1
アルコールを覚えたての大学生とは本当に怖いものだ。
橋本と二言三言話し、更には喫煙所で1本吸わされて会場に戻ると、須藤が声をかけて来た。
「おい綾小路ィ!!待ってたぜぇ~~~!!」
「久しぶりだなぁお前!相変わらず生気のない顔してんじゃんよ」
赤ら顔の須藤と山内が肩に手をまわして連れていかれる。
「おいおい、なんだよこの騒ぎ」
と、後ろをついてきた橋本は、目的地にいるある人物を見かけて逃げ出した。
到着すると元1年Dクラスの生徒が集まっていた。
茶柱先生と堀北が少し離れてこちらを見ている。
そういえば茶柱先生とも話もしていなかった。
ふと時計を見ると2時間経っていて、時間が圧倒言う間にすぎるという事に気付く。
今日は椅子に座らされることが多い……。
結婚式場から持ってきたのだろうか、客席にある椅子に半強制的に座らされた。
キャイキャイと騒いでいるドレス姿の元同級生達。
「おい!準備できたぞ!」
という須藤のかけ声で、出てきたのは──。
小さな花束を持った、佐藤麻耶であった。
周囲が騒ぐ中、佐藤は恥ずかしそうに、エメラルドブルーのドレスをはためかせて、俺の少し前に立った。
佐藤の後方では花嫁が、花嫁らしからぬ声で野次を飛ばしているのが見えた。
その隣で花婿が「答えはイエスしかねーぞ綾小路!!」と声を大にしていっていた。
「静かにしろお前ら!今から佐藤が話すからよ!」
という須藤の一喝で、野次を止める、軍隊のような統率の取れた堀北クラス。
堀北……流石だな……。と感心したのもつかの間の事。
平田が少し、不安げな表情を浮かべているのが目に留まった。
しばらくして。
「──あ、あやッ……あやのこうひクンッッ……え!?」
佐藤が噛む。
すかさずどこからか手が上がった。
「ちょっと良い?抜け駆けはダメ!麻耶ちゃん!」
目を向けると、右手をスッとあげながら、ポニーテールの女の子が注目を集める。
そして、ロックグラスをくいッと煽ると、くぅ~~!と言い、前に歩き出した。
俺の目の前に、二人の女の子が並んで立っていた。
こうなったらもう、本来の目的をなさない。
誰か止めるだろう。
平田あたりが……
と思っていたら
「良いぞ軽井沢!!そうなると思っていた、篠原!!」
と、須藤が篠原に声をかけた。
篠原はしたり顔をして、右手を握り、親指をあげた。
篠原と池の後ろのテーブルに、ブーケの余りが置いてある。
良いのかそれで……。
そう思いながらも止まらない。
「ガンバッテ!!」
と、軽井沢に声をかけた井の頭が、ブーケを持って軽井沢に渡した。
「よし!綾小路、選ぶんだ」
何をだ?
と、後ろで立っている須藤に振り向くと、「結婚相手だよ!オラ!お前たち高校時代からいい感じだったじゃねぇかよ」と言った。
そして、軽井沢と佐藤の方を見た。
すると、軽井沢が大きな声で言った。
「べ、別に好きだからじゃないわよ!いい感じだったのは認めるけど……でも、結婚したいの。綾小路くんなら、良いかなって。ホラ、他の男子と比べたらさ」
と、同意を求めてくる。
なるほど、上手く好意を隠した感じかもしれない。
軽井沢は本堂の言っていた、ツンデレ属性がありそうだ。
20歳の女子は結婚観が高まるという情報を見たことがある。
結婚式にあてられて、モチベーションが上がったのだろう。
堀北も素敵、とか言って感動していた気がする。
『あれはツンデレでござるッ!!』
『可愛いッ!1年ぶりに会う同級生の破壊力たるや……!』
そんな野次も聞こえてきた。
軽井沢が照れていると、スッとまた手が上がった。
「あ、じゃあそういう事なら私も立候補して良いかな?」
二人より身長が高く、大人びた女性が、勝手にブーケを一つ持ってカツカツと歩いてくる。
女性は後ろ手にもったブーケを、正面に持ち直し、佐藤と軽井沢にウインクをした後で、並んだ。
どよめきが起こった。
「「「松下……!!!」」」
「大丈夫だぜ!綾小路!オレのにらんだとおり、お前の隠れファンは多いみたいだな……!流石だぜ、あっぱれだ」
と、後ろから須藤が声をかけてくれる。
三人になった。
すると、人垣から押し出されるように、一人のアイドルが、真剣な表情で現れた。
