困ったことになった。
いや、同じ『丙』クラスになった時から絡まれる覚悟はしていた。
覚悟はしていたんだが、いざ話しかけられると非常に困る。
さて、どうしたものかな……
(本音としては、断りたい。関わりたくない。とは思っている)
「ああ、わかった」
「では、逝くか、友よ」
うん。無理。こんなの逆らえるわけないじゃん。
サクラやマリィと契約して強くなったところで心は小市民なんだよ。
教室の空気そのものが押しつけられてくるような無言の圧に耐え切れず、俺は叶馬の誘いを肯定してしまった。
てか、『友』って何。
いつの間に仲良くなってるの。
俺の知らない間にもう一人のボクがいたとか?
改めて原作主人公『叶馬』を見る。
嬉しそうに笑っている――はずなのに、動いているのは口元だけだった。
目も、頬も、一切変わらない。貼り付けたみたいな笑み。
それが逆に、人間味を感じさせなかった。
周囲のクラスメイトはひそひそと話している。
その視線が妙に哀れみを含んでいる気がして、まるで刑の執行を待つ囚人にでもなった気分だった。
高笑いする叶馬が教室を出ていく。
俺は逃げるタイミングを完全に失ったまま、その後を追った。
――――
俺は叶馬に連れられ『羅城門』に、続く階段にある手前のラウンジに来ていた。
学生ラウンジの扉を開けた瞬間、熱気が肌を撫でた。
中央の長テーブルでは、武器を傍らに置いた生徒たちが地図を広げている。
普通の学校とは違う。ここに集まっているのは、全員が“ダンジョンへ潜る者”たちだ。
奥のソファには誠一が腰掛けており、その隣には麻衣。
反対側には静香、沙姫、そして双子姉妹の海春と夏海が座っている。
俺たちに気づいた瞬間、何人かの視線がこちらへ向いた。
「叶馬さん、その方は?」
最初に口を開いたのは静香だった。
一瞬だけ俺へ視線を向けたあと、静香はすぐに叶馬を見る。
感情の起伏を感じさせない、静かな声音。
「……友だ。供に連れていく」
短い。説明が致命的に足りない。
だが、その一言だけでなんとなく状況は理解できた。
おそらく今日のダンジョンダイブに向けて、俱楽部のメンバーを集めていたのだろう。
そして叶馬は、俺をそのまま連れてきた。――一緒に潜ろうぜ。
たぶん、そういう意味なのだと思う。
……このコミュ障め。
いや、俺も人付き合いは得意じゃない。
ぼっち側の人間だから気持ちはわかる。
だが、いくらなんでも説明不足すぎるだろ。
「わかりました」
静香はあっさり頷いた。順応が早い。流石は叶馬全肯定マシーンだ。
ていうか誰か、“勝手に友達認定されてる”ところにツッコんでくれ。
「おいおいおい、待て待て」
呆れた声を上げたのは誠一だった。
細身で整った顔立ち。だが今は眉間にしわを寄せ、頭痛を堪えるように額を押さえている。
「今日、用事があるから遅れるとは言ってたけどさ……まさかクラスメイト拉致してくるとは思わねぇよ」
「誠一、友はご同類だ。問題ない」
「……ご同類?」
誠一の眉がぴくりと動く。
その視線が改めてこちらへ向いた。品定めするような目だ。
空気が少しだけ張る。
そんな中、静香は無言のまま俺を見つめていた。
薄氷みたいに静かな瞳。だが、警戒していないわけではない。
沙姫はソファの背に頬杖をつきながら、面白そうに口元を緩める。
新しい玩具を見つけた子供みたいな顔だ。
「旦那様、そんなことより早くダンジョン行きましょうよ~。強そうなら中で見ればわかります!」
どこか楽しげに、沙姫が言う。
「沙姫」
静香が低く名前を呼ぶ。
双子姉妹の海春と夏海は、小声で何か囁き合いながらこちらを見ている。
驚き半分、興味半分といったところか。
すると誠一が深々とため息を吐いた。
「お前なぁ……せめて説明してから連れてこいよ。てか同類ってなんだよ」
叶馬は一拍置き、静かに告げた。
「……友は、ダンジョンで一度も死んでいない」
――その瞬間。ラウンジの空気が止まった。
誰かの笑い声が遠くなる。
金属音も、雑談も、全部が薄れていく。
「……は?」
誠一が固まった顔のまま声を漏らす。
「いや待て。そんなわけあるか」
立ち上がりそうな勢いでこちらを見る。
「幹隆、で合ってるよな? お前いつもソロで潜ってるって聞いたぞ。……マジで、一回も死んでないのか?」
さっきまでの軽薄さが、完全に消えていた。
声音に混じるのは警戒。いや、それ以上だ。
“理解不能なもの”を見る目。それも当然だった。
ファーストダイブは初心者殺しだ。
まともな準備も経験もないまま放り込まれ、多くの新入生が一度は死ぬ。
それが、この学校では“普通”だった。
だからこそ。
一度も死なず、しかもソロで攻略を続けているなんて話は異常そのものだ。
