帰路、恵は付き合っている当時のように、様々な話題を出してくれた。
最近ハマっているコスメ。
大学の友人。
好きなアイドルの話。
興味深く頷き、質問を繰り返した。
「ただいまぁ~!!!」
「おかえり~!」
戻ってくると、 平田に、一之瀬クラスだった神崎がいる。
予想外の事になっていた。
「綾小路くん!久しぶり!お邪魔しているよ」
「綾小路!一之瀬から誘われてな。久しぶりだ」
懐かしい顔、平田と神崎が笑顔で出迎えてくれる。
二人とも1年まえと変わらず、平田は好青年で、神崎は鋭い目つきを向けてきた。
「平田、神崎。よく来たな。ちょうどメンズが欲しいと思っていたところだ」
「あはは、なんか分かる気がする…」
「それにしても、櫛田から色々聞いたがどうなっているんだ?会社を経営しているなら俺にも一枚噛ませてくれ。ウチはIT企業なんだ」
「神崎にもそろそろ声をかけようと思っていたところだ。勿論平田もな」
「そうだったのか…!!」
「まだ日本に来て1週間しかたっていない。少し仕事が残っている。もうちょっと待っていてくれるか?ウチにあるものは自由に使ってもらって構わないし、泊まっていっても良い。その辺りは櫛田に聞いてもらえれば良い」
「あぁ、なんかそんなこと言っていたな」
「櫛田さんの馴染みようがすごい気がするけどね…」
二人にそう言い残し、櫛田にあることを伝えて書斎に戻ることにした。
櫛田は既にお酒を飲んでいるのだろう片手を振って了承してくれたようだった。
テンションの高い女子たちにこちらへ来るように促されるも、仕事を言い訳にその場を離れることにする。
書斎でいくつかの仕事を片付けた後、リビングに戻る。
皆ワイワイやっている様で、大学生らしく酎ハイの缶やポテトチップスの残骸、そして宅配ピザの残骸がテーブルに残っていた。
夕食はないのか…。
そんなことを思いながら、一人バーカウンターでお酒を飲む堀北を見かける。
俺が話しかけるのを待っているように見えたのは、邪推だろうか。
「仕事が落ち着いたのかしら?」
「あぁ、今抱えている問題はあらかた片付いた」
そして彼女の飲む、ライム入りのグラスを見て、質問をする。
「何を飲んでいるんだ?」
「ジントニックよ」
「堀北が酒を飲むとはな。まだ19歳だろう?」
「良いのよ。たまには飲みたくなる時もあるわ。それに厳密には違法ではないわ。日本においては未成年の飲酒は禁止されているだけ。違法なのは未成年に販売した大人よ。それにこのお酒はなぜか常備されていたし、会社で購入したものなのだろうから、未成年がお酒を飲んだという結果だけが残っている。特別問題にはならないわ」
「そうか、それなら俺も同じものを貰っても良いか??」
「…はいはい、作ってあげるわよ」
堀北は嫌がりながらもカウンターから立ち上がり、冷蔵庫へ向かっていった。
冷凍庫から氷を取り出し、ガラス瓶に入ったお酒と、同じく瓶に入ったトニックウォーターを混ぜ、ジントニックを作っていく。
どこにあったのか分からない、小さなパックからライムが6等分にされたものを取り出し、絞った後に中に入れた。
「慣れているな」
「別に慣れているわけではないわ。料理は趣味だもの。カクテルくらいは調べれば作れるわ。櫛田さんにお願いされたのよ」
ふと櫛田を見ると確かにグラスを持っていた。
そうすると、缶酎ハイは平田辺りが買ってきたのだろうか。
いや、平田がそんなことをするはずがない。
櫛田がコンシェルジュに言って買ってきてもらったのかもしれない。
コンシェルジュは大人の人間なのだろうが、ここに住んでいる人間が未成年だと知っているだろう。
しかし、コンシェルジュサービスのマニュアルの中ではクライアントにお酒を買ってこないという文言はないのだろう。
