2-0 プロローグ
南国の車の中、日本ではない風を感じ、解放された気分になる
ビジネスクラスでは全然眠れなかったため身体が重い。
早くホテルのベッドで休みたい。
どんな環境でも適用できていた筈だが、流石に長時間のフライトは身体に疲れが見えた。
そんな俺に反して一之瀬は元気そうだ。
今も隣の席で楽しそうにしている。
気が紛れて良いな。
到着した空港でスマホの電源を入れると大量のメッセージが流れて来た。
資産管理のアッパーを決めているアプリケーションからアラートが鳴るのをまずは処理する。
俺の資産が1兆円を超えるとの知らせだ。
イギリスの長者番付の調査会社はどこから情報を得てくるのか分からないが、世界の個人資産ランキングの上位500名は把握されている。
500位が今1兆1,000億円の保有という事は知っているため1兆円に設定したアラートがかかった様だ。
これは個人に紐づけられる不動産、株、為替とすぐにドルに換算出来る財産に限られる。
所有法人の価値換算についても純資産から紐づけられてしまうためこのままだと数日で500位を超えることになってしまう。
反映されてしまうと根掘り葉掘りプライベートを追求されることになるだろう。
なったらなったで仕方がないが、ブランドイメージも作りたいため今すぐは出来れば避けたいところだ。
社員の個人の口座に移したり、現金に換えて家に隠したりしても良いがそういった姑息な真似はしたくない。
どうせ姑息な真似をするならば調査会社から連絡が来た時に上手く返答する事だろう。
俺は隣で英語圏の英語に触れていつも高いテンションよりももっと高いテンションの一之瀬に声をかける。
「話割ってすまんが、一之瀬ちょっと良いか?」
「うんッ!!大丈夫だよ、何かな?」
「楽しそうなところ申し訳ないが、後どれくらいで着く??」
「えーと、さっき30分位だと言っていたから後20分位かなー」
「結構近いんだな」
「うん!泊まる所も飛行機内で調べておいたけど、わざわざ用意してくれたんだって!」
「そうか、至れり尽くせりだ。渡辺には連絡してみたか?」
「あ、そうだ!忘れてた!!今して見る!」
「そういえば個人用の携帯のネットは大丈夫なのか?個人用のものを仕事で使わせているから会社で支払う義務が発生する。不便があったら教えてくれ」
「分かった、ありがとう!!」
「あと今朝渡した会社用の端末の、銀行アプリを開いてくれるか?」
「オッケー、ちょっと待ってね」
一之瀬が左手に個人用を、右手に会社用と持って2台の操作を始める。
器用だ。
さすが女子大生と言った所か。
そして右手を伸ばして銀行のアプリを見せてくる。
ロックがかかっているが一之瀬の顔認証で突破が出来るが、暗いため1度失敗していた。
「はいこれ!」
「明細番号973か、これはお前の会社用の口座なので明細番号は覚えておくようにしてくれ。今から送金する」
「りょうかーい!」
そして俺は会社の口座から5億ドルほどを送金する。
日本円に換算すると700億円程になるだろう。
スマホをしばらく睨んでいた一之瀬は左から桁数を考えている様だ。
「悪いが俺の事情でちょっと多めに送金した。決済アプリとは連動されていないから気にしなくて良い。そして悪いんだが一つ言い忘れていた、明日の朝で良いんだがこっちの通貨もいくつか見繕って欲しい。5万円くらいで良いだろう」
「は、はーぃ…」
「話を遮って悪いな」
「全然大丈夫―!!あ、そういえば渡辺くんから連絡来たよ!」
「本当か?」
「うん、なんと今日大学でお祭り?があるから、来てみないか、だって!」
「祭り?現地の食べ物も食べられそうだし、交流するのは面白そうだな、何時までやっているんだ?」
「ちょっと待って、いろいろ聞いて報告するね!」
