1
起きて、携帯をいじる。
1階のベッドルーム、4つあるベッドの内、対角線上のベッドでは、三宅明人が寝息を立てていた。
左奥、右奥、左手前、右手前と配置されており、右奥と右手前は、布団が使われており、三宅と長谷部のカップルが横並びだと分かったため、オレは左手前を使った。
扉の奥は音がしておらず、誰も起きて活動していないと判断する。
11時。
昨日は二回出した。
一回目と二回目では量が異なるが、ほとんどランニングなどの運動で性欲を解消しているため、ほとんど出すことはない。
俺はマスターベーションはしない。
だからって二回目の方に手を抜いたかと聞かれるとそうではないと答えられる。
女の内心で、心の奥底で求めるもの、その先に応える事が何よりも重要だからだ。
しかし、俺にも普通に性欲はある。
食欲、性欲、睡眠欲という3大欲求。
ホワイトルームで食欲、睡眠欲という二つはコントロールの対象になっていた。
小さなエネルギーで大きな活動をするための食のコントロール。
少ない時間で体力を回復させる睡眠。
当時の担当はその二つを管理することで、性欲のコントロールも出来ると判断したのだろう。
単純に、性欲と恋愛、身体とホルモンのバランスが、科学的根拠に乏しい分野だから軽視していた可能性もある。
オーガズムは麻薬と同じだが、男女で過程が異なる。
一本道の男、歩きながらも見る景色を変えることが出来るが、女は道が曲がりくねった迷路のように複雑だ。
女は男と一緒でなければ、オーガズムを感じることは出来ない。
オーガズムを感じることが出来ない女は、人間的に欠陥を抱えている。と、不安になる事もあるようだ。
そのため、自己理解が必要になる。
ならば、理解した先で、理解されない過去を持っている長谷部波瑠加の様な人間はどうすれば良いのか。
そもそも、理解してもらいたくもないという過去。
言ってもどうせ理解してもらえないなら、明かさない。
更に、過去を打ち明けた大事な友人に、クラス全体に一部をバラされ、いじられ、裏切られた過去を持つ長谷部波瑠加を。
俺には察し、行動し、上書きしてやる事しかできない。
カウンセリング後の処置が終わった後、ふき取ったティッシュには血が付いていた。
水に流せる、絹の様なそれを、俺は確認した後トイレで流した。
社会には根深い闇が広がっている。
表面上だけしか分からないが、櫛田に裏切られた過去を持つ波瑠加は、生涯、結婚するまで過去を明かさない可能性が高い。
既に病気は、障害レベルまで進行していた。
個体差はあるが、女子が8歳から、男子が10歳から始まる第二次性徴期。
通称『思春期』の始まり。
その時に、長谷部波瑠加は何かしらのトラウマを植え付けられた可能性が高い。
それでも考えるだけ無駄だ。
生産性がない。
本当に無駄なことをしてしまった。
だが昨日のキスを思い出す。
愛、歪んだ愛。
それが俺に、長谷部を研究対象として、面白く感じさせた。
興味のない人間と対象外にした人間が、興味のある人間へ。
知りたいという自分自身の欲求。
過去は変えられないが、未来、長谷部は何を俺にもたらしてくれるのだろうか。
俺自身に宿る闇。
それを長谷部が少しでも満たしてくれるのなら、まだまだ利用価値があるというものだ。
2
11時半に、ベッドルームの扉が開かれる。
「おっはよ~!!明人、きよぽん、朝だよーってか、いつまで寝てんの?もう昼なんですけど~!」
そういって長谷部波瑠加が部屋に入って来る。
波瑠加は真っ先に三宅明人に寄っていく。
そして、明人の身体をユサユサと揺らした。
「ねぇ、起きて~?ねぇってば!」
「………お、波瑠加か………今、何時?」
「もう12時になるよー!チェックアウト、2時で良いってフロントが!ご飯出てるから、来て?」
頭が未だに深い夢の中をさまよっているような、そんな三宅。
俺も寝たふりをする。
「もう、早く来てね!」
というと、俺の寝ているところに来る。
波瑠加は俺には触れず、少し離れたところから「きよぽんも~!!ねぇ、寝すぎだって、そんなに仕事忙しかったの?」と声をかけて来た。
