1
橋本が遊びを教えてくれるというので、渋谷のお店を梯子した。
カラオケ、ダーツ、ビリヤード。パチンコもやった。
日本の大学生は大体この辺りで遊ぶというのだ。
カラオケはナンパした女子二人の四人で行なった。
久しぶりのカラオケルームは新鮮に感じる。
楽しそうな橋本を見ながら、俺も場の雰囲気を壊したくなかったため数曲歌うも、陽キャグループに馴染めそうになかった。
20代の、大学4年生という女子二人のお節介が、少し嫌な未来を予感させ楽しめなかったのだ。
*
カラオケを楽しんだ女子二人の連絡先をゲットした橋本が携帯を見て笑みを浮かべている。
ちなみに俺は交換していない。
先ほどの女子二人とは「今日は男二人の日だから」と別れた。
──夕方。
「そろそろ行くか、お楽しみだ」
と言った橋本は、渋谷の中でも奥まった、雑居ビルの多い道を行く。
そして目指すは、なんの変哲もない地下。
地下に入ろうとするときに、ちょっとした違和感を感じた橋本は、俺の耳元で囁く。
「……綾小路、気付いたか?警察だ。」
やがてニヤリと笑い、「巻く……というか、気付かれない方が良い、走るぞ!」
そういって小走りになる橋本に付いて行く。
そもそもなぜ警察がここらへんをうろついているのかは分からない。
彼らは二人一組で動いているようで、緊迫した様子が見て取れた。
怪訝に思った俺に地下を小走りで移動しながら、橋本は説明してくれる。
「渋谷はきな臭い若いヤツ等がいてな、頻繁に警察の出入りがあるんだ」
「大丈夫なのか…?面倒事はごめんなんだが」
「大丈夫だ。やっているのは半グレのヤツ等で、見れば分かるがイカれたグループだ」
「見れば分かるって言うのは、どういうことだ?」
「そのままの意味だ、薬で脳みそが溶かされている、目の焦点が合ってなかったり、服装がどこかチグハグだったりする。お前ならすぐ分かるだろう。そういうヤツ等は見かけても近寄るんじゃないぜ?」
渋谷、というかこういった若者の街では得てして犯罪が横行するという事だろう。
横浜、川崎、渋谷に新宿。
連日ニュースを見ていても暴力沙汰や大麻、マリファナ、詐欺など、犯罪行為に走る若者が捕まったと出る。
同じ場所にいるとしても、橋本など普通の若者、大学生とはある程度すみ分けが出来ているんだろう。
そういったルールを知って守っているから、こういったきな臭い場所に何度も出入り出来ると言っても良い。
「ここだ、入るぜ」
連れてこられたのは外観は普通の少々豪華なイタリアンレストランとかブティックとかにしか見えない店舗であったが、中に入ると、黒服が二人おり、黒服への対応が慣れている橋下に従うように俺は入念な身体検査を受けた。
2
午後の1時前に会ってからナンパを開始して、5時すぎにクラブに到着。
ダーツやビリヤード、パチンコを触りだけ教えてもらってからは、カラオケ店には3時間いた計算になる。
ここはクラブという場所らしく、5月の夕方は外は明るいが、店内は暗い。
龍園の好みそうな場所だ、と思った。
橋本は高育の時はいろいろと我慢していたのだろうなと、目の前の楽しそうな橋本を見て思う。
それにしても、会ってから速攻ナンパの指南を受けるとは思わなかった。
残念ながら今の橋本は女の子と会話をすることしか考えていなさそうだった。
ともあれ、俺達はやっと二人で、見た目は豪華でも座り心地の悪いソファに座る事が出来た。
「面白いシステムだな」
「だろ?大学の先輩の紹介でな、未成年なのに入れてくれる良い店だ。早い時間から店が開いているのもポイントだな」
そう言いながら橋本はウイスキーとウーロン茶を割ったものを飲んでいた。
俺は水で良かったがワンオーダー制らしくウーロン茶を頼んだ。
どうも乗り切れない。
出来れば今すぐ帰りたい。
方向性が変わったと言うヤツだろう。
橋本とは3年生の時に同じ方向を向いていたから、たまたま話をする機会に恵まれた。
しかし、今、こいつは俺とは別の方向を向いている。
俺も女子に興味があるのならば、話が合うのかもしれない。