「悪いな」
一之瀬が渡辺とのやり取りをしているのを横目に、俺は会社のチャットアプリを開き櫛田と軽井沢にチャットを飛ばす。
各々30通を超える連絡が入っていたが後で全て読もうと思い、俺は二人の会社の口座に同じく5億ドルを送金した。
櫛田に着いたことを報告したら、『知ってる』と返信が来た。
一之瀬がいつの間にか報告をしていたのだろうか、坂柳とやり取りしていたから気付かなかった。
羽田空港の前で機嫌を悪くさせてしまった事が頭をよぎったため、櫛田が買収したがっていた芸能事務所のM&Aにゴーサインを出しておく。
恵からは家の写真が送られてきた。
佐藤と松下と一緒にお酒を飲みながらピースサインをしている三人と、奥のダイニングテーブルにはゲッソリした顔の櫛田が映っていた。
俺はそれを見て『佐藤に、先輩にありがとうって伝えといてくれ』と返信しスマホを閉じた。
ホテルに到着し、JICA職員と一時的に別れる。
アメリカ資本の高級ホテルだ。
レンタカーサービスも行っているためすぐに車を使用することも可能だ。
俺は一之瀬に名刺と国際免許の入った書類を渡し、チェックインをお願いする。
その間にホテル内を見ておくことにする。微かに香る花の匂いが鼻腔をくすぐり、治安の悪い土地という事を忘れさせてくれる。
20階程あるホテルの客室がプールと浜辺を囲うように立っており、今はプールサイドでギターを弾く人がいた。リゾート地に来た気がする。
「綾小路君、ごめん、君の免許証を見せてもらって良いかな?」
「分かった。そう言えば車も借りていたな」
「そう…二台…ね…」
「二台じゃまずいのか?」
「更に…!部屋もなぜか二部屋…ね」
「仕事絡みで男女で来たんだから、そりゃそうなんじゃないのか?」
どこかで間違えたのだろうか。
一之瀬はそういう俺を睨み、フロントに歩いて行った。
*
夜の9時になった。
俺はキングスタジオという部屋に荷物を置き、3階にあるレストランの前で一之瀬を待つ。
渡辺に会いに行こうかと思ったが9時で祭りが終わるとの一之瀬の話だったため、泣く泣く夕食を食べて就寝する道を選んだ。
それなら渡辺もホテルに呼ぼうかと一之瀬に提案したが、渡辺から返信が帰ってこないという事で呼ぶことは叶わなかった。
このホテル内ならば個別で行動していても危険になることはないだろう。
ホテルの入口に複数人で立っている警察官を見て、個別行動をすることにしたのだが、やはり女子は時間がかかるものなのか。
俺は顔を洗って、高級レストランに備えるためにジャケットを羽織るくらいだったが。
と思っていたらすぐに一之瀬が姿を現した。
「お待たせ!!ごめんね、待たせちゃったかな??」
「いや、ついさっき来たところだ」
身体の線が分かるワンピースに、香水の匂いがする。
やはり一之瀬は南国が合う気がする。
「一之瀬は南国が似合うな」
「え?どういう事??」
「なんでもない、行こうか」
といってレストランに入ろうとすると、一之瀬に手を掴まれ、止められてしまう。
「どうした??」
「えっと…腕…組んでいい??」
「全然、良いぞ」
そういうと一之瀬は笑顔になった。
彼女が俺の腕に絡みつき、俺は彼女の歩く速度に合わせ、レストランに入っていった。
柔らかいものが腕を刺激してきたのは言うまでもない事だろう。
なんとパプアニューギニアは18才以上からアルコールが解禁されているらしい。
そのため俺たちはフランスレストランに合わせ、ワインに舌鼓を打っていく。
「今日はお酒を飲んで寝てしまうだろうから、明日のおさらいをしておく。2日目はまず昼前に買収した電力会社へ出向き、社長と会話をし、そのまま会食だ。そして午後は工場を視察する。明日の10時にJICAの職員と、日本大使館の職員がこのホテルに来ることになっているので明日は4人で動くことになる」
