1
少なくとも人災は辞めるように指示していた。
人にケガ、死亡させてしまったら意味がないと。
そうすると、欲しいものが分からなくなるから。
完全犯罪を起こすのは簡単である。
偶然であれば良い。
因果関係がはっきりせず、予測不可能な事。
刑事事件であれば、それでも犯罪は成立するが、犯人が分からないのなら判明しようもない。
たまたま通勤中に起きた死亡事故は、会社の指示が原因だろうか。
そんなの誰にも分からない。
善意で、移民の国籍を取ってあげて、物件選びをする不動産業者を紹介することは、罪になることだろうか。
刑務所から逃げるために、後ろ暗いお偉いさんの名前を出して、守ってもらうように、噂を広げることは、罪になるのだろうか。
株式を大量に買ったり売ったりし、貧困国を作り出すことは、資本主義に所属する一人の国民として、認められないのだろうか。
ファイナンシャル・エリート達との2時間に及ぶ会議の後、俺は書斎を出た。
2
書斎を出ると、月城が立っていた。
「月城さん、何か?」
「会議は終わりましたか、綾小路くん」
そういわれたため目で返事をする。
昨日の今日、会議で見かけた時とは状況が異なっている。
まずは、何から手を付けるべきか。
そう思い、立っている月城を無視して歩き出そうとすると呼び止められる。
「お待ちを」
「何でしょうか?」
「鬼島総理がお呼びです」
総理大臣?
俺に?
なぜ。
理由を考えるが、拒否権はなさそうだ。
しかし、試しに聞いてみる。
「なぜでしょうか?」
「それは分かりません。ご自身でお伺いなさればよろしいかと」
何を考えているか分からない、糸目の実力者。
後ろに手をやり、立っているが、断ろうとすれば、力づくでという気持ちが見て取れる。
「乱暴なことはしないで頂きたいのですが」
「おやおや、するつもりはございませんよ。私は一度あなたに負けた身です、返り討ちに会うことが分かっているのに、なぜ争わなくてはならないのですか」
「あなたは味方ですか?敵ですか?」
もともと敵だったような気はしていた。
しかし、2年生の無人島試験。
1学期終了時。
なぜか彼には、彼と呼んでいいのか分からないが、不思議と嫌悪感を感じない。
考えていると、月城は明確に答えなかった。
その代わり、理解の出来ない言い訳をした。
「私は坂柳有栖の命令でここにいて、あなたに干渉しているのです」
月城の事は信用できなくとも、坂柳の事は信用できると、そう言いたいのだろう。
少し、は出来そうな気がした。
でも、そもそも俺は誰も信用したことはない。
しかし、月城が俺の行く道を塞いでいるのも事実。
総理大臣。会うのはもう少し先だと思っていたが。
「分かりました、着いていきます。それで、どちらに向かえばよろしいのですか?」
「その言葉を聞きたかったのです、大丈夫。私が連れていきます。一応スーツに着替えてください、他に誰か付いてきますか?」
そう聞かれたため、一人で良いと答えた。
そして、10分後、駐車場で。
と言われ、再度書斎に入った。
3
「……ッと、失礼!」
書斎で別のクリーニングから返ってきたワイシャツとスーツに着替えていると、堀北が入ってきた。
赤いドレスは着替えていたが、来客が多いため、いつもの足を出したパジャマではなく、ラフな格好をしている。
手に持つ名称の入っていないカードキーを見て、
「堀北か、さすがにもう、遠慮なくなってるな……寝込みは襲うなよ」
「それは保証できないわね。それで、また出かけるの?」
冗談で言ったつもりだったが、保証できないと言われてしまう。
どういう事だろう。
確かに、一度櫛田が特別試験で裏の顔を暴かれ、伊吹と共に押し入ったことがあったか。
もし俺が寝込んで、出てこなかったら押し入ると、そういう事なのだろうか。
「あぁ、少し特別な相手に会わなければならなくなってな」
「女?」
「いや、男だが?」
間髪入れずに性別を聞いてくるのはどんな理由があるのだろうか。
確かに、2分の1に絞り込むことは出来そうだが。
緊迫した空気、後10分と言われていたか。
「堀北、すまないが、コーヒーを淹れてくれないか?」
「え、別に良いけれど……」
「ポットに入ったものでもいい。氷を一つ入れて、頼めるか。もう時間もない」
そういうと堀北は頷き、キッチンの方へ走っていった。
すぐに戻ってくると、タンブラーと、コーヒーカップを二つ持ってきてくれた。
俺が座っている書斎の応接ソファに、カップを二つ置くと向かい側に座り、タンブラーを手渡してくる。
「助かった。このタンブラーは?」
タンブラーというものを手に入れて、使ったことがない。
「私のよ、使ったら返して」
そういいながらもコーヒーカップを持ち、太ももにソーサーを置いて、器用に飲み始める。
「さっき平田と風呂に入っているときに少し気になったが、[[emphasismark:椎名 > ﹅]]も来てるんだな」
他のクラス、というと一之瀬がいるが、一之瀬は既にここに部屋を持っている。
「そう、篠原さんと池くんの二次会。例の茶番の参加者たちはあれよあれよと言う内にここに辿り着いたの」
俺がやり玉にあげられたヤツか。
平田洋介ならば、上手く立ち回れたんだろうが。
結局須藤や龍園に助けられたってことか。
「ニュースは、どうなっている?」
「すごいことになっているわ。日本だと大震災以来の騒ぎかも。日本の焦りもすごいけれど、他国も騒いでいるわね。ヨーロッパの事件で、日本の政治家がやり玉に挙げられたとかで」