それでもきっと、将来完全に同じ方向を向くことはないだろう。
その証拠に、俺は橋本に今現在置かれている状態を一切教えていない。
「高校の同級生とは──会っているか?」
「いや?確か一之瀬クラスの神崎とは同じ大学だし、高育繋がりで名前を聞くことはあっても、直接話すことはないな」
「そうか、橋本は今は大学生活を満喫しているって感じなんだろうな」
「…まぁな。楽しいぜ。高校は閉鎖されていた、息が詰まる思いだった。結局俺は、中学時代の個室トイレから脱却できなかったんだってな」
「なんの話だ?」
「いや?こっちの話だ」
そういって語り始める橋本は、同い年とは思えないほど大人に、いや、老けて見えた。
アルコールが入るとこう、饒舌になるのは抑圧された人間だからこそというのもあるのだろう。
「正直今もだ。オレは、社会というものが分からない。将来を考えちまうと暗くなっちまう。ぶっちゃけ、戦争でも起これば良いのにとか、大災害があれば良いのに、なんて思っちまう。それほど今の日本の将来は嫌な方向に向かっていると日々感じているのさ」
「……戦争や災害は別にしても、バブル期と比べてそう感じる若者が多いのは確かなんだろうな」
確かに会社経営をするものとして、毎月安くない税金を日本に収める様、普段使っている口座とは別の銀行口座に入金をしている。ただ、一番大きな消費税はあまりかからない業態にも関わらず税金は多い。
億万長者ランキングの記事削除一つとっても、リスク管理の一環だが変に目立ってしまうと国に財産が取られてしまう可能性が高いと踏んでいる所もある。
しかしながら、それもこれも全て国が悪いということではないだろう。
一部は悪いのだろうが、時代の流れも、他国との関係もある。
言ってしまえば、先進国の運命だとも言える。
先進国の税金が安ければ既に集中している人口ががさらに集中することになり、他国は流出する国民を止めることが出来ない。そうなると国家として成長するのが難しくなり、苦境を強いられる貧困な国は貧困から抜け出せなくなる。
だからある国では法人の税金が安いのだ。
そのためのパプアニューギニアのインフラ会社の買収でもあったのだが。
「橋本はどの辺りでそう感じるんだ?」
「お前は感じていないのか?政治の事は詳しくは分からねぇさ、オレ達はつい1年前まで国が作る教科書を使って、国の運営する高校で洗脳されてたんだ。感じないのも無理はない。でもな、少し外を見てみるとこうだ」
そういって橋本はウーロンハイを煽った。
「見ろよ、ここから歩いて10分もすれば、IT企業のオフィスビルだ、ブランドものだと、やけに立派な会社名の建物、スーツを来たサラリーマン、ラフな格好のエンジニアが歩いている。でもな、そんなの俺から言わせれば虚無でしかない」
橋本が大げさに右手を挙げて続けた。
「モヤモヤするんだよ、ここは日本の中枢のはずだろ?なら中枢には何がある?明確な貧富の差を感じるのさ。表面上では清廉潔白ですって顔しているおっさんが、裏では汚い事をしているなんてザラ。金の集まる所には、良いも悪いも集まっちまうって話だよ」
「何かあったのか?」
昼間のテンションから一転、シリアスな雰囲気をさらけ出す橋本にそう言ってやる。
「何もない、ただ、やさぐれているのさ。なんだ。中学の頃は生きづらかった、だから生きづらい側の気持ちが分かる。オレだってたまたま勉強が出来て、高校でも綾小路の様な友人に恵まれて、エリートコースを走っているけどな。そうじゃないヤツはどうすれば良いんだ?どう生きれば良いんだろうな」
日本の闇の部分を言っているのだろうか。
とはいえ、闇とは言っても比喩。
つまりは人の性格、種類によるのではないか。
過去、さまざまな原因でその立場に立たされた人間が、生きるために仕方なくして来た事が、巡り巡って今の状況を生み出している。
土地が無限にあれば良かったが有限である。
そのために起きる生き物であれば避けることは出来ない生存戦争だ。
それはアメリカで、つい最近だとパプアニューギニアで見て来たものとなんら違いがない。
