1
会いたくないとは思っていなかった。
だが、敬遠していたのだ。
高校卒業前の三者面談、それに、卒業後。
俺は小さなごまかしをしていた。
ハーバード大学の受験は8月。
そして、入学は5月だった。
高育の特典は日本でしか使えないもの。
だから俺は、特典を使わなかった。
その代わり、卒業時、担任には父に何も明かさない事を約束させた。
「清隆、心配したんだぞ」
スっと俺の前に来て、そういう父。
とうとう身長も同じくらいになってしまったか。
俺たちを一瞥するまでもなく、月城はもっと重要な人物を応接室へ向かい入れる。
4人のうち、1人は誰か分からなかったが、もう1人。
父と同じで立っている人物には見覚えがある。
高育に入る、1年前に出会った。
鴨川という人物だ。
2
6月の空気は少し湿り気を帯びる。
静かなエアコンが付き、そして着替えた様子の星之宮先生が、教師スタイルで茶を出してくれた。
「清隆くん、だね。君は知らないだろうが、私は2年前に君を見かけたことがある」
「そうなんですか」
そんな雑談から入った。
鬼島総理は仕事か何かで、高育に来て、特別試験を見ていったという。
詳細は語らなかったが、俺が一之瀬と対決した特別試験だという事はなんとなく分かった。
そういえば、高円寺の父とも顔を合わせたことがあった。
「私はクリーンな政治政策がウリでしてね。不倫問題やパパ活、しゃぶしゃぶパンティなどと言った怪しいことは一切していないのです。しゃぶしゃぶパンティとは分かりますか?」
分からない。
読んで字のごとく、パンティを、しゃぶしゃぶすることだろうか。
「あなたが生まれる前の事。そこにいるお父上から聞きませんでしたか?ノーパンしゃぶしゃぶというものがありましてね」
しゃぶしゃぶパンティではないのか……。
総理は意外と冗談が好きなのかもしれない。
「綾小路さん……失礼。清隆さんは、クラブやバーに行かれたことはありますか?」
「はい、友人に連れて行ってもらいました」
つい1か月くらい前になるか。
橋本に、キラキラした龍園が好きそうな空間に連れていかれた。
そう返答すると、鬼島は愉快そうに笑った。
「なるほど!それなら分かると思いますが、そういった空間で、女の子がパンティーをはいて、胸は丸出しでね、普通のしゃぶしゃぶですよ、鍋があって、水が張ってある。やろうと思えば普通の、牛肉のしゃぶしゃぶも出来るのです。しかしですよ、オプション。を頼むことが出来るのです」
俺は何を聞かされているのだろう。
「アレは素晴らしかったですな」
総理の隣に座る男も、感慨深そうにそう言った。
ちなみに席はコの字型になっており、俺がなぜか社長席に座り、奥に総理と総理の付き添い、それから手前側に篤臣と鴨川が座っていた。
「オプション、素敵な響きです。清隆さんには分かりませんか?オプションです。是非、見解を聞かせていただけませんか?」
基本的に喋りたくない話題に、相手だったが、返答を求めてくる。
そのたびに目が爛爛と輝いているのが見えた。
それに、見解って。
「……良いと思います、社会で生きる上で生活費を確保することは重要です、基本のプランだけでなく、オプションサービスを付帯することであがる利益もあるでしょう。出来るだけオプションは利益率が高いものが望ましいかと思います」
そんな当たり障りのないことを言った。
すると、鬼島は大きく頷いた。
「禿同。その通りかと。ですので、我々市民党も、後援者にはオプションサービスを提供することにしました」
ちょっと待て、禿同ってなんだ。
「しかしながら、無駄なお金は使えません。私は今でも安物の時計です」
そうやって見せてくる時計。
でも、安物には見えない。
安物に見せかけた、高級品だ。
今日、時計をしてこなくて良かった。
と思った。
時計をチラッと見せてきて、こちらに目を向ける総理。
話は見えないが、こちらにボールがあるという事だろう。
聞いてほしいのは、後援者のオプションという部分だろうが、正直まったくもって興味がない。
だから、当たり障りのないことをいって乗り切る。
