「天沢、お前知ってたんだな」
「うん、知っていたよ」
「いつからだ?」
「家に来てからすぐかなぁ。3日後くらい?」
だから存在感が薄かったのか?
そんな事を言いたくなる。
隣で、天沢一夏が──俺を抱き枕にして、捕食する前の、虎を想起させた。
こんな時高校ではどうだっただろうか。
捕食前の草食動物である俺は動けない。
しかし、そんな時にもアイツは来るだろう。
ピッ
カチャ
誰かが来た。
堀北あたりにカードキーを借りて。
焦り、寝たふりをする虎と俺。
犬は……少し悩んだ挙句。
ゴソゴソ
?
なんか押されてる……。
「──ふぅ」
それは俺のセリフなんだが。
セミダブルベッドに3人。
なんとも窮屈だ。
右にいる虎も、左にいる犬も。
端っこの部分は出てるんじゃないだろうか。
──どういう状態……?
密室殺人事件かもしれないな。
「あ、よっと……」
俺の左腕…。
それをぐいっと頭の方へ連れていく。
コテンと置かれた誰かの頭。
どこかで嗅いだことのある匂い。
あれは──高校2年生の、無人島試験だったか。
頼む。
森下でも、誰でも良い……。
しかし、俺の願いは叶えられなかった。
1
体感時間で言えば朝の6時位か。
睡眠不足。
旅行でもあるまいし、ホワイトルームでねっとりと侵略されたタイムスケジュールを恨む。
ルーティーンは大事だが、もう少し寝るべきだ。
しかし、とてつもなく起きたい。
そんな相反する気持ち。
防音の部屋のため、部屋の外の様子は分からないが、5時になり、電車が動き始めると生徒は帰っていくだろう。
左からすぅすぅという寝息が聞こえ、右は左が俺のせいで見えなくなったからか、頬をツンツンつき、ふぅふぅと耳を刺激してくる。
サササ……と右側の手が、真ん中を侵略してくると、ザッ。と寝息を立てているはずの左から手が飛んでくる。
無音のセミダブルベッドで、俺たちは戦争を繰り返した。
これは地中海東南、ガザ地区で、今も争っているアラブ人とユダヤ人に似ている。
最近嫁姑問題に関心のある堀北ならば、重婚罪について淡々と私見を述べてくれるかもしれない。
いつの時代も争うのは領土であり、家族という事か。
俺が領土ならば、頭は首都で、後は土地、ということになる。
俺の領土は、塔が建築中だ。
右にいるユダヤ人がまずは建て始め、左にいるアラブ人が追随する。
いや、おい。
何してんだお前たち──。
2
「──先輩?」
「あッ、綾小路先輩、お疲れ様です」
上半身をあげて、二人を見る。
俺の上半身のスウェットは、首までたくし上げられており、乳首には二人の唾液が付着している。
耳元で感じていたが、口臭の全くしない二人の口。
七瀬からはリステリンのアルコール臭がしていたものの、綺麗なものであることは確かだろう。
重要なのはそこではない。
俺の塔についてだ。
男らしい名称[俺の塔]俺の、と付けばなんでもエロそうに聞こえる。
と言ったのは、本堂だっただろうか。
「お疲れ、七瀬。それで、何してるんだ?」
赤い下着を着ている女子、一之瀬や佐倉に負けないくらい大きいソレを持ち合わせる彼女。
「……えっと…?綾小路先輩のおっしゃる意味が…」
「辞めろって言ってるんじゃないの?七瀬さん、先輩に嫌われるのかもねぇ……だってさ、日本に帰ってきてから2か月も放置してたんだよ?先輩を」
「放置じゃありません。濡れ衣を着せないでもらえますか?と、いうかなんですか貴女、綾小路先輩にこんなハレンチなことをして!」
「先にやってきたのはそっちでしょお?あ、もしかして経験済み…とか?ハレンチだって認識があるって事はさ、七瀬ちゃんも成長したって事かな?」
「複数人と淫行の経験がある天沢さんに言われるのは心外ですね。知ってますよ?いろんな男子にパンツ見せてるって」
「そんな噂に振り回されて可愛いねぇ、おっぱい、揉んであげようかなニャ♪」
「悪いが、よそでやってくれるか…」
そうはいうが、このまま立って、部屋の外に出られるかというと懐疑的だ。
俺を無視して争う両隣はエスカレートしている。
今は、七瀬が下の方の下着を俺の塔にこすり合わせている最中だ。
2人の口論は、天沢に軍配が上がっているようだな。
「お前たち、じゃれてないで起きるぞ」
もう勃てたままでも良い。
その状態で起きて、シャワーをして頭をスッキリさせよう。
「「ああッ!!」」
と言って手を差し出してくる天沢の手を払いのけ、俺は部屋を出る。
扉を開いたときに見えたのは、パンツに手をかけ、半ケツ状態になった二人だった。
3
リビングに行くとまだ複数人の生徒が残っていた。
時刻は7時半を回る。
椎名がキッチンにいるのを見つけて声をかける。
