1
5月の最終日。
石崎たちの寮から帰ってからは大変だった。
早朝5時半に着いたが、なぜか起きていた軽井沢に、「タバコくさ……」と言われ、石崎の話をする。
そうすると、「へぇ、そうなんだ」と落ち着いた表情を見せて解放された。
土木作業に従事していた1週間。
やりたい事が溜まっていた。
5月中に間に合わせたい案件もあったため、溜まっていたアポイントをいれつつ、最終調整にかかる。
そして、今日の予定だが、午後の4時から櫛田発案の会議。
午後の7時から堀北発案の同窓会を行うという事で、少し歩いた場所に行かなければならない。
元から車で行くつもりだが、歩いて行った方が良いとアドバイスを貰う。
しかし、飲み過ぎて帰れなくなる同級生がいないとも限らない。
数日前に自身で洗車したばかりだし、実はSUVも気に入っている。
櫛田が乗らないというのであれば、俺が運転しても良いと思われた。
2
午後4時
会議が始まる。
そんなに堅苦しく考えていなかったが、いつも朝食を取るキッチン近くのリビングではなく、モニター前のソファ席を、会議に見立てて設置してあった。
意外と参加者は多いようで、レジュメも用意されている。
PCのメールで議題は見れるが、紙であるとすぐに読めて便利だなと思う。
櫛田チームは堀北と軽井沢が。
坂柳チームは天沢と月城が…いや待て、月城?
一之瀬チームは神崎が近くに座った。
時間になる5分前に書斎から出てすぐ、やる気に満ち溢れた3チームを見て、思ってたのと違うと気付く。
「綾小路くん、こちらへ」
糸目の元理事長代理が立ち、誘導された先は、一人のソファ席であり、モニターのど真ん中であった。
ちょっとした嫌がらせをされつつ、着座し、斜め前にある小さいテーブルに置いてある紙を見た。
モニターの横に席があるため、一人一人発表するスタイルなのかもしれない。
月城に会釈しつつ座ると、そわそわとする両隣に座る軽井沢達。
いや、今から何が始まるんだ。
というか、PCも持ってきてないし、手に持っているのはスマホ1台だけ。
そしてやはり、というか異なるのは服装であった。
皆、ジャケットを着ている。
かくいう俺は、ラフなワイシャツのみの恰好である。
ちなみに下はスラックスだが、足元はクロックスのドライビングサンダル。
色は黒で、前から見れば革靴に見えないこともないが……。
しかし、ちょっと取りに行って来るといえる雰囲気ではなかった。
なぜなら、既にモニター横の後ろに位置していた月城が声を発し始めたからだ。
渋く、良く通る声で司会進行が始まった。
「では、さっそ──」
「いや、ちょっと待ってもらえるか?」
そういって手をあげる。
皆がこっちを伺うように見て来る。
それは良い。
しかし、お前は……そもそもなんだ?
「月城さんは運転手として雇ったものと思ってましたが?」
「はい、だから運転手を行っておりますが?」
堂々としたものだった。
そもそも月城を雇ったのは俺ではない。
坂柳が、こっちの案件を動かすのに1台車と運転手を付けてくれというので、任せた結果、月城が手配された。
というものだ。
ん?俺だけ…?
