意外と時間がかかるな。
と思いながら待っていると、別の個室に通される。
アルバイトの同級生という事で訝し気に見ていた佐藤の上司だったが、信用情報を開示することで手のひらを返したようだった。
こういう裏表のある人間は嫌いではないが、露骨すぎるのは社会人としてどうなのだろうか。
佐藤の事は信用しているから良いとしても重要事項を読む目の前の人間はあまり信用出来ない気がする。
重要事項の読み飛ばしも多かった。
とりあえず今日鍵が欲しいという要望に応えてくれるために頑張ってくれているのは良く分かる。
そうして300億弱の金額を振り込んで契約は完了した。
*
「───こちらが、鍵です。コンシェルジュに綾小路様の事は伝えておりますので、後は現地に行っていただければ───」
「せ!先輩、私も会社の人間として一緒について行きたいのですが…」
「あっ、もちろん、佐藤さんも付いて行って大丈夫ですよ。なんなら今日は休んで頂いて…しばらく休んで頂いても結構です。給料はお支払いしますので」
満面の笑みの佐藤の先輩が佐藤が会話をする。
櫛田は櫛田で引っ越しの手続きをするためどこかへ電話をしていた。
櫛田が引っ越して来たって問題はない。
部屋の数が多い。
それに東京で活動するにあたって櫛田の協力が得られるのはありがたい。
「あ、あやのこうじくん。そういう訳だから、ちょっと着替えてくるから…。待っててくれる?」
櫛田が電話を終えたときに佐藤が声をかけてくる。
「佐藤も来てくれるのはありがたい。しかし、住居にすぐには行かないぞ?次は車を買う予定だ。もし良かったらだが、車を買えるところ知らないか?」
「く、くるま??」
「あぁ、日本の電車は何かとトラブルが多いと聞く。移動手段は車を採用した」
そういうと佐藤はなるほど!と言って、提案をする。
「じゃあ、松下さんがディーラーでアルバイトしているから、そこでどうかな?」
「松下が?」
「う、うん。松下さんのお父さんの懇意にしている店舗が、自動車販売店だったよ」
松下とも会うのは1年ぶりだ。
思わぬ同級生の登場に少し驚くが、コミュニティが継続していたとしても何ら不思議ではない。
「今日中に買えるのであれば問題はない。二人とも大丈夫か?無理に付き合ってもらわなくてもいいんだが」
「全然無理じゃないし」
「うん、私も綾小路君と一緒にいたいからさ…」
「なんだか二人の時間を奪ってしまって申し訳ないな。いつでも帰ってくれて構わない。二人ともやりたいこともあるだろうから」
そうは言うが二人は頑なにいう事を聞かなかった。
*
その後。
どうしてもというため佐藤の会社の先輩が車で送ってくれることになった。
俺、櫛田、佐藤、佐藤の先輩の4人が俺に付き従う形になり、なぜか松下の働くディーラーに来ることになった。
ガラス張の自動ドアが開き、大理石を歩くと松下と久しぶりに会う。
道中の佐藤の会社の先輩の車の中で、ある程度の要望を櫛田が聞き取り、松下に伝えていることであらかた決まった形で説明を受ける。
興奮した様子の櫛田の話を松下が受け止め、急ぎ用意したのだろう。
今日乗って帰ることが出来ると知り、佐藤の先輩は挨拶をして帰っていった。
目の前にいるのは松下だ。
「あ、綾小路くん、久しぶりだね…。なんか、やばいね君」
「やばい?」
「あ、いや、久しぶりに会えてすごく嬉しいんだけど、櫛田さんと佐藤さんのテンションにちょっと置いてかれているかも…。あぁ、とりあえず仕事というか用件を済ませるんだけど、この車で良いのかな??」
そうやって見せてきたのはカタログの一部。
燃費の良い新車だ。セダンが良かったが、SUVなのは櫛田や佐藤辺りのアドバイス通りなのだろう。