99.9%の確率で、住人は20才以上だと思われるからだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。やはり、様になっている。鬼のようだった堀北も料理を作っているときは角が隠れているように見える」
「殺すわよ?」
と堀北がいうので、「やめてくれ」と返答する。
そして、ジントニックを一口飲んだ。
「お酒を初めて飲むが、結構美味しいな。ライムが効いているし、苦みがある。ジントニックはトニックウォーターとジンと、ライムだったか?」
「そうよ。私も大学の新歓コンパで一度飲んだことがあるの。初心者にお勧めらしいわ」
感心し、話を変え、組み立てていく。
「お前門限は大丈夫なのか?」
「ウチは他より硬い家かもしれないけれど、大丈夫よ。両親にちゃんと許可は取っているわ。だから今日も泊まらせてもらうわね」
「それは良いんだが、昨日も泊まっていなかったか?」
と思って堀北の服装を見ると、見たことのない部屋着を着ていた。
いつもみる堀北と比べてラフな格好だ。
「櫛田さんの隣の部屋に住むことになったわ」
「ん?」
「私の部屋よ。あなたがどこかへ出かけている間に引っ越しを済ませたの。広すぎるこの家を、この私が埋めてあげたのよ。感謝してほしいものね」
確かに広すぎる家。
この家は通常、3LDKのファミリー向けの部屋が4つ入る作りになっている。
一部リビングや、プール等といった敷地に当てられているため、単純に12の個室があるわけではないが、それでも個室で10部屋ある。
そのうち2部屋は俺の書斎とベッドルームになっていた。
リビングはちょっとしたホテルのラウンジくらい広いため、二人掛けが3つあり、ダイニングテーブルもバーカウンターもある。
ここは事務所だったり飯を食べるところだったりとフリースペースにしていた。
空いている8部屋の内、櫛田が一つを、堀北が一つ住んでいるということだろう。
「…ここに住むのか?」
「何か問題でもあるのかしら?」
「問題ではないんだが服装に気を遣ってもらえないか?足に目が入ってしまう…別に良いんだが、引っ越しぐらい手伝ったぞ」
足が丸出しの寝巻。
生足は流石にずっと見ていると変な気持ちになってしまう。
しかし、堀北は悪いと思っていないのか、話を流した。
「悪いわね。部屋着を変えたばかりなの。引っ越しはキャリーケースに詰め込むだけ詰め込んで、それで終わりよ。元々物は大事に使うタイプだから」
「そうか、部屋は気に入ってくれたか?」
「広すぎるくらいだわ。備え付けのベッドも、勉強や仕事に特化した机も。信じられないくらいよ」
「セキュリティロックは大丈夫か?カードキーを忘れないようにな」
「それは問題ないわ」
個室には一つ一つセキュリティカードキーが作られている。
ちなみに俺のはマスターキーなのですべての部屋に入ることが出来る。
だが、そんなこと堀北に言うほど阿呆じゃない。
マスターキーを取り上げられるのが関の山だからだ。
「それで、あなたの持っているカードを取り上げたいのだけれど、良いかしら?」
別にいきなり部屋に入ろうなんて思っていないが、出来そうだなと思ったことの釘を刺される。
「待て、そうは言うが、そうなると俺は2枚のカードを持ち歩かなくてはならなくなるぞ?別にお前たちの部屋に勝手に入るつもりはないしな」
「コンシェルジュに確認済みよ。あなたのカードを別に作って、二つの部屋にのみ入れるように出来るわ。だからマスターキーは櫛田さんに預けて頂戴」
「待て待て、俺の仕事は守秘義務契約で守られているものがほとんどだ。それについてはどうする?会社の人間なら問題にはならないが、アメリカの会社の問題にもなる」
