1
池のスピーチが終わった後、堀北は皆の集まる場所へかけていった。
俺も後で二人に声をかけるべきだろう。
それにしても、なぜこのタイミングでの結婚なんだろう。
今、池の周りには須藤と山内、本堂といった元1年Dクラスの面々が。
篠原の周りには松下、佐藤、軽井沢と軽井沢の女子グループである井の頭、石倉、森、川渕に王美雨と、全体的にも女子が多めの印象だ。
非常に気まずいが、前園の姿も見られる。
なるほど、橋本がチラリと見え、それでもすぐに消えたのは前園がいるからだったか。
堀北は立食パーティで、いち早く料理を食べる高円寺に声をかけていた。
クラスのほとんどの生徒が来ていたし、更には教師も来ていた。
茶柱先生に、星之宮先生まで、遠くでお酒を飲んでいるのが見えた。
池と篠原の関係で、龍園クラスの小宮も来ており、その繋がりから何人かの元Cクラスの姿も目に入ってくる。
160人、同学年の全生徒はいないだろうが、数えるのも面倒なほど。
それだけ高校の、閉塞的な空間で培った人間関係は強固だったと言えるのだろう。
2
裏切者と揶揄されていたため、大っぴらに挨拶が出来ない。
それでも挨拶をしないで帰るのは礼儀に反する。
本当は帰ってもよかったが、せっかくなら挨拶をしようと、座って待っていると、二人の女性に声をかけられた。
「お久しぶりです、綾小路くんっ」
「どぉもー!久しぶりだねぇ」
綺麗なドレスに着飾った白石と、西川。
元坂柳クラスの生徒。
白石の目をジッと見る。
つい数週間前に、近くにいたような気がしたからだ。
「え?ちょっとどうしたの?あ、まさか飛鳥のドレスに見惚れちゃったのかな?」
クスクスとそういう西川を余所に、俺と白石は視線を交わす。
俺はその後、彼女の泣きほくろを見た。
「綺麗だと思ったのは確かだが、見惚れたわけじゃない。久しぶりだな、二人共」
「あーやだやだ、嘘つかないでよ。惚れたわけじゃないけど、別に一発ヤッてやってもいい位には思ってるんでしょ?」
「そんな事思ってるわけないだろ?結構飲んでるのか?」
そう白石の方に聞いてみる。
西川は全力でいじってきて、話にならなそうだ。
酒の力もあるのだろうが。
「亮子さんとは二次会の前から会ってたんです。もう、そうですね3杯目、でしょうか」
「まだまだイケるってぇ~!こんなご時世で飲まなきゃやってらんないっての……」
少し聞きたいことがあった。
こんなご時世。とはどんなご時世なのか。
西川にそんな目を向けていると、白石がフォローしてくれた。
「あ、っと。ここでは少々目立ってしまいますので、外のテーブルでも行きませんか?綾小路くんは何飲まれます?」
二人の後ろを見ると、篠原の中学の同級生だろうか。
女子が5,6人ほど、こちらを伺っていた。
白石のファンだろうか。
それにしても目線が合うような気がする。
白石が先頭を歩き、西川が俺のウーロン茶を持ってきてくれた。
◇
「……そうか、二人は外語大に」
白石と西川は東京の国立大学に入学、現在2年生とのことだ。
外語大は女子の比率が圧倒的に高く、7割という話。
「ま、あたしは小語科だから、ほぼ10割は女子だけどね~」
「亮子さんのところは母数が少ないので、割合で言ってもあまり意味はないかもしれませんね。ちなみに綾小路君と同じクラスだった、王さんも同じ大学ですが、学部が違います」
と、いろいろ教えてくれる
両側からぐいぐい寄せてきて、大変な目にあっている俺だったが、ふと周囲を見回すと、島崎と吉田がチラチラ見ているのに気付く。
島崎と吉田は前、白石の事が好きだったと聞いていたため、離れたほうが良いだろうか。
だが、酒の力を借りている西川に呼応するかのように、白石も止まらない。
先ほどから腕が触れ合っては離れ、触れ合っては離れを繰り返していた。
「少し、話は変わるが、二人は池と篠原と面識はあったのか?」
立食テーブルに手を突きながら話していて、これ以上いるとどこかの同級生の嫉妬心に火を点けそうなため、姿勢を正して二人に向かい合う。
「私たち、王さんに誘われたんです。高育も方針を変えましたし、今日は真島先生も坂上先生もおりますよね?通知、見なかったんですか?」
と、白石が事情を説明してくれる。
すると、西川がニヤリと意地悪な顔をした。
「綾小路君……まさか、ハブられたのぉ…?」
どこかで見た、天沢と同じ顔をしてくる西川。
「もう、日本は安全な国とは呼べなくなっています。外国からの海外侵略、それに、各地での戦争も。あと一つ、何かがあれば、ガラガラと壊れてしまう。それが数年前まではまだ大丈夫だと思っていました。ですが、私たちの環境は刻一刻と変化をしています」
白石が補足をしてくれた。
世界を席巻した感染症に、中東で起こる戦争。
燃料の高騰。
それに、アメリカがどう動いてくるか、中国が水面下で何をしているのかが分からなかったのが、分かるようになってきた。
