種付けおじさん戦記~勇者召還で外れスキルと言われ追放された元工場長の俺! これまで培った経済スキルで無双します! 作:鯉@
「仕方がない……か」
説得の果てに、皆の動きが決まった。
勝手に動いた2人に関しても、明言こそしないものの助けるつもりだ。
「さあ、レイグ、因縁に気着を付けに来たわよ」
急ぎ足で反転すれば、ナフリーさんが狼と睨み合っていた。
クロスボウを構え、狼を狙い撃つ。
その目は、おっとりとした未亡人のものではなく、一人の狩人のものだった。
「分ってはいたが、数が多いな」
狼の数は10や20は効かない。
総勢で30くらいだろうか。
狼が群れで行動するのは知っていたが、ここまで大きな群れだとは……。
これでは、仮に因縁ある個体を抹殺したとしても、怒り狂った後続が向かってくるに違いない。
「おい!」
「分かっています」
部下たちの手には、木の枝とピンクの紐が握られていた。
「皆、放てぇ」
俺が声をかけるとともに、ゴムのようなもの。
つまり、俺の魔法で作ったコンドームがきりきりと力をため、手を離すとともに、球が天高く舞い上がる。
「キャンッ」
狼たちが怒りで悲鳴を上げた。
ただし、彼らから赤い血潮が流れることはない。
代わりに、空中に朱い煙が立ち込める。
それは辛子やら山椒やら、トウガラシをブレンドして創り出した粉末である。
「特別鼻が利くお前らに、これはきついだろう」
その粉末が目や鼻に入り込むと、拒絶するように涙と鼻水が流れ出る。
意志によって無視することはできものの、理性が撤退を選ばせる。
傷つけるのではなく、相手を制圧するための一手だ。
狼たちには相当応えたらしく、皆尻尾を巻いて逃げだした。
ついでに、俺たちの方にも風で迷い込んだ粉末のせいで、皆咳き込んだり、泣き出したりしたのはお愛嬌と言えるのだろう。
「待てえええぇぇぇ!」
そんな中、一番パワフルに動いていたのに、今で元気いっぱいのナフリーの烈火の気合が山の中に響く。
道なき道を突き進み、夫の敵を討とうと動き出したのだが、俺はおまえが待てと、その肩に腕を回す。
「なぜ、止めるのよ!」
興奮から息を荒くして、ナフリーは俺を掴みかかってくる。
「怪我人の治療のほうが先だ」
彼女は未だに追跡を諦めていないのか、俺の腕の中でじたばたと動いていく。
やがて、興奮というドーピングが切れ、そっと周囲を見渡す。
土砂崩れがあったのだ。
死者こそいないが、切り傷やかすり傷を追ったものは多い。
その上で、朱い粉末がこちらに流れ込んだせいで、涙や咳き込んだりする人も多い。
いつの間にか、手の中で動く彼女の動きが一気に弱まった。
「そ、そうですね……」
彼女は一気に落ち着いた。
正直、そのギャップが怖い。また追跡に戻られてはかなわないので、何も言わないけど。
ただ、目だけはギラギラと狼どもが逃げた方向に向かっていた。
「コック長。無事かい」
ナフリーさんが落ち着いたからこそ、俺はもう一人の厄介者のところに向かう。
「助けに来るのがお前かよ。こんなところにまで、俺を笑いに来たのか?」
「まさか。俺たちは仲間だ。どんなに気に入らない相手であろうとも、仲間である限り見捨てることはない」
パンパンと彼の体を叩く、痛がるそぶりはない。
「それにしても……」
助けに行くのに、これだけの時間があったのに、元コック長には一切怪我がない。
グレイウルフも人を襲う気配など一切なかった。
これは一体どういうことなのだろうか?
