〇無形有形
6月の末。
会社は通常営業。
社員も増え、各社と連携協定が進んでいた。
仕事を午前中で終わらせて俺は車を走らせる。
◇
向かった場所は埼玉県。
ホワイトルームが建っていた場所。
坂柳有栖の所有する土地。
目指す建物の門を入ると理事長が立っていた。
そして……。
「なんでお前がいるんだ?」
「運命だからです、そんなことも分からないのですか?」
森下藍。
彼女は首に高そうなカメラを持っていた。
そして、もう1人。
「なんでひよりがいるんだ?」
「え?」
そこは運命だからじゃないのか。
呆気にとられた森下。
「椎名ひよりは、ああ見えてコミュ力がないので、コミュ力化け物のアメリカ人である私が、付きっ切りでお世話してあげてるんです。ボランティアですよ?信じられますか?こっちはビジネスでやってるっつーんですよ。ホント有象無象の営業マンの時間ばかりを欲しがる小規模経営者は」
やれやれと両手をあげて、大げさに頷いた。
まぁ、良い。森下は置いておこう。
椎名が声をかけてくれる。
「坂柳さんがお待ちですよ」
◇
杖を持っていない彼女。
俺は彼女に近寄る。
7月1日に婚姻届けを出すその少女。
理事長に任された、謎の指令をこなし、俺は婚約指輪を持って坂柳に近寄った。
「プロポーズの言葉は必要か?」
小さな身体で俺の方を見てくる。
こくんと頷き、俺は肩膝をつき、[[emphasismark:お願い > ﹅]]をした。
写真を撮ることになった。
まさかアイツが写真を撮るのか?
遠くで坂柳の父と母が手を振っていた。
綺麗なバラが咲いている。
「なぜアメジストなのでしょう。婚約指輪はダイヤモンドでは?」
「お前の父が考えて選べって言ったんだ。だからその通りにしたまでだ」
杖も補助もいらないはずなのに、俺の手をつかみ、歩く。
目指すは中心に生えてある木の下のベンチ。
「カバン重たい、あなたが持ってよ」
と、いつもの口調と異なる坂柳に気付く。
無視して歩くと、カバンを置き去りにし、俺と歩き出した。
あまりにも、あまりにも綺麗だ。
安物なのだろうが、色が気に入ったのか、嬉しそうに眼を細める坂柳。
輪ゴムで喜んだ雪。
高くない指輪で嬉しそうな坂柳。
──そうか、分かった。
──俺に足りないもの。
──貰ってばかり、いたのかもしれない。
それにしても
「胸に何を入れてる…」
胸の大きさが気になり、指摘しようとした時。
坂柳はそっと指を手に当てた。
その瞬間、森下がシャッターを切った。
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椎名ひよりの姿が見えないと思い、少し待っていた。
坂柳はドレスのまま、両親と会話をしていた。
近くの小さな、新しい建物。
このバラ園に併設されたもの。
から、ひよりが少し小走りでこちらに来た。
タタタッ。という表現が似合う。
「遅いですよ椎名ひより。今から高級フレンチでランチなのに!イノシシ肉が逃げたらどうするんですか」
最近元坂柳クラスではイノシシがトレンドなのだろうか。
橋本包囲網もそうだが、やはりすごく統率が取れている。
焦って俺の元に来るひより、少し、変なテンションだ。
はぁはぁと、息を切らせる距離ではないにも関わらず、ひよりは来た。
正直、息を整える時間を合わせても歩いてきた方が得策だったのではないだろうか。
「すみません、少し具合が悪くて、お花を摘んでおりまして」
「どうしたんだ?」
体調が悪そうに見えない。
いつものひよりだ。
「綾小路くん、すみません。約束、守れそうもありません」
すると、椎名はポーチから温度計のようなものを取り出した。
「妊娠しました。あなたとわたしの子」
ニコリと、のほほんと、いつものひよりと変わらない声。
しかし、その頬は赤みがかっていた。
ふふふと、椎名ひよりの笑い声が聞こえた。