キッチンに置いてあるのは、1冊の小説であった。
[殺戮に至る病 / 我孫子 武丸]
「物騒な名前の小説を読んでいるんだな」
「おはようございます、綾小路くん。はい、最近のトレンドです……コーヒー、飲まれますか?」
返事をし、椎名がコーヒーを淹れてくれた。
ついでにか分からないが、朝食を出してくれる。
簡易的に、ヨーグルト、レモンサラダ。
そして、櫛田たちのドイツからのお土産だろうか?ソーセージに、ザワークラウトにピクルス。
パンかご飯か聞かれ、ご飯を選択すると同時に味噌汁が出てきた。
変な組み合わせだ。
だが、ドイツ産のソーセージに醤油をたらせば、おかずにならないこともない。
同じような変な朝食を椎名も食べていた。
コトッと置かれた皿、俺の分も用意してくれ、二人で黙々と食べた。
身長の低い椎名。
先日の情事が少し思い出されては、その後、昨日の2次会での罰ゲームの様相が頭に浮かんだ。
「龍園たちは帰ったようだな」
朝食も残りはサラダと、ヨーグルトという時に話し始める。
キッチンの遠くではまだ何名か寝ているものがいるが、広く、聞こえない。
8時になるが、昨夜は夜遅くまで飲んでいたものもいるのだろう。
「はい、彼らはあの後、飲み足りなかったようで、運転手以外はお酒に手を出していました」
流石だな。
あの状態で酒に走れるとは。
「坂柳さんは、大丈夫だったのでしょうか」
「大丈夫だ。病院に連れて行って、安静にしている。今日か、明日にでも見舞いに行く予定だ」
「そうですか。お身体が悪いとは思っていましたが……」
そういって椎名はコーヒーを一口飲んだ。
「綾小路くんは、将来の事を考えていますか?」
椎名が、よく知らないものは変わっていないと思うだろう。
淡々とした、のほほんとした表情。
良い姿勢。
そのままで、そんなことを言い始めた。
「あまり考えていないかもしれないな」
「ふふッ。初めて一本取ったような気がします。そうですね、実際、考えても意味のないことですし」
「[[emphasismark:椎名 > ﹅]]は考えているのか?」
そう聞くと、聞かれると思わなかったのだろうか、ピクっと椎名の身体が反応した。
「はい、考えていました。ですが、社会というのは予想とは異なることが起きますね。考えていた将来から、軌道修正をしないといけなくなりました」
「確かお前は一橋という大学に通っているんだったな」
国公立で言えば、東大レベルの経済と法律に特化した大学。
官僚の予備校ともいえる東京大や京都大と比べると異質な存在。
「ええ、ですが、大学は関係ありませんね。皆さんを見ていて、そう思いました」
椎名の中でも予想外の事があったという事か。
質問に答えているようで、答えていないちぐはぐな感覚を覚える。
俺はどうも、[[emphasismark:感情が絡む問題には疎いようだ > ﹅]]。
4
社会情勢は刻一刻と変化をしているようみ思われたが、円の価値暴落は対岸の火事。
俺は円でもっている割合が全体の1割に満たない。
他はドル、金や銀、それに株式や証券など、複数に投資している。
長期投資とは不思議なもので、上下する場合もあるが、じっくりと右肩上がりを実現すると信用も得られる。
俺の資産は石油王から継いだものが半分を占めるが、前オーナーはだらけて見えて、投資の能力が高かったらしい。
何年も投資していた先が、ことごとく利益を出していた。
実業でも利益率を出しており、安定的な運用を行っている。
更に、危険な状態が続くと買いだめが起きる。
石油が高く売れる。
食料、米に価値が付く。
昨日の会議で気になった、堀北の取引先について考えた。
堀北は勘所を分かっている節があるな。
9時になった。
「どこか、行かれるんですか?」
「あぁ、椎名は、大学か?」
「今日はお休みです。土曜日は何も入れないことにしてるんです」
土曜日に授業のある大学もある。
起きて帰ったのはそいつらだろう。
「坂柳さんの所に行かれるんですか?」
「あぁ、白石や西川、山村もいるからな、様子を見に行こうと思っている」
そういうと、椎名はそうですか。
と返答した。
天沢、七瀬は書斎で寝ているのだろうか。
それにしても七瀬はいつのまに家に来て、いつのまにシャワーを浴びて、更に俺の使っているリステリンを使ったのだろう。
堀櫛がいないところを見ると、堀櫛か?
天沢が気をまわしたとは到底思えない。
「──私も付いて行っていいですか?」
「あぁ」
考えていた。
七瀬は誰から指示を受けて、ここに来たのか。
夜通し、何をやっていたのか。
考えていたから椎名の質問に安易に返答してしまった。
連れて行かなければ良かったと思ったのは、それから3時間後だった──。