彼女の後ろにはおでこを出した長い髪の女子に、メガネの男、そして、ニヤつく短髪の、見知った顔。
「「「「佐倉!?」」」」
「おい、やっぱり、見たことあるぞ」
そう思うのも無理はない。
佐倉を知らないものは、存在感のなさに会話をしたことすらないだろう。
同じクラスメイトだとしても。
長谷部にブーケを渡され、佐倉愛里が堂々とした足取りで歩いてくる。
思わぬ存在に、佐藤も、軽井沢も、松下ですら、強敵として認定していた。
この瞬間、この場で。
パーティなのである。
誰もとがめない。
ここは学校ではないのだ。
非情な時間が過ぎている。
佐倉が現れたことで、真剣味が出て、引くに引けない3人。
鎮まる空気。
ひりつく感覚。
須藤は「綾小路、わりぃ、逃げらんねぇかもしれねぇ。池と篠原の婚姻届けの余りがあるって、さっき言っててよ……」と逃げ道を塞いできた。
そこで会場の扉が開けられた──。
ど派手な登場で、皆がそっちを見る。
2
「おやおや、面白いことをなさっておりますね」
反対側の、既に別の場所で飲み交わしていたもう一人。
「坂柳さん、貴女が出るなら、私も行くしかないよね?」
そして外。大きい音楽を流し、ドタドタと乗り込んでくる長髪の男。
『池と篠原、遅れたぜ、小宮もいるよな?』
坂柳が神室と山村、その後ろに森下、白石と西川を率いてぞろぞろとやってきた。
対するは一之瀬と神崎、網倉、柴田と外国から一時帰国した渡辺もいる。
渡辺は肌の色が黒くなっていた。
龍園は大勢を引き連れてやってきては、この惨状を見て、口角を挙げた。
「面白いことやってんじゃねぇか…仲間外れにしないでくれよ」
「龍園君、遅れてきてまずそれはないんじゃない?まずは池くんと篠原さんに挨拶をするべきじゃないかな?」
と、一之瀬が言うと、龍園は花嫁と花婿の方を見た。
「おい池!篠原!」
「「は、はい!」」
「やることやって子作りしろよ!選別はくれてやる」
と一言。
後ろで須藤が焦る。
須藤の後ろに控えていた、山内も本堂も、三宅ですらも龍園の登場に酔いが冷めたかのように見えた。
しかし、そのままカツカツと龍園は俺の元へ来た。
そして、肩に腕を置いて、周囲に話しかける。
「まぁまてお前ら。少し酒の力を借りているようだがな……の前に、おい石崎酒だ、酒を持ってこい!」
「へい!」
呆然とする花嫁候補が、石崎が飲み物を持ってくるのを待たされる。
茶柱先生も、星之宮先生も未成年がアルコールを飲んでいることに何も言わない。
何かが変わった?
しかし、今は目の前に集中する。
石崎が急いでシャンパングラスになみなみと注いで龍園に渡す。
龍園はそのままシャンパンを飲み干した。
「よし、良いか、花嫁共。まずは綾小路の気持ちを聞かなきゃならねぇ。その過程を飛ばして結婚だ?笑わせるぜ」
と話し始め、坂柳と一之瀬に目配せをした。
思わぬ正論の前に、周囲に「確かにそうだ」という雰囲気が漂い始める。
「綾小路ぃ!!」
と、会場に響き渡る声で俺の名前を呼ぶ。
コイツ、もしかしたら叫びたいだけなんじゃないか?
「お前は、結婚しても良いと思ってるのか?」
と、聞いてくる。
龍園に場を奪われた須藤たちは、既に離れたテーブルで酒を飲んでこちらを伺っていた。
結婚。
別に、契約上の物だろう。
最近だと結婚の前に書面を交わすのが通例だと聞いていた。
それに、日本の法律で守られた婚姻。
財産の半分は流石に辞めてほしいが、最悪そうなったとしても問題はないと思われた。
「あぁ、別に──」
言葉を続けようとした瞬間。
スッとまた、別のところから手が挙げられた。
3
「少し、待ってもらえますか?龍園くん」
俺が答えようとした時だった。
元龍園クラスの女子が……割って入ってきた。
「本のお友達が結婚すると、本のお話がし辛くなります。私も立候補しますね」
のほほんとした表情、声で、椎名ひよりが4人の元へ行った。
するとあっけにとられた4人を見て、キョロキョロと周囲を見回す。
そして、篠原の手に持ってあるブーケを見て、「こちら、頂いてもよろしいですか?」と聞くや否や、並び立った。
ドサッ!!!!!
