堀北とのキスを終えた後、なんだか悶々としたまま、俺は自室に戻り仕事を再開した。
書斎ではなくベッドルームのデスクでノートパソコンを広げて調査中の会社の動向を見る。
大きい会社だが、その分決定権が遅いためコスト削減がスムーズではない。
1,2か月の決裁の遅れが致命傷にもなる。
そんなことを考えていると、アメリカと繋がっている携帯に電話がつながった。
俺は出て、会話をするとすぐに携帯を切る。
そして証券会社のアプリを立ち上げて、操作をする。
日本のIT企業は頑張れなかった。
いや、すべてのIT企業がそうだとは言えない。
しかし、インターネットという媒介は、距離が関係ない。
勝負するならば海外に目を向けるべきだった。
とあるIT企業の所有している30万の株を売却する。
一株10万ほどなので30億円。
購入した時は1万円ほどだったため、27億円の利益になった。
残りの株は70万株だろうが、そろそろ潮時だろう。
従業員を500名以上かかえるIT企業だった。
ちょっとした根回しで株価を上げた。
そして後に引けなくなった経営陣が粉飾決算をしてしまったため、税も払えないだろう。
──俺は指先一つで500名の人間を路頭に迷わせる。
そして何事もなかったかのように、安くなった会社を購入する。
*
8時になり部屋を出た。
こっちでの仕事があるし、まだまだ会いたい人間がいるからだ。
リビングに行くと一之瀬、網倉、堀北、櫛田、佐藤、恵の6人が揃っていた。
皆和気あいあいと朝食の準備を進めている様だったが、堀北だけは米派なのか別で準備を進めていた。
俺も何か手伝おうかと聞くものの、いらないと言われる。
しょうがないからシャワーを浴びてくるとする。
堀北が目線を合わせなかった。
そんな堀北に俺の朝食も米が良いからと言うと嫌々準備をしてくれる様だ。
なんか皆にハブられている気がしたが…。
ちょっとショックを受けながら、気にしないようにする。
シャワーから戻ると、ダイニングテーブルに等間隔に並ぶ6人がいた。
俺の分の朝食はトレーに置かれていた。堀北に一言言ってトレーを持ち、俺はちょうど良いと櫛田と軽井沢の間に座る。
そうして伝達事項を終わらせにかかる。
「櫛田、Sテクノロジーの株はすべて売却した」
「…ええええええ!?!?」
「そう驚くことでもない。まもなくあの会社は倒産する。従業員500名を路頭に迷わせることなど出来ないからな。会社は俺が購入する。5億も必要ないだろう」
「お、お、お、おっけぃ」
「あとは軽井沢に仕事を手伝ってもらうからお前の抱えている仕事を教えてくれ。軽井沢も食べながら聞いてもらって良いか?」
「うん、大丈夫だよ」
「えーっと、綾小路くんから指示される資料作成と、事務所の管理でしょ…それと、コンシェルジュとの調整に、購入見込みの企業情報のチェックとぉ…予算内でのM&Aと運営とかとか…」
「資料作成はまだまだだけどな、AIを上手く使えないか?」
「もちろんAIも使っているけど、自分である程度1から作るのが良いんでしょ?」
ジトっとした目を向けてくる。
「まぁ問題なさそうだな。じゃあ軽井沢には他の仕事を振っても良いか?」
「えぇええええ???私のいう事聞いてた?」
「えーっと、私は何をすれば良いのかな??」
「別に今は一時的に忙しいだけだし問題はないだろ?お前の部下は後で俺が見繕う。恵は引っ越し作業が終わったら俺に声をかけてくれ。やってもらいたい事は考えてある」
「ふ~ん…ケイ…ね…」
「私…出来るかな…」
「なんか楽しそうな話してるね!!」
「仕事の話なのになぜか無駄話に聞こえるわね…」
「いやぁそのぉ…。なんかどんどんと話が進んでいる気がするんだけど…」
櫛田、恵、一之瀬、堀北、佐藤と口々に言葉を発する。
「前途多難だわ…」
網倉だけがどこか別の場所を向いていた様な発言をした。
*
朝食を終えてソファで携帯をいじっていると一之瀬と網倉が声をかけてきた。
「綾小路くん、昨日は泊めてくれてありがとう」
「別に気にしないで良い。網倉は確か一之瀬とは別の大学に通っているんだったな」
「そう。ここからも近いからね。また帆波ちゃん通して遊びに来るつもりだよ」
「いつでも来てくれていい。気に入ってくれたようで何よりだ。カラオケのアルバイトをしているって言ってたが、どんな感じなんだ?」