「これは…オートマなのか?」
「う、うん。オートマだね。マニュアルは生産していないから…」
マニュアルを生産していないのは初めて知った。
二人乗り、もしくは4人乗りを買うつもりだったが、俺だけが乗る車とは別に、複数人が移動できる車も持っておいた方が良いだろう。
シェアハウス仲間の櫛田が、SUVを使いそうだしな。
「今あるスポーツカーはあるか?」
「あぁ、うん、新車なんだけど、展示されているスポーツカーがあるかな…」
そういって別のカタログを見せてくる松下も、佐藤同様なぜかよそよそしい感じがする。
社会人としてやっている仲に、中学や高校の友人が来たら、確かに接客に困るかもしれない。
ちなみに佐藤と櫛田は二人でいろんな展示車の説明を、他の従業員から受けている最中だった。
松下から見せてもらったカタログを見て、ある程度のスペックを確認する。
ある程度候補が固まったため、松下との会話を打ち切り、社員に捕まる櫛田と佐藤のいるところに向かった。
結局俺は、2ドアの4人乗りのスポーツカーの購入を決めた。
後部座席は狭いが、万が一3人で乗ることもあるかもしれない。
「いつのまにか仲良くなったようだな」
「なんか色々教えてもらったよ。ねぇ、私たちの出した候補はどうだった?」
「SUVか。一台は持っておいても良いかなと思ったな」
「いいよねSUV」
見ると新型のSUVを見て楽しそうにする二人がいた。
座高が高く、5人乗りでトランクも広いその車は、家族連れに人気なのと、俺が買う予定の車よりも運転がしやすいのは間違いない。
それなら…と俺は二人に確認を取る。
「そもそも櫛田と佐藤は免許を持っているのか?」
「うん、持っているよ!ペーパーだけどね」
「私はアルバイトで使うことがあるから、たまに運転するんだ」
「そうなのか、なら二台買っても問題はなさそうだな」
「「「えっ!!?」」」
櫛田、佐藤、松下の3人が声を合わせる。
「展示されているスポーツカーと、そっちのSUVを買う。手続きをすすめてくれるか」
一瞬フリーズしている松下だったが、すぐに動き出す。
こういう所は流石は松下だと思い出す。
柔軟で融通が利くのだ。
「二人はどっちがSUVを運転して家に行くか決めておいてくれるか」
そう言い残して松下の元へ行き、契約業務を終わらせにかかった。
詳しい説明が入り、車検証、そして俺が持っていた米国の免許証を提示する。日本では国際免許が使用可能だが、住所を移動させた後は、日本の免許証を発行してもらうつもりだ。
車の売買では問題はない。
買った後で俺の所有する会社に売却をするつもりだが、会社の住所移転も行っていないため、とりあえず俺の名義で購入を進めた。
*
話し合いの結果、スポーツカーには俺と櫛田で乗り、SUVは運転の得意?な佐藤が乗って自宅へ向かう。
諸々の作業を急ピッチで終わらせ、パソコンでインターネットにアクセスし、本日決まった自宅に住民票を移動させる。
高級ホテルのクラブラウンジをそのまま持ってきたような自宅には、個室が複数あり、そのうちの一つを櫛田が使うらしい。
合鍵を作るのも結構お金がかかるようだ。
電話で空港においてある荷物を郵送してもらう手続きを取った時には、既に夕方になっていた。
書斎を後にした俺は二人に夕食と、そろそろ帰った方が良いんじゃないかと打診しに行くと、ソファに佐藤が横になっているのを目にする。
寝ているようで、寝息を立てていた。
俺は佐藤から距離を置きソファに座る。革張りのソファが尻に良い感じにフィットする。
「ん…綾小路くん…」
「佐藤、疲れたか?」
「ううん、ソファに座っていたら気持ちが良くなっちゃって。ごめんね、勝手に寝ちゃって」