返答に窮していると、月城は「ですので、こうやって皆さんの運転手として、司会進行をしているのですよ」と言いのけた。
そんな言い訳あるか?と思うが、恐らく一番目に話始める櫛田がピリピリしているため、黙る事にした。
◇
会議はスムーズに進行する。
俺は基本的に質問はせず、やり取りをする個々人の話から流れを理解した。
とりあえず、櫛田チームの6月からの1.1倍の値上げは理解を得られたらしい。
しかし、多すぎる業務に身を任せているのは及第点だろうか。
今後の、会社の方針を理解し、全社へ発信できていないのはマイナスポイントかと思われる。
軽井沢の迫真の、なんとか値上げの了承を得られた話は、聞いていてすごいなと思わされた。
一之瀬チームは最早何をしているのか分からないが、神崎を使って上手くやっているという事が分かった。
神崎が櫛田のような状態になっているのが、見てて申し訳ない気持ちになるが、出資をした甲斐があったというものだろう。
石油の中継地点として活用する点も理解し、動いている。
近日中に再度出張したいそうで、日程の候補を上げて話は終わった。
そして、最後の坂柳チーム。
彼女達は、莫大な利益を上げていた。
発表からして、違っていた。
スクリーンに映ったのは桁が違う0の数。
発表は数10秒で終わり、堀北を中心に質問をして行った。
天沢も坂柳と一緒に高育に足を運んでいる様で、少しずつだが人脈を拡大しつつあるとの事。
そして、近いうちに天沢の同級生を引き入れるという話で終わった。
3
「お疲れさま」
会議は2時間に及んだ。
7時から元1年Dクラスの同窓会と聞いていたため、ゆっくりはしていられない。
が、書斎で残務を終わらせていると、堀北が入って来た。
「おい堀北、マスターキーを使っているのか?」
そう、普通書斎に入る事など出来ない。
堀北の手に持つ、名称のない黒いカード。
本来なら金庫に入れておかなければならない、カードであった。
「何?コーヒーを淹れてきてあげたのにその言いぐさは」
といって、書斎の前のソファに腰を下ろし、うう~んん!と背伸びをする。
テーブルに二つコーヒーが置かれているという事は、こっちに来いという事だろうか。
「はぁ、頭が痛いわ。坂柳さん、相変わらず優秀ね」
「そうだな、しかし堀北の発表も良かった。農家の出庫先を見つけながら交渉するなんて思いもよらなかった。大学に行きながらなのに、よく頑張ったな」
と、PCの操作をしながら話す。
堀北はそれに返答せず、カチャリとコーヒーカップを持ち上げ、一口飲んだ。
「お前たちのおかげで日本での活動は目途がついたと言っても良い。今後は経営する会社を見ながら、現地に足を運んでくれ」
「そうは言うけれど、櫛田さんが坂柳さんの発表を見て火が点いちゃって……」
櫛田発案の月末会議だったが、やった意味はあったという事だろう。
数字上だけでは分からない事こそ、大事にして欲しいものだ。
そういった点では、他者を圧倒したとは言え、坂柳の発表の仕方は俺の欲しかったものとは異なり、逆に質問をすることで理解が得られたのだが。
「別に金を稼いでも悪い事はないが、必ずしも良い事とも言えない。稼ぐ側がいれば、その逆もある。俺達が稼ぐ側だとすれば、負ける人たちの生活も考えるべきだ。そうだろ?」
「意外。飲食チェーン店に嫌がらせをしたり、銀行を潰したり、暴君かと思っていたけど、そうではないのね」
現に、チェーン店は売り上げ自体変わっていない。多少コストの見直しと、人員配置をしたが。
それに、銀行の場合は倒産したとしてもすぐに転職先は見つかる。
転職出来ない年齢の人は、転職先の斡旋まで行っているのだから。
「暴君なら暴君だと思わせておけば良い。俺は表には出ていないんだ。黒幕が怖い、くらいに思われていた方が、お前たちもやりやすいんじゃないか?」
「そうね……」
ちょうど最後のメールを送り終えると、ノートPCを閉じて、堀北の方へ行った。
真向かいに座り、眠そうな彼女を見る。
「少し冷めちゃったんじゃない…」
「いや、まだ温かい」
コーヒーカップを持ち、口を付けた。
美味いコーヒーだ。
櫛田の淹れるものとも、椎名ひよりの淹れるものとも、軽井沢が淹れてくれるものとも異なる。
堀北はリラックスしていた。