「それならマスターキーをコンシェルジュに預けるのはどうかしら?」
「そうはいっても俺が一応所有者なんだから結局俺の意見が尊重されるだろ?」
「…確かにそうね。諦めた方が良さそうね」
「だがまぁお前の気が済むならそれでも良い。コンシェルジュにはマスターカードキーを渡すときに部屋の備え付けモニターに通知をするくらいするだろう。俺がマスターカードを取った時は通知が行くはずだ」
「…じゃあそういう事にしてもらおうかしら」
「それにしても俺に見せたくないものでもあるのか?別に好き好んで見たいとは思わないが」
「あなたが私に見せたくないものがあるのに、私があなたに見せたくないものがあるのは不平等たとは思わない?」
「まぁそうだな。カードキーの話はこれくらいで十分だろ。パーティみたいな感じになってしまったが、どうだ?楽しんでいるか?」
「仕事は無事終えられたし、思わぬ案件も貰っちゃったから、楽しいわ」
「そうか、それは良かった」
「でも、ちょっと酔ったかもしれないわね…」
法律事務所と大学の講義で、体力が削られていたのだろうか。
堀北の顔に少し疲れが見られる。
「ジントニックで酔うのか?」
「えぇ…。あなたにこんな姿、見せたくはないのだけれど」
そうしてこちらに流し目をする。
頬が赤い。
目が合った。
堀北はごまかすようにジントニックを飲む。
不自然な沈黙がこの場に流れた。
「あーーーーっ!!!!」
声を発したのは櫛田。
「ちょ、何?櫛田さん」
「堀北あんた!!!抜け駆けしようとしているんじゃないの??」
櫛田達の方を見ると、堀北以外の皆で輪を囲んで盛り上がっていた。
「堀北さん、綾小路くんも、こっちに来なよ」
平田の呼びかけで、俺たちは輪に加わることにした。
ちょうど空いていた一之瀬と軽井沢の間に挟まる。
本当は神崎や平田と喋りたかったが、なぜか席が空いていなかった。
「お前たち夕食はどうしたんだ?」
「ピザ食べたよ!綾小路君の分もあるから、持ってきてあげる!」
そういうと佐藤は冷蔵庫の方へ走っていった。
テーブルを見ると恵が缶酎ハイを飲んでおり、一之瀬は梅サワーのようなものを飲んでいた。
「あ、綾小路君、何飲む?」
網倉が声をかけてくれる。
「そうだな、さっき堀北に作ってもらったカクテルが美味しかったから、同じものを飲もうかな」
と思い立ち上がろうとするが、引き止められてしまった。
「大丈夫大丈夫!座っていて、堀北さん、カクテルの作り方教えてもらえるかな??」
なんだ、いたれりつくせりだななんて思っていると、網倉と佐藤でバーカウンターを綺麗にしたり、ツマミを用意してくれたりしている。
先ほどまであったポテトチップスの袋も今や片付けられており、綺麗な状態が保たれる。
「なんか皆気合い入っているな」
「そ、そうだね…」
伏目がちな右側にいる一之瀬と、口角があがり、ほろ酔い状態の恵が左側にいる。恵の距離が近くなった気がする。
「一之瀬は梅酒を飲んでいるのか?」
「う、うん。お酒は何度か飲んだことがあるんだけど、梅酒が一番好きだから」
「そうなのか、ちょっと飲んでみても良いか?」
「うん!!全然良いよ!」
そういって自分の缶を渡してくれる。
が、視線を感じる。主に左側から。
「あ、あーっと!!私も飲んでみていい??」
「…うん!!大丈夫だよ!」
そして一之瀬の缶が恵に渡り、それから俺に渡る。
初めて梅酒を飲んでみたが、甘くて飲みやすいなと感じる。
「あまりアルコールを感じないが、無理するなよ」
「うん、帰れなくなっちゃったら大変だからね…」
「一之瀬は妹と母との3人暮らしだったよな。妹が心配じゃないのか?」
