1
K・A社内で体制変更があった。
櫛田先輩が決めた、櫛田先輩がパンクしないための変更。
会社携帯を坂柳有栖先輩に貸し出してからというもの、より多くの情報を仕入れることになったために、決められたルール。
〇坂柳、天沢
綾小路先輩の完全特別部隊
〇櫛田、軽井沢、堀北
振られた案件を管理する部隊
〇一之瀬
何をやっているか分からないが、外国との取引をしている模様
〇綾小路先輩
無尽蔵のATM
そして、出入りする業者として、佐藤先輩や松下先輩がいる。
坂柳チームに入れられたあたしは、少し特別感を感じていた。
「アメ車のリムジンって響き、カッコよくないすか?」
「いや、でもアメ車って私の会社じゃないからさ」
「えぇ?でも予算貰っているのはあたしですよね?」
「あはは、まぁそうだけど、燃費とか、クッション性とか、諸々見てもウチの会社のヤツの方が良いと思うよ」
「それは松下先輩が自分の得のために言っているだけであって、実際にどうかは分からないですよね~?」
と、そこまで言うと目の前の女子は苦笑いをする。
運転手付きの車。
どうせなら1台買うかという鶴の一声で決まった車。
坂柳先輩の高級車も良いが、全てを任せるのはいささか申し訳ないという堀北先輩辺りの声で決まった事だ。
なんでも、高育に行くのに、坂柳理事長に関連した所属は極力消したいとの事。
強力な助っ人が手に入り、綾小路先輩も少し嬉しそうな事を言っていた。
「坂柳には逆らうなよ、天沢」
と、そういう事らしい。
あたしが1年Aクラスの時は2年Aクラスだった坂柳先輩。
確かに、少し強者感があって、話していて面白そうな気がする。
「車は決まりましたか?」
「ゲェ!」
遅れて来てやってきたディーラーで、坂柳が連れて来たのは見知った顔。
「お久しぶりですね、天沢さん」
「坂柳さんにも話が行ってたんだね……それに、月城、さん?」
「貴方は松下さんですね、話したことはありませんが、覚えていますよ」
「月城元理事長代理は、運転手として雇い入れました」
「運転が好きなもので、天沢さんもよろしくお願いしますね」
そういって細めを向けて来る男。
「どうも綾小路くんは女性だらけの職場で居づらいご様子。私のようなダンディなメンズが入る事で、均衡を保とうと考えられたのではないですか?」
「あまり調子に乗られない方が良いかもしれませんね、貴殿を採用したのは、綾小路くんの意志によるもの。元理事長代理程度で彼の深淵なる思考を見通せるとは到底思えません」
「おや、まだ杖を蹴った事を根に持っているのですかな?私は貴方の父とも懇意だというのに」
「綾小路くんが権力を得られたから、勝ち馬に乗りたい気持ちが見え見えなんですよ、月城さんは」
バチバチに言い争っている二人。
天沢は呆気に取られたが、二人のやり取りを見て見方を変えた。
それに、関係者の登場が、自身の目的がスムーズに達せられそうな、そんなイメージも持てる。
「面白くなってきましたねぇ」
「おや、天沢さん、そんな顔も出来るのですね」
「えっと……で、どうしましょう。こちらの車で良いんですか?」
そういって、話に加わってこない松下が決裁を仰ぐ。
「主役も来ましたので、決定としましょうかぁ。あ、カードで支払いをお願いします」
天沢は携帯のカバーに備え付けられたクレジットカードを出す。
松下は機械に通しながら、売買契約書への捺印を促して来た。
天沢は手荷物の中で印鑑を取り出し、数度試し押しをした後に押した。
しばらくして頼んだ車が路肩に停まる。
日本に1000台と走っていないだろう、全長の長い、富裕層御用達の車。
その内装に付けられているビニールをペリペリと剥がす社員達。
「これで、4台目……。1年で1台出れば良い方の、超高級車が2か月足らずで4台……。去年1台も売らなかった私が……」
呆然と、眼を見開く松下先輩。
「あ、そういえば今あたしも免許取ってる途中なんですよ。もしかしたらもう1台……いや、巨乳先輩と2台頼むかもしれません」
「巨乳先輩って、一之瀬さんかな?……う、うん。その時はよろしくね」
後ろの方で大慌てで清掃、点検を済ませるディーラーの社員達。