3
皆で12時半から昼食を食べる。
啓誠と明人は露天風呂に入り、俺は室内のシャワー。
愛里と波瑠加は、既に露天風呂に入り、そのまま女用の小さな温泉で身体を醒ました様だ。
「ほんっとここ、最高だったねぇ。終わりたくないなぁ……」
「波瑠加ちゃん朝からそればっかり…もう、うるさいよホント」
「寝すぎた感が凄い…まだ頭がボーっとしている」
という三宅。
コーヒーの匂いでなんとか目を覚ませようとしている。
ドライヤーまで気が回らなかったのか、髪がまだ少し濡れていた。
「俺もだ、昨日は相当飲んだ。日本酒は次の日起きれなくなると、先輩が言っていたが本当の様だ。ハイボールも飲んだが、酒の種類をはしごしてはいけないというのは教訓だな」
「ゆきむー、ほんと真面目な顔して昨日はガブガブ言ってたもんね」
「啓誠くんすごく飲んでたもんね……アレだけ飲んで吐かないのが凄いよ」
「きよぽんは?昨日解散した後どこ行ってたの?」
ぼーっとする二人と比べ、元気な、何かが変わったかのような微小な変化を見せる二人。
長谷部波瑠加から質問を受ける。
「本館のバーに行ってたんだ、少し物足りなくてな、2時までやっていたから、何杯か飲んだ。俺は一人でいる時間がないとダメなんだ」
「…分かる、分かるぞ清隆」
と同調してくる啓誠。
「へぇ、だからだ。なぁんかあたし達に遠慮したのかなって思っちゃってた。ね?明人」
「あ、あぁ…」
と照れる三宅。
二人が行ったキス。それに照れているのか。
「でもきよぽんは二人よりも意識がはっきりしてる感じかな?相変わらず顔に出ないよねー」
「清隆くんがめったに感情を表に出す事、ないよね?」
と愛里は頭を傾げた。
「そんな事はない。顔に出ないからこそ損をすることもある。でも三宅よりはマシだと思う。だから三宅、今日の運転は俺が変わる。良いな?」
「あぁ、助かる。悪いな」
「りょ!じゃあ、今日のプランを発表するね、みんなちょっと寝坊しちゃったけど、帰りの時間が少し遅くなるくらいで予定通りいけそうかな!ゆきむーの行きたいところ行って、あと途中那須の有名なパン屋に寄って……あ、パン屋先の方が良いかも!お土産は昨日買ったし、後はケースバイケースで行こ!」
4
帰り道。
那須塩原を満喫した俺達は、帰路についた。
日本では高速道路でしか使用が出来ない、自動運転システムを作動させつつ、ハンドルに手をやり不測の事態に備える。
助手席にいるのは三宅明人。
「清隆、お前に関係のない話かもしれないが、少し良いか?」
「どうした?」
先ほどまで波瑠加達の雑談に加わっていた三宅が、俺に話を振ってくる。
「龍園と、その周りの事だ。」
龍園。
何度か話題に出た事もある、高校時代の元1年Cクラスのリーダー。
「お前はどこまで知っているか分からないが、あいつは卒業時、クラスの生徒と共同して、会社を興す始めの費用を高育に請求した」
高育卒業時に貰えるボーナス。
龍園は進学せず、起業の道を選んだか。
「オレの地元の会社、名士すらも食いそうな勢いで土地を買ったり、口コミで客を集める事で潤した観光地。商店街も青年部も一目おいて、この1年間、あいつのおかげで見る見るうちに影があった地元が明るいものに変わって行ったんだ」
「そうか、龍園もいろいろやっているみたいだな」
「市と協力してな。じいさん方との交渉も上手く行ったらしい、補助金もうまく活用して、地元を盛り上げていたんだが……」
そうして三宅は少し暗い顔をする。
「俺は龍園の会社の系列でバイトしているから、噂が入って来るんだが、住人が増えると今度はそれを取り込もうとする第3の勢力が、虎視眈々と狙って来た」
「大企業ならやりかねないんじゃないか」
日本は少なくとも、資本主義国家なのだから。
「それが少し、いや本当に困ったことになったんだ」
「どうしたんだ」
すると三宅は口を噛み、言いにくそうに、続けた。
「高円寺グループの、ショッピングモールが建設予定なんだ」