1
5月7日。
ゴールデンウィークが終わり、授業が始まった高度育成高等学校。
皆、初夏の訪れを感じ、高校に慣れて来た生徒は夏休みに向けてワクワクを募らせる。
11時に出勤した大学2年生の少女は、いつも通りに正面玄関から入り、階段を上がって店内へ。
一般人がどう頑張っても入る事の出来ない、高育の敷地内にあるケヤキモールである。
セキュリティ、監視カメラと完備されている店内は、シャッターなどなく、主な客が生徒のため特に接客する必要はない。
勿論、生徒からクレームが上がってしまったら問題になるためそこまで酷い接客はしないが。
そのため彼女は店内の奥にあるスタッフ一口から小さな部屋に入り、人一人が座れば精いっぱいの空間内で、自身のロッカールームのカギを開ける。
そして、作業しやすいよう手配されたエプロンを付ける。
*
「お疲れ様です~!」
同じ時間に出勤したであろう、ジムの秋山さんが声をかけてくれた。
本屋の店員がする事と言えば、発売日の本の入庫と陳列作業、そして販売。店内掃除。
それでも、他の本屋と比べると数が少ないのは一目瞭然。
ネットで注文する生徒は、直接生徒の寮に届く。
本屋は商品を注文するための、ショーウインドウでしかない。
生命線であるプライベートポイントを極力使わない様にするため、比較サイトで安い本を仕入れる。
その場でおススメされたとて、一度家に持ち帰って検討する。
今の若者である女は販売員だったが、もっと若い生徒の気持ちは痛いほど分かるため特に何も思わない。
平日の日中は特にすることがないため、入荷した本の陳列を終え、陳列棚の埃を払ったら他にはすることがない。
すると少女はおもむろにバックからノートパソコンを取り出すとワードを開いた。
[──眠たげな瞼を閉じ、男は女の頬をツツー…ッとなぞる。やがてゆっくりと磁石が反応するかのように、二人の唇は近づき──]
とタイピングを始めた。
「……そういえば、ディープキスとは、どういう感じなのでしょうか」
女──椎名ひよりがそう呟いた。
2
2か月前の3月末。
ケヤキモールのスタッフ全員が集められた集会。
学校の教室を思わせる大会議室で、管理人が説明をし始めた。
「残念ながら、生徒達からコスメショップを入れるように要望があった。そのため、店内の配置変更の可能性がある」
隣に座る本屋の店長と、もう1名のスタッフがピクリと額に汗を流す。
椎名ひよりは二人の緊張した顔とはことなり、場に相応しくない、焦点の合わない目を管理人に向けた。
「一番、プライベートポイントを貰っていない店は、本屋だな……貰っている店はカフェ、カラオケ、映画、む?電気屋も少し落ちているか」
情報格差やITリテラシーの格差をなくすため、生徒の携帯からは新品のものであれば好きに注文が出来る。
本も家電、アクセサリーも例外ではない。
管理人は続けて言った
「本屋……参考書が売れているが、それ以外はほとんど売れていないな。参考書は塾にもある、理事長の決定次第では、立ち退きもあり得る」
「そ、そんな……」
「うわぁ、どうしよう……椎名さん、どうしましょ……」
「そうですね。なる様にしか、ならないと思います」
椎名以外の二人は正職員である。
運営元はケヤキモールとは別の会社にあり、国から毎月いくらか支払われることで運営している。
数年前に暴行未遂事件があってからというもの、運営元の会社も厳しく、そして高育に出入りするスタッフだって、厳しく調査されていた。
本屋の店長、40代の女性と30代の女性スタッフが焦っていた。
3
正式に通達されたのは、4月になってからだった。
5月中の立ち退きが要求されたのだ。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは、いつもありがとう」
ノートPCから目を上げて生徒の接客をする。
彼は良く買ってくれる2年生の男子生徒。
バーコードを読み込み、携帯のプライベートポイントで支払ってくれる。
「小説の進み具合はどうですか?」
「そうですね、1次選考には間に合うと思います」
「そうですか……!それは良かったです。またよろしくお願いします!」
「こちらこそ、またよろしくお願いしますね」
元気よく頭を下げて、カバーをかけた小説をスクール鞄に入れて帰って行った。
5月になり、店内に張り紙が出される。
[閉店のお知らせ]
ケヤキモールのフロアマップにも出されているであろうそれを見ても、元担任教師と会話が交わされた程度で他の変化はなかった。
◇
目の前、もとい、すぐ後ろにいる天沢一夏をチラっと見て、俺は考える。
昨日、彼女はホワイトルームが用意した1Kアパートを引き払う事を決めた。
アパートの郵便ポストの中には鍵と、天沢の身分証明書が入ってあった。
アパートは天沢の名前で契約をしており、2年分の家賃は支払い済みらしい。
鍵を開けても家具も家電も何もない部屋を見て、天沢は勝手にそれを解約し、解約払戻金で2年分のお金を手に入れた。
ちなみにここはリビングではない。俺の書斎である。
リビングはなんと、堀北学の法律講座が行われており、啓誠と同じ塾10人の男女と、全く帰る素振りを見せない橘茜、佐倉愛里、長谷部波瑠加の顔ぶれがあった。
なんでも、今回の講座で手伝ってくれたらバイト代を出すと学が二人に持ち掛け、それに賛同した感じだ。