「ううん、妹は寮に入っているから大丈夫なの。母さんと二人で暮らしてるんだ。大変なんだけど、先日いろいろ解決しちゃったから大丈夫なんだ」
「そうか。カラオケでアルバイトをしているって事だったよな」
「うん、大学から近いカラオケで夜勤のアルバイトをしてるんだ」
お酒を飲み、頬を赤らめる一之瀬を見る。
こんなに美人がいれば、男子連中は放っておく訳がない。
カラオケは若者が手頃に遊べる場だし、連絡先を聞かれたのも一度や二度ではないだろう。
ダメもとでも声をかける人は多いと聞く。
「夜勤となると、酔っぱらった客がいるだろ?一之瀬は美人だし、ナンパを良くされるんじゃないのか?」
「麻子ちゃんと一緒のシフトだからね、良く声はかけてもらえるんだけど、あはは」
「そうか、社会経験は何事も良いからな。網倉がいるなら心配ないな」
「うん、麻子ちゃんとは大学が違うけれど、アルバイト先が一緒だし、いつもお世話になっているかな」
「そうか、だが、大学生ともなれば色んな人間に会うだろう?気になった男とかいないのか?」
「え?いないよ」
「そうなのか、意外だな。お前ならどんな男とでも付き合えると思うけどな」
「そんなことないよ…」
声を少し荒げて一之瀬が俺を見上げてくる。
そんな一之瀬をぼーっと野次馬の様に見る、軽井沢がいた。
「一之瀬さん…可愛い」
「えっ?えっ!?」
恵のそんな発言に、一之瀬が照れる。
先ほどから話に加わりたくて、伺っていたのだろうか。
それなら軽井沢を混ぜて話をするべきか。
「恵は何を飲んでいるんだ?」
「私はレモンサワーだよ」
そう会話をしていると、網倉がジントニックを作って持ってきてくれた。
そして、佐藤がピザを温めて出してくれた。
櫛田が気を利かせたのか、リビングの天井から音楽が流れてきた。
夜も更けてきたが、まだまだこの話は終わらないのかもしれない。
ほろ酔い気分になったが、既に午前0時を回っていた。
朝も早いためそろそろ寝るとしようか。
そう思い、恵に声をかける。
「そろそろ帰る人もいるだろうが、帰らないヤツは泊まっていってもらっても構わない。恵は引っ越してくるんだったな?空いている部屋を案内するから気に入ったところを選ぶと言い。もし泊まるヤツがいたら余っている部屋のカードは櫛田が持っているはずだ」
「うん、分かった。きよ…たかはどうするの?」
「俺はそろそろ寝る時間だからな、後はシャワー入って歯磨いて寝る」
「オッケー。じゃあ、後は任せて!」
「あぁ、じゃあ恵の部屋を決めて今日は終わりにしよう。着いてきてくれるか?一之瀬も、今日は好きにしてもらっていい。お酒を飲んだから送ることは出来ないが、一応親御さんには許可取っていると思うが、トラブルにならないようにして貰えると助かる」
「う、うん!分かった。いろいろありがとう」
そういって俺は恵を連れて家の案内を始める。
恵が気に入ったのは、ベランダに隣接した窓際の部屋だった。
広いその部屋は、ダブルベッドになっており、壁一面に長い机が固定されている。
カーテンは自動で閉まるタイプ。
テレビこそないが、大きなモニターが備え付けられており、自由にパソコンと繋ぐことが出来る。
高級ホテルの1室をそのまま持ってきたような、そんな部屋だった。
とはいえ、収納はしっかりしており4畳程の収納部屋が隣接してあった。
見る人が見れば4畳の部屋でも生活が出来るというだろう。
奥には二人掛けのテーブルもあるためここで商談なんかも出来そうだ。
部屋を3つ周り、すべてを回り切らずに恵はここに決めた。
恵らしいといったら良いのだろうが…早合点が過ぎるかと思われる。
しかしそれも恵の良さだと納得する。
今は櫛田にカードキーを貰いに行くところだ。
櫛田の部屋にある、恵の部屋のキーを貰い、戻ってくるのだろう。