「急に連絡して都合つけてもらったのは俺の責任だ。佐藤が疲れるのも無理はない。ここで良ければ疲れをとって行ってくれ」
「うん…。ありがとうね」
「そういえば櫛田は?」
「櫛田さんは部屋でくつろいでいるんじゃないかな?そろそろ出てくると思うけど…」
「部屋を気に入ったようで何よりだ」
「う、うん。それにしても凄いね。なんでこんなにお金を持っているの?」
「別におかしいことじゃない。アメリカに行って元手で投資を初めてな。現地の知人とともに会社を立ち上げて、上手く回っている。それだけのことだ」
「うん…。それがおかしいんだけど…。あ、日本を拠点にするんだったよね。何か始める気なのかな?」
「日本ではすでに活動を始めているんだが、ベンチャーキャピタルをするつもりだ。高校を出て分かったが、皆にもやりたいこととかやってみたいことがあるだろ?弱者救済といえば聞こえは良いが、同級生を中心に貢献できることを俺なりにするつもりだ」
「そうなんだ…。綾小路君はやっぱりすごいね」
「佐藤はファッション関係なんだろ?ブランドを作るとか、デザインとか、考えていることはないのか?」
「ううん、私はまだまだそんなこと考えてないよ。大学2年生だし、就職活動すらまだ始めていないんだから」
「そうなのか。大学は楽しいか?」
「楽しいよ。でも、やっぱり高校にいたときの方が楽しかった。辛いことも苦しいこともあったけど、皆で卒業出来て良かったし、かけがえのない経験が出来たと思っているよ」
「そうだな。軽井沢と平田と4人で遊んだときが懐かしいな」
「覚えていてくれたんだね…」
佐藤が気恥ずかしそうに目線をそらす。
「あぁ、大事な思い出だ」
「ちょっと意外。綾小路君、忘れていると思ったから」
「忘れるわけはないだろ。まだ3年前の出来事だ」
「そう…そうだよね…。じゃ、じゃあ私が帰り際になんて言ったのかも覚えている?」
「それは忘れた」
「もう!!言っていることと違うじゃん!!」
プンスカ怒る佐藤の生足が生生しいなと思いながら話を聞く。しばらく黙っていた佐藤だったが、意を決したように口にする。
「あ、あのさ…。あの時はさ、恋愛が早いみたいなこと言っていたけど…今綾小路くんは付き合っている人はいるの?」
「いないが?」
「恵ちゃんと別れてから?」
「そうだな」
「じゃ、じゃあさ、もし良かったらなんだけど…」
───トゥルルルルル、トゥルルルルル
マンションに備え付けのスマートフォンが鳴る。
「佐藤、すまんが出るぞ」
「う、うん…」
スマートフォンに出ると、コンシェルジュからだった。
松下が到着したらしいので、入れてくれという事だった。
俺はそれを了承し、松下を招き入れた。
*
家を買ってから1週間が経った。
準備が整ったので仕事を開始している。
M&Aで事業購入と、株式投資、為替投資、アメリカの法人からの配当もあるため生活には困らない。
今は日本で会社の購入を勧めている。
俺はビジネスパートナーをすべて同級生で賄う予定だ。
M&Aのデューデリジェンスを相手の弁護士から送ってもらうと一つ一つチェックしていく。
その弁護士法人の事務員に懐かしい名前を見つけた。
──堀北鈴音
俺はすぐにその弁護士法人に連絡し、アポを取り付ける。
書斎にあるスピーカーを起動し、櫛田の部屋とつなげる。
「綾小路くん、どうしたの?」
「櫛田、今大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。言われてた医療法人について資料をまとめている所」
「そうか。俺はちょっと出かけてくる。来客があったら部屋に通しておいてくれ」
