[chapter:エピローグ]
挨拶もそこそこに、綾小路が先導し、超高級マンションが鎮座する豪華な敷地内を歩いていく。
「学、啓誠、久しぶりだな。すまないな、今日いろいろあって、この時間になってしまった」
「綾小路ッ!相変わらずだな貴様は」
「清隆、元気そうで何より……だ。だが、話は聞かせてもらうぞ?お前は隠し事が得意みたいだからな?」
堀北学は嬉しそうに顔を綻ばせ、幸村は綾小路と並んだ。
綾小路は紙袋を一つ持つ。中に入っているのは濡れた服だった。
流石に持たせては悪いと思ったのか、キャリーケースともう一つの紙袋は天沢が持っていた。
「あーッ!やっぱりあの時のあの子じゃん!」
「ど、どぉもぉ…Aクラスで卒業したばかりの天沢一夏です、先輩方……」
「あなた!綾小路くんとどういう関係ですか!?綾小路くんには佐倉さんって言う──!」
「──ちょっ、ちょっと橘先輩……まだ、何にもなってないんですから!!」
という女性連中も着いて来た。
*
自動で開く扉、広い天上、奥行きのあるスペース。
高級ホテルのラウンジをそのまま持ち出したような自宅へ案内し、適当なスペースに座る様に案内した。
ゲスト用のカードキーを人数分計算する。
これはトイレや風呂などと、該当する個室のみ使えるものだ。
泊まっていく人数を確認すると全員だったため、長谷部と佐倉は同じ部屋、そして学、啓誠、橘で一室ずつとなった。
個室は10部屋あり、ウチ2つが俺が使用している。
残りの8部屋の内、櫛田、堀北、軽井沢、そして一之瀬が占拠しているため、残念ながら天沢の分がない。
学ならば妹の部屋でも良いかと思われたが、カードキーは持ち出されているか、金庫に入っているため手元にない。
「仕方ないな、俺が橘と一緒の部屋で良い」
という学の好意に甘え、残りの1室を天沢に当てた。
各々が荷物を自室に置きに行く間、俺はリビングを調整し始める。
色々話していると、もう午前0時を回った。
シャワーを入る女子は、2つのシャワーを代わる代わる入るのだろう。
天沢も先ほどホテルで入ってたが、橘、愛里、波瑠加と交渉していた。
とりあえず啓誠と学の分の席や、飲み物を用意する。
彼らがコンビニで買ってきたものも用意してある。
今までは堀北が主にやってくれていた事。慣れていない分、なんとかしようと四苦八苦する。
高校、大学の1年間で部屋に人を招いた経験は沢山あった。
コーヒーやココアを淹れて出していた。
いまではお酒を出す様になっただけだ。
「きよぽんッ、この前振りだね~」
いち早く出て来たのは波瑠加だった。
「波瑠加、先日はありがとうな。慣れない店内で助かった」
「いやいや、こっちの言葉っしょ!ホントに助かったよ。ってか、この家何!?やばすぎるんだけど……」
波瑠加から部屋に備え付けられたルームフレグランスの匂いがする。
「コンビニで化粧落とし買わなくて良かったじゃん……まぁ良いけどね」
「先に言っておけば良かったな。愛里はどうしたんだ?」
「愛里は先お風呂だよ~ん。どう、愛里、可愛くなってたしょ?」
「そうだな、俺はファン2号だからな」
「私と会う前に会ってたんでしょ?いいなぁ愛里は、良いファンがいて」
「……ともかく、これでやっとお前が望んだ出会いになったな」
「ま、明人はいないけどね、またやろうよ…ってか、大変そうなら手伝うよ?これでも飲食店アルバイターだからね!」
それは助かる。
そう言って、波瑠加と俺はみんなの分のつまみと飲み物の準備をした。
波瑠加にはついでにTVや音響、プールの使い方を説明した。
◇
「学は裁判官になるんだな」
「あぁ、俺は法曹界にいくつもりだ」
既に時計が深夜2時を回る頃。
俺と学、そして橘は3人、薄暗いリビングで酒を飲む。
天沢がソファで寝ているのを除けば、波瑠加と愛里、啓誠は既に就寝していた。
「というか、お前たちは結局付き合ってるんじゃないのか?」
「「──!!」」
「その反応を見るに、まだみたいだな……」
「ちょっと失礼じゃないですか?綾小路くん!貴方って人は高校1年生の時から言葉遣いが直っていませんね!目上の人に対して失礼なんじゃないですか!?」
「……そうですね、橘先輩、すみません」
というと、橘はバツの悪そうな顔で舌打ちをし、カルーアミルクをあおった。
「まぁ、良いんじゃないか?既に4年経つ。今更お前に敬語を使われても気持ち悪い」
「え。じゃあ橘先輩にだけ敬語使えば良いのか?」
「いや、それは別に使わなくても良い」
と、学がいう。
ホレ見た事かと橘の方を見ると、「私は敬語の方が良いと思って…!」とブツブツと言う。
「ところで、妹はお前に何も話さなかったのか?」
「あぁ、どのクラスで卒業したかも教えてくれなかった。東大に来たのだから、Aクラスで卒業したのだと思っていたが……」
といって訝し気な顔を見せて来た。
俺達の学年が、どのクラスで卒業したかは秘匿されている。
どこの誰も、言う権利はない。
これは、最終着地を教えてもらえていない。か、もしくは、強力な契約によって秘匿されているかなのだが、どちらなのかもいう事は出来ない。
俺は知っている。しかし、知らない生徒もいるという事だ。
知っているのは、各クラスのリーダーだけ。
俺達から漏れることは絶対にありえない。
クラスポイントが均衡した最後の学年末特別試験。その結果を。
「妹に聞いても、きっと答えは出てこないと思うぞ?」