既に手荷物は部屋に運び込まれていた。
俺は恵が住みやすいようにビニール袋で埃のつかないようになっていたベッドや布団をセッティングしていく。
俺は今、アメリカから使っている枕に変えているが備え付けの枕でも問題はない。
モニターの下にある空調を作動させ、部屋の空気を入れ替える。
まだしばらく皆で飲んでから寝るのだろうが、事前に準備をすることで、恵への受け入れ体制があると示すことが出来るだろう。
近くにあった洗面台に使い捨てのテーブルクロスを浸して、机や椅子を念入りに掃除していく。
しかしほとんど汚れていない。
俺は暑くなってきたためワイシャツの第二ボタンを外す。
窓ガラスは逆に汚しそうなので触らないようにするが、上部についてある設備から、4月の風が心地よく感じられる。
寝具にカバーされていたビニール袋を外して景色を眺めていると、恵が現れる。
「おまたせ!おお、ありがと。綺麗にしてくれたんだ」
「あぁ、カードキーは貰えたか?」
「うん、櫛田さんが嫌々言いながら渡してくれたよ」
「そうか、佐藤もさっきみたら酔いが回っていたようだな。今日は佐藤と一緒に寝るのか?」
「うん…」
パタンと入口のドアを閉める。
恵が俺に近づいてくる。俺は恵が何をするのかを見ていた。
「どうした?」
声をかけるものの、返答はない。
恵はそのまま歩みを進めて俺に抱き着いてくる。
「ん…」
抱き着き、俺の胸のところにある恵の顔が、こちらを向き、唇を尖らせ、そっぽを向く。
付き合っていた時の様に、甘えてくる。
「…ドキドキする…。清隆チョー…カッコいい。なぜか一之瀬さんもいるし…」
話に脈絡がないが、付き合っていた時に覚えがある。
キスをして欲しいのだろう。
俺はそんな恵をしばらく見つめ、恵の額にキスをする。
いつの間にか振りかけた香水の匂いがする。
「明日も朝早いし、悪いな。今日はここまでだ。恵」
「今日…は??なのね…」
「あぁ…佐藤とここで寝るんだろ?良く分からないが、これ以上やってしまうと、俺も制御が出来る自信がないからな」
「ん、分かった」
付き合っていたころの恵なら、自分が好きかどうか聞いてくるタイミングだ。
だが、聞いて来なかった。
その代わり、彼女は俺に気持ちを伝えてくれた。
「待っているからね…。清隆」
「待っていても、追いかける保障は出来ないかもしれないぞ。明日俺が死んでしまう可能性だってあるからな」
「そんなの嫌」
「未来は分からないんだ。でも恵、俺がそばにいる間は、お前を守ってやるから、心配するな。だが、その代わりに俺も守ってくれ」
「清隆を?」
「あぁ、社会には思わぬ落とし穴があるからな。仕事をする上で人に裏切られたら大きな損失が出てしまう可能性だってある。俺にも分からないことは分からない」
「うん、うん。確かに…。そうだね」
「だから俺が見落としがちな落とし穴を、お前は見て助けてくれ。良いか?」
「うん…分かったよ」
そういって恵を落ち着かせる。
そして、ビニール袋をまとめたゴミと、クロスを回収し、部屋を後にする。
「じゃ、おやすみ」
「あぁ、モニターの使い方なんかはお前ならすぐ分かるだろう。後分からないことがあれば備え付けのスマートフォンを使えば大抵のことは何とかなるはずだ。櫛田と堀北が既に住んでいる様だからあいつ等に聞けば細かいことは色々教えてくれるだろう」
「うん、いろいろありがとね」
「気にするな。それじゃあな」
恵を部屋に残し、ゴミやクロスを処理して自室に戻る。
シャワーを浴びて歯を磨いて、後は寝るだけだ。
順調に行っている生活だが、先ほど恵に言ったように落とし穴はあるだろう。
謙虚に一つ一つこなしていかなければならない。