出された紅茶は坂柳先輩の口に合わなかったのだろうか。
大理石を歩き、あたし達は店を後にした。
向かうは高度育成高等学校であった。
2
櫛田達に任された仕事。
それは、買収した会社が潰れない様にすること。
既に担当という概念はなくなっている。
櫛田、堀北、軽井沢の3人で、飲食チェーン、タクシー会社、アパレルブランド会社、医療法人、農業法人を管理している。
管理とはいえ、実際に管理するのは会社の人間。
私たちはオーナーの意向を伝え、対処するだけであった。
5月の坂柳来訪で、新たに任されたタクシー会社の管理も含め、応対に四苦八苦する。
「売値を1.1倍にするって……」
そうとう厳しいが、決算を見ている側からすれば、妥当な線。
それでも少し少ないという事が分かる。
「一番改善されるのは飲食チェーンだけれど……顧客が離れてしまったらどうするのかしら?」
「そんなの、関係ないのかもよ」
と、会話をしていると鳴らされる櫛田の電話。
『お疲れ様です、医療法人、経理部長ですが……』
連日対応に苦慮している。
無理だ、顧客が離れたらどう責任を取るのか。
そればかり。
給料の補填は問題ないと繰り返すも、これは決定事項だと告げるも中々了承がもらえない。
軽井沢ですら、暇があればアパレルブランドに行っては宥めている。
櫛田も一度一緒に同行したことがあったが、印象は良くなかった。
堀北も農業法人の出庫先に、ノーを叩きつけるのが大変そうだ。
「これは決定事項です。貴社の判断というより、自社の判断。もし価格が見合わないのならば、取引を停止せざるを得ないかと思いますが?」
『そうですか、そこまで言うなら、社内で検討しましょう』
農業法人は既に、別の出庫先を見つけている。
今の取引先を失った所で旨味はあれど、痛みはない。
既に比較をし、良いところを探し出していた。
物価の高騰は今に始まった事じゃない。
じわじわと、日本の物価が上がっている。
感染症に、米騒動。
世界は徐々に狂っていっている。
平穏な場所など、どこにもない。
乗りこなすには、勝ち馬にのるしかない。
この混沌とした世界で、勝者になる。
ゴールデンウィークの長期休暇から帰って来て、次の日に抱いてもらった事を思い出す。
まだ、お腹の中にアレが残っている気がする。
「くふッ……ふふふふふ」
「……櫛田さん?どうしたの?」
堀北がこちらを見て来た。
彼女も虎視眈々と狙っているのだろう、綾小路清隆を。
少なくとも彼の庇護下にいれば、未来の心配をしなくても良い。
「生娘が心配するような事じゃないカナ?」
「……あなた、最近は満面の笑みでいじる様になってきたのね……」
「数日前の、情熱的に求めて来た彼を思い出しちゃったの」
というと、キッとこちらを睨んできた。
「どこかの誰かさんが、何かを意識して脱毛サロンに言っているのは、分かり切ってるんだよねぇ~」
「おあいにく様ね。同年代なら、皆やっていることでしょう?別に、何かを意識したからって訳じゃないわ」
「今でも彼の隣に立てる、だなんて誇大妄想を浮かべている訳じゃないヨネェ?それなのに、なんでそういう事するの?あ、須藤くんかな?そろそろ元1年Dクラスの同窓会、やろうって企画してたもんね、元リーダーの堀北さん?」
「少しリードしたからって調子に乗ってるんじゃないかしら?彼は軽井沢さんと付き合っていたのよ?それに、私とは1年生の始めから友人だったわ。友人に手を貸すのはいけないことなのかしら?私はそうは思わないわ」
「へぇ……?そう?」
バチッと火花が散るかのように、二人の視線が交わされる。
「ちょ……二人とも、あたし電話中なんだけど……」
と、軽井沢が携帯から顔を離し、二人に向けて声を上げた。
「そうね、ここじゃなんだから、少し離れましょうか?櫛田桔梗さん?」
「望むところよ、堀北鈴音」
時刻は夕方になっていた。
二人はバーカウンターからグラスを二つだし、氷を入れる。
つまみを出して、晩酌を始めた。
やがて17時半。
定時である。
明日からの大学、そして訪問を前に、二人はバチバチにやり合ったのだった。