──誰かが足先から崩れ落ち、その誰かのメガネが割れた。
「そういう事でしたら、私も立候補させていただきましょうか。綾小路くんとはチェス友達、ですから」
杖をつきながら、坂柳が歩き、隣を神室が付き添い、苦笑いをする篠原からブーケを受け取り、並んだ。
中心が大きくなってしまったため、全体が下がる。
「そういう事じゃないんだよな」
誰かがポツリとつぶやき、会場にこだました。
「分かってないよ皆!そういう友達?とか、趣味?とか、それで結婚して良いの?」
演劇のような動作。
張りのある声。
「私は、綾小路くんが好き!だから結婚したい!」
堂々とした告白に、再度ピりつく花嫁候補。
──ドサドサドサドサッ!!!
元1年Bクラスの男子と、一人の女子が腰から倒れた。
「よ、よし。まぁこんなもんで良いだろ。時間かけすぎだお前ら、とりあえず綾小路、良いな?こいつらから一人選べよ」
流石の龍園も引いている。
「だが、待て、さっきの綾小路の声を聞こうじゃねぇか。椎名に遮られちまったからなぁ」
「あぁ、別に──」
*
一之瀬は篠原からブーケを受け取り、「ありがと」と言って並ぶ。
少し身長の低い、ふわふわとした椎名が、おしとやかという言葉がぴったりの様そうで、ブーケを胸に立っていた。
一之瀬は椎名を見て、「うまく便乗したね♪」と、小声で声をかけた。
椎名は、焦点の定まらない目をゆっくりと一之瀬に向けた。
谷間が見える胸部を一瞥し、一言。
「肩こり、大変じゃないですか?」
「うん、ちょっと大変かな……なんで?」
「……重そうですね……読書の邪魔になりそうで」
一之瀬の眼の色素が濃くなっていく。
そんな彼女の様子に、ひよりは一瞬たりとも気遣わなかった。
本日最大の雷が、二人の間に落ちた。
*
「別に、この中の誰かと結婚しても構わない」
言った瞬間、キャーともワーとも判断のつかない、声なき声が会場に響いた。
「聞いたか?よし続けるぞ!石崎、シャンパンを持ってこい!」
と、そして、続けようとした時だった──。
並んでいた坂柳が突然、胸に手をやった。
そして前のめりに倒れた。
咄嗟に手を伸ばしたのは神室。
皆がそちらに注目した時。
近くで、何かが爆発する音が聞こえた。
4
音は俺たちの家の方向から聞こえた気がした。
火花が少し散っているのが見えた。
それはまるで花火大会の、火薬が弾けた光であった。
「有栖!有栖!?」
と、坂柳を抱き寄せるのは神室。
近くの爆撃の音で、会場は狂気した。
携帯を出してニュースを見るもの。
会場から逃げるもの。
俺はゆっくりと坂柳の方へ向かった。
「揺らすな」
と、神室に声をかける。
坂柳は眠ったように、目を、口を閉じていた。
「綾小路、これって……」
そう聞いてくる神室。
神室の後ろで白石が心配そうにしている。
俺はジャケットを脱ぎ、白石に渡すと、「坂柳の顔を隠せ」と伝える。
そして、いつの間にか近くにいた天沢を呼び、月城に連絡させた。
「先輩、月城さんはもうちょっとかかりそう……」
「仕方ないな、神室は天沢に坂柳を渡せ。二人までなら付いて来ていい」
と言って、「天沢、救急車は手配したか?」と聞く。
すると、「この渋滞で、時間がかかるって言われました」と返答された。
ただでさえ、高いビルかマンションか、どこかで爆撃があったのだ。
下にいたものもケガをしているかもしれない。
すると、違うところからこちらに駆けてくるものがいた。
「綾小路くん!」
櫛田である。
櫛田は両手で、大事そうに携帯を持っていた。
「コンシェルジュから連絡……やっぱり、私たちのマンションに、ミサイルが当たったみたい…!」