だが、幸いなことに櫛田だけでなく恵も仕事に加わることになった。
どのような仕事が彼女に合うのかは分からないが、簡単なことから教えていけば問題ないだろう。
堀北がいる意味は良く分からないが、櫛田に対抗して転がり込んだという感じがする。
会社以外の人間を家に住まわせるのはどうなのか。
堀北とは別で契約を結ぶべきだろうか。
そんな事を思いながら俺はシャワールームへ向かった。
*
翌朝、目を覚ますと足早に顔を洗いに洗面台に行く。
寝癖を整えると書斎に行き、オンラインで商談が始まる。
いつもの事だ。
商談の後は会議がある。
午前5時から始まるアメリカとの打ち合わせは、当然こちらの都合で組み込まれている。
アメリカは前日の午後3時。
ちょうど良いタイミングと言える。
寝起きのため、俺の方が先方よりも頭が冴えている時間帯なのかもしれない。
アメリカでの事業は小気味よく進んでいた。
アウトプットを中心にはっきりと物事を話す彼らに対して、言いたいことを誘導することは非常に重要だ。
今日は意外とすんなりと終わった。
いつも噛みつくメンバーがいなかったのが大きいかもしれない。
しかし、刺激が足りないかもしれないと反省点を残す。
会議前は洗面台しか見回らなかったが、リビングを歩くと綺麗に片付けられている。
佐藤と恵は一緒に寝ているとしても、一之瀬と網倉、神崎と平田はどうしたんだろうか。
結構飲んでいたように思うから、泊まったのは泊まったんだろうが、家が近いから歩いて帰った可能性もある。
そんなことを思いながら、ずっと書斎に閉じこもっていては良くないなとノートパソコンをダイニングテーブルに持ち込み、コーヒーを飲みながらネットサーフィンをすることにする。
様々な情報が世の中に溢れているが、目に見えている情報ではなく目に見えない情報こそが大事な世の中になっていると思う。
目に見える形で他人に被害を与えたら傷害罪だ。
だが、目に見えないストレスや、ガスや、匂いなどで他人に危害を加えることが容易に出来るだろう。
事故に見せかけて危害を加えるにしても限度がある。
匂いは特に今後重要な加害事故になりそうだ。
ニュースサイトに目を通すが真新しい情報はない。
しかし、気になる国を見つけて調べてみることにする。
そう考えていたら、ふと物音が聞こえた。
誰かが起きてきたようだ。
「お仕事中かしら?」
昨日見た寝巻と同じ格好をした堀北が現れた。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「あぁ、いつも通りだ。昨日は遅くまで飲んでいたのか?」
「あなたが寝た後1時間後くらいに解散したわ」
「そうか、一之瀬と網倉、そして神崎と平田はどうした?」
「一之瀬さんは網倉さんと同じ部屋で眠っていると思うわ。神崎くんと平田くんは、帰ったようだけれど…?」
「そうか、泊まっていっても良かったと思うが」
「遠慮したんじゃないかしら、それより私にもコーヒーいれて頂戴」
「俺のコーヒーは高いぞ?」
「望むところよ。昨日の私のジントニックとどちらが高いかしら」
そうやって笑う、堀北の笑顔が見れる。
そう言ってコーヒーを入れようと席を離れると、堀北はPCに移っているページに目を向ける。
「これは…パプアニューギニア?」
「他人のPCを勝手に見るのは頂けないな。そうだ、ちょっと行ってみたくなってな」
「天国に一番近い島。だったかしら。あなたが興味あるなんてなんか深い意味がありそうだけど、いつ行く予定?」
「今の所行く予定はないな。お前は行きたい場所はないのか?」
「私は京都…かしら」
俺たちは2年生の修学旅行で、京都行を希望したが、結局北海道になった過去がある。
「京都くらいすぐ行けるんじゃないか?」
