種付けおじさん戦記~勇者召還で外れスキルと言われ追放された元工場長の俺! これまで培った経済スキルで無双します! 作:鯉@
――ぜぇはぁ、ぜぇはぁ
春。
熱くもなければ、寒くもない。
もしも、人工的に季節を設定できるのなら、多くの人が選ぶ今の時期であるからこそ、俺は自然の猛威にさらされることはなかった。
それでも、全身から汗をかき、口の中に血の味しかしないのは普段からの運動不足がたたったからである。
「ただ立って歩くだけなのに、こんなにつらいなんて」
誘いにのり、行商人の一人として、俺は何十キロもある重たい荷物を背中に背負いながら、ただっぴろい平野を歩いていた。
始めてから、まだ数週間だというのに、長年お腹にため込まれた無駄な脂肪が、その本来の役割を全うし、ドンドン小さくなっていった。
房中術の影響で容姿が変わり、この度で体形が変わった。
きっと、王宮の人間と直接向かい合っても、俺を俺と認識できないのではなかろうか。
「おい、へっぴり腰。お前の仕事が出たぞ」
行商に何度も参加している、年下の先輩から、ありがたい指令が下った。
モラハラだと抗議したくなったが、その背中には俺が今背負っているものよりも2倍はあろうかという重量が鎮座していた。
へっぴり腰がタダの事実だと見せつけてくるから、反論できない。
「はい、わかりました」
誰がどう見ても足手まとい、自分ではその一歩手前と言い張っているが、今のところ追い出される気配はない。
それはなぜか。
簡単だ。料理がうまいからである。
大学のころ、居酒屋でバイトしていたのがこんなところで生きてくるとは。
世の中、何が役に立つのか分からないものだ。
えっほ、えっほと、俺たち料理担当は荷物を近場の誰かに預け、本体よりも先行する。
楽をしているとかではなく、料理時間の節約のためだ。
昼休憩、料理開始、配膳というプロセスをやってしまえば、あまりにも多くの時間をロスしてしまう。
「炎よ」
「水よ」
短い詠唱が行われた。
この世界特有の力であるスキル。
炎操作と水操作。
それらを古代言語でサポートする、それがこの世界で普遍的に見られる技術である魔法である。
これさえあればかさばる火種や重い水を持ち運びしなくていいのだから、何と便利な力だろうと思った。
もっとも、この世界の住人からすればライターや水道の方をうらやましがりそうなので、単なるないものねだりなのだろうが。
そうそう、便利と言えばこれもだな。
玉ねぎ、人参、キャベツ。
もちろん、地球産の物とは生態も形も差異はある。
けれど、俺の耳にはそうとしか聞こえない。
これこそが、異世界人に対して自動的に付与されるスキル、言語理解の力だ。
似ていると感じたとたん、こっちの世界では異なる呼び名があるというのに、自動的に聞きなれた単語に翻訳される。
魔法言語に関しても、違和感なく聞き取れたのはこのスキルのおかげだ。
さすがに、読み書きに関しては適応外だが、中学、高校と、6年間も英語を学び続け、それでも、苦手意識を払拭できなかった俺からすれば、これだけで、神の力だと崇め奉りたくなる。
野菜を刻み、火の番として、薪を管理。
料理が出来たらできたで、俺の前にずらりと並ぶ、皆に配膳をする。
そして、ここからがお楽しみだ。
「精が出るな。私が不器用なばかりに、こちらの分まで皿洗いしてくれて助かる」
若く張りのある声が感謝してくる。
「――♪」
俺としては、好き好んで皿洗いしているだけなので、感謝するいわれはないと断りをいれたのだが、それでもなお感謝しているのだから、目の前の女性、サムエラの義理堅さが分かる。
「それにしても、皿洗いというのはそれほどまでに楽しいものなのか。私としては、そんなことをする暇があるなら、剣を振りたいおんだが」
サムエラは、女性としては太く、そして豆だらけの手をぐっと握りしめた。
「皿洗いが楽しいんじゃない。皿洗いの結果、分かることが楽しいんだ」
「高々皿洗いで、何かわかることがあるのか?」
自分に罪悪感を抱かせないための言い訳か、あるいは本気なのか判断できないのだろう。その細い顎をわずかに傾けた。
「あるとも」
そういって、俺はここ数日間の成果を発表してやる。
隊商総人数150名。
人間85名。
男75。女10。
獣人24。
男4。女20。
ホビット21。
男6。女15。
ドワーフ15.
男のみ。
人間の食事。
スープとパン。
一人当たりお椀1、パン1。
獣人。
干し肉1。スープ2。パン1。
ホビット。
スープ0.6 パン0.5。
ドワーフ。
干し肉1。スープ1。パン2。
「なるほど、人間食事量を1として、他の種族がどうなっているのかの割合か」
最初、細く繊細な黄金の髪を掻きむしった彼女ではあるが、最終的には数字の意味を理解したらしい。
「どうだ、この秘伝のデータ。
各種族の心体的な特徴が見えて興味深いだろ」
「興味深くはあるが、やはり私は棒振りしているほうが有益だと思う。
はっきり言って、こんな情報がどこで使えるのか、私には想像できん」
「なら、見ていろ、俺がこの数字を金貨に変えてやるから。
そうだな、10枚くらいにはなるはずだ」
上手く行けば更に多くの収益を獲得できるかもしれん。
「はいはい、すごいすごい」
「信じていないな」
「当然だ、洗った皿を数えたところで、一体何になるというのだ」
俺は稼げると、サムエラは無駄になると確信しているらしい。
俺には黄金色に見える数式も、彼女には石ころにしか見えぬのだろう。
哀れなことだ。
「まったく、これほどまでに、楽して稼げる手段、そうそうないというのに」
「その楽して稼げる手段を知ってるやつが、こんなところに流れ着くはずがないだろ。それに私は名誉を人生の目標にすることはあっても、金銭に魂を売ることはない」
俺のアドバイスは鼻で笑われた。
「金の話をするならばだ、そもそもの話、ここにいる人手の中で、稼げている奴など本当に要るのか? 特に今はだ!」
きっと、サムエラは搾取のからくりに気が付いていない俺を優しく諭しているつもりなのだろう。
「この行商を最後までやったとして、一体どれだけ手元に残るのか知っているのか?
