※この作品はR-18です。

ようこそ実力至上主義の社会へ   作:〇彪

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5-7 残ってる

 5時半になり、私は目を覚ましました。

 誰かと一緒にいたぬくもりが、それでもぽっかりと残されたような、胸の痛みを感じました。

 

 出来る事ならこのまま眠ってしまいたい。

 でも、このまま眠ったら、起きることが出来なくなってしまいそうで。

 

 起きて、服を着て、そして、ポーチを持ち、部屋を後にしました。

 

 宿舎の食堂で眠っている石崎君に気付くこともなく。

 手に持っている鍵を、西野さんの靴に入れて、パンプスを出して、履きました。

 

 

 まだ、ボーっとした頭を、そのままの状態にして、一度家の最寄り駅に到着します。

 始めて嘘を付いて、泊まった日。

 

 私は駅に到着して、改札を出ます。

 

 *

 

 改札はよそよそしい顔で、朝帰りを責められた気がした。

 わたしはゆうべの服のままで、浮かれたワンピースがまぶしい。

 

 風邪をひきそうな空、一夜にして、街は季節を超えたらしい。

 

 まだ、あなたが残ってる。

 からだの奥に残ってる。

 ここもここも、どこかしこもあなただらけ。

 でも、忙しい朝が連れて行っちゃうの。

 

 いかないで。

 

 いかないで。

 

 いかないで。

 

 いかないで。

 

 わたしまだ、昨日を生きていたい。

 

 

 

 駐輪場で鍵を探すとき、かき氷いろのネイルが剥げていた。

 

 造花のひまわりは、わたしみたい。

 

 もう夏は寒々しい。

 

 誰かがタバコをけしたけど、わたしの火はのろしを上げて燃え続く。

 

 まだ、耳に残ってる、ざらざらした声。

 

 ずっとずっと近くで聞いてみたかったんだ

 

 

 あぁ

 

 

 首筋につけたキスが、じんわり。

 

 いかないで

 

 いかないで

 

 いかないで

 

 行かないで

 

 秋風が街に馴染んでいく中で。

 

 わたし、まだ昨日を生きていた。

 

 *

 

 私は純正のイヤホンから流れて来る音楽を聴く。

 

 家の途中のコンビニで、勘のいい母を欺くために、穴の開いているコンドームをそっと捨てた。

 

 

 それは、昨夜の出来事をなかったことにするためではありません。

 

 むしろ逆でした。

 

 なかったことになんて、出来るはずがなかったから。

 

 私はずっと、物語を読む側の人間でした。

 

 本の中の誰かが泣いて、笑って、恋をして、傷ついて、取り返しのつかない選択をしても、私はいつだってページの外側にいました。

 

 安全な場所から、登場人物たちの人生を眺めていた。

 

 失敗しても、私の傷にはならない。

 誰かが誰かを裏切っても、私の手は汚れない。

 恋が終わっても、私の心は置いていかれない。

 

 そう思っていました。

 

 でも、違いました。

 

 昨夜、私は初めて知ってしまったのです。

 

 物語の中で起きる出来事は、ページの向こう側だけのものではないのだと。

 

 誰かを好きになること。

 その人の言葉に救われること。

 その人の温度に縋ってしまうこと。

 朝になって、それでも隣にいない現実に胸を痛めること。

 

 それは全部、私の中で起きてしまった物語でした。

 

 だから私は、ただ読むだけの人間ではいられなくなった。

 

 与えられた文章をなぞって、誰かの結末に頷くだけではいられなくなった。

 

 この痛みを、寂しさを、どうしようもなく残ってしまった昨日を、私自身の手で言葉にしなければいけないと思いました。

 

 そうしなければ、私はきっと、ずっと昨日の登場人物のままになってしまう。

 

 読者として、誰かの物語を読むのではなく。

 

 作者として、自分の物語を書いていく。

 

 たとえそれが、綺麗な恋ではなくても。

 正しい選択ではなかったとしても。

 誰かに笑われるような、未熟で、苦しくて、情けない一ページだったとしても。

 

 それでも、私は私の手で続きを書きたい。

 

 椎名ひよりという人間が、ただ静かに本を読んでいるだけの少女ではなく、自分の人生を選び取る一人の人間になるために。

 

 私は昨日を、忘れない。

 

 そして今日から、その続きを書く。

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