つまり、今橋本が話していることは考えても仕方のないことなのだ。
「目に見えないイジメを受けて苦しんでいる人と、目に見えないイジメをして楽しんでいるヤツ。両方の結果だけを見せられている気分だよ」
それは見方の違いでしかないだろう。
橋本はそう社会を見ているという話しだ。
早稲田大学という、日本人の中でもトップに入る学歴。
高校はある意味、学力も幅広い人間が集まり、文化を形成していたが、大学は日本全国の生徒の中でも学力で分類され、グループが形成される。
彼の言っている事は、そんなグループで日々議論を繰り返されているものなのかもしれない。
「っと、難しい事を話し過ぎたな。そうだな、同級生とは連絡は取っていないが、SNSをやってる櫛田とか、一之瀬はフォローしているぜ?」
櫛田のSNSのアカウントには日本に来た時に連絡をしたことがある。
高育ではその秘匿性のため、卒業前に連絡先をやり取りすることはルールで禁止されていた。
暗黙の了解で携帯番号を教えるなど、一部見逃されていたところはあるが、それでも小さなグループに限定されているのだろう。
卒業後の連絡先が分からない人は、櫛田や一之瀬など目立つ生徒を辿って連絡を取り合う事になり、再度クラスのグループチャットを形成するのに至った。
「櫛田も一之瀬も……わりぃ、軽井沢と付き合っていたお前だから言うが、一之瀬とは何かあったみたいが、こういうのは早い者勝ちだろ?オレも卒業後、狙ったんだけどな。拒否られたよ、たはは…」
「拒否られた?」
「あぁ、個別チャットで飲みに誘ったり、茶誘ったりしてるんだがな会えねぇ。櫛田は慶応だし、一之瀬は上智だろ?アイツら合コンにすらなびかなかった。誰かと付き合ったなんて噂も聞かない。綾小路、お前何か知らないか?」
当然知る訳がない。
なにより俺は1年間、連絡を絶っていたからな。
「あのレベルのルックスはいない。大学で、早稲田で、それにオレは文系だ。可愛い子が集まるだろ?現に同じ学部には可愛い子が多いが、今更だが高育の女子のルックスに慣れてしまっていたから霞んでるところがある」
橋本はそんな事を真剣な眼差しで語った。
「どういうアプローチをしたんだ?」
「お前は知らないだろうが、オレもSNSを始めてな、結構なフォロワーがいんだよ」
そういうと橋本は自身の携帯で、自分のアカウントを表示する。
「数だけで言うと一之瀬にも櫛田にも負けん。まぁ、影響力は二人に及ばないけどな。櫛田ちゃんも一之瀬ちゃんも、今何をやっているか気にならないか?」
気にならないかと言われれば、気にならない事もないが、橋本と俺では持っている情報量が違う気がする。
「最近グループチャットに入ったから分かるだろうが、俺も櫛田のSNSから合流したクチだからな、1年間櫛田や一之瀬が何をやっていたのかは分からないな」
「ほう?やっぱりお前は卒業後の連絡先は誰にも教えていなかったクチか?」
意外でもなさそうな表情をする橋本に、「あぁ」と返事をする。
「櫛田はSNSはやっているが、大人しい感じだな。実際にフォローしている数は少なく、普段投稿することもない。顔出しもしない感じだ。卒業後、2年位だったか?本名を晒すから後で調べて連絡してくれと皆に言っていたと思うが、本当それだけだ」
櫛田はもしかしたら中学の時のことを、まだどこかで引いているのかもしれないな。
顔出しをして目立ってしまった後に、中学の同級生に暴露されてしまったら困ると、そういう目論見があるのではないだろうか。
「逆に一之瀬は頻繁に投稿している、大学の同級生とか、バイト先の網倉とのツーショット写真とかなんかだな」
今実際に一人で見ているのだろう、橋本は携帯の画面をスライドさせながら話し続ける。
「上智はマジでレベルが違うな。青学もかわいい子が多いが、綺麗系の美女が多い感じだ」
と、そんな事を橋本が呟く。
大学名で女子のルックスのレッテルを張るというのは、それこそ偏見なのではないだろうか。
少なくとも、橋本の好みでは、という前提条件はありそうだが。