そして、前髪を手櫛であげて、「はぁ~~」と息を付く。
「聞いてほしいアピールは辞めろ」
「は?そんなことしていないわよ」
「じゃあ…聞かなくて良いのか?」
「別に、聞きたかったら聞けばいいんじゃないかしら」
と言われたため、俺は黙る事にする。
沈黙が流れる。
カチャと、コーヒーカップを置く音、時計の音すらも聞こえない無音。
今は大体6時半ほどのはずだ。
同窓会は7時。
ここからの距離は15分。
こいつは、こんなに悠長な時間を過ごしていていいのだろうか。
お互い、携帯を取り出さずに、コーヒーを飲み合う。
「──分かっ……」
「はい、あなたの負、け。」
「お前……」
「何よ?」
「こんな時に、余裕持ってて良いのか?」
同窓会の調整の事だ。
もう、軽井沢や櫛田は出ているかもしれない。
「同窓会?何を言っているの、あなた?」
「ん?」
そして告げられる、『同窓会の様なもの』の正体。
「篠原さんと、池くんの結婚式の2次会でしょうが」
4
俺は急いでスーツに着替え、ドレスを着る堀北を助手席に乗せて車を走らせた。
「早く言えよ、遅刻じゃないか」
「あなたが正確に聞き取らないから悪いんじゃなくて?」
「いや、待て待て。俺はざっくりと同窓会と聞いていたぞ」
そういえば、いつ言われたのだろう。
しかし、元1年Dクラスの集まり。
という事は、なんとなく耳に入れていた。
でも、そうであれば納得のいく事もあった。
「どうりで軽井沢や櫛田は先に行っている訳だ。佐藤や松下達女子の仲いいグループでまとまってるんだろう。つまりお前はハブられたんだ」
「あなたに言われたくないわねぇ。三宅君や平田君はどうしたの?声をかけてくれなかったのかしら?」
そう言われればそうだ。
もしかして、俺達は二人ともハブられているのかもしれない。
少し考えると、そうなると、参加をしない方が良いかもと思われる。
「ちょっと待て堀北、俺達、参加して大丈夫なのか?」
「……今更ビビってるの?あなたが?」
急に不安になって来る。
二人とも、騙されているのかもしれない。
そもそも俺は高校3年生で裏切った側の人間だ。
元リーダーにアテンドされ、晒上げられる可能性も0ではない。
しかし、無情にも現地に到着してしまった。
5
急いで近くのパーキングに停める。
もう時刻は7時を回っていた。
二次会会場は、結婚式上併設のレストランの様だ。
ウェディングドレスを着た篠原と、白のタキシードを着た池が、中心に立ち、マイクを握っていた。
元1年Dクラスだけでなく、篠原の中学の同級生や、池の中学の同級生も参加しているのだろうか。
40人で済まない、100人位の人数が参加していた。
見ると、Dクラスだけじゃない、AもBも、Cもいた。
それに、1年先輩もいるし、どこから聞きつけたのか、堀北学もいるではないか。
「……素敵ね……」
隣にいた堀北が篠原を見て、ポツリと呟く。
学を見ずに、一直線に真っ白なウェディングドレスに包まれた花嫁を見ている。
人の生垣を見て、俺は納得した。
──なるほど、そういう事だったのか。
参加者が多いからか、少し遅れて行った所で誰も咎めない。
2次会で、結婚式場だから、ドレスコードではあるのだろうが、
俺達は見えやすい、ベランダ側に移動する。
誰にもバレないように、間に合っていますよアピールをするように。
店の受付も、スタッフも、開始のスピーチは忙しいようで、池や篠原の写真撮影をしていた。
「……ちょっと、綾小路くん」
と、堀北の方を見ると、人差し指をちょいちょいとして、何かを求めて来る。
何を求めているのか分からない俺は、耳を近づけた。
『篠原とは高校で出会って──』
と、池のスピーチが聞こえて来る。
「──見えないから、乗せて?」
そう、堀北が言いながら、俺の肩をよじ登って来る。
俺は少し身を下げて、お転婆な隣人を肩に乗せた。
仲の良い友達の女の子に触れるという背徳感。
仲の良い友達の男子に触れられるという嫌悪感。
堀北も花嫁を見るために背に腹は代えられないのだろうか──。
一枚、背景を撮影していたスタッフがいた。
彼女は、裏方に徹していたが、あまりの良い構図に思わずカメラを構えた。
──カシャ。
音が鳴り、シャッターが押された。
世の中に一枚の写真が、生み出された。
次は6月1日19時15分からです。