1
次の日からはジーパン、ジージャンのセットアップではなく、石崎が用意してくれた作業着と足袋、そしてヘルメットで土木作業を行う事にした。
カンカンカンカン……──。
定期的音の鳴る現場。
少ない人数。
声を掛け合う作業員。
その内の一人。
「おう、今日は朝からか」
朝の早い時間帯から、朝礼を終えて現場に出る。
ちなみに朝礼の担当は石崎であり、時任も一緒。
現場の作業規模から考えても、100人以上はいないとおかしい。
が、見渡す限り、ポツポツと10人×5か所。
そんな弱音を一切はかない石崎と、昨日は宿舎の食堂で飯を食べ、一人部屋で就寝する。
「綾小路!電話多すぎだ!そんなんじゃバイト代出せねぇぞ!」
ニヤリとこちらに注意をしてくる石崎を見やりつつ、一之瀬からの電話に対応する。
櫛田、堀北、軽井沢、それに坂柳は電話はかけてこず、特に坂柳はグループチャットにも参加をしていなかった。
急ぎ、一之瀬との電話を切り、石崎に返事。
「悪い、私用によるものだ」
そういって現場に戻る。
◇
「「「お疲れ様ですッ!!」」」
作業をしていると一際大きな挨拶が現場に響き渡る。
俺も挨拶の元へ目を向けた。
3日目にしてとうとうお出ましのようだな。
「綾小路が……なにしてんだ?」
「久しぶりだな、龍園」
「龍園さんッ!良いだろ?人が足りたなかったしな、綾小路も暇だって言うんで」
久しぶりに見る龍園。
眉間に皺をよせ、こちらを睨みつけて来る。
コイツからすれば、通常運転なのかもしれないが。
「少し、稼がせてもらっている。良いバイト代が貰えるって聞いてな」
「へッ。そうかよ」
そういって顔を横に向けた。
いつもの、嫌な笑みが見えない。
少し考える素振りをした後、こちらに目を向けた。
「綾小路、少し付き合え、石崎、良いな?」
2
龍園はスーツ姿のまま、ヘルメットを被り現場に出て来た。
俺とそのまま現場を出て、近くのベンチへ行く。
そしておもむろに自販機の前に行き、紙タバコを出した。
未成年とは思えない風格だが、コイツは確か19歳だったはずだ。
俺と龍園は同じ10月の誕生日。
だが、吸い慣れているかのように、似合っている。
「おらよッ!」
と、投げられるのは缶に入った、ブラックコーヒー。
「作業員のカッコウも似合っているぜ」
やっとそこでニヤリと笑みを向けて来た。
「事業を始めたんだってな、葛城と、石崎とか?」
「……テメェ、一年間、どこで何をしていやがった?」
気軽に聞いたつもりだったが、逆に訝し気な目を向けられてしまう。
龍園はタバコをくわえ、ライターで火をつけると大きく吸い込み、口から煙を吐き出した。そのままタバコを口で挟みながら、自分のコーヒーのプルタブを開けた。
質問は、質問で返されてしまったか。
「アメリカにいた。大学を1年で卒業し、起業もしてる。お前ほどじゃないが、人を何人かは使うくらいの会社だ」
「ふふふ、いや、お前の情報は入ってきていた。ハーバード大学、だろ?大層な大学じゃねぇか、それに石油も動かしてんだろ?どうやったか知らねぇが、ランキングに入った事も耳に入っている。誤魔化すのはよせ」
と、言いながら、コーヒーを一口飲んだ。
「バカは知らねぇだろうが、日本ででかい事をやろうとしてるって事もなんとなく分かってる」
俺が目を外して、何も話さないでいると、こちらの目をじーっと見て来た。
「……別にでかい事とは限らないんじゃないか?お前の価値観と俺の価値観を一緒にしないでもらいたい。俺は俺のやりたいことをやるだけだ」
「そうかよ。相変わらず底の知れねぇヤツだな」
と言った。
そして、ベンチに腰掛け、足を大きく広げて座る。
俺にも座る様に声をかけて来た。
俺は二人分程席を離して座る。
龍園が二人分の足を広げているからだ。
そして龍園はグイッと缶を上まで上げた。