「後は鍵アカがほとんどだ。この眼鏡のアカウントを見ろ、これは金田のだし、これは一之瀬クラスの渡辺のヤツだ」
橋本の話を聞くに、同級生は皆大っぴらに世間に高育の生活の事を晒したりはしていないようだ。
世間の目が集まる高育の中身を、週刊誌にでもネットにでもばら撒けば、良いお金になりそうなものなのに。
一番やりそうな橋本ですらその考えに及んでいない。
実際に行った事で各所にかかる迷惑、それに自分に降りかかる火の粉の予想もつきやすいのだろう。
それよりも大きな理由は、高校で自主性をはぐくまれ、そういった足の引っ張り合いが何も生まないと理解しているからかもしれない。
皆、同級生との小さな確執はあっても、勝負をする機会が常にあった。
勝負をしなかった人は、勝負をしなかったことを悔やむしかないと、反省することしか出来ないのだから。
そこで、橋本は遠い目をした。
「オレは思ったんだ。同じ高校だったから、話しかけても答えてくれたんだってな。個別のチャットで誘っても、返信してくれるのは1日後とか、1週間既読すら付かない事もある。SNSでは忙しそうにしているから、仕方がないと思えばそうなんだが。櫛田も一之瀬も……可愛いすぎるだろ、エッチしてぇよな」
流石に引くが、男ならば分からなくもない。
「オレには分不相応な、高嶺の花だったって事だ…あの森下ですらそうだ」
そういって橋本はウーロンハイを煽った。
グラスを下げる時に鳴った氷の音が、やけに響いて聞こえた。
3
橋本と喋る事2時間位たっただろうか。
俺達は引き続きクラブの中で談笑をする。
クラブの客はポツポツと増えているが、それでも多くはない。
何人もの女子を目にしたが、橋本が声をかけることは無かった。
流石の橋本でも誰でも手を出すという事ではないという事だろう。
「そういえば、あっちの奥のスペースには何があるんだ?」
奥の方にある半個室のエリアに目を向ける。
いくつかのグループが受付に誘われ、向こうのエリアに行っているのが見えたからだ。
「あっちはVIPルームだ。金を出せばクラブの店員が、クラブの中にいる女子に声をかけてアテンドすんだよ」
はッ、己で勝負が出来ないヤツなんざ、勝負に出て来るんじゃねぇよ。
と、龍園みたいなことをいう橋本。
俺の見立てでは、ウーロンハイももう5杯目になっていた。
ダーツから始まった遊び、カラオケで2杯飲み、橋本正義は結構なアルコールを摂取している事になる。
「お客様……」
少し具合の悪そうな橋本と俺を見てか店員が話しかけて来た。
深刻そうな表情に、俺達の間にも緊張が走る。
「失礼ですが、こちらに来ていただいても?」
「何の用だ?」
すぐに橋本が対応をする。
グロッキーなはずなのに、意識ははっきりしているのだろうと分かる。
そういうと店員は俺達の間に移動し、こそっと呟いてくれた。
「警察です……良く分かりませんが、すみません誤魔化しきれませんでした。お二人を名指しで呼んでます」
「……マジか……」
青ざめる橋本を前に、面倒事に巻き込まれそうだなと辟易する。
「どうするんだ?」
「ともかく、すみません。結構粘られてしまって……流石に警察ですし完全に拒否をすることは出来ず……」
「いや、あなたは悪くない、悪いのは未成年なのにお酒を飲んだコイツだ」
「綾小路……それはそう、なんだが……」
「どちらかお一人、来て頂ければ、もうお一人は裏から『先に帰った』と言って逃がすことは出来るんですけど……」
そう店員がアドバイスをしてくれる。
橋本の早稲田の先輩がどこまで顔が通っているかは分からないが、客の融通に答えてくれる店ではある様だ。
グレーゾーンも内包している店が生きて稼ぐためにはこういった配慮も必要なのかもしれない。
頭を抱える橋本を見て俺は口を開いた。
「そう言う事なら橋本、お前は裏から帰れ、俺が警察の対応をする」
「良いのか?」
「あぁ、酒を飲んでいるお前がいけば、アルコールを提供した店が咎められる可能性があるんじゃないのか?」
「いま、オレはこの前20歳になったからその心配はいらないが……」