なぜここのスペースを使っているかというと、近くにレンタルスペースを借りたが、それだと採算が取れないとの事で、橘が強引にすすめたのだった。
昨日、寝起き眼でリビングにいくと既に始まっていた。
塾生全員と、学に挨拶をされた俺は、有無を言わさず了承させられたのだ。
「橘先輩も強引ですねぇ、ま、許可する先輩も先輩ですけど」
「人の事をお前が言える状況じゃないんじゃないか?」
「え?あたしに、黙って1Kのボロアパートに住めって言うんですかぁ?無理ですよぉ、そんなの」
「ま、ホワイトルームに金がないのは確かだな」
天沢が見せて来たのは身分証明書と解約の書類。そして、封筒に入った240万円だった。
まったく使っていないため退去費用は請求されず、敷金2か月分含む初期費用は支払い済みという事だろう。
それでも、月10万円なら都内だと安い方な気がする。
「先輩、全然起きてこないからびっくりしちゃいました。ここにご厄介になるために、済ませることは済ませちゃおうッ!て事で」
俺の書斎にはソファとテーブルの応接スペースがあるが、天沢はそこには座らず俺の座る椅子の背もたれに手を乗せていた。
天沢が本気で俺の首を狙うのであれば、致命傷になり得たかもしれない。
彼女はいつの間にか洗濯をしたのか購入したのか分からないが、パリッとした小さい髪の毛と同じ色のブラウスを着て、下はミニスカートを履いた秘書の様な様相であった。
ちなみに天沢の第二ボタンは開いており、何がとは言わないがレースのヒラヒラが見えていた。
ツインテールの、いたずらっ子の様な表情は顕在だな。
「昨日はよく眠れたようですねぇ」
「あぁ、寝坊したのは初めてかもしれないな。お前と同じで、6時には目が自然と起きる習性になっていた。だが、酒を飲んだのと昨日1日色々ありすぎた。疲れが溜まっていたのかもしれない」
天沢が家に帰って来たのは昨日の夕方。
俺は1日ゆっくりし、翌日会話をする予定を立てていた。
「そうですか。先輩もそういう時があるんですね。大丈夫ですよぅ!あたしがいるんで!なんでもします、何をすればいいんですか?」
「そうだな、お前は何がしたい?」
「あたしですか?あたしは先輩にお仕えしたいんですぅ」
甘えた声を出す天沢が、腕に力を込めた。
「そうか、分かった。それはしろ。それをした上で聞く。お前は何をしたくて、何で俺に貢献が出来そうだ?」
「そうですねぇ……大体なんでも出来ると思いますけど……そういう事を聞いてるんじゃないですよね。じゃ、あ。やっちゃいます?」
そういって天沢は、直接俺の肩に触れ、目を見て来た。
香水をつけすぎているのと、天沢の目が綺麗な事が分かった。
挑戦的な目つきだった。
──ホワイトルーム、ぶっ壊しちゃいましょう♡
4
それから俺は天沢の計画を聞いた。
計画自体、とても良くできたものだった。
今持っている人脈だと少し心もとないが、費用は問題ないだろう。
つい数日前まで高校生をやっていたとは思えない、完璧な計画だった。
そこから俺は1本電話をかける。
電話の相手は月城であった。
電話が終わると海外のエンジニアにメールを送る。
その間、天沢は俺の部屋のテーブルで企画書の作成を行ってもらう。
実行は翌日。
全て終わると、俺は天沢に向き合った。
「最高です、先輩。あたし、今すごく生きてるって感じします」
「お前が作った企画書が良かった。俺は少し色を加えただけにすぎない」
「いえいえ、謙遜しないでください。計画完了まで3年はかかると思ってましたケド、これだと1カ月で終わっちゃいますヨ?良いんですかジワジワ楽しまなくって」
「楽しむ時間が必要なのか?お前はホワイトルームにいる可能性の高い、八神拓也を救いたいんだろう?」
「……まぁそうですけど、でも、本当にあたしは先輩の役に立ちたいんですぅ。立ってるって証明したいんですぅ~!」
先ほどまで目の前にいた天沢が、いつの間にか俺の椅子の後ろで俺の髪をもてあそび始める。
「十分役に立っている。まさかこうやって企画を持ち込んでくれるとは思わなかった。流石、天沢だ」
「やった!褒められちゃったぁ」
と、嬉しそうに俺の耳たぶをなぞる。
「もうお仕事、終わりですよね?あたし……先輩のしゃぶりたいなぁ……」
「しゃぶるって、何をだ?」
「先輩のちんこですよ、お♡ち♡ん♡ぽ♡」
「そうなのか、結構しゃぶった事あるのか?」
「ないですよぉ。当り前じゃないですか、ネットで見たんですよ、無修正の、先輩以外のお♡ち♡ん♡ぽ♡を」
そういって天沢は右手でわっかを作り、そこで見えないバナナか何かに見立て、舌で下からなぞった。
「ンンッぅ~~~!はぁ♡……と、こうやって、先輩のを丁寧に、愛情込めてしゃぶりたいなぁって思ってるんですよねぇ」
そういいながら天沢は唾液をためてクチュクチュとやり始めた。
「エロイ感じがするな」
「です?先輩、ちょっと立ってますかぁ?立っちゃってますかぁ~?♡どぉ~れッ……」
と、そろそろと天沢が俺の下腹部を触ろうとした時だった。
書斎の扉の隣にあるモニターからコール音が鳴る。
『きよぽん?夕食出来たよ~!!こっち来て~!!』
「あぁ、すぐ行く」
モニターのカメラが起動しない様、調節していて良かった。
天沢は情事を邪魔され、すねた顔をしている。
彼女は俺からちょっと離れ、「ちぇッ……長谷部先輩、邪魔すんなよ……」と呟いた。