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5月5日のこどもの日。
2日の夜から家に入り浸る、堀北兄と橘茜。そして三宅を除いた綾小路グループ。
朝の8時になると自然と書斎にコールが入り、「ご飯が出来た」旨を教えてくれる長谷部か佐倉。
少し遅れていくと返答し、時間を伝えて了承してもらう。
8時半になると、リビングへ向かう。
二人ともエプロンが似合っている。
長谷部は飲食店のアルバイターだ。だからハンバーグとか、焼き魚とか、安定した料理をするが、佐倉は少し凝ったものを作っている様だ。佐倉はアイドル事務所で一人暮らしが長いからか自分で料理を作って慣れているんだろう。
長谷部波瑠加も高育で自炊をしていた筈だが、コンビニでの買い食いも多かった。
コロッケや揚げたチキンを買って良く食べていたからな。
今日の朝ごはんは佐倉が担当したらしく洋風である。
ミネストローネのスープにバゲット、ルッコラとミニトマト、ペコリーノロマーノチーズを削ったサラダ。
そしてカリカリのベーコンと目玉焼き。
「お口に合うか、分からないけどッ!」
と言った佐倉を前に、「美味そうだな」と言って席に座る。
当たり前の様に既に食べている学、橘、啓誠は3人で会話をしており、俺への挨拶もそこそこに司法試験の話題を繰り広げていた。
学の講義は10時から始まる様で、一昨日は11時に起きたので分からなかったが、昨日は9時半くらいから啓誠の塾仲間が集まり始めていた。
天沢は既に食事を終わらせ、自室で何かしている様だ。
啓誠は大学2年生なのに司法試験を目指していると言っていた。
もっと大学生は遊んでも良いと思うんだけどな。
長谷部は携帯をいじっているかと思うと、「ちょっと行って来るね!」と言って玄関へ向かっていく。
そういえば……今日は綾小路グループの集まり。
長谷部波瑠加が言い出した、5人が会う日だったか。
彼らを見ていると1年生の時に寮の自室に帰ると、当たり前の様にいた池、須藤、山内を思い出す。
池や篠原の話がここ3日間で出てこなかったところを見ると、高校生から大学生となり、自然と人間関係が希薄になっていると感じる。
各々、大学生活や職場などでコミュニティを形成しているのだろう。
誰も浪人しなかったところを、考えあぐねて進学をしないという、天沢の様な生徒もいるかと思えばそうではない様だった。
ケヤキモール買収の当日。
天沢は俺の書斎は使わせず、自室のデスクで仕事に当たらせる。
朝食を食べていると長谷部波瑠加に連れられた、三宅が現れた。
「清隆……久しぶりだな」
「明人、元気そうで、何よりだ」
いつもはポーカーフェイスにも関わらず、引きつった笑みを浮かべる明人。
後ろではニッコリ笑う長谷部波瑠加が立っていた。
2
綾小路グループに言えることだが、俺の権限はない。
「じゃあ!発表するね」
と言って長谷部波瑠加がチャットグループに文章を送信する。
皆は携帯で同じ文章を読んだ。
「啓誠も今日は1日オフらしいから、ちょっと遠出したいと思いま~すッ!!」
書かれていた文章はこうだ。
[9時半 出発→12時 那須塩原到着 ランチ→動物園→17時 帰宅]
そして下の方に、いくつか観光地が書かれてあった。
「那須塩原?栃木県にしたのか?」
「うん、ディズニーとか、富士急ハイランドとか、他にも行きたいところ沢山あったんだけど、明人が免許持っているでしょう?車で移動しようかなッて」
というのは長谷部だ。
「皆東京だからさー。少し自然と触れ合った方が良いと思って。動物園は愛里の発案ね」
「うんッ!動物園にカピバラさんとか、ハシビロコウがいるんだよね。きっと皆も和むと思うよ!」
