※この作品はR-18です。

【完結】Angel-04 この世界の女には人権がない   作:コベヤ

4 / 10
白痴の天使
白痴の天使Ⅰ


 最近、抜いていない。

 性欲が失せたというわけではないが、それを意識した瞬間に疲れるというか、色々と面倒になった。

 それで? という気分になる。

 少し疲れているのかもしれない。

 

 それでも大学には行っている。

 五限のゼミは誰の発表だったか。

 ボンヤリとしていたら、授業時間が終わっていた。

 

 赤く濁った空の向こうでカラスが鳴いているのが聞こえる。

 学生たちが出ていくのに紛れて、俺も教室を後にする。

 エレベーターを降りて建物を出ると、玄関の外で複数の男たちが談笑している。

 邪魔だなと思って、視線を逸らそうとしたが、その中に佐伯の姿があった。

 

「おーい、一緒に帰ろうぜ!」

 

 佐伯は俺の返事を待たずに横並びになって歩く。

 そのまま校門を抜けて、帰路を行く。

 なんとなく、一人でいたい気分だったんだけどな。

 

 佐伯という男は一緒にいると疲れる人間だ。

 でも、それは彼が悪いわけじゃない。

 

 ただ少し人間の種類が違うんじゃないか。

 彼にとっては普通のことが俺にとってはそうではない。

 

 少し無神経で強引なところは嫌いじゃない。

 引っ張ってもらえるのは楽だし。

 世の中、そういう人のほうが求められる傾向があって、俺もあんな風になれたら良いのにと思う。

 でも、なれない。

 

「そういえば、今日誕生日なんだってね」

「……誰の?」

 

 佐伯は俺を指さした。

 

「あれ、そうだっけ」

「なんかLINE開いたらそう出てたけど」

「あー、言われてみれば」

 

 上京してからというもの、誕生日を祝われたことが無かったのですっかり忘れていた。

 

「それで? どうして急にそんなことを」

「いや、誕生日だったら祝ってあげようかと」

「ああ、ありがとう」

「そうだ、なんか欲しいもんとかないの? なんか買ってやるよ」

「欲しいもの? せっかくだし、佐伯君が考えてよ」

 

 俺がそう言うと、佐伯は黙って考え込んでしまった。

 どうせ、駅前の居酒屋で奢ってくれるとかそんなもんだろう。

 それも嬉しいことだけどね。

 

「女って飼ったことある?」

「いいや、無いな」

「ふーん、じゃあアレでいいかもな」

「アレってなんだよ」

「んー、それは着いてからのお楽しみってことで」

 

 そうして俺は自らの不用意な発言によって、佐伯に大型ショッピングセンターへと連れていかれることとなった。

 

「おい、どこ向かってるんだよ」

 

 買い物客で賑わう店内をすっすっと通り抜けていく佐伯にそう尋ねる。

 

「んー、そろそろ着くと思うんだけどな……お、あった、あった」

「ここ? MORITA PETS……人間専門のペットショップ?」

 

 自動ドアが軽い音を立てて開き、俺は店内に足を踏み入れた。

 

 白に近い灰色の床はよく磨き上げられていて、鏡面のように靴底が映り込む。

 壁は淡いクリーム色で、ところどころに商品ポスターや注意書きが貼られている。

 そして、空気には微かな消毒の匂いが混ざっていた。

 

 入ってすぐ、正面の棚が視界に入る。

 リードや首輪が並び、その傍らに用途ごとの性具が整然と陳列されている。

 ローター、バイブ、ディルド、ローション、プラグ、拘束具、麻縄、ムチ、ヒラヒラの衣装や下着、サプリメントなどなど。

 サイズ別、素材別、初心者向けと書かれた札が差し込まれ、使用時の様子が描かれたパッケージが客の購買意欲を掻き立てる。

 