「ん、分かった…」
「どうかしたか?」
「やっぱり私ひとりじゃ手が足りないかも。誰か雇って良い?」
「そんな事か。問題ない。人選は櫛田に任せる」
「…給料とかどうすれば良いの?」
「企画書を作っておいてくれ。後で目を通す。給料は相場の1.5倍で構わない」
りょうかーい。と間延びした声を聞き、俺はジャケットを持って車に乗り込んだ。
*
堀北のバイト先の弁護士法人は、九段下の雑居ビルの5階にあった。
裁判所は霞が関にあるが、間近ではなく通学する大学から都合の良い場所を選んだのだろう。
近くのパーキングに車を止め、タブレットと鍵を持って訪れる。
「あ、綾小路さん、呼ばれればこちらから出向いたのですが…」
「気にしないでください。気になったものですから、善は急げといいますし」
一人の弁護士がこちらに歩いてきて慌ててそういった。
雑居ビルのためフロア全体が良く見える。
一人端で書斎の整理をして頑張っている堀北を見かけ、懐かしい気持ちになった。
個室に通され弁護士から細かな説明を受け始めるが、聞きたいことはこちらから聞くスタイルだ。
淀みなく答えられる目の前の弁護士はその手腕でここまで上がってきた弁護士なのだろう。
決してブルジョア弁護士ではないが、街の弁護士としても優秀な部類に入ることは間違いない。
説明されている地方の農業法人の購入を決め、櫛田にその旨のメッセージを飛ばすと、了解と返信が来る。
そうやって、話を聞いているうちに数時間経ち、夕方になった。
正式な契約書を作成して戻ってくる弁護士は席を外していないが、お茶出しをしてくれる事務員は帰ったようだ。
1時間事にお茶かコーヒーを出してくれるのは、会社の意向なのだろうか。
そんなことを思いながら携帯をいじっていると、個室のドアが開けられる。
「失礼いたします。お客さ…ま…」
「堀北、久しぶりだな」
「……あやの…こうじ…くん」
「偶然だな。髪型が変わったんじゃないのか?」
俺を見て絶句する堀北。
お茶かコーヒーどちらが良いか聞きに来たのだろうが、それを聞く前に足から崩れ落ちる。
俺はそんな堀北の肩を抱きとめた。
二人の顔が近づき、目が合った。
「ご、ごめんなさい…」
「謝る必要はない。疲れがたまっていたのか。来た時も書類の整理を頑張っていたみたいだしな」
「あ…。き、気づいているならもっと早く声をかけてくれたら良かったんじゃないかしら…」
「悪いな。仕事の邪魔をしては申し訳ないからな」
堀北は肩を抱いているはずなのに振り払おうともしない。
始めてあったときからもの凄い進歩だ。
少し落ち着いたのか、自分の足で立つと目的を遂行する。
「…えと、そうね…。先生からコーヒーかお茶を出すように言われたわ」
「そうだな。気分的にはココアが飲みたいな」
「…買ってこいという事?」
ギロと堀北がこちらを見てそういう。
「冗談だ。久しぶりに堀北の顔を見てからかいたくなってな」
「あなたって人は…。変わらないわね」
「そうか?久しぶりに会う同級生からはカッコよくなったって言われたぞ」
「そ、それは…否定しないけれど…」
「冗談だ。俺なんて年齢を重ねたくらいで全然変わらない。コミュニケーション能力は以前のままだ。その点、堀北は綺麗になったな」
「ありが…とう」
「せっかくだし仕事終わりに会わないか?もちろん、用事があるのなら
断ってもらって構わない。高校以来の出会いだからな、話を聞かせてくれ」
「う、うん。勿論良いわ。こちらからお願いしたいくらい。でも、あなたの仕事はいつ終わるの?」
「あぁ、後は契約書を貰うだけだ」