「まぁ、そう、ね。意外と決心がつかないわ。一人で行くのもなんとなく寂しいじゃない」
「確かにな。付き合っているヤツはいないのか?須藤とはどうなったんだ??」
そういいながらコーヒーが出来たので二人分を作って、一つを堀北に渡す。
「ありがとう。須藤くん懐かしいわね…」
「2年生の修学旅行で告白されていただろ?」
「そうだったわね、その時に断ってからは、後は友達になった感じかしら」
「そうか、今から考えても良いんじゃないか?プロのバスケット選手なんだろ?給料も良いだろうし、モテるだろ。早く取らないと逃げられちゃうんじゃないのか?」
「彼の事は、状況は分かっているけど好きとか付き合ってほしいとかいう感情はないわ」
「そうか。でも流石にこの1年間で付き合ったことがないという事はないだろ?堀北も大学2年生なんだ。大学生は一度誰かと付き合うもんじゃないのか?」
「何その偏見…ないわ、あなたこそどうなの?」
「俺も高校で軽井沢と付き合ったきり、誰とも付き合っていないな」
「なにそれ?結構ナンパな男に見えてるけど、お硬いのね。付き合いたい女性はいないの?」
「俺なんかと付き合ってくれる女性を探す方が難しいだろ?変なヤツなんだからな」
「そうね。とっても変なヤツよ」
「お前も結構変なヤツだけどな」
「…あなたに言われたくないわ」
「まぁな、だがお前は中身こそアレだが、見た目は綺麗だし、法学部と言ったら男子が多いイメージだ。相当モテるんじゃないか?」
「相変わらず失礼ね。入学当時は何人かに声を掛けられたわね」
「そうだろうな」
「あなたに褒められるのは癪に障るわ。でも…丁重にお断りしているの。大学では司法試験の勉強をしながら、友達もちゃんといるわ」
「友達がいるのは良いことだな。高校の堀北を見てきた俺としては予想外だ。コンパスは持ち歩いていないのか?」
「…持ち歩いていないわよ」
「そうか、あだ名がコンパスになっていないか心配して損したな」
「あなたって人は…」
「それで?丁重にお断りするなんて勿体ないじゃないか。なんでそういう事するんだ?」
「私に好きな人がいるからよ」
「…初耳だな。お前に好きな人が出来ていたなんて、俺の知っている人か?」
「知っている人よ」
「そうか、なら高校で好きになったんだな」
「そうよ」
「正直3年生の時は接点が薄かったからな。あまり思い浮かばないのだが。もしかして学か?」
「兄さんの事は好きだけど、それとは別の感情よ」
横を向いて淡々と返答する堀北から、難しいクイズを出題される。
俺の初めての友達の、好きな人。
「お前もしかして初恋なのか?」
「ええ、そうよ…」
「遅い初恋なんじゃないか?」
「そうかもしれないわね」
「…そろそろ教えてくれても良いんじゃないか?」
「そうね、じゃあヒントをあげるから、私の部屋まで来てくれる?」
そういうと、堀北は飲み終わったカップを片付け始めた。
今は朝の5時くらいだろうか。
他の誰かが目を覚ます気配はない。
外に朝日が差し込んでいる。かちゃかちゃとカップを洗う堀北が、大人しかった。
「別に良いがお前は朝から授業なんじゃないのか?」
「今日、講義はないからあなたの会社の仕事をする予定よ」
「そうか。司法試験の勉強ははかどっているのか?」
「あなたに言われなくても問題ないわ」
堀北が手を引いてくる。
俺はちょっと待てと書斎により、ノートパソコンを置きに帰った。
誰もいなかったように、堀北はテーブルクロスで俺たちがダイニングテーブルにいた証拠をふき取り、テーブルクロスを持って自室に入っていく。
「おい、昨夜言われたが女子の部屋を見せたくないんじゃないのか…」
部屋に入り、ドアを閉める。
荘厳なドアは防音性能が高く、部屋は音が少しもしない。
