※この作品はR-18です。

ようこそ実力至上主義の社会へ   作:〇彪

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6-6 分岐点

 1

 

 椎名と愛車に乗り込み、慶應義塾大学病院へ向かった。

 唯一の趣味と言ってもいい、ドライブ。

 ゆらりと動くタイヤ、重いハンドル。

 隣に女の子を乗せて。

 

 これはリア充というヤツなのではないだろうか。

 いや、そんな訳はない。

 俺たちは読書友達。

 2人とも陰の者。

 何も話さず微笑みを浮かべている椎名。

 

 このまま病院に行かず、ドライブをしていても良かったかもしれない。

 

 わざわざ遠回りをして40分。

 車を出して一番近くのコーヒーショップのドライブスルーで、キンキンに冷えたアイスコーヒーを頼む。

 

 車から聞こえてくる、ポップの王様が、世界平和や愛を語りかけてくる。

 

 台風が来ているのか、晴れ間にも関わらず奥で曇天な雲が見え隠れしていた。

 

 椎名は、前会った時と同じ服装をしていた。

 水色のワンピースに、白いカーディガン。

 グレーのタイツに、パンプス。

 そして、水色の、そこまで主張しないネイル。

 

 どこかで見たことのある服装。

 2年前か。

 高校の時に、1度?

 

 ともあれ、椎名は同じアイスコーヒーを頼んだ。

 

 鏡の中の男という曲に、身体を小刻みに揺らす椎名がいた。

 ふと信号で停まった時に目の端に浮かんだものだ。

 

「将来についてだが、椎名は何か考えているのか?」

 

「考えていますよ?」

 

「教えてもらえるか?」

 

 少しもったいぶった言い方をする。

 椎名はそれでも、正直に言った言葉なのか。

 焦点の定まらない視線を前に向けて将来の考えを教えてくれた。

 

「──私は今、綾小路くんとこうやって気ままにドライブして、気ままに音楽を聞いて、恥ずかしいですけど身体を揺らすのが、一番幸せなんです」

 

 椎名がボケたのか?

 将来の事を聞いたのに、今の事、幸せについてを教えてくれる。

 ちぐはぐな回答。

 しかし、質問も、答えもあっているように思われた。

 俺は「そうか」と返事をする。

 

 そして、聞いた。

 

「幸せの順位はどうやってつけるんだ?」

 

 すると椎名は良く分からないような顔をし、「不思議な質問ですね」という事をいった。

 

 なぞなぞ。

 堀北学の質問を思わせられる。

 

「椎名、一つ聞きたい」

 

 大学病院まであと10分というところで、俺は椎名に知恵を借りることにする。

 椎名は返答しなかったが、肯定したと捉えた。

 

「何者かになれなかった人間が、何者にもなれないと思ったときに、得るものは、なんだ?」

 

 堀北学のなぞなぞは、答えがあって答えがないもの。

 きっと、俺自身で見つけるしかないものだ。

 

 それを言ったときに、椎名は考えを巡らせているように見えた。

 そして、助手席の右側に映る、景色を見た。

 

 

 今、国道246号。表参道、外苑前、青山1丁目付近を通行している。

 

 

「問題文が違う、と思います。そもそも、誰も、[[emphasismark:何者 > ﹅]]にはなれません」

 

「どういうことだ?」

 

「それはつまり、人は人だからという事ですね、一人一人に名前が付いていて、名前を呼びあっている。尊敬する人、なんて言いますが、それは尊敬する人であって、その人ではありません」

 

 もっと詳しく聞きたくなる。

 椎名ならその先に辿り着けるかもしれない。

 もしくは、俺に足りない何かを知っているのかもしれない。

 

 俺が黙っていると彼女は続けた。

 

「文章をそのまま解釈するのならば──」

 

 景色を見ていた椎名が、視線を前に向けた。

 

「──虚無、徒労、後悔、怒り。いえ……孤独、でしょうか」

 

 何者かになろうとしたものが、何者にもなれないと思ったとき。

 何も残っていないが、何も残っていないを得た。

 

 椎名らしい言葉だと思った。

 0を初めて定義したのは、ブラーマ・グプタという、インドの数学者だったか。

 グプタはバラモン教、ヒンドゥー教徒だったか。

 

 分からないが、少し進展した。

 

 考えていると目的地に到着した。

 

 2

 

 車を敷地内の駐車場に停めているとき、椎名が気を利かせて先に受付を済ませると言って歩いて行った。

 車を停めて玄関から中に入る。

 

 すると前から見知った顔の一団が目に映った。

 

「やぁ、久しぶりだねぇ、綾小路ボーイ」

 

 高円寺六助は1年前と変わらない笑みを浮かべて声をかける。

 彼は、黒のスーツに黒のネクタイをしていた。

 見ると、後ろに控える強面の男性陣も同様だった。

 

 高円寺が立ち止まると皆が立ち止まる。

 しかし、通行人の邪魔にならないように、高円寺がケガをしないように守っていた。

 

「結婚相手は決まったのかな?」

 

「相変わらずだな、病院になんのようだ?」

 

「質問に質問で返すとは、良い度胸だねぇ。だが、特別に教えてあげよう」

 

 どういう風の吹き回しか知らないが、高円寺をそういうと両手を高く上げた。

 

「父が、殺されたのさ」

 