「ロシアの魚雷『ポセイドン』ですが、魚雷は照準を定めて投下されますよね。私たちは照準にされているのか、いないのかすら分かりません。しかし、魚雷は気付いた時にはもう遅いのです。それが、今は魚雷らしきものの、頭の部分がうっすらと見えているといっても過言ではないでしょう」
日本に1年いなかったから、状況の把握で遅れたか。
ガソリン車は既に富裕層のものとなっていた。
当然、電気自動車の購入も手が出ない。
タクシーは通常、レギュラーやハイオクといった燃料ではなく、LPガスが使用される。
まずはLPガスの輸入の数が激減し、その後に石油の単価が一気に高くなったという。
資産の減った日本政府が行った事。
それは戦争への介入である。
「ま、別にあたし男は好きじゃないから、いくらでも持って行ってって感じなんだけどね~」
「ニュースにはなっておりませんが、防衛相の先輩が教えてくれました。既に自衛隊の20万人は売りに出されています」
お酒を飲みながら話す内容なのか、疑問を呈しそうになったが、頭のいい奴ほど酒の力を借りて言いたい秘密を洩らすという。
白石が告げた内容も、誰に教えてもらったか、特定出来なければ広めてもいい噂。
「だからさ!飲まなきゃやってらんないって訳よ。全体的に国公立の拘束も緩くなったし。お酒も安くなったでしょ?ねぇ綾小路くん、あたしも大学2年生だよ、早く結婚して、落ち着きたいなぁ」
「私はこの時代に結婚なんてナンセンスだと思いますけどね。数10年前と比べても、兵隊の数はいりません。やるか、やられるか。死ぬときは皆同じです」
そう白石は言った。
いつもの微笑を浮かべながら。
3
その後、半強制的に携帯を出され、白石と西川との3人グループを作らされた後。
──俺はハンターの襲撃をうけていた。
「パシュ、パシュ、パシュ!!」
「辞めろ、おい、小学生か」
「久しぶりにその能面を晒したと思ったら、ここで会ったが100年目。今日はとうとうその首、もらい受けます」
おい、小学生か。
という最近覚えた突っ込みという技術を外すと、俺は目の前の女子を見る。
スパンコールドレスに、右腕には小さな時計。
そして、左腕には輪ゴム。
右手には、拳銃……の形をした手。
「私のマグナムが火を噴く時が来ましたね……綾小路清隆。今日が正念場。決着の時」
「今日は池と篠原の結婚式だろ、決着がついている式なのに、なんの決着をつけろというんだ」
「知りませんか?結婚式で、残されたものは決着を付けなければならないんですよ。ヨハネの黙示録に書いてあります。[汝、決着を付けよ、されば願い叶えられん]と」
「それは……そうなのか?」
ヨハネの黙示録……聖書だろうか。
一度読んだことはあるが、そんな事書いてあっただろうか。
「ええ、当然です。この慶應義塾大学でこの人ありと言われた森下藍が嘘を付くわけないでしょう?慶應ですよ、福沢先生の愛弟子ですよ?」
微妙に嘘を混ぜ込んでくる森下。
しかし、嘘と完全に断定できるものを俺は今持ち合わせてはいない。
「慶應なのは本当です」
と、近くで見守っていた白石が補足してくれる。
見ると、森下の後ろに心配そうな目で見てくる山村もいた。
「そんな事より綾小路清隆?あなた武器は持っていないようですね?」
「武器?」
そういいながら森下は不用心に近づいてくる。
やがて、ハっとした表情をして口を抑える。
「戦場に武器を持たずに現れるなんて……」
そして非常に嫌そうな顔をしながら、左腕に巻いてあった輪ゴムを数本取り出した。
それを右手のなかに入れると、こちらに差し出してくる。
「……これは……?」
「ハンデです、受け取りなさい」
「嫌なんだが…」
「二度は言いません。戦場で丸腰、ケツの穴丸出しで生きていけるわけないでしょう?あなたはケツ穴に弾丸を突き付けられている今の日本政府と同じではない。そうでしょう?」
ケツ穴を丸出しでも、丸腰でもないのだが。
それでもなんかこう、弟子に卒業証書を渡す剣豪のような森下の表情に、俺は思わず「あ、あぁ」と言って輪ゴムを受け取ろうとした。
しかし、ひょいっと手を挙げられてしまう。
「違いますね。私に永久の誓いをしないと。ヨハネの黙示録に書いてあります、[汝、森下藍に永久の誓いをせよ]と」
絶対嘘だ。
近くで白石と西川がクスクス笑っている。
誰か、助けてくれ──。
「困っているようだな、綾小路」
会場の外の踊り場で遊んでいた俺たちを見かけて、トイレか喫煙所から出てきたのだろう男が助け船を出してくれた。
その男は髪をツーブロックにし、後ろで結わえていた。
しかし、時間が止まった。
「綾小路くん、すみません、会場に戻りますね。またあとで」
と、白石は言って西川と共にバーカウンターにでも行ってしまう。
「興が削がれました。山村美紀、行きますよ」
と、森下は山村に声をかけた。
その声は心底、あの森下が心底つまらないと思っている、初めて聞く声音だった。
そして、「これはあげます」と言って、輪ゴムを3本、俺に押し付けてきた。
「なんだったんだ?おい」
と、橋本が変わらぬ顔で声をかけてくる。
おい橋本。
お前、一体、何をしたんだ──?