ドア一つ隔てれば、外に音は漏れないだろう。
窓際の部屋ではないが、広々とした空間は、空調がしっかりしており、長くいても苦にならない。
部屋の中心で堀北がベットに座る。
彼女は沈黙していた。
俺は良く分からないが入口付近に立っていた。
しかし、この間はなんだろうか。
一歩進めば、今までの友人関係ではなくなってしまうような、そんな錯覚がある。
堀北も堀北で短いショートパンツのパジャマから生足が覗く。
「ほり…きた?」
「なにかしら?好きな人のヒントが欲しいんじゃないの?」
「あ、あぁ。教えてくれ」
「じゃあ、こっちに来て座って?」
俺は言われたとおりに堀北の隣に腰をかけた。
今までで一番堀北との距離が近い。
堀北の顔が、唇が、耳元に近づいてきた。
「───ないしょ」
そういって、彼女は俺に抱き着いてきた。
「───絶対、教えないわ」
「そうか、じゃあ、どうしても教えてもらうしかないな」
俺はそう言って彼女と目を合わせる。
そして堀北は目をそっと閉じた。
「あなたに出来る?」
俺は、彼女の唇に、俺の唇を重ねる。
そっとキスをして、目を開けると、堀北も目を開けてきた。
そして、とろんとした目でこちらを見る。
そして閉じる。
そんな堀北を見て俺はまたキスをする。
今度は長く、10秒。この家には風呂が二つある。
男子と女子に自然と別けたわけではないが、自然とそうなっている。
女子のバスルームに、何があるのかは分からないが、高いものだと分かるシャンプーの良い匂いが鼻腔をくすぐる。
キスを繰り返し脱力した堀北が、俺になだれかかってくる。
そんな堀北の肩を抱き、キスを繰り返す。
堀北の上のパジャマの裾から手を這わせると、びくっと身体を震わせた。
しかし、拒む様子はない。
俺たちはキスをしたまま、はぁはぁと呼吸を繰り返した。
ゆっくりとパジャマの下から手を這わせていくと、柔らかいものに指先が触れた。
んっ…と切なそうな声が堀北の荒い呼吸に混ざってくるのが分かるが、んだけではなく、あぁ…と更に切なそうな声が、俺をその気にさせてくる。
しかしながら大事な箇所には触れることは出来ない。
そして、そのまま右手を、下腹部へと沿わせていく。
パジャマの中、下着の上から、足を開かせ、太ももと大事な箇所にそろそろと手を這わせていく。
堀北の下腹部が熱くなっているのを手で感じる。
身体を強張らせつつ誘導にしたがいながらも、くすぐったそうにする堀北を見て、可愛いなと思う。
大事な場所には触れず、俺は堀北の身体を触診していく。
彼女の少しコーヒーとミントが入り混じった匂いのする吐息を感じ、流石に我慢が出来なくなってしまう。
「──ストップ。堀北。流石に俺も我慢できなくなってしまうからな。これ以上はダメだ」
「…そう?」
「お前、俺で良いのか?途中全然拒まなかったみたいだったが、俺はお前に酷いことをしたし、軽井沢と付き合っていたんだぞ」
「さぁ?面と向かって聞かれるから、面と向かって答えるけど、私にとっては大した問題じゃないわ」
「そうか、お前が良いなら良いんだが。こういった不意打ちみたいな真似はお前も好きじゃないだろ?」
「ま、まぁそうかもしれないわね。でもあなたとなら、良いのかなって思っちゃったのよ」
「そうか。それなら良いんだが」
「うん、それで、続きは?」
「まだちょっとやる事があるし、避妊具もないからダメだ」
「そ、そうなのね。じゃあ今度なら良いの?」
「今度なら良い」
分かったわと堀北は言って、昨日の軽井沢同様、キスを求めてくる。
俺はそれに応じて、立ち上がり、キスをした。
「ところで、お前の好きな人は誰なんだ?」
そういった時の堀北の、ゴミを見るような目が印象に残った。