「上手くやれていると思っていた。じいさん連中も歓迎モードでな、地銀の融資も早かった。高育卒業生というのも、追い風で、思うがまま事業展開をしていったよ」
「石崎から聞いた。年商5億という話じゃないか」
「口が軽いなアイツは」
そして龍園は少し遠い目をする。
「1年、早かったな。だがよ、オレは何度でも蘇る。失敗は失敗じゃねぇ、成功するまで何度も挑戦すれば良い。オレの喧嘩のやり方は知ってんだろ?」
「仕事は喧嘩じゃないぞ」
「分かってんよ、そんな事は」
と言って、愉快そうに笑った。
「それに、失敗したって決まった訳ではないんじゃないか?」
「ふふふ、オレに金でも貸してくれんのか?いいや、オレは受け取らねぇ。綾小路、特にお前からはな。プライドが許さねぇ。良いか、もう資金は底をついてんのさ。来月入って来る金も、給料には程遠い。お前のバイト代で最後かもしれねぇ」
そう、龍園らしくないつまらない冗談を繰り出す。
「精々稼いでいくと良い、じゃあな」
と言って、龍園はその場を後にした。
いつものヤツは身を潜め、社会の中で縮こまっていた。
3
1週間経った給料日。
1週間も仕事をしていると、入って来る情報もある。
途中、一之瀬が用事があるという事で車で迎えに行っていくつか仕事を頼む以外は、早朝のミーティングと後は定期的な櫛田チームの報告を見る程度で、他には土木作業に集中した。
家にジムのマシーンや機械があるためたまに身体を動かすものの、ここまで身体を酷使して働いたことはない。
石崎はこちらを試す様に、足場材の数も、回数も上げて来る。
ホワイトルームでも、高育でも行ったシャトルランをやっている気分だった。
汗はあまり流れなかったが、これが足で稼ぐことか。
と思う。
2時。
今日は雨で、朝で終わり。
石崎もおらず、現場で一緒になった全員で、ハイエースに乗って宿舎に帰って来た。
中に入ると、扉の前に立つ見知った顔。
そういえば、午前中に連絡を貰っていたか。
まだ昼飯は食べていないとは言え、読書仲間だし、声をかけることにした。
というより、こちらの存在に気付き、寄って来た。
「綾小路くん、やっと戻って来てくれたんですね」
「ひより、ここで会うなんて新鮮だな」
相変わらず抑揚のない声だが、少し焦った様子。
しかし、俺とした約束はまだ守られていなさそうだ。
「はい、新鮮ですね」
「汗臭くないか?少し雨も降って来た、今日はシャワーを浴びて……」
「綾小路くん、お願いです。こちらに来てもらえないでしょうか」
いつもとは違うひよりの様子に、俺もギアを入れ替える。
仕事。
という事だろうか。
目の先にあるのは、会議室。
「良いのか?ここに入れるという事は、龍園の許可は?」
「いえ、取っておりません。私の判断です」
「参加してもしなくても、何も変わらないかもしれないぞ?」
「ですが、何も変わらないのなら、少しでも変わる道を選びます」
ひよりが真剣な眼差しで見つめて来た。
が、やはりどこか焦点の合ってないような、そんな視線。
「わ───」
「分かった。シャワーをしたい気持ちはあるが、とりあえず参加する」
何かを言いかけたひよりの言葉を遮り、俺は参加を表明する。
◇
扉を開く。
目の前にいるのは、5人。
葛城、龍園、石崎と、相対するのは二人のスーツの男。
5人の目が一斉にこちらを見た。
「……すまない、遅れた」
「あっやの……こうじだと?」
そう呟く葛城。
「悪い、遅れて一人参加してもらう、こいつはウチの従業員だ」
フォローに入るのは石崎であった。
龍園は苦虫を嚙み潰したような顔で、こちらを一瞥し、目の前の紙に向かい合っていた。
ひよりが扉を閉めて中に入る。
広い会議室に席は余っているとはいえ、俺達は奥から龍園、葛城、石崎と並ぶ中、一つ席を空けて座った。
「一括返済とは、どういうことだ?」