「そうなのか?」
橋本は4月で20歳になったという。
それならば二人で行った所で問題はない。俺に後ろめたい点はないしな。
と、言おうとしたがそれを遮って橋本は続けた。
「あぁ、だが、正直面倒事はごめんだ。ぶっちゃけそうして貰えると助かる。万が一、この辺りに来れなくなるって事になるのは嫌だ」
「それなら心配いらない。俺は別に来れなくなったところで何も思わないからな」
「そうなのか?」
あぁ、と返事をすると橋本は少し悲しそうな顔をした。
しかし、「恩に着るぜ」と、高校時代の橋本を彷彿とさせる笑みを見せる。
「じゃあ、またな綾小路。後で連絡するが、夜からバイトなんだ、今日はここで解散といこう」
「え?アルバイトなのか?今から?」
「10時からだ。」
「酒を飲んでいても大丈夫なのか?」
「心配いらない、この後水を飲んで、そのまま出勤する」
クレイジーだな。
橋本は明い顔をしながらも、クラブ内では明るさは目立たない。
でも、酔っている事は明らかだろう。
酔っているというのは体調が不安定だという事でもある。
会うのに昼を指定して来たのは、夜は会えないという事だったのかもしれない。
いつもは夜、遊んでいるのだろう。
逆に昼は寝ているのかもしれない。
夜が更けることにつれて元気になる橋本を見て、俺はそんな事を思った。
4
今更だが、俺はプライベートで出歩くときは鞄は持たない。
大きな財布は嵩張るから持ちたくない。
そのため薄いマネークリップに挟めたクレジットカードと免許証、家のカードキー、そして携帯と少ない。
いつもは車のカギもあるが、今日は電車で来たため持ち歩いていない。
家から渋谷は遠くないし、電車を使うのは楽だ。
更に言うと渋谷の駐車場はそれだけで高額になりがちだし、高級車は犯罪に巻き込まれる可能性もあるからだ。
移動手段として最適と言えよう。
クラブに入る時に、このクラブのルールとかで携帯電話を取り上げられてしまっている。
なんでも部屋内の写真流出を恐れてという事だったが、おそらくクラブに来た客の個人情報を守るためでもあるのだろう。
俺だってこういった場所で写真を撮られ、流出してしまったら居心地が悪くなる。
店員がそそくさと橋本の携帯を取りに行き、橋本に渡す。
携帯を受け取ると橋本は店員と奥の方へ言ったため、俺は店の前にいるであろう警察と相対するために歩いて行った。
*
「──綾小路清隆、で間違いないな?」
強面の男性が4人、警察の制服に身を包み、その中の強そうなのが声をかけて来た。
「はい、えーと、何の用でしょう?」
とりあえずそう言ってみる。
すると警察は少し困ったような顔をした。
「……いや、用はない」
「はい?」
「すまないが、もう用は済んだと言っても良い。我らが受けたのは、あなたと会う事だ」
何を言っているのだろう。
理解はした。
だが、納得は出来ない。
「ちょっと意味が分からないんですが……」
「こちらも情報を伝えることは出来ない。だが、特に通報が入ったという事や、あなたが犯罪をしていてマークしているといったことは決してない。警察を代表して言える事ではないが、信じて欲しい。だからもう帰ってもらっても構わない」
「そうなんですね」
「良く……分からないって顔をしているな?」
「はい、それは当然だと思っている顔をしていますね」
お互いに良く分かっていなさそうな、目の前の50代の、柔道か剣道の有段者である事は間違いなさそうなガタイの良い警察官に聞いた。
すると彼はもう話すつもりはないのだろう、大仰に頷いた。
もう、聞いてくれるな。と言った所だろうか。
地下にある店から地上に出て、雑居ビルが密集する路地は人の往来が激しい。
早めに離れた方が良いだろう。
通りがけに見て来る通行人が少なくはないからだ。
客観的に見ると、渋谷で一人の若者が警察に囲まれている。
若者が何かやらかした。と見るのが普通だ。
「はい。分かりました、では失礼します」
と言って、その場を後にする。
渋谷の街に、ポツポツと雨が降っていた。