 棚の向こう側には、ガラス張りの区画が横一列に連なり、それは博物館の展示を思い起こさせた。

 透明な仕切りの内側には、患者衣のような白く薄い服を着た少女たちが並んでいる。

 年齢はどれも同じくらいで、肌、髪の色、髪型はバラバラだが、商品として最低限整えられているようだ。

 

 ある者は床に座り込み、ある者は立ったままガラスに掌を押しつけ、こちらを覗き込むように身を寄せている。

 目が合うと、にこりと笑いかけてくる者もいれば、何も考えていないような顔でガラスを撫でる者もいる。

 

 俺はガラスの前で足を止め、一人ひとりを眺めていた。

 

 そして、隅のほうに一人の少女が立っているのに目が留まる。

 濡羽色の髪は肩に掛からない長さに切り揃えられ、白い薄布から覗く手足はほっそりと生白い。

 体つきは薄く、胸の膨らみは控えめで、衣の下で微かにわかる程度だ。

 その肉付きの乏しさが少女を儚く思わせる。

 

「ん……」

 

 俺の視線を感じたのか、少女がガラス越しにこちらを向いた。

 その視線は確かにこちらに向けられているのだが、焦点が合っていないような曖昧さがあり、それは俺を見ているようにも思えるし、見ていないようにも思える。

 

 笑いかけてくるわけでも、手を伸ばしてくるわけでもない。

 ただ、そこに立って、こちらを見ている。

 それだけの仕草がなぜか気になる。

 

「欲しいのいた?」

 

 後ろから佐伯の声が聞こえて、俺は振り返った。

 

「いや、いきなり連れてこられてもそんな気分になれない……というか、プレゼントってペットのことかよ」

「うん、一度も飼ったことないんでしょ?」

「飼ったことはないが……飼ったことがないから世話の仕方なんて知らない。だからこんなの買ってもらっても困る」

「まぁまぁ、何事も経験だよ。それに無理だったらどうとでもしていいんだからさ」

 

 それが普通だろ? とでも言いたげな佐伯の態度を見ていると、それを拒絶することがひどく間違っていることのように思えてくる。

 俺はとっさに顔を顰めてしまいそうになるのを、ガラスの少女のほうに向きなおって誤魔化す。

 

「それに俺はこういうのはあまり詳しくない」

「あ、そう? じゃあ教えようか」

 

 佐伯もガラスの向こうを一瞥すると、淡々と説明を始める。

 

「値段はまず血統で変わる。発育がいいほど高くなる傾向があるな」

「発育……」

「体つきとか、健康状態とか。まぁ、見た目の話だよ」

 

 彼はその視線を少女たちの肢体を値踏みするように這わせる。

 

「人種で言うと、コーカソイド系は需要が高い。輸入コストもあるし、その分値が張る」

「じゃあ、安いのは?」

「国産。数も多いし、扱いやすいって理由で一番流通してる」

 

 そして、佐伯は日本産らしい黒髪の少女のいるガラスをトントンと突いた。

 

「で、もう一つが等級」

 

 佐伯は指を立てて数え始める。

 

「四級は未教育。何も仕込まれてない状態」

「三級は最低限の教育。性技だけ教え込まれてる」

「二級は生活面の躾がされてる。共同生活ができるレベル」

「一級はその両方。性技の教育も躾も完了してる」

 

 躾より先に性に関することが教えられることについて、それはこれらのペットが長期間生存しないということが前提となっている。

 別に人間として寿命が短いわけではない。

 ただ、一般的に丁寧に扱われることは稀で、価値が落ちれば、捨てるなり、処分される。

 だから、すぐに捨てられることが前提の女は四級、三級として安く育てられ、比較的長い期間飼育することが前提の上質な血統の女は二級、一級の商品として教育されることが多いらしい。

 

「当然、等級が上がるほど価格も上がる。前もって金をかけてる分、そのまま反映されるってこと」

 

 あまりにも簡潔で、あまりにも整理された説明だった。

 俺はガラスの向こうに並ぶ少女たちを眺めながら、どれが高く、どれが安いのかを測ろうとしている自分に気づき、なんとなく嫌な気分になった。

 