「場所は問題ない、面白そうだ。オレはレッサーパンダに興味がある」
というのはくいッと眼鏡を上げた啓誠だった。
「車で2時間ちょっとか。少し早めに出ないと12時のランチは間に合わないかもな」
「そう!だからもう出たいんだけど、どうかな?」
明人が携帯で順路を調べ、長谷部が提案した。
俺は昨日の夕方、櫛田達と会話をした時の事を思い出した。
彼女らの背景には、およそ日本らしくないホテルの景色が広がっていた。
「少し待ってもらえるか?佐倉と長谷部、啓誠も。お前たちは一昨日からここにいるが、明日の予定は?」
「私は昨日事務所に顔出したんだけど、事務所には不思議と事情が伝わっていたみたいで、イベントが勝手に欠席になってたんだよね……だから明日もここにいようかなって。あ、でもGW明けからは戻って来るようにって言われたから、後2日。7日の夕方には帰るよ」
「俺は明日は堀北先輩の講義に出る予定だ。司法試験は7月。今から2か月後だからな、追い込みをかけないといけない。でも、必須という訳ではない。たまの休息も、脳を休ませるために必要だと分かっているからな」
「私はバイトの休みを貰ってるから心配いらない♪むしろ全然空いてる。講座の運営を手伝ったバイト代が堀北先輩から出るからね♪」
「オレは今日明日はオフだ。本当は3日の夜に合流したかったんだが、家が少し離れていてな」
愛里、啓誠、長谷部、明人と、明日の予定を聞く。
啓誠が少し心配なところはあるが、俺の提案は問題なさそうだ。
「そうか、じゃあせっかくだし現地で1泊しないか?俺も日本に戻って来て、ニュースやテレビ番組、映画を見た。那須塩原には口コミの良い旅館が沢山あると聞く。お前たちが許可するなら費用はこっちで負担しよう。どうだ?」
「きよぽんそれ…さいっっっっこう!!!」
「賛成だ」
「良いのか?金額負担なんて。オレも少しは金に余裕がある、一部出してもいいが」
「うんッ!!いいねいいね!ちょっと旅館調べてみるね」
長谷部波瑠加と啓誠の賛同を得られたのは大きい。
三宅は長谷部と付き合っている事もあって、お金周りの問題を気にしている。
気にするなとは言いたいが、気にして減るようなものでもないと思えた。
逆に好感が持てるとも言える。
すると佐倉が携帯を持って、俺と三宅の間にやってくる。
主に俺に携帯を向けて、オススメの旅館一覧を出して来た。
俺は一番高い旅館をタッチして、夕食付きを選び、愛里にURLを飛ばしてもらう。
三宅がさらに引きつった顔を見せるが、特にその場では何も言わなかった。
俺は愛里から来たURLをタッチして予約、決済を進めた。
バケモンを見たみたいな表情をする三宅をよそに、佐倉愛里が「ありがとッ!」と言って、「予約した情報、送ってもらえる?」と続ける。俺は予約番号がついた旅館の画面を、アプリで共有するを押して愛里に送信した。
「大丈夫だ、明人。でも、そう言う事なら一つお願いをしても良いか?」
「お、おう」
「車の運転を頼みたいんだが、大丈夫か?」
「あぁ、お安い御用だ。運転には慣れている」
そういって明人は今日、初めて口角を上げた。
3
三宅明人は後悔した。
携帯は通知がなり、たびのしおりに旅館の名前が加わった事を教えてくれた。
問題は、車であった。
「左ハンドル……なのか?」
目の前の1,000万は超えてるだろう高級車に、先ほど手渡された鍵。
実を言うと鍵を渡された時から嫌な予感はしていた。
「普段は櫛田が使うんだが、今日はいないからな。一応会社の共有財産だ」
「櫛田……?会社……?清隆、お前は今何をやってるんだ?」
高校の同級生がバケモンだった。
親元がすごいのだろうか?清隆は父とあまり仲が良くない印象を持っていた。
それなら和解したということか?