 なんとも急な、突然、危険なことを言う。

 

「殺人か?」

 

「あぁ、父は幻影に追われ、自ら命を絶ったのさ」

 

「どういうことだ?それなら自殺じゃないのか」

 

「さてね、定義なんて私にはどうでもいいことだよ。私がどう思うかが重要なのさ」

 

 相変わらず自由なヤツだ。

 

「おや?綾小路ボーイ……雰囲気が変わったのかい?」

 

「いや、お前が少し、羨ましくなってな」

 

「まぁそうだろうね。私を羨むなんて、キミも見どころがある、という事だろうね」

 

 そういって、高校の同級生が久しぶりの再会を味わうように、バシッと俺の肩を叩いた。

 痛い。

 それに、どういう言葉の使いまわしなのか分からない。

 こいつは一貫して、自分の都合ばかりを考えていた。

 

「父の事はニュースになるだろう。ニュースで見ると良い」

 

「高円寺」

 

「ん?」

 

「父親が殺されたというのに、騒がないんだな」

 

 自殺が濃厚。しかし、誰かに殺された。

 そういう高円寺は、殺人だと考え、犯人捜しをするのだろう。

 誰が殺したか騒ぎ、高円寺グループや、政治を巻き込み、やっきになるはずだ。

 

 しかし、こいつはその選択を取らない。

 次にいう言葉は、同級生の俺は予想できる。

 

「あぁ、どうでも良いからねぇ。私は私が一番であるという事を、私が一番知っているから。それ以外の事は些細な事なのさッ」

 

 そういって高円寺は右手を挙げて、「結婚パーティには呼んでくれよ」と言って帰っていった。

 

 高校の時は孤高を気取っていたが、先日の池と篠原のパーティにも律儀に来ていた。

 そういうところは高円寺らしくないと思われたが、同級生のお祝いをしない高円寺もいまいち想像出来なかった。

 

 呆気にとられた俺は、受付へ歩みを進めた。

 

 3

 

 受付へ行くと、椎名が立っており、病室の番号を教えてくれる。

 それを聞きながらエレベーターに乗った。

 

 エレベーターの乗り一番奥のグランというサイズの病室に向かう途中。

 1人の少女と出会う。

 椎名はチラリとそちらに目を向けた。

 

 考え事をしながら、椎名の後ろをついていた俺は、気付かずにすれ違いそうになった。

 

 瞬間──ガっと手を急に引かれた。

 

「先輩、お久しぶりです」

 

「お前は……」

 

 久しぶりに見る顔立ちで、年齢は10代後半。

 若く見え、高校生と言われても全く不思議ではない。

 彼女はつい2か月前まで高校生だったのだから。

 

 眠そうな瞼からまっすぐと目を見られる。

 それよりも目を引くのは手に、活けられた花瓶を持っているという事。

 

「それは、桜か?」

 

「この部屋に飾られていたんだけど、ちょっと水を替えさせてもらったの。ちょっと前に判明した姉の好きな花で。もうすぐ診察から戻ってくるはずだよ、会ってく?」

 

「いや、俺は別の患者の……」

 

 と、言いかけたところで、椎名が声をかける。

 

「お久しぶりですね、椿さん」

 

「椎名先輩」

 

 2人は面識があったのだろうか。

 どちらも目立つ存在ではなかったように思える。

 

 どちらも、眠そうな視線を交わしながら、微笑む椎名と、飴を器用に舐める椿。

 

「会っていかれたら良いのではないですか?坂柳さん、女子には、準備がありますので、私先に行って声をかけてきますから」

 

「あぁ、理事長……父親がいたら、1時間後に病室ではない場所で会話をしたいと、伝えてもらえるか」

 

 そういって椎名は奥の病室へ向かっていった。

 残された俺と椿。

 

 変な空気が流れる。

 

 椿はじっとりと俺の上から下までを見回した。

 

「ま、及第点ってところかな」

 

「何の話だ?」

 

「ワイシャツの濡れ感、黒でサイズの合ったスラックス、そして磨かれたそれはジョンロブの……靴?一見好青年に見えるけど、持っているものはバケモンだね。やっぱり噂は本当だったんだ」

 

 椿がファッションデザイナーのような事を言い出す。

 その間もコロコロと飴を転がす。

 

「時計はしてないけど、何それ……紐?」

 

 すると左腕を見て、聞いてきた。

 付いているのは輪ゴム。

 そういえば、昨日、森下に渡されたものだったか。

 

 少し伸びているが、腕を縛るものではない、余裕のある大きさの輪ゴム。

 色とりどりで、輪ゴムのオレンジに黄色っぽいもの、そして、ピンク色のなんの変哲もない輪ゴム。

 違うのは数種類混ぜられていることだろうか。

 元1年Aクラスであり、3年Cクラスの後ろの席の生徒の趣味。

 

「輪ゴムだ。貰った」

 

 と返答した。

 

 その時、ガラッと、反対側にあったらエレベーターが開かれ、椿に似た女の子が目を見開いてこちらを見ていた。

 

「先輩、こっち来て」

 

 と言い、椿は病室の扉を開けると、サイドテーブルに花瓶を置いた。

 

「──清隆……」

 

 彼女の名前、ホワイトルームから脱落した人。

 

 彼女の名前は、雪。

 

 

 

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