「平和な世の中になったんじゃないのか?」
「どうかしら?平和では、ないのかもしれないわね。貧富の差があって、明日死ぬかもしれない人がいれば、どう思われようが関係ないのと同じように……ええと、実行犯はそんな人たちだと聞いているわ、今は、そんな人でも気軽に武器を手に入れられる時代なんじゃないかしら、平和な分、手をあげれば面白がって手を貸す人がいる。そうとも捉えられるわね」
「なるほどな、共通の敵がいればその間は平和を保てるが、そうでなければ平和を保てない。という事だな」
「難しい問題ね。姑が嫌な人だったから平和が保てていた家族が、姑が良い人になったから不和が生じるって、口コミサイトに書いてあったわ」
時間がないためお互いに言いたいことを言って適当にうなづいていることが分かる。
噛み合っていないことに堀北は気付いていない。
世界情勢を嫁姑問題と同義にするとは流石堀北だな。
最近それらしいHPでも見たのだろうか。
ふと時計を見ると、後3分くらいしかないことに気付く。
俺は堀北に聞きたいことがあった。
今聞きたいことはもっとあるのだが、少なくとも頭に引っかかっていた一つを処理することにする。
「もう出なければならないんだが、堀北、一つ良いか?」
「何かしら?改まって」
少し姿勢を正した堀北が、そういってこちらを伺ってきた。
「──なぞなぞの、ようなものかもしれないが。俺に分からないことを教えてもらいたい」
「あなたに分からない事?」
怪訝な目を向けてくる。
「あぁ、お前の兄に出された命題だ。今の俺に、足りないもの、持っていないものがあると、そんなことを言っていた」
「兄さんが?……でも、なんか漠然としているわね」
「そうだろ?酒も入っていたし、隣には橘茜もいた。文脈的に、俺は説教を受けていたんだと思う」
「兄さんが、あなたに説教?」
「恐らくな。それは良い。学には貸しがある。説教はきく。だがな、説教を聞いたとて、答えが分からなければ、改善のしようもない」
覚えている。
学は言った。
俺が持っているものを。
現状で満足しない心。決して邁進せず、冷静沈着で、絶対に他人に負けたくない性格。
成績も残しているし、知識も経験も持っていると。
更に、現状を分析し、打破する知恵もある。
と。
そして、その前の文脈は何だっただろうか。
思い出そうとすると、頭の中に文字が浮かんでくる。
[何かになろうだなんて、思うな]
だった。
そして、その前……その前に話していた内容は……。
「……で、その前は?」
「それは」
確か、結婚の話だった気がする。
妹と結婚すれば、おのずと得られるもので、それを妹に聞くことで、答えが分かる。
そんな文脈だった。
だが、言えない。
なぜか分からないが、堀北鈴音にその話をすべきではない。
頭にハテナマークを浮かべる堀北を前に、携帯の着信がなり、月城が時間だと教えてくれる。
俺は堀北に、「悪いが学にも軽く聞いてもらえると助かる」と言って、その場を後にした。
駐車場に向かっている途中で、櫛田が付いて来て、カードキーを渡すように言ってくる。
俺は構わないと言って、書斎以外のカードを櫛田に渡した。
理由は考えるまでもない。
高級ホテルのラウンジを丸ごと移植したようなリビングに、50名以上の元同級生がいたからだ。
ソファの数はそれ以上あるし、スペースはあるが、プライバシーがあるだろう。
こんな時にプールで遊んでいるものもいたが、スクリーンにはニュースが流れており、見ているものが大半だった。
急ぎ、携帯の着信をそのまま、駐車場に早歩きで良く。
坂柳と天沢が選んだ車。
助手席に坂上先生が座っていたため、後方の扉を開いて乗り込む。
すると茶柱先生と星之宮先生が座っていた。
「あら、綾小路くん、久しぶり♡」
「綾小路……?お前が、なぜだ…?婚活パーティは終わったのか」
と声をかけてくる。
坂柳が倒れたことは、見ていなかったのかもしれない。
流石に突然の花火だったから、仕方ないが。
「月城さんに着いてこないと殴ると言われて」
そう言い訳をして、乗り込んだ。
◇
時刻は0時。
つまり、6月に入った。
向かう先は高度育成高校らしい。
教師たちを寮に戻しつつ、高校の応接室で鬼島を会うとの話だ。
流石に家や、総理官邸は勘弁してもらいたかったから、その点は月城に感謝すべき所だろうか。
堀北にもらったタンブラーからコーヒーを飲みながら、30分ほどのドライブを楽しむ。
既に交通網の復活の目途がついたようだ。
都心に近く、爆撃地からも近いため、道路は空いており、警察のパトカーの音が鳴り響いていた。
月城は警察に顔が利くらしく、検問も顔を出すことでスルーされた。
校舎に到着すると、電気がついていた。
既に、誰かは到着しているらしい。
校舎から一番近いところに、高級車が1台と、セダンが1台停められていた。
嫌な予感を感じた。
だが、前を歩く月城は堂々と、理事長室へ入っていく。
理事長室の鍵を月城が開け、書斎の引き出しから応接室の鍵を出す。
そして、応接室の方へ歩き出した。
道を曲がり、応接室の扉があるフロアに出たとき。
2人のスーツを着た男が、外のロビーソファに座っているのが見えた。
そして、同じく2人。立っているのが見えた。
座っている一人は、鬼島総理であった。
そして、立っている一人。
ホワイトルームの時から知っている男。
綾小路先生が立っていた。
父が。