「好きな人種とかある? 白人がいい、とかさ」

「いや、別に。って、買うの確定なのか」

「じゃあ国産でいいかもね」

 

 佐伯はそう言って、ガラス張りの区画の中ほどで足を止めた。

 

「この辺が国産。数は多いけど、当たり外れは少ない。とりあえず最初の飼育だし、二級くらいが無難だと思うけど」

 

 その言葉を聞き流しながら、俺の視線は別の場所に引き寄せられていた。

 中央から少し離れた仕切りの向こう、壁際のガラスの奥に佇む先ほどの少女。

 

 少女の目の前に立つと俺の動きに合わせるように、ほんの少しだけ首を傾けると、少女の黒髪が鎖骨を肩を撫でた。

 ふと、ガラスの端にラミネートされた小さな説明書きが貼られていることに気づく。

 

「Angel-04?」

「Angelブランドは安さ重視。全体的に発育の悪いのが多い。それに、四級だよ?」

「未教育ってこと?」

「そう。最低限の管理だけ」

 

 少女のぼんやりとした目つきの理由が、ようやく腑に落ちた気がした。

 

「Angelなら、二級でも全然買えるけど?」

「いや、これでいい」

「安物買いの銭失いって言うぜ?」

「ちゃんと飼育できるかもわからないんだ。高いのを買って、すぐダメにしたら勿体ないだろ」

「ま、別にいいけどさ」

 

 佐伯は少し肩をすくめただけで、それ以上は何も言わなかった。

 

 手続きは驚くほどあっさりしていた。

 端末にサインをして、注意事項を流し読みし、簡単な説明を受ける。

 それだけで、Angel-04は購入できた。

 

 ついでに、初めての飼育なので首輪や替えの服、その他いくらかの性具などのペット用品を選ぶ。

 佐伯にペット用品まで買ってもらうのはさすがに悪いので、こっちのほうは自分で買うことにした。

 必要最低限に抑えるつもりだったのに、合計金額を見て、思わず眉をひそめる。

 

「……結構するな」

「そんなもんだよ」

 

 佐伯は笑いながらそう言ったが、俺はレジに表示された数字を見つめたまま、眉をひそめた。

 ペット用品がペット本体より高いってどうなんだ。

 

 店の外で待っていると、しばらくしてAngel-04が店員に連れられてきた。

 白い薄布の服で裸足のまま。

 店員が俺の前で少女を手放すと、彼女はきょろきょろと辺りを見回している。

 

 本当に買っちまったのかよ、これ。

 どうしたもんかな。

 

「とりあえず、ありがとな。誕生日祝ってくれて」

「どういたしまして。……ところで、Angelブランドってまだ使ったこと無いんだよね。ちょっと味見させてくんない?」

「プレゼントなんだろ。なのにお前、自分で使ってみたいって。まさか最初からそのつもりで買ったんじゃないだろうな?」

「じゃあ一回だけだからさ、いいでしょ?」

「断る。それに今日は買い物があるんだ。俺はもう行くから」

 

 このままついて来られたら、佐伯のいいようにされてしまう。

 これから俺が世話をしていくのに、あいつが楽しむのは気に食わない。

 

 少女の細い腕を掴む。

 その肌は人間に思えないほど冷たく、指が沈み込むほど柔らかだった。

 そして、佐伯から逃げるように急いで歩き出す。

 

「じゃあさ、今度会った時、どんな具合だったか教えてくれよー!」

 

 だんだんと離れていく佐伯の声に、俺はため息をついて立ち止まると、少女は不思議そうに俺を見上げた。

 

「いや、なんでもない」

 

 俺は一度、少女の腕から手を放す。

 深く息を吐いて、そっと彼女の手を取ると、再び歩き出した。

 指に絡む小さく温かな感触が、どうにも慣れない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。