「帆波ちゃんはやっぱり人気者だからね、夜勤をやっているから声をかけられることが多いんだ。高校にもカラオケはあったでしょ?良く使っていたから、仕事もすぐに覚えると思ったし、時給も高かったから」
「良い目の付け所だな」
隣に座ってはいるが、もじもじとする一之瀬を前に、網倉と会話をする。
そんな一之瀬がいじらしいから声をかけてやろうと思った。
「一之瀬はやっぱり網倉と一緒にカラオケのアルバイトを始めたのか?」
「…うん、高校の時はクラスを引っ張っていかないとと思っていたけど、社会に出てから不安があってね。それにしても軽井沢さんと一緒の大学だって知っていたけど、まさか綾小路君がキャンパスに来るとは思わなかったな」
「恵には失礼なんだが、一之瀬ならもっと上の大学を狙えたんじゃないのか?」
「国立大学も考えたけどね、でも私の行きたい大学だったし、国際教養学部って英語で授業をするんだ。ウチってあまりお金がないから、給料の高い会社に入りたくて、そう考えると外資系企業が視野に入ってくるから、良いかなって思ってね」
「キャンパスを歩いたがオシャレな女子が多かったな。一之瀬に似合う大学だと思うぞ。それに将来の事を考えて選ぶなんて俺には出来なかったことだからな」
「そ、そう?あ、そういえば綾小路くんはアメリカのどこの大学に行っていたの?」
俺は自分の卒業した大学を口にする。
「あ、やっぱりね。そうなんじゃないかと思っていたけど…。じゃあ英会話は大体問題ないって感じ?」
「どうだろうな。たどたどしくて、相手にちゃんと伝わっているか分からないが、なんとかコミュニケーションを取ったつもりだ」
「へぇ、やっぱり予想以上の事をするんだね。綾小路くんは」
「話は変わるが、近いうちにパプアニューギニアという国に行こうと思っているんだが、もし良かったら一緒に行かないか?英語の出来る一之瀬がいてくれるとありがたいんだが…」
「パプアニューギニア??うん、良いよ」
「そうか、パスポートは持っているか?アルバイトのシフトや学校の授業もあるだろうから無理のないスケジュールを立ててくれ、近日中に4日間ほど取ってくれれば問題ない」
そういうと一之瀬は携帯を取り出しスケジュールを確認する。
「パスポートは持ってないから、作らないといけない…。スケジュールは、今日と明日に1限があるから、明後日からなら大丈夫だけど…日曜日のカラオケのアルバイトが入っているかな…」
「アルバイトのシフトはどれくらいで切り替わるんだ?」
「2週間に1度出しているよ」
「じゃあまたちょっと先になりそうだな」
「いやいやいやいや…!!!変わる、シフト。変わるって…。その日は私はシフト入ってなかったから」
「…麻子ちゃん…?」
「シフトを一緒に提出していたんじゃなかったのか?」
「それは1年生まで!2年生になってから私は一度もシフト入れてなかったの」
「麻子ちゃん、ありがとう!!」
「…これは、高くつくヤツだからね…」
話の途中で網倉が助け舟を出してくれる。
なんとか明後日から4日間のパプアニューギニアの視察が出来そうだ。
そんな事を思いつつ、何か言い訳も考えておかないといけない気がしてしまう。
いや、別に仕事で行くので下心がある訳ではないのだが。
一之瀬と渡航する前日までの二日間を思い出す。
俺は一応現地の会社を買収したため視察をする名目が立っている。
一之瀬は従業員という取り付けだ。
予想外だったが、パプアニューギニア行きに異議を唱える人は実はいなかった。
治安が悪いし、行くのが嫌だからだろう。
羽田発12時間の飛行機の旅だ。
この二日間は一之瀬のパスポート作成を始め、様々な雑務を終わらせにかかった。
具体的にはまずは恵の引っ越しと、仕事の分配だ。
恵には先日堀北にも打診した50億円のM&A案件の担当をしてもらう事になった。
バブル時代は稼げていた百貨店、デパートへメインに店舗展開をしていた高級服のブランドだ。
アパレルのアルバイト経験者だからという安易な理由だったが、今回は事業譲渡ではなく経営権の譲渡なため、今の状態のままトップのみが俺の会社に置き換わる形だ。
その代わり親族で所有していた株式は全て買収に成功する。
なんとあっという間に恵は300人以上のトップに就任してしまう。
しかし俺の会社は実態がはっきりしないため上司も何もない。
つまりこちらの都合で相手方に紹介をすることが出来た。
俺は新米社員という事で恵を先方に紹介し連絡先を渡した。
