーのおかげですね」
「とはいえ、結構時間がかかりました。なんでだと思いますか?」
「どこかに引きこもっていたとか…?でも、ここで私がアルバイトを始めてからまだ1週間も経ってないですよ、上々の結果かと思いますが」
「おっしゃる通りですね、失礼しました」
坂柳クラス、坂柳と白石飛鳥が会話をする。
「ところで坂柳さん、今まで何も言わずに作業に没頭していて、質問という質問もせずにおりましたが、いくつか質問をしても?」
「どうぞ?」
「何を……考えておられるのですか?」
「何を、とは?」
「いえ、失礼。ざっくりしすぎましたね。」
コホンと喉を鳴らし、白石が続ける。
坂柳は口角を上げてそれを向かい入れた。
「つい昨日の事ですが、凄まじい事件が起きました。アメリカの富裕層を中心に、不法外国人の襲撃が立て続けに十件以上。皆、身体に異常はないようでしたし、偶然という事で片付けられ、ギリギリ違法行為とはならなかったようですが、奇妙なニュースとしてBCCに取り上げられましたね」
「えぇ、そうでしたね」
「ランキングに上がり、すぐに削除されましたが我らの同級生が億万長者になったのは、私の耳にも入っています」
「……なるほど」
「そして、自動運転……自動車の大量購入です。これがもし、人を引くようになったとしたら……」
「なったとしたら……?」
そこまで言っても、白石は続きを言えなかった。
言ってしまったら、聞いてしまったら、何かが変わってしまうとそう思ったからだ。
だから質問を変える。
「綾小路くんは、何をしようとしているんでしょう?」
そして、満面の笑みでこう言った。
「是非、わたくしにも一枚噛ませてください」
「良いでしょう。ですが、手駒がいります。まずは天沢さんを我らが陣営に引き入れなくてはなりません。協力してくださいますか?」
3
5月の長期休暇中は社会が動かないからという事で、会社を休みにした結果、なんと1週間の旅行に出かけると言う櫛田達。
ついこの前、南国まで行った俺は、国内を散策しようと断った。
フランス旅行というヤツらしい。
結局女子はフランスが好きなんだなという感想。
エッフェル塔を見に行くのに1週間もかかるのかと言ったら、1週間かかると言われた。
行ったメンバーは、櫛田、堀北、軽井沢、佐藤、松下、それに一之瀬と網倉、なぜか白波と姫野も行くらしい。
ついでにヨーロッパで自動車工場の見学に行くそうだ。
自動車見学に行くという事は、経費を使うという事で、9名分の旅費が速攻引かれた。
最近櫛田は経費を使うのにためらいがなくなっている。
4月後半から、神崎の親の手の届かないIT企業に、購入した会社のHP依頼をしたからか、神崎が定期的に訪れるようになっていた。それでも神崎は旅行にはついて行かない様だ。
つまり、5月の初めから10日くらいまでゆったりと時間が過ごせそうだなと、一人で楽しめなかった部屋のプール、ジム、映画鑑賞、それに読書に当てる。
そういえば一つ、変わったところがある。
堀北が眼鏡をかけ始めたのだ。
「何?ジロジロみて」
「眼鏡をかけてるんだなと思って…」
「そうよ、かけちゃ悪いのかしら?六法全書は字が小さいの。コンタクトも併用していたんだけど、やっぱり眼鏡の方が楽ね、あなたも眼鏡をかけたらどう?似合うと思うわよ」
そういって俺の顔をジロジロを見返す。
「あら、ごめんなさい、やっぱり似合わなそうね、タヌキみたいな垂れ目の貴方には」
はんッ!