何かがあるかもしれないと、俺が周囲を探索すると、あるものを見つけた。
「そうか。まだ前に進めないか」
そして、本体と合流した。
まだ崩れる可能性があり、仕方がないのでこの場で野宿をすることになった。
あの土砂崩れのせいで、食料の1割から2割を失った。
一刻も早く、町に向かいたい。
最悪、また足止めを食らうかもしれないので、食事の量を8割くらいに減らす羽目になった。
大食いのドワーフからは大きな不満の声を出した。
しかし、事情が事情なだけに納得しているのだろう。
それ以上の行動には出なかった。
だが、本当の問題はそこではない。
「聞いたか、狼の声」
「ああ、もしかしたら夜に襲われるんじゃないのか」
「クソ、こんな危険な場所で野宿かよ」
昼間に聞こえた、狼の遠吠えを覚えているメンバーが恐怖によって震えていたのだ。
だが、俺の報告を聞いたことで、この隊の幹部たちは異なる脅威に震えることになった。
「ああ、寒い」
そして俺たちは今、恐怖ではなく、寒さに震えていた。
季節はまだ春先。
暖かな陽気は非常に過ごしやすく、厚手をしようものならば、熱くて暑くて仕方がないという現状。
それでも、炎もなく、夜空の下で布一枚を体にまいて過ごすとなると、体に来るものがある。
脅威への対処法を俺は話した。
隊長は、その対策をお前がやってみろと返してきた。
言い出しっぺの法則である。
いわく、「作戦について最も理解しているお前が作戦の指揮をとれ」
だそうだが、昼間に戦闘に向かって駆けずり回った立場からすれば、正論でも勘弁してほしいのが実情だった。
あるいは、いきなり幹部になった自分に、無理にでも功績を立てさせようとしているのか……。
「その、先ほどの話は本当なの……?」
自分が信じていた事実が間違いかもしれないと言われたのだ。
自分がやって来たことが空回りかもしれないことを認められないのだろう。
彼女は疑わしそうにこっちを見た。
「昔話にこういった話があるんだ。
昔、ある国に一人の王様がいた。
勇敢かつ、有能な王であるが、癇癪でたびたび問題を起こす。
ある日、王は隣国の使者が無礼を働いたと聞く。
王は怒り、この使者を処分しようとした。
それを止めようと動いたのが、賢者ナフタリ。
そこで、彼は一つの昔話を語った。
一人の猟師が、山中で猛獣に出会い、矢で射抜こうとした。
だが、その犬は彼の犬だった。
もし打っていたら、猟師は嘆き悲しんだことだろう。
そこまで話すと、王の怒りはだいぶおさまり、彼は続けるように、怒りの中での決断では真実を取りこぼすことがある。だから、最初に事の真偽を確かめてはどうかと提案した」
「すると、どうなったの?」
「その無礼が単なる誤解だってわかったんだ」
「何を言いたいのよ!」
「まずは物語の通り、事の真相を暴くのが先だって話だよ」
物語の中の怒れる王と同じように、関係ない長話を聞かせることによって、だいぶ彼女の感情も落ち着いてきたようだ。
そして、俺たちはことの真実を確かめるべく、ここで待機しているのだ。
「信用してもいいの?」
「分からない。
何せ、俺は魔物退治に関しては素人だ。
だが、懸念が真実なら、これからも街に被害が出る。
なら、俺は全力で対処する」
作戦の性質上。
あまり大きな音を立てられない。
だから、ひそひそ声で、短くやり取りするつもりだったのに、思いのほか長話になってしまった。
「WAooooooooooooN!」
そんな時だった。
暗闇の中で狼たちの遠吠えが響き渡る。
――ビクン!
隣にいた彼女の身体が大きく震えた。
いまだ、遠吠えが遠いとはいっても、周囲にいる皆もまた、不安そうだ。
だからこそ、俺は気丈にふるまう。
元々戦闘能力がないのだ。
それしかできない。
ただ、思わず横にいたナフリーの腕を強く握ってしまった。
「どうします、狼狩りに行きますか。あるいは対策をしますか」
「いやいい。
たとえ狼たちがこの事件の犯人でも、今は獲物を狩るために待つべき時だろ」
「そうだ、あいつは俺を遠巻きに見つめるだけで結局襲ってこなかった間抜けだ」
と、元コック長が静かにしようという約束を破って声をあげた。
それもそうだと、皆が小さく笑い、襲われても確実に死ぬわけではないと自分を落ち着かせる。
それからは、ひたすらに沈黙だけが過ぎ去った。
さっきの狼の遠吠えが、いい眠気冷ましになったのだろう。
暗闇、その上で、動かないという、眠くなる要素万歳なのに、皆の脳内にアドレナリンが分泌され、疲れたと言いだすものすら出ないありさまだった。