恵にはあるがまま思い付いたまま店舗を視察するようにと言い聞かせ、30店舗近い拠点のレポートを半年かけて書くように言い伝える。
勿論トップダウンの会社なので軽井沢が視察に行くのは分かり切っているだろうが店舗側としては拍子抜けするはずだ。
何も知らない小娘がなぜ…。
と、それが俺の狙いだった。
まずは堀北と売買契約の締結を優先させながら、俺が求めているのは実直な意見であると恵に言った。
櫛田の部下についてだが考えが及ばなかったので求人広告を出すことにした。
しかし同級生以外は断るようにと伝え、対応は佐藤がしてくれることになった。
*
4月2週目の金曜日、俺たちはパプアニューギニア行きのため家で集合した。
昨日も一之瀬は泊まっていたためすんなりと午前の便に向かう事が出来る。
今は道中の車の中だ。
「なんで私が…っていうか朝早すぎ…5時半…」
「そんなに遠くない、羽田までだ。それに別に早くない。いつも俺はこの時間は起きている」
「櫛田さん、ありがとね!」
「いや、一之瀬さんは良いんだけどさ…。綾小路くん、そもそもなんでパプアニューギニアなの?」
「今更なんで理由を聞いたんだ?」
「仕事で忙殺されていて…タイミングを失ったと言いますか…。というか私、学校もまだ授業あるんだけど…」
「それは2週間前に聞いたときにほとんど気にしなくて良いと聞いていたんだが。まぁ忘れることもあるか、大学の授業は優先して受けた方が良いだろう。パプアニューギニアに行くのにはいくつか訳があるが、治安の悪い国っていうのをやっぱり見ておきたいのと、先日買収した電力会社の視察を兼ねているな。あぁそれと一之瀬が行くのは渡辺が交換留学生としてなぜかあっちにいるからだ」
「そうか、そういえばそうだったかも…」
後部座席で一之瀬がそんなことを呟く。
「ホンッットに思い切ったことをするよね。インフラの会社を買収するなんてさ。渡辺くんはなんとなく覚えているけど、仲良かったんだっけ?」
「仲良くしてもらっていると判断している。1月から半年行っているという情報を知った。詳しく話を聞ければと思っている。それに電力会社にはそれなりにやっておきたいことがあってな」
「へぇ…。まぁまた頭を悩ませることになりそうだから聞かないけど…。一之瀬さん、本当に気を付けてね…」
「えっと…何にかな??」
「コイツ…私が入社して1週間でいろんな会社に一緒に顔出してさ…丸ごとぶん投げてくるから…マジで」
「人聞きの悪い事を言うな」
「いやいやいや!!!なんか適当に挨拶して、後はこちらの担当に連絡してくださいとか言って!!勝手に名刺渡して!!!あー!思い出したら本当イライラして来た」
「イライラするな、飴でも食べるか?」
「食べる!!!」
「私は食べない!!!」
手元にある飴を一之瀬にあげる。
「櫛田、イライラを抑える方法を俺は知っているぞ」
「…言ってみ?」
「確かこういう時は…テイクアウトのキャラメルマキアートみたいなのを飲めば治るんだよな?もう少し行ったところにあるから、寄っていいぞ」
「……あ〜〜〜!!!ありがとう!!!!」
半ギレになりながら櫛田はドライブスルーに寄っていった。
3人分のドリンクを飲みながら、羽田までの道を行く。ちなみに俺はアイスコーヒーにした。
「一之瀬、過ごしづらくないか?堀北クラスのヤツに囲まれて」
「んー、確かにちょっと居辛いかもだけど…」
「皆仕事が忙しすぎてテンパってるから気にすることはないよ~~」
「そうか?一之瀬はクラスメイトとはどんな話をするんだ?」
櫛田の事は無視して一之瀬に話しかける。
「みんな普通に仲良いよ、グループチャットではみんな嬉しかったこととか、お祝い事とかを投稿するんだけど、地方に行った子もいるし、意外と集まりが少ないかも。柴田くんなんかはサッカー選手になったけど、それ以外でも個性を出して頑張っている人が多い気がする」
「確かにそうかもな。高校という枠組みだから個性が発揮出来ないという事はあるだろうな。OAAでは図り切れない数値もあるだろう。芸術家やスポーツ選手もその一つだろうしな」
「そうかも。堀北さんのクラスと比べると、結構尖った子が多いかもね」
「大学の偏差値だけでは測れないものがあるのは当然だ。だが俺たちはほとんどが大学の進学を選んだが、交換留学でパプアニューギニアに行くような突き抜けた変わり者はいないよな」
「いや、あんたアメリカじゃん…」
