※この作品はR-18です。

レッド・ロスト・アーカイブ   作:東雲カ

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序章
プロローグ


 血の匂いがする。

 そういって空気に染みついた鉄分の香りに怯える人は、もう誰もいないだろう。軍用のトラックに揺られながら外の景色を眺める私の頬を、目まぐるしく変わる景色を背景に外から流れてくる血の香りを孕んだ生ぬるい風が、撫でるように吹き抜けていく。真昼間だというのに、空は夕日のように真っ赤に染まっていた。まあと数分で世界が終わると言われても信じてしまう、そんな空をしていた。

 

 遠方には、今なお広がり続けている巨大なドーム状の何かが見える。それは、ほんの数日前までそこに存在していた私たちの確かな青春と日常のすべてを、まるで我が物顔で成り代わろうとするかのように、今もなお無慈悲に粉砕し続けていた。

 私は一度現実から目を逸らす口実に、正義実現委員会の制帽が飛ばされないよう深く被り直した。だが現実は逃がしてはくれないようで、周囲には私と同じく普段の華々しいおしゃれとは対照的に、最新式の実用性に身を包んだ生徒たちが、それぞれ荷台の内側を向くようにして二列に並んで座っているのが見えた。声を押し殺して啜り泣く少女、頭を抱え、綺麗に手入れされた髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる少女、俯き、虚な目をしてぶつぶつと独り言を呟き続けている少女。誰もがこれから訪れる理不尽なほどの恐怖に怯えていて、例に漏れずとも私もそうだった。つい先日まで、死んでも良いとまでの覚悟していたはずなのに。

 

 未だ止まらない、漠然とした恐怖からなる震えを無理やり抑えようとして、唇を強く噛む。すると、次第に自罰的な痛みによってなんだか不思議と気が紛れるような気がしてくる。そうしたら次に、右耳あたりから、何やらジャカジャカとうるさい音がしてきた。

散漫した思考の果てに我に返った私は、右隣の子のイヤホンから音漏れしてることに気がついて反射的に右をちらりと見やり、些細な後悔をする。

 まるでこれから親の仇を殺す、と言われても納得してしまうほどの剣幕で地面を睨む、猫耳の女の子が座っていた。特筆すべきは、珍しくこの荷台に乗っている生徒たちと違い、唯一支給された銃ではなく、紅色のラッピングの施された旧式の軽機関銃を持っていることだった。 

 猫耳の子は私の視線にに気づいたのか、刃物のように鋭い横目で私をみた。突然差し向けられる鋭利な殺意に怯えた私に気づいた彼女は、慌てたように私の方のイヤホンを外し、たちまち表情を緩めると、私のほうへ向き直った。

「大丈夫?震えてる」

 先ほどの殺意に囚われた眼差しがまるで嘘であるかのように、彼女は私の背中をそっと撫でて、私の震えを和らげようとする。おかげで、少し落ち着くことができた。が、反動で不意に涙が溢れそうになって、慌てて目頭を抑える。

 

「きみ、正義実現委員の子?」

 虚を突かれ、私は反射的に制帽を深く被り直して沈黙してしまった。そんな私の様子を見た彼女は、特に気にしない様子でそのまま話続けた。

「私、カズサ。よろしくね」

 カズサちゃんは、震える私を慰めるように、私の顔を覗き込んで優しく微笑んだ。

「…コハル。下江コハルです」

 私は彼女の見せた優しさに応えるために、絞り出したような声で名乗る。それに対してカズサちゃんはいたずらっぽい微笑みで応えた。

「そうだ」

 カズサちゃんは大げさに何かを思いついたかのように手を合わせる仕草をして、着けていた片耳のイヤホンを私に差し出した。

「一緒に聞く?」

 私は無言で頷き、さっきまでカズサちゃんのイヤホンが音漏れしていたことも忘れたまま、差し出された片耳の有線イヤホンを耳に挿れた。

 当然のように、鼓膜が破れそうなほどの大音量のヘヴィメタルが私の耳を劈いて、驚きで体が跳ねる。そんな私を見たカズサちゃんはその様子がおかしそうにくすっと笑った。そのしぐさに急に恥ずかしさを感じて、冷や水を浴びせられたように冷静になると、そりゃあ音漏れするくらいの音量なら、こんなにうるさいに決まってるよな、なんて気づいた。すると、ふと小さな笑いが込み上げて、意味不明な大音量のヘヴィメタルも、気づいたら私の心の不安をそれなりにかき消してくれていることに気がついた。

 さっきまで肺を締め付けていた恐怖が遠のいていくと、途端に眠くなって、意識がゆっくりと遠のいていく。大音量で流れ続けているヘヴィメタルを呆然と聴きながら、カズサちゃんも私と同じように不安だったのかな___なんて、そんなことをぼんやりと想像しながら、心地よいトラックの揺れに身を任せると、私はゆっくりとまどろみの中へ沈んでいった。





tudukuyo
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