「大型のM&Aが決まったって先生がはしゃいでいたけれど…もしかしてその相手が貴方だとはね。私は…仕事が残っているの。それが終わってからでも良いかしら?ビル隣の喫茶店で待っていてくれる?」
「分かった」
「えっと、コーヒーで良いかしら?」
「ココアで」
「コーヒーね」
堀北が会釈をして去っていく。
その後ろ姿から目が離せなかった。
*
タバコの臭いの残る喫茶店で俺は堀北を待っていた。
堀北が普段使う喫茶店ではないだろうが、弁護士がここで休憩し、呼びに行く事も多いのではないだろうか。
クライアントとの打ち合わせだったり、相談者との面談だったりでは使われそうな古びた喫茶店だった。
俺は堀北の仕事が長引くと思ったため、近くの古書店で一冊の本を購入し、読みながら時間が過ぎるのを待った。
一度読んだ本でも何度も読み返したくなるものだ。
アガサ・クリスティーを読みながら、そういえばこんな話だったなと思いながら文字を追っていく。
名作『アクロイド殺し』の初版本。
本に集中していると、目の前のソファに人物の気配を感じた。
見ると、堀北が颯爽と座った。
「待たせたわね」
「意外と早かったな」
「あなたの同級生だと言ったら、すぐにあげてくれたのよ。何をしたの??」
「別に。俺もお前と元同級生だと言っただけだ。大金が動くからな、ちょっとした信用でもあった方が良い。そうだろ?」
「もうお金は入金されていたみたいだけど…」
「仕事の早い秘書を雇っているからな」
「そう。ねぇ、あなたは今まで何をやっていたの?東京に来てどれくらいが経つの?」
卒業してから何も言わずにアメリカに行ったから、堀北は日本にいると思ったのだろう。
俺はアメリカにいたことと、医師免許を取ったこと、そして1週間前に日本に帰って来たばかりだと説明した。
「グループチャットにも入ってこないし…」
「同級生に誘われたが断っているんだ、1年間顔を出さなかった。少し気まずいってヤツだ」
「気まずいだなんて、貴方もそんな事をきにするのね。同級生といえば、そっか。櫛田さんね」
何かに気付いた様子の堀北鈴音。
「それなら、今回私たちが会ったのも櫛田さんの策略ね」
「そうだろうな。今M&Aの情報を集めさせているが、堀北の弁護士法人で扱っているものを紛れ込ませたんだろうな」
「櫛田さんの手のひらで転がされるのは気持ちのいいものじゃないけれど、あなたに会えたのだし、お礼を言うべきかしらね」
「お前たちがお礼を言い合う中だとは到底思えないけどな」
「ふふ…それもそうね」
「それにしても堀北が弁護士なんてな、どういう風の吹き回しなんだ?」
「将来的に政治の道も考えているのだけれど、法律を知っておくのはその近道だと思ったからよ」
「確かに政治家と法律は切っても切れない関係にあるからな。弁護士試験はいつ受験するんだ?」
「あなたのように飛び級で医師免許を持つような変わり者ではないから、私が弁護士資格を取得するのは早くてもあと5年後よ」
「5年か、長いようで短いかもな」
「私たちが一緒にいた3年間はあっという間だった。だから、きっとあっという間だと思うの」
「そうだな」
「もっといろいろ話を聞きたいわ。そういえば軽井沢さんとは連絡は取っているの?」
「まだ取っていないな」
「冷たいわね」
「一度付き合っていた仲だ、嫌われている相手に会いたい人なんていないだろ」
「そうかしら?そうとも限らないと思うけど。何人か会った同級生からの誘いはなかったの?」
「仕方なく何人かと会ったが、それ以降は増えていないな」
「そう、なら私が軽井沢さんを呼んでも良いかしら?」
「軽井沢が良いなら問題ない。でも間接的に軽井沢に断られたくないからな。偶然を装って一度俺から会いに行くと決めているんだ」