「うん、頭に入っているよ」
「そして夕方解散するが、おそらく飲み会に誘われるので7時くらいまでは拘束される。だからその後に渡辺との予定を入れてくれるとありがたい」
「分かった。渡辺くんに言っておくね」
「そして3日目の午前中は日本大使館でパプアニューギニアの話を聞く。昼はホテルに戻ってランチを予約している。午後、俺は個人的な用事があるから一人で出かけるが、一之瀬はホテルにいると良いだろう。ホテルにはジムも大浴場もあるからな」
「了解、3日目は何時くらいに帰ってくるの?」
「夕方には戻る。戻るときに連絡をするから、その時までにフロントに言って、パプアニューギニアの通貨を用意しておいてくれ。その後二人で出かけてお土産を買おう」
「いいね!!っていうかさっき両替は済んじゃったんだけどね…」
「さすが国際教養学部だな」
「へへへ…。っていうか、綾小路君が英語話している所まだ見てないよ?」
「いや、ちょっと恥ずかしいからな」
「綾小路君も恥ずかしがったりするんだね」
「あぁ、というか他人の目が気になってしまうな。別に気にしなければ良いんだが、今は一之瀬が対応してくれてるんだ」
「カッコいい綾小路君を私も見たいんだよ??」
「幻滅させてしまう可能性があるから、あまり見せたくないな」
「えぇ?そうかなぁ…」
「あぁ、それで仕事の話は終わりだ。長い時間拘束してすまなかったな。ところで、カラオケ店のアルバイトはいくら貰っているんだ??」
「えーっと、時給1,500円かな」
「結構高いな」
「そうかなぁ?」
一之瀬が目で、そんな端数に目を向けるタイプじゃないでしょ?
と訴えてくる。
「このまま俺の仕事に付き合うと結局社会保険に加入せざるを得なくなるな。カラオケ店は今後は続けるのか?」
「と…言うと?」
「お前ももう端末を渡した会社の社員みたいなものだ」
「うん…うん!」
「大学を卒業するまでの2年間限定でも構わないから、これからも俺に協力してくれないか?」
「良いよッ!!!」
と、即答される。
「助かる。ありがとう」
「…へっへへ。というか、なんなら私、前払いで色々貰っちゃったしさ」
「アレは病院の計算ミスだから、気にするな。こちらが悪かったんだ」
「そう…そう…なのかな。あのさ、なんでそんなに私を助けてくれるの?」
「俺にとっての特別な人間が、笑っていないなんて許せないからだな」
「へ…へぇ…。じゃあさ、綾小路君にとって、特別な人ってどういう人なの?」
「そんなの簡単だ。俺を特別だと思っている人だ」
「なるほどねぇ…」
「だが、初めに俺がお前を特別だと思ったのは、高校1年生の時にお前がカースト底辺の俺にも気さくに話しかけてくれからだ」
「…懐かしいね。綾小路君は入学当時女子にすごく人気だったんだよ??それにカーストって私はあまり考えたことないかも」
「陰キャが考える事だから、気にしなくていい」
「へぇ、私もまだまだ知らないことばかりだなぁ…」
話をしていると次の料理が運ばれてくる。一之瀬は白ワインを追加で頼み、俺も同じものを頼んだ。
「だからゆっくりお互いを知っていけばいいんじゃないか?少なくとも俺は急いで知ろうなんて思わない」
「そうだね…ならご飯食べ終わったら、上の階のバー、行こ??」
「そうだな、寄ってみるか。弾丸出張だからな」
俺たちは目の前にある白身魚のポアレを切り分け口に運んでいく。
白ワインが合う。
後はデザートを食べて、ディナーは終了だ。明日は9時に起きればいいので、少し遅くとも大丈夫だろう。
時計の針は午後の11時を回った。日本では10時には終わるだろう、外でのギター演奏が、まだまだ夜が長いという事を教えてくれた。