と話すのは葛城。
「紙に書いてある通りです。当行といたしましても、業績が悪化している貴社への資金投入は、回収の見込みが立たずに貸し倒れの危険性があると判断しました」
「……てめぇ……融資するからと、無理に引き受けた案件もあんだぞ……?」
「それとこれとは別の話です。そういった利益の出ない建設案件を受けるから、見通しが立たなくなるのでは?それに……証拠はあるのですか?」
「……くそッ!!」
石崎が噛みつくものの、返り討ちに合う。
取締役の3人。
銀行側も相手を見て、上手く取り入れられる相手が石崎だと判断したのだろう。
融資の取り付けに合わせて、案件を買い取らせるという行為は、許される事ではない。
龍園や、葛城ならば証拠を残したのだろう。
だが、相手は石崎だったのだ。
龍園はスーツの男を睨み、何も言わない。
「葛城、龍園さん、すまねぇ……」
「謝るな石崎。それに、1件だけの問題じゃない。急に辞める従業員が増えたり、単価が下がったり、表面上では納得の出来ない事が多かった。始めから、仕組まれていたのかもしれん」
既に葛城はそう考えていた。
銀行から提示された1枚の紙。
メインバンクの、融資の一括返済を求める用紙。
その額、10億円。
「まて、石崎。返せねぇ額じゃねぇ」
「なんだって?」
と、代わりに言ったのは葛城だった。
「おい、お前たち、10億円今返せって話じゃねぇだろう?」
「はい、分割返済に応じる構えです」
龍園は知っていた、返済に猶予がある事を。
「今残ってる金はいくらだ?石崎」
「はい……しかし龍園さん」
「言え……」
「建設事業では、もう500万円ってとこで……来月入って来る金が2,000万円程」
「困りました。雀の涙ですねぇ……」
「早まるな、オレが管理している建設以外の口座に2億入っている」
合計で、2億2,000万。
しかし、これが無くなると、来月から。後は来週の週払い従業員の給料が支払えなくなる。
そして、二人いた内のもう一人、50代の中年が初めて口を開いた。
「2億2,000万。ですか、融資額は10億、利子いれて10億2,000万。8億円の負債。という事になりますね」
「どうします?支店長」
「どうもこうも、当行の口座、凍結するしかないでしょう」
「おい!!それはやりすぎなんじゃないのか!」
「石崎!熱くなるな!」
石崎と葛城が声を上げる。
「もう、先はないでしょう。龍園社長、このまま続けるおつもりですか?当然、連帯保証は3人されておりますので、自己破産しない限りは、返済を続けてもらう事になりますが……」
空気がピリつく。
淡々と話し続ける支店長。
「我々もあぶない橋を渡りましてね。プロパー融資。ご存じですか?創業2年目で、本来は貸せない額を貸したのですよ。契約書にも書いてありますでしょう?銀行からの融資と言えど、明確に法律で規定された以上の制約があると、言いましたよね。葛城取締役」
そう言われ、葛城も目を瞑り、歯を食いしばる。
「納得いかねぇ!!」
石崎が立ち上がる。
「龍園さんは、返すって言ってんだろうが!!残りの8億。3人で均等に割ってよ。10年だろうが20年だろうが、返す!それで良いだろ?」
「良いのですか?3人で10年間。単純計算でも一人2億7千万。10年だと、毎月225万円の支払いですよ?それに、10年も待てません。利子も付けなければなりません。最大で年利15%。更に3年が限度です。そちらでよろしければ──」
石崎が項垂れた。
葛城が目を伏せた。
龍園が、笑った。
「それでいい。それで契約書を持ってこい」
「?良いのですか?貴方が謝罪するのなら、手前どもは……」
「ちょっと良いでしょうか」
と、どこからともなく声があがる。
俺の隣にいた、ひより。
ひよりは携帯を見ながら、一言も発さずにいた。