金持ちの親の子の、道楽。
中学時代や地元には悪の先輩も多く、お金の感覚は磨かれていた。
中学の同級生が高校を中退し、建設事業を立ち上げて、仲間数人で羽振りの良い稼ぎを上げている話も聞いていた。
地元の有力会社の息子に知り合いがおり、金銭感覚の違いから距離を離す。
そういう事もあった。
三宅は両親共に堅実だったが、真面目過ぎるところもあり、損な役回りをすることが多かった。
だから、金持ちに対して少し懐疑的だ。
「櫛田には会社を手伝ってもらってる。今はいろいろやってるが、メインは医者だな。副業で会社運営をしてるんだ」
と、いつもと変わらない淡々とした声でそう説明をしてくれた。
三宅の頭には一切入ってこなかった。
和気あいあいとテンションの上がる佐倉に長谷部。
それに早々に助手席に乗り込む啓誠が、目の端に映っていた。
◇
左ハンドルのSUVであるが、5人乗りと小さめだ。
これに乗るのはパプアニューギニアから帰り、佐倉と会って櫛田に迎えに来てもらった時だろうか。
「……なんで俺が真ん中なんだ」
車に乗っていて一番ケガの確率が低いのは助手席である。
それはハンドルを握り、逃げられない運転席と比べ、助手席の取り回しが楽だからなのと、運転席と同じよう視界が開けているからだ。
そして同様に、一番ケガの確率が高いのが運転席である。
そうなると後部座席はどうなるか、だが、助手席の後ろ、運転席の後ろ、そして真ん中。という事になるだろう。
愛里と波瑠加はくっついて座る。
波瑠加は明人と付き合っている。
ならば、必然的に愛里は真ん中になる。
そう思っていた。だから邪魔にならない様にと、助手席の後ろの後部座席をあけてすぐの所に座った。
すると反対側から愛里がドアを開けて乗り込んだ。
待っていると、部屋からお泊り道具を持ち込みトランクに積んだ波瑠加が、俺側のドアを開け、乗り込んできたのだ。
「きよぽん、ちょっと詰めて」
と、そう言っていた。
4
「やべぇ……清隆、オレは初めて運転の楽しさに感動している」
「あぁ、眩しいようならサングラスもあるから言ってくれ。場所を教える」
車で移動中。
明人が震えながら俺に話しかける。
ドイツ車の安定感たるや凄まじいものがある。
ドイツには無制限で速度を出せる道路がある。
速度無制限の道路は、世界に二か所しかなく、もう一つはイギリスのマン島という所だ。
こちらは田舎道のため、80キロ以上の走行から危険が伴う。
一方でドイツのアウトバーンA20は、300キロの距離が無制限であり、踏む場所として有名だ。
つまりドイツ車は高速時の事故に対して、衝撃の強い設計になっていると言える。
ドアの重さ、それにステアリングの重さ。
速度が乗る、乗らないにも関わらず、日本車と比べてハンドルがずっしりと重い。
そして、長時間運転していても疲れないゆったり感。
タブレットをそのまま搭載したかのような、そんなナビゲーションを那須塩原に設定した後、近くのインターチェンジから高速に入ってからというもの、大人数を乗せているから安全運転で行こう。なんていう長谷部の助言も聞かずに、明人は140キロで首都高を飛ばした。
「あ、明人君……?」
「あきってこういう所あるからなぁ……」
「……そうだな……」
SUVの後部座席は広いはずだ。
そのはずなのに、俺の足は閉じられていた。
席に座ると、男なら足が開き、女なら閉じるだろう。
パーソナルスペースの広さ、といってもいいかもしれない。
龍園なんて大股を開いて座るしな。
にも関わらずなぜ、俺の足が閉じているかというと、外的要因でしかない。
となりに座る長谷部と佐倉の太ももが、俺のパーソナルスペースを侵食しているからに他ならない。
佐倉は運転席と助手席の間から景色を見るように、こちらに少し身を乗り出しているし、
波瑠加は波瑠加で明人が運転席にいて後ろを見れない事を良い事に、身体をぴったりとくっつけていた。
背徳感を感じるものの、佐倉が身を乗り出しているために仕方なく。と言えるのかもしれない。
佐倉に場所を変わるかと提案したが、「え?なんで?」と言われてしまっている。
それに、目の前のドリンクホルダーには先ほど買ったコーヒーや、家から持ってきたつまみやガムなどが置いてあり、既に場所を変わるのも、席が固定されて出来ない状態だ。
長谷部波瑠加が足で俺の足をツンツンしてくる。
長谷部波瑠加は、前を向いて、携帯をいじりながら皆の話を回していた。
「やっば、今日泊まるとこ超良いところじゃん、よく予約取れたね?」
「俺も見ていた。おもてなしが凄いらしい、小グループが泊まれる6つしか部屋のない専用の旅館だな、めったに泊まれないようだ」
「愛里が見つけてくれたんだ」
「夕食も楽しみ!黒毛和牛が出るんだって!」
「女子と同じ部屋か、ちょっと大丈夫か」
啓誠と波瑠加、そして佐倉がそんな心配をしている。
ちなみに明人はサングラスをして運転を楽しんでいた。
「大丈夫だって、あたし達の仲じゃん!なに?啓誠くん、20歳にもなってそんな感じなの?」
「……16歳から一緒に過ごしてるんだ、俺は別に気にはしないが、女子は、お前たちは別に大丈夫なのか?」
「あたしは明人と付き合ってるしね♪別に気にする事じゃないかな」
と、そういった。
そしてボソっと呟き、俺の太ももに、波瑠加の太ももが押し付けられる。
チラと下に目をやると、安定感のある腰元が目に付いた。
それに呼応するかのように、佐倉愛里も「あッごめんね」と言いつつ、俺の下ろしている手に触れた。
「旅館だから布団なのかな?配置は……どうしようね?……きよぽん♡」
囁くような、吐息を多く含ませた、そんな声音であった。