「一之瀬自身は王道にキャリアウーマンの道を進むつもりだが、二つ返事でパプアニューギニア行きを決定してくれたよな?櫛田や恵は嫌がっていただろ?」
「普通嫌だからね」
「あはは…・」
「サルトルは言っていたがやはりお前たちは自意識が過剰なんじゃないか?もっと一之瀬を見習って自然に溶け込む努力をした方が良い…。とは言い切れないよな。櫛田には櫛田の良い所があるし、一之瀬には一之瀬の良い所があるからな」
「…はいはい、羽田に着いたから、行ってらっしゃ~い」
車から降ろしてもらい羽田に到着する。櫛田の機嫌を損ねてしまったのだろう。お土産を沢山買っていかないと…。
「一之瀬の荷物はそれだけか?」
「うん、3泊4日だから、そこまで大きな荷物じゃないよね?」
「おう」
一之瀬は小さなキャリーケースとハンドバックを一つ持っていた。
事前に治安が悪いから高そうな服は持っていくなと言っていたからだろう、オシャレな服装ではない。
ティーシャツにジップパーカーとラフな格好にスニーカーだった。
俺も100均で買えるようなバッグを一つ持っていた。
「そういえばこれを渡しておく、ウチの会社の端末だ、設定は済んでいる」
そういって会社で契約した携帯を渡す。
「うん、ありがとう」
「極秘事項が含まれているから指紋認証ではなく顔認証になっている。後で設定をしておいてくれ。その中にパプアニューギニアのスケジュールを送っておいた。俺とはほとんど一緒に行動をするが、3日目の午後だけは別行動だ。そもそも移動で1日潰れるからな」
「分かったよ…。こ、これが無茶ぶりの始まり…??」
「基本的には車移動だが国際免許はビザと同時に発行しているから到着したら渡す。ビジネスマナーはある程度動画を見て学んだだろうから問題ないはずだ、基本的に先行してアテンドしてくれ」
「…無茶ぶりが…まだ??」
「今から行く国は治安の悪い国家ランキングで堂々の2位だ。800を超える民族が日夜問わず争っているヤバい国だが、馴染んでいる日本人もいるから表面上の数値に惑わされなくても良いだろう。だが一之瀬ほどの女子が夜歩いていたら100%襲われると俺は確信している。だから離れるな」
「無茶ぶりからの…デレ…!?!?」
「あとは現地の電力会社の経営についてはお前に任せる」
「無茶ぶりからのデレからのやっぱり無茶ぶりだねッ!!!」
一之瀬の激しい突っ込みを感じながら、飛行機まで少し時間があるためラウンジの中、二人でコーヒーを飲む。
12時間のフライト。
現地は日本より1時間進んでいるため、夜の8時に着くことになる。
一之瀬は綾小路から借りた携帯の設定をして、会社のチャットグループを開く。
綾小路からスケジュールが送られてきているため、それを開くと自動で携帯のスケジュール機能が同期される。
「わ、ハイテクだ…」
「開いたか?今からいくつかグループに招待するからな」
綾小路が一之瀬に声をかけると、ポンポンと音がしアプリ内にグループが発生する。
プロジェクト事に分けられたグループに入り、中の情報を見る事が出来た。
一之瀬が所属するプロジェクトは『PPL』と名前が付けられている。
私と綾小路くん二人のグループ。
そして必須項目として指示されている内容を読む…。
が、すべて首を傾げてしまう内容。
例えば、JICA職員の〇〇さんと〇〇の話をすること。
電力会社に派遣されている日本の電力会社の〇〇さんの奥様にお土産を渡すこと。
日曜日の午前中の教会で神父の〇〇に丁寧に挨拶をすること。
などなど、そんなに多くない5項目だった。
これくらいなら問題なく出来ると思われた。
そして『PPL』以外については『連絡用』というグループが加わった。
軽井沢、櫛田、一之瀬、綾小路を加えて4名の参加者がいた。
「後はなんだ、ホウレンソウが円滑に済めば良いからな。自由にグループを作るなりなんなりしてもらって問題ない」
「うん、分かった」
一之瀬がそういうと、ポンポンと音がなり、一之瀬がグループに追加された。
追加したのは櫛田だ。
バスルーム予約用という名称にカメラの絵文字が付けられたグループだった。
どちらも綾小路以外の3人が参加しており、綾小路がハブられている形だ。
カメラの絵文字が着いたグループを見ると…そこにはなんと各々が撮った様々な写真が投稿されていた。
その写真たちに見入ってしまう。
「どうした?」
「…ううん!なんでもない」
空港のラウンジの中に、嬉しそうな顔の一之瀬がいた。