と言ってその場を去って行った。
何かしたか?と思ったが、後ろからドンマイと肩を叩いてくる松下を見て、やっぱり何かしたんだろうなと思う事にした。
仕事は回っているので気にする事でもないだろう。
億万長者のランキングに一度乗ったが、掲載サイトに直接メールを送る事で取り下げてもらう事が出来た。
あまり目立ちすぎても良くないと思ったから、今以上の事業拡大は控えるべきと結論を出す。
そうなると手持無沙汰になってしまう。
毎日会社のチャットは多数の報告が来ているが、基本的に無視だ。
どんな事だろうと自身でジャッジを下してもらわなければならない。
それに倒産させてもどうにでもなるという自負があった。
大事なところは信頼の出来る組織に委託しているからだ。
──という事で。
「綾小路、さっきの娘、行けるって!Sクラスだぞ、ホラ!いけよ!!」
「……あぁ……」
橋本正義と、渋谷でナンパをしていた──。
4
「綾小路!久しぶりだな」
連休前に元1年Dクラスのチャットルームに入ってからというもの、何件か遊ぼうぜという旨の連絡を貰った。
他クラスにも伝播し、クラス移動してからのクラスメイトとも繋がった。
そのうちの一人が目の前の男。
早稲田大学に入った橋本は、チャラ男になっていた。
もともと、チャラ男だったのかもしれない。
「どうだ?ヤってるか?」
高育の時からDクラスのとある女子とそんな感じの関係を持っていた橋本。
開口1番に女子との肉体関係の事情について聞いて来た。
ヤっていないと返答すると、得意げに鼻を鳴らし、着いて来いと言われその尊大な背中を見せつけてくれたのだ。
俺も頑張って話しかけてみるものの、生来のコミュ障からか全て外れ。
後ろで見ている橋本は、流石に目も当てられない。
「容姿は良いんだけどな……な?ナンパって奥が深いだろ?女性を幸せにする仕事なんだぜ」
仕事でやっている訳ではないだろうが、橋本は名言だとでもいうように、そんな事を口にした。
というか、橋本が指定する女に共通点があることに気付く。
それは長髪で、胸の大きくない、身長の小さな女性であるということだ。
「お前のタイプって……そうなんじゃないのか??」
と、何言わすんだ?というキョトン顔を見せて来る。
あんまり意識したことはないんだがな。
7人目で奇跡的にナンパに成功するものの、20代の後半だとかでトントン拍子に事が進んだが、途中、非通知の電話が鳴りやまなくなり止む無く撤退をすることに。
本人はモデルだと言っていた。
橋本は大学でモテるらしく、抱いた女の話ばかりだった。
派手な見た目にも関わらず、居酒屋でアルバイトをしているそうで、居酒屋でもお客さんと連絡先交換をして遊んでいるそうだ。
「……すまん、今更なんだがお前は女が好きなのか?」
「はぁ?嫌いな男がいるのか?」
「どこかにはいそうだけどな」
「良いか綾小路。オレ達は大学卒業後、サラリーマンとして永遠と働かなければならないんだぜ?唯一遊べる大学時代、遊ばないと損だぜ?就職して事務の女の子に手を出してみ?目の前には地獄が待っているんだ」
「……橋本らしい考え方だな」
「あぁ、大学は良いもんだ。4年間しかいられないと思うと、嫌になる。1日1日が大事なんだ」
「単位は取れているのか?」
「いや、ダメだな。必修科目はことごとく落としている。だが挽回は出来るぜ?まだ3年間ある」
橋本は面白い側に転がった様だ。
来年はきっと、まだ2年間ある。と言っているだろう。
抑圧された中高を過ごしたと、耳にしたことがある。
橋本は行くところまで行くんだろう。
でも、やりたい事を思いっきりやるというのは良い事だ。
悔いのない人生を送っている感じがする。
「ところで綾小路、お前、1年間何をしていた?」
「……特になにも。ボーっと過ごしていた、橋本もプライベートポイントを貯めていただろ?俺もまとまった資産は持っているからな」
「そうか、まぁたまには目的なく生きるってのも良いよな!」
そういって橋本は俺の背中をバンバンと叩いた。