1
モテるのね。
気付いていた。
坂柳さんも、一之瀬さんも、軽井沢さんも、櫛田さんだってそうね。
軽井沢さんから聞いた情報だと、佐藤さんも──。
だそうだ。
それに松下さんとも、3年生の時に判明したけれど、少し怪しい。
後輩のたまたま2年生の春に会った天沢さん。
彼女も、だろうか。
そして、フランス旅行から戻って来たときに櫛田さんが何かに気付いた。
誰か、彼にとって重要な出会いがあったという事に。
それが誰なのかは分からない。
1年生の時の初めての友達とも呼べる男子。
いつの間にか兄さんに認められ、徐々にその実力を発揮してくれた。
3年生の時に裏切られたけれど、それも未熟な私を見切って突き放したんだと思えば納得が行く。
1年で戻って来て再会してからは、水を得た魚の様に、ありとあらゆる全てのものを持っているように見えた。
まだ私は彼に認められていないのかもしれない。
そういう思いもあるが、それとは別の感情が芽生えたのも事実。
この再会のチャンス、逃してはならない。
「──絶対、私が綾小路くんを射止めて見せる」
彼は人をツールとしか思ってないわね。
だから、私は、ツールとして、使われてあげる。
先日したキスを思い出す。
熱くなる身体。
2台持っている内の1台の携帯を取り出すと、とあるグループチャットに映っている1枚の写真を見た。
胸がいたくなる。
複雑な気持ち。
これが恋なのか。
独占欲なのか。
「──とりあえず、寝取らなくてはならないわね」
ポツリとそんな事を呟き、ハッとする。
そんな事を思うほど、自分は病んでいるのだろうか。
寵愛が欲しくて欲しくて、たまらないのだろうか。
でも、そうすることで、自分の気持ちがはっきりする事は分かる。
さぁ、誰にも渡さないわ──。
2
堀北鈴音は大学2年生。
大学に通いながらも法律事務所に通い、更にK・Aの社員として、大手飲食チェーンの監査役を務める。
スケジュールはパンパンだが、一番重要なのは勿論単位だが、K・Aからの給料がとてつもなく、もう大学を卒業する意味もないんじゃないかとは思わなくもない。
法律事務所にも所属しており、K・Aからの一部の依頼は私がいるという事で通してもらっているため、2重で綾小路くんからお金を貰っている事になる。
同僚……は3人いる。
リビングでPCを並べて、難しい顔をする3人。
軽井沢さん、一之瀬さん、そして櫛田さん。
軽井沢さんはアパレルブランドの会計をチェックし、一之瀬さんは外国の会社の監査を。そして櫛田さんが残りをやっているようだ。
櫛田さんがいつも、目がどんよりしている所を見ると、ざっくりと残りの仕事。というのは申し訳ない気がしてくる。
「ごきげんよう、皆様方」
そしてもう一人、いや、二人、坂柳有栖と、天沢一夏。
天沢さんは今日もケヤキモールに行ったとか。
更には自動車免許を取得するとの事で、忙しそうにしていた。
「いらっしゃい、坂柳さん、待っていたわ」
「おや、相変わらず櫛田さんはあまり寝ておられない様ですね」
「綾小路くんの無茶ぶりが凄まじい事になっているから、そうなのかもしれないわね」
「オフェンスをする側のわたくしと、綾小路くんに、ディフェンスをする貴方たち。どちらが大変か考えるのは失礼というものですね。それで、社長は?」
「あぁ、今来ると思うわ。座って待っていて」
というと、坂柳さんは我々から少し離れた、一番ふかふかのソファに腰を下ろす。
一番取り回しの良い私が紅茶をいれて、持っていく。
相変わらず今日も一人、SPを連れている。
アルベルトくんに似た黒人の人。
紅茶を出すと、相変わらず話しかけられた
「業績は良いようですね」
「良いか悪いかすら、分からないわ。桁が違い過ぎて。そもそも社会人経験もない私たちは手探り状態でやるしかないのよ」
「そうですか、そういえば、神崎さんが出入りしていると?」
「会社外の人間に教えることは出来ないわね」
そう返答しても、相変わらず余裕な表情。
やはり坂柳有栖は、私の二手も三手も先を見ている。
「堀北鈴音さんは、なぜ綾小路くんがこんな慈善事業を行っているのか、考えた事はありますか?」
そこでふと疑問に思った。
確かに、なぜ私たちにチャンスを与えてまで、私財を投入し、社会勉強の機会を与えるのか。
もっと効率的で、合理的な方法は考えていそうなものなのに。
しかし、分からない。
「おあいにく様ね。綾小路くんが何を考えているのか、分かった試しはなかったわ。2年間一緒にいても、一度もね」
「そうですか」
と言って、フフッと言って紅茶を飲んだ。
コト、と紅茶を置く音が反響した。
奥で櫛田さんが、「あぁ~~~!!分かんねぇ!」と叫んでいる。
「もしかしたら私たちの中に、綾小路くんの好きな人がいるのかもしれない。と言ったら?」
坂柳有栖は喧嘩を売るような、そんな目線を向けて来た。
と、そこで書斎の扉が開かれ、彼が現れる。
「悪い、少し会議が長引いていてな」
合わせるかのように坂柳が立ち上がった。
彼はワイシャツにスラックス、そして革靴のビジネススタイル。
私は「失礼するわ」と言ってその場を後にした。
3
「東京だけじゃなく、地方へも導入か。そう来るとは思っていたが、早かったな」
「えぇ、そう思います。北は北海道から、南は福岡まで、ですが、地元の優良企業から導入依頼のコンタクトが。リストは既に送っていると思いますが」