「そう…そういう事ね。分かったわ。なら私からの連絡もしないでおくけど、偶然を装って会うお手伝いはしても良いわよね」
「その辺については櫛田に任せているから、櫛田に話を通してもらっても良いか?」
「櫛田さん?」
「あぁ、秘書の仕事を任せている」
その話をした瞬間、堀北がピクと眉毛を上げる。
「聞き捨てならないわね…。私より櫛田さんの方が優秀だという事?」
「流れでそうなっただけで、どちらが優秀だから任せているとか、適材適所だからという訳ではない」
「ま、良いわ。それならあなたの会社に連れて行ってくれる?」
「今からか?お前に予定はないのか?」
「今からよ。別にいつもそんな感じじゃなかったかしら?別にこの後予定はないし。櫛田さんもう帰ったの?」
「いや櫛田は会社に泊まっているから問題はないが?」
そういうと、堀北から笑顔が消える。
「…え?」
「え?」
「もしかしてあなたたち…付き合っているの?」
「いや、付き合ってないが?」
あらぬ誤解を生んでしまったらしい。
櫛田との関係を根掘り葉掘り聞かれて、誤解を解くのに30分かかった。
喫茶店を後にして車のあるパーキングエリアに二人で向かう。
堀北を愛車の助手席に乗せた。
堀北は慣れない車のドアを閉めるのに手間取っていたが、問題なく乗り込めた。
パーキングの支払いはクレジットカードで済ませ、俺も同じように車に乗り込む。
「すごい車ね…」
「堀北も車が好きそうだな」
「ええ、東京にいるとあまり乗る機会がないけど、父さんが持っているわ。さすがにこれ程の高級車ではないのだけど…。M&Aって儲かるのかしら?」
「高級車だから良いとかではないな。乗っていて楽しいか楽しくないかだ。この車は席が尻にフィットするから運転していて疲れない。乗り心地はどうだ?」
「なんか夢を見ているみたいだわ。あなたに会えて、あなたと一緒に車に乗っていて」
「夢?夢なんかじゃない。俺はここにいるだろ?」
「ええ、そうね。でもやっぱりあなたはすごいわ。高校の時もすごかったけれど、世に解き放たれたら水を得た魚ね」
「別に大したことじゃない。俺以上のヤツなんてごまんといるからな」
本当にそうだ。
俺なんて単純な作業を繰り返して、たまたまお金を転がしただけ。
賞賛すべきは俺みたいにお金を転がす人間ではなく、現場で小さい課題を解決している人間だ。
「俺はただ世の中の動かし方をちょっと知っていただけだ。堀北のように書類の整理を出来るわけでもないし、相談者の気持ちに寄り添って会話が出来るわけじゃない。書類整理一つとっても指示されたからやっているっていうのもあると思うが、愚痴の一つもこぼさずにやるんだろ?法律は詳しくないが、弁護士事務所に相談に来る人は問題を抱えているんだろ。彼らに寄り添って一緒に問題を解決する立派な仕事じゃないか。俺には出来ないな」
「…なんかあなたに言われると嫌味に聞こえるわね…」
堀北がジトっとした目を向けてくる。
「別に嫌味で言った訳ではないんだが」
「まぁ良いわ。それにしてもあなたはどこに住んでいるの?」
「もう少しで付く。実は目と鼻の先だったんだ。到着するまで堀北の話を聞かせてくれ。学は元気か?」
「ええ、兄さんは大学を卒業して、法科大学院に通っているわ」
*
「これは…やはり綾小路くんは…もはやなんとも言えないわね…」
堀北を連れて家に帰ってきた。
「綾小路くん、おかえり。あら?堀北、久しぶりだね」
「いやあなたこの前会ったばかりよね…」
櫛田がリビングで寛いでいる。
仕事が終わったのだろう。
そもそももう定時なのでなんの問題もないのだが。
「まぁ良いわ。いろいろ聞かせてもらうわよ??」
堀北から圧力を受けて櫛田と共に尋問にあった。