水と飯は支給されるが、それ以外は手持ち。
3月かけて、最前線の手前。西方領域に足を踏み入れても、金貨15枚。
ツルヒコとて分かっているだろう。ここはね、商人たちによって用意された、銀のさらの上。
その銀のさらを商人連中が舐めまわし、大金を得る。
私たちはそこから零れ落ちるパンくずを拾い上げることしかできない。
故郷に帰れさえすればいい連中を安く使い、あいつらだけがぼろもうけしているんだ」
サムエラは感情のままに叫んでいるように見えて、その実、状況を恐ろしいまでにふかん的に観察している。
「そこまでわかっているなら、どうしてここにいるんだ。
はっきりというが、金が手に入らない場所では、名誉も手に入らないなんてことは分かり切っているだろ」
「女を傭兵として雇ってくれるのがここくらいだからだ。分るだろ。男衆が皆戦働きに出ている今、村のみんなは女に働き手となれと口にする、だがそれ以上に嫁入りして子どもを産めと要求してくる」
「だから、誰でも雇ってくれるここを選んだと」
「そうだ。ここで私は冒険者として生きる世界を知るつもりだ」
こんな美人がどうしてこんな危険な場所にと思たが、なかなかに重たい理由らしい。
日本では男女平等が叫ばれ、女性の社会進出が当たり前だが。こっちの世界では男女平等という理念そのものがないらしい。
「だから、こんな金にもならん、安くこき使われる場所にねぇ……」
サムエラは、俺に安く使われているだけだと言った。
だが、その忠告は、彼女自身にも当てはまるのだ。
そもそもの話、この隊商が彼女を本当に傭兵としてみているかも妖しい。
だって、今俺とこうして皿洗いをやっているし。
「おい、ツルヒコ! なに手を止めてんだぁ!」
こんな風に、楽しくおしゃべりをしていながら、皿洗いをしていると、身なりのいい男が不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる。
「てめぇ、俺はさっき皿洗いをしてろって命じたよな」
「ですが、まだ、期日の時間には」
「サボってることに変わりはねぇだろ」
威嚇のためだろうか、コック長は近場の石をこちらにけり上げて来た。
まったく、どこかの誰かさんがサボっているせいでペースが速いとは言えないが、十分に間に合うはずなのに、これである。
「ほら、罰として、残りはすべてお前だけで終わらせろよ」
「待て、どうして」
皿洗い役は2人いるのだ。
それなのに、一人に罰を下し、もう一人は無罪放免。
そのことに納得いかないと、サムエラは抗議する。
まぁ、彼女が不器用すぎて、もともと皿洗いは全部こっちでやってるから、変わりはないのだが。
「君にはこっちで用事を頼みたい」
コック長はサムエラの腰を抱きしめた。
正直な話。
女を口説くにしても、ここまであからさまにやるのはどうなんだろうかと思ってしまう。
「残念ながら、断る。私は娼婦としてここにいるわけではないのだ」
実際、町やその近場ではそういった職業の女性がついてきてくれることは多い。
コック長は、サムエラをそう言った人種とどこか同一視している雰囲気があった。
「彼女は娼婦ではなく、冒険者としてここに来てるんだ」
そこをはき違えるなと、俺はコック長に釘を刺した。
その援護が、笑いのツボに刺さったのか、コック長はニッコニコだった。
「その女が冒険者ぁ! 娼婦としての運用が期待できるから、雇っただけだろ。
ただ戦闘用のスキルが扱えるだけの素人だぞ」
「皿洗いだけじゃない、料理もすべて他人に任せている、あんたに言われたくない」
「あぁ!」
挑発に挑発で返せば、コック長は怒り心頭。
「まて、まて、まて! 落ち着け、頼むから!」
一発触発の状況でサムエラは仲裁に入るべく、声を大きくして、落ち着けと言い放った。
周囲は、喧嘩かと興味を引いたらしく、人の波ができていた。
「チッ! 命拾いしたな、へっぴり腰」
これ以上騒ぎを大きくしてはまずいとでも思ったのだろう。コック長は退散した。
「その、すまない。私のせいで面倒をかけた」
「気にするな。ただ単に、あいつがむかついただけだしな」
「それでもだ」
真摯に礼を言う彼女を見て、どうやら俺はほだされたようだった。
「はっきりという。
俺には騎士になる方法は説明できない。
だが、どうすれば人になめられないのか分かる」
「どうすればいいんだ?」
「金を稼げばいい。金というのは最もわかりやすいステータスだ。
その上で、どうすれば稼げるのか、どうしてサムエラが稼げないかを、この皿洗いで教えてやる」
「無理だな」
「なら賭けるか?」
「賭ける。何せ、負ける可能性などゼロなのだ。
私の全財産をかけよう」
「なら、俺も。
期間は1月。俺はこの皿洗いのみで金貨10枚を稼いで見せる。
後、そうだな。勝っても負けてもどちらか一方が素寒貧になるのだから、町に寄った際、3日間おごるというのはどうだ」
「のった」
契約が成立するのと同時に、俺はほくそ笑んだ。
何せ、勝っても負けてもこんな美人と3日間も食事を共にできるのだ。
おまけに、賭けのことで、楽しくお話しできるだろうし。