「同業他社から依頼がないという事は、やはり目の敵にされているんだろうな」
「おっしゃる通りかと。手の早い中小企業が中心です、どうされるのですか?」
自動タクシーのビジネスをやりたいのなら、輸入したり、日本車を使用したりと、出来ないことは無い。
しかし、これだけ実績を積み、既に1カ月以上の動員のある米国製のタクシーとの動線を確保しているのは、その日本法人であるニコラ・ジャパン。坂柳に任せている会社なのである。
「どうしようって言ってもな……ニコラは喜ぶだろうが、地方の優良企業の力を借りるのもな」
「地方で事業を拡大するにあたって、優良企業の力を借りることでスムーズな事業展開が出来るでしょう。地方は筋を通す事が大事ですから」
「そういう所はあるだろうな」
「ですが、値段交渉はあり得ます。タクシー会社と同じ価格を求めて来て、差分を企業の売上にする。なんて条件のものもありますので」
「それはあるだろうな。その代わり、土地代や、充電器の確保を代わりにやってくれる事もありそうだ」
協業事業の場合のメリットデメリット。
実際、東京の事業は利益を絞ったやり方だ。
今で最大の収益を上げているが、それは1台当たりの収入源である動員時間が長いだけの事。
同業他社が価格を下げてきたら利益がマイナスになることだってあり得る。
「良いだろう、優良企業とやらの協力を受けることにしよう」
「良いのですか?」
少し、渋ると思っていた。
綾小路くんは、将来的に全ての収益を我が物として、収束すると。
「あぁ、ただし、基本料は、6月から100円上げる。1キロ当たり、300円。全部の車両でだ」
「なるほど。そういう事、なのですね」
「そうだ」
「貴方はやはり、日本での事業拡大に関心がない、と?」
「そこまでは言わない。目的の違いだな」
そういって、綾小路は携帯を取り出す。
話を切られてしまいましたか。
「台数は何台くらいを考えている?」
「全て換算して、5万台ほど、と考えています」
すると綾小路くんは携帯で誰かにコンタクトを取り始めました。
私は冷めた紅茶を飲み干します。
すると、堀北さんが、新し紅茶をいれて持ってきてくれました。
彼女は、そういった指導をどこかから学んだのでしょうか。
「話は上手く行きそうな訳?」
目の前で電話をする綾小路くんを見ながら、堀北さんが話しかけてきました。
「はい、別に、上手く行かせるのはわたくしではなく、判断を仰いだだけなのですが」
「どういう意味?」
「わたくしの意志ではない。という事です。綾小路くんの意志で、わたくしが動き、その結果が未来である。という事」
少し、難しい事を言ったかもしれません。
すると綾小路くんは電話を切って、こっちに向かって言います。
「坂柳、ニコラと繋げるからスケジュールを教えてくれ。輸入業務だ」
そして、綾小路くんは堀北さんを見ました。
「堀北、ついでだ、法律事務所でもお前でも良い。リーガルチェックのために同席してくれ」
「え、良いけど」
「頼んだぞ、後でスケジュールを送ってくれ」
そう言って、目で下がる様指示してくる。
堀北はついでに綾小路の空いたコーヒーを持って帰った。
4
堀北さんが再度コーヒーを淹れて戻ってきた後。
綾小路くんは次は自分から質問をしてくれました。
「今日、神室は一緒じゃないんだな」
「はい、真澄さんは、大学があるので」
「お前も大学生だそうだが、今更大学なんて行ってもつまらないんじゃないか?」
「綾小路くんが飛び級などというつまらない事をしなければ、わたくしもハーバード大学への留学を検討していたのですが、まさか1年間で戻って来るなんて思いませんでしたからね。それに、当然勉強になるものですよ。研究の道には進みませんが、大卒、もしくは院卒は取ろうと思っています。世間の目を考えると、取っていても損はありませんからね」
「将来的には何をやるつもりなんだ?」
「さぁ、どうでしょう。天才の末路なんて、意外とつまらないものなのかもしれません。人並みに好きな人が出来て、人並みに結婚し、人並みに子供を産み、好きな人と添い遂げる。そんな事が出来れば、と、人並みの幸せを感じたいですね」
そういって坂柳は紅茶を飲んだ。
「天沢さんの件、お礼は十分程頂きました。高育の経営が危ない事は分かっていましたが、父は全てを言いませんでしたが寄付をしたのは貴方ですね。綾小路くん」
「別に気にする必要はない。俺の目的のためだ」
「そうですか、つれないお方、ですね」
しかし、いつまでもその仮面をかぶっておられるのでしょうか。
「優しい方」
「なんだって?」
「いえ、なんでもありませんよ」
西日が差し、エアコンが効いている。
それでもブランケットはいらない。
遠くで「やばいんだけど!マジ分かんない…助けて一之瀬さん」という軽井沢の声が聞こえて来た。
「そういえば、ハーバード大学の医局での、専門はなんだったのですか?」
と、言いながら坂柳は杖を強く握った。
「そうだな、心臓外科医だ。他にも学んだものはあるが、一番はソレだ」
「そうですか」
そして坂柳はニヤリと笑った。
「手術は、お願いしても良いですかね?」
「時が来たら俺が対処しよう」
「その時は綾小路くんに裸を見られてしまいますね」
愉快な声がリビングに轟いた。