3
結構無理かもしれない。
そんな事を思ったのは、文化の違いに戸惑ったからだ。
格差を是正し、誰も見捨てないという信念を持った一之瀬帆波。
彼女ですらも、想定外の出来事はある。
1人自室にこもり、対応している時、南国とのオンライン会議が終わった後。
何かを隠している。
現地を任せている社長夫婦。
明細で分けられた、K・Aの口座には、毎月膨大な金が入っているにも関わらず。である。
何か重大な欠陥を抱えていて、それをオーナーである私に誤魔化している。
誰かの力を借りないと、損失が出てしまうかもしれない。
なにで誤魔化しているのかは分からないが、雑談すら少しで、いつものウェルカムモードな社長夫婦がテンションで乗り切った感があった。
現地にいる、渡辺くんを頼るべきか、もしくは──。
考えを張り巡らす一之瀬。
どうしようか、最後の最後まで考える。
そして、到達する答え。
管理する南国には、エネルギーの中継地点としての土地の再開発の話もある。
ここでとん挫するわけにはいかない。
そして一之瀬は決定者にコンタクトをとった。
『一之瀬か?どうした?』
「もしもし、ごめん、忙しかったかな?」
『いや、大丈夫だ』
「今何していたの?」
『今?今は石崎と土木作業をしている』
意味が分からない。
5月の後半。
あまり家に顔を出さない綾小路くん、石崎君って……龍園君のクラスの……?
とりあえず、懸念していた事じゃなくて安心した。
「土木作業中にごめんね」
『なんの謝罪だ』
「っと……PPLでトラブルがあったかも。社長夫妻は何かを誤魔化している」
『あの夫婦か……何かを隠しているってのは、海外だと良くある話だな。一之瀬の見解は?』
「売上ではないと思うな。少ない証左だけど、多分次のプロジェクトの第3者の介入があったと思う」
『石油の中継地点のヤツか、漏れたとしたら大変な事だ、どう対処するつもりだ?』
「私が現場に行くのは、得策じゃない、よね」
『あぁ、言語も文化の壁もある、厳しいだろう』
対処について、任せられるだろうことは分かっていた。
だから、考えていた事を提案する。
「それなら、会社で自動タクシーと、あと神崎くんを借りれないかな?」
『ニコラの車を?それに神崎?なぜだ?』
「監視カメラと、システム設計だよ、綾小路くん」
答えは分かっている。
彼の考える事、思考、そして布石。
1年生の時に恋をした相手。
一番、何を考えているか、思考を学んだ相手。
貴方なら、私がこの結論に至るのも、分かっていたんじゃないかな。
言い切って数秒後、彼が答えを提示してくれた。
『流石一之瀬だ。車の手配は坂柳を通してくれ。俺が了承したと伝えれば良い。神崎はHP制作が落ち着いただろうから、動かせる範囲で依頼をして貰えば問題ない。予算は?』
「200万円程あれば、出来ると思うよ」
『上出来だ。[[emphasismark:良くやった、一之瀬 > ﹅]]』
そういって電話を切った。
久しぶりにチームを組む、神崎君。
麻子ちゃんにも声をかけるべきか。
それに、元Bクラスでも頼れる人がいれば声をかけよう。
英語が得意な、元Dクラスの王ちゃんも、引き入れることが出来ればありがたい。
早速神崎君にメッセージを飛ばし、明日、来てもらう事にした。
「──桔梗ちゃんが一歩リードってとこかなぁ?でも、彼の事業の、その先を知っているのは誰よりも私だと思うなぁ」
海外出張で見た、営業トーク。
見据える未来。
最終日に、綾小路がどこに行って、何をしていたのかは既に知っている。
彼が悪魔の子だとしても。
世界に混沌をもたらす存在だとしても。
愛している。
最後に笑うのは、私だ。
──綾小路くんとやったわ!
宣戦布告。
そんなの、私だって。
出張以降、手を出されることは無いが、こちらも手を出してあげる事もない。
甘いケーキは毎日食べていると飽きる。
でも、そろそろ。
「食べたくなる頃かな?アイドルの子や、メンヘラの子を食べて、胸やけがして可哀想。桔梗ちゃんの様な、ヤンデレもタイプじゃない──よねぇ??」
右手の人差し指を顎に当てて、一之瀬はそんな風に呟いた。