「安物の時計かもしれませんが、大事に使われているのなら、それは素敵なことなのではないでしょうか」
「ありがたいお言葉、痛み入ります。私の妻より貰った時計です。実は、鬼嫁で」
鬼島がそういうと、周囲の大人と、月城が笑った。
全く面白くなかったが、決め台詞っぽい感じだった。
そこで鬼島が一口、お茶を飲んだ。
俺も併せて一口頂く。
「今日、お呼びしたのは、石油の件です」
そう切り出した。
来ると思っていた話題。
サウジアラムコの石油は俺が主導で価格を上げさせている。
1リットル単価だが、徐々に値上げして今は補助金を入れたとて庶民にはなかなか手が出ないレベルになっていた。
皆が軽自動車や、ハイブリット車を使用し、経費削減をしていた。
しかし、石油の価格が上がると部品の値段も上がるのだ。
部品を生成するコストがかかるからだ。
「業界に詳しいものならば、清隆さんが金融業界のトップ層にいることは薄々気付いていました。うまく隠れているとは思います。私も、なかなか核心を得ることができませんでしたから」
「石油の件ですが、確かに私が株式を所有しているのは事実ですが、決定権はありません。持っているのは王族ですから」
「そうなのですね、ですが、そうであっても関係はありません。株式を所有するすなわち、オーナーであるという事。ならば、多少の願いも聞いてもらえるというもの」
「願いを伝えることは出来るかもしれませんね」
と、答えると、鬼島は目を見開いた。
「お願いします、何卒、原油価格の引き下げを検討して頂きたい。というのが、1点目です」
雑談から、本題までやっと30分かかり、そこから30分かけて、1点目の願いを言ってきた。
既に眠気を我慢する星之宮先生を見ながらも、鬼島の話は続いた。
3
全ての願いに対して検討するを繰り返し、2時間かかってやっと解放された。
ニコラが言っていたが、ファイナンシャル・エリートになると国の重鎮が直接金の無心をしてくると言っていたが、聞いたとおりになった。
時刻は3時。
最近、この時間に帰って眠ることが多い気がする。
それに……と、目を向ける。
校舎の入り口に停まっていた高級車はもうない。
アレは、鬼島のものだったのだろう。
しかし、もう1台、セダンは停まっており、横に男が立っていた。
簡単に逃がしてくれないか。
綾小路篤臣。
4
父から衝撃的な話を聞かされ、俺は月城の車で帰宅する。
少し、疲れたかもしれない。
眠すぎて、頭が動かない。
何時間起きているのだろう。
「月城さんは、疲れないんですか?」
「この仕事をする者がタフでないわけありません……それに」
と、見せて来たのは、運転席の扉側にズラっと並ぶカフェイン入りドリンク。
それはすべて、空き缶だった。
運転席に座る月城が、おもむろに助手席との間のボックスを開ける。
そこはさすが高級車、冷蔵庫になっており、物を冷やすことが入れる場所。
チラリと除くと、大量にある同じドリンク。
俺は、「1本貰っても良いですか?」と聞いて、プルタブを開けた。
◇
家に帰ったのは3時。
月城は車を置き、自分の車で帰っていった。
まだギリギリ外は暗いままだったが、時間の問題かと思われる。
鳥の鳴く声が聞こえたからだ。
家のリビングは薄暗く、フットライトだけが光っている。
そういえば自室は解放したんだった。
リビングを見ると、ソファを布団を手配したのか、雑魚寝する元クラスメイトや同学年の生徒がチラホラ。
基本的に男と、一部女子の集団なのを見ると、明確にバリケードを作ったのだと分かった。
公共交通機関は復活するとの話なので、寝て起きたら皆帰っているだろう。
書斎に入り、着替えようと、電気を点けた。
ソファとテーブルは奥に寄せられ、小さめの、それでもセミダブルベッドが置かれ、寝ている人間がいた。
すぅすぅと天沢一夏が一つ枕を使って寝ている。
トレードマークのツインテールは外されていた。
そして、枕がもう一つ。
それが、俺のか……。
動かない頭の中で、動かすことも面倒になり、俺はスウェットに着替え、シャワーを浴び、歯を磨く。
そして、外が白くなり始めたタイミングで、何も考えずに寝た。