「知っている。俺から直接聞いた事もあった。つい1年前、高校を卒業して大学に入る時だ。教えてもらう事は出来なかったが」
「……意外と適当なのかもしれないぞ?」
「そういうものなのかもしれないな。しかし、一個下の天沢はAクラスで卒業したと公表している。この違いはなんだ?」
南雲の学年も、学の学年もそう。
俺達の学年だけがイレギュラーだった。
「だが、まぁ言いたくないなら無理に聞き出そうとはしない。実際、鈴音は希望の大学に入った」
学は既に司法試験に合格し、来年から裁判官としてのキャリアを歩き始めるそうだ。
「ってか、どうすんですか?綾小路くん、女の子ですよ。あなた分かってますか?一種のバンドワゴン効果を生み出してるって。佐倉さんも長谷部さんも、天沢さんだって貴方の勝ち馬に乗りたい雰囲気出てました。アレは元生徒会副会長として許せる行為ではありません」
橘は書記止まりだった気がするが…。
「俺は恋愛には疎い方だが、残念ながら鈴音もそんな感じだ。あの真面目な妹がお前なら受け入れそうな、そんな雰囲気を感じる」
「待て待て。妹の恋愛観に口を出す兄は流石にどうなんだ?それに、バンドワゴン効果は使い方を間違えてるんじゃないか。小さなグループに使う言葉じゃないだろ」
「突っ込んでくれるな。橘も裁判官を希望してるんだが、司法試験は受かったが、裁判官には選ばれなかったんだ」
「そうか、なら弁護士になればいいじゃないか。東大なら官僚になるのも良いだろ?」
「うるさいです。ヤリチンが」
全く、酔うとどんどん口が悪くなるタイプだな。
そこで、二人を見ていて思った。
学の向ける、俺への視線が、柔らかいと。
「綾小路、お前は、何かになりたくて、生きているのか?」
「なんだ急に」
「深く考えるな、言いたいだけだ」
そういうと、学は一口、お酒を飲んだ。
「俺は3年前に言ったな。他の生徒の記憶に残る生徒であれと」
「あぁ」
そう。2年生、堀北鈴音を本気でリーダーとして成長させるために。
それに、自分自身の目的のために、学の言葉を利用した。
「だから、少しだけ、1カ月だけ空いてしまったが、高校を卒業し、大学1年生を修了したお前にはこの言葉を贈る」
──この時の堀北学の言葉を俺は生涯忘れないだろう。
「何かになろうなんて、思うな」
「…なんだって?」
「この前テレビでやっていたが、俺達の世代は、何かにならなければならないという、強迫観念が植え付けられている」
「学もテレビは見るんだな」
「裁判官はテレビもSNSも見る。『疑わしきものは罰さず』そして、世間的に炎上しそうな判決は下さない。が絶対条件だ。そもそも法律は国民が決めるんだ。極端な話、大多数の国民が殺人を無罪だというなら、無罪なんだ」
「そうとも言えるだろうな。だが、それが強迫観念とどう繋がる?」
「この俺には、貴様が現状で満足せず、決して邁進せず、冷静沈着で、絶対に他人に負けたくない性格に見える。それに、成績も残しているし、知識も経験も持っている。更に、現状を分析し、打破する知恵もある。そうだな?」
「褒めすぎじゃないか?酔っているんだろ」
「だが、だ。綾小路。お前には足りないものがある。それが何か分かるか?」
「……分からないかもしれないな」
学が何を言いたいのかは分からない。
だが、続きを聞きたくなった。
それは目の前の、ヤツの目が、俺を見て、微笑んでいるからだ。
「そうか、それならば、それを鈴音に聞くと言い。きっと教えてくれるだろう」
「…えっへん!分かりましたね?綾小路くん。学くんは貴方より賢いんです」
「……そうですね、橘先輩」
「そういうな橘。綾小路。お前にだけは言っておくが、俺達は婚約している」
──マジか。
流石に高校1年生から、大学4年生までの7年間一緒にいただけある……。
ならさっきの部屋分けの譲歩はいらなかったんじゃないだろうか。
「だからな、もし鈴音とお前が結婚することになったら」
「……なったら?」
「ここにいる橘とは姉弟になるんだ」
「こんな生意気な弟、要りませんけどね!」
そういってそっぽを向く橘。
それを見てか、学はそっと俺に耳打ちをした。
「こうはいうが[[emphasismark:茜 > ﹅]]も期待してるんだ。佐倉の話はちゃんと聞いていたが……まぁ、良い。妹もここにお世話になっているんだろう?俺からこれ以上いう事はしないが、もし鈴音を選んでくれるなら俺は歓迎する」
ここまで言ってくれた人が、今までいただろうか。
堀北学は俺に変化をもたらしてくれる。
俺がやろうとしている事。
経済学で物事を考える事。
医者として、人を救うという事。
そして、家族が、人が脈々と受け継いできた感情というもの。
「そうか。とりあえず、言葉として、受け取っておく」
「──おや?」
ん?
学が首を傾げた。
何か、変な事を言っただろうか。
だから、どうした?と聞いた。
すると、学はいや…と口にした。
そして、
「……そんな顔、出来たんだな」
と、照れくさそうに呟いた。
*
とりあえず、明日は良い日になりそうな気がした。
天沢は橘が部屋に連れてってくれて、俺たちは3時に寝た。
次の日、初めての事件が起きた。
太陽が真上の時に起きたのだ。
今まで機械的に6時には起きていた。
起きてから知った事だが、天沢は自然と6時に起きて活動していたらしい。
失った5時間。
人生で始めて寝坊したのは、5月3日の憲法記念日だった。