石崎と、銀行員2名。それに、葛城さえひよりの方を見た。
「──銀行が潰れたら……お金はどこに返せば良いのでしょう」
「「は──?」」
ピピピピピピピ。
鳴り響く通話音。
支店長と呼ばれた男は、携帯を取り出す。
今時、ガラケーであった。
「ちょ、っちょっと失礼……」
『し、支店長、とんでもない事が……!!!』
「どういう事なんだ?」
というのは石崎。
龍園は、先ほどから携帯のとある画面を見ていた。
そして、まもなく来るニュース。
「最高だ……最高だぜ……」
龍園が愉快そうに目を見開いた。
「ふふふ、銀行さん、潰れちゃいましたね」
ひよりのふわふわした、愉快な声が会議室に響く。
わなわなと震える銀行マン。
支店長の手から、携帯が落ちた。
ひよりの携帯の画面では、銀行の株価の推移が上下していた。
数日前から徐々に下がり始め、現在。とうとう、株価は一直線となった。
そして、取り上げられたニュース。
龍園の見ていた画面。
[大手ゼネコン、超重大な法令違反により許可の取り消し、解体へ]
「はっぁはっはっはぁ……笑いが止まんねぇ……!!」
「おい、どういう事だ。椎名、龍園?」
「なんだ?助かったって事か?おい、お前たちどうしたんだよ?」
3人の前には、眼を見開き1点を見つめる行員が二人。
わなわなと震えていた。
「おい、お前らは帰れ。おい!石崎ィ!!」
「へい!」
「葛城も、社員を集めて着替えさせろ!車を出せ!元請けに話を聞きに行くぞ!!」
龍園がワイシャツの第二ボタンを外した。
やっぱり、龍園はこういう時が一番生き生きとしている。
龍園は俺の後ろを通って、扉をドンッと開いた。
「西野!!銀行へ行って預金を全部下ろせ!アルベルトを連れていけ、金を全部下ろすまで帰って来るな!」
「え?え?何急に」
宿舎がガヤガヤし始めた。
宿舎の大きなモニターに、大手ゼネコンのニュースが流れて来る。
流れに乗じて銀行員がそそくさと帰って行った。
そして。
「綾小路ィ!!」
「どうした?」
「礼は、必要か?」
「?何を言っているか分からないが、もらえるものは貰っておく」
「あ?調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
そういう龍園は上機嫌で、俺の肩をバンバン叩いた。
「なぜ買収しなかった?オレはお前の好きそうな餌を蒔いたはずだ。お前の会社でもそろそろ日本の地銀を手に入れると判断し、株価を下げていた。どうしてだ??」
「投資家を逃がすことで精いっぱいで、何も考えていなかったな。それに──」
「あ?」
「オーナーの顔を覚えていない行員は、ちょっと失礼だったんじゃないか?」
「……ふっ。違いないが、表に出てこないお前も悪いんじゃねぇか」
「そうだな…」
言い負かされてしまった。
それから龍園は何度か俺の肩を叩き。
宿舎玄関に集まった従業員と共に、アイツは一人センチュリーに乗り、東京に向かった。
時刻は2時50分。
預金を回収し終えた西野が、キャッシュケースを金庫に入れた。
その間30分。
「そういえば、礼を貰っていないな」
「そうですね、ふふふふふ」
俺達は二人、食堂で、ひよりのいれたコーヒーを飲んでいた。
そこへドタドタと、宿舎へかけてくる足音がした。
「綾小路!!やっと見つけた!椎名も!仲良くしてんじゃないよそんなヤツと!」
短髪の女子。
初めて会ったのは、1年生の無人島試験の時だったか。
「こんにちは、伊吹さん」
「これで懐かしい顔が揃ったな」
「和んでんじゃねぇ!おい、久しぶりに勝負しろ!!」
伊吹が女子大生らしい服装をしつつ、シュッシュッと、似合わないがファイティングポーズを決めて来る。
「──あら?」
椎名の目が、色素を帯び、眼の焦点が合った。
「どうした?」
いえ──。
もしかして、初めて見たかもしれません。
貴方の、笑う所。