俺は頭を掻きながら視線を逸らした。
「どこまで叶馬から聞いてるかはわからんが……まあ、運が良かっただけだ」
「運でどうにかなる領域じゃないだろ」
誠一が即座に否定する。その反応は当然だ。
それほどファーストダイブは初心者殺しなのだ。
だからこそ、誠一だけじゃない。
ソファに座る全員の視線がこちらへ集まっていた。
静香は相変わらず無表情だが、その瞳だけが僅かに細められている。
観察しているのだ。値踏みではなく、“確認”するように。
麻衣は興味津々といった様子で身を乗り出していた。
「え、え、すごくない!? それ才能ってやつじゃない!? ていうかなんでソロなの!? 普通パーティ組むでしょ!?」
「麻衣、声デカい」
「だって気になるじゃん! ソロで死んでないとか都市伝説レベルだよ!?」
海春と夏海も小声で何か話していたが、内容までは聞き取れない。
誠一は腕を組み、じっと俺を見据えていた。
「……お前、本当に何者だ?」
俺は内心で盛大に頭を抱えていた。そう、どこまで話すべきか。
すでにソロで生き残ってる時点でかなり怪しまれている。
何か秘密があると思われるのも当然だ。
だが、だからといって。“異世界転生して神の力で攻略してます”
なんて言っても信じてもらえるわけがない。……いや、仮に信じられても困る。
とりあえず、サクラとマリィの存在。
それからスキルについてはある程度話すべきか。隠し続けるには限界がある。
まあ問題は―― 戦闘狂二人。つまり、叶馬と沙姫だ。
こいつら、話を聞いた瞬間「戦おう!」とか言い出しかねない。
……その時はその時だ。
現実逃避気味に思考を打ち切る。
「確かに俺はファーストダイブを生き残って、その後も今まで死んでない」
そこで一度言葉を切り、叶馬を見る。
「で、確認なんだが、これはダンジョンダイブの誘いであっているのか?」
「そうだ。友よ」
サムズアップしながら答える叶馬。
誠一は警戒を解かないまま口を開く。
「なおさら怪しいだろ……。お前、何か秘密あるんじゃないのか」
「それはお互い様なんじゃないか?」
俺がそう返すと、誠一が僅かに目を細めた。
この学校で。ダンジョンに潜る者で。
秘密を持っていない奴なんて、たぶんいない。
俺はゆっくりと言葉を続ける。
「まあ、多少なら話しても構わないと思ってる」
ラウンジの空気が再び張り詰めた。
「無論、ダンジョンの中でな。……俺としても、今の攻略には少し行き詰まりを感じてる」
その瞬間。
叶馬の目が、獣みたいに輝いた。
獲物を見つけた猛獣のような。
あるいは、ようやく本気で戦える相手を見つけた戦士のような光。
沙姫は口元を吊り上げ、楽しそうに笑みを深める。
誠一は頭痛を堪えるように眉間を押さえながら、長く息を吐いた。
静香は相変わらず静かなままだったが、その瞳には確かな興味が宿っている。
――空気が変わる。
さっきまでの“初対面の警戒”じゃない。
探索者同士が互いを認識し、戦力として見始めた空気だ。
「はぁ……まあ、戦力が増える分には問題ないか。よろしくな、幹隆」
誠一はそう言いながら立ち上がった。どこか諦めたような口調。
だが、完全に拒絶しているわけではない。
むしろ。“使えるなら歓迎する”という現実的な判断が見えた。
「エクセレント。これで友の強さを知ることができる」
対して叶馬は露骨にテンションが上がっていた。
こいつ絶対、“共闘”より“戦闘”を期待してるだろ。
しかも俺の職業を既に知っているせいか、隠しきれない期待感が表情から漏れている。
今にも「戦おう」と言い出しそうだ。
「ねぇねぇ、幹隆くんはどんな職業ついてんの!?どんな武器使ってるの!?」
「では、行きましょうか」
「今日もたくさん斬りたいです♪」
質問がいまだに鳴り止まない麻衣、淡々と答える静香、戦闘狂のサムライガールが続いていく。
海春と夏海も控えめに席を立つ。
「……よろしく」「お願いします」
二人とも声は小さい。だが、敵意は感じなかった。
むしろ少し緊張しているようにも見える。
「ああ、よろしく」
そう挨拶を返し、俺たち八人は『羅城門』ダンジョンへ向かった。
――――
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』
――第参階層、『既知外』領域
ダンジョン攻略における適正人数は4~5人とされている。それは、羅城門の同時転移最大数が6名までという制限にも関係している。
高難易度のクエストや発生したインスタンスダンジョン時には適正値を超える大人数のパーティが結成される。
この場合を『
そして、大人数が同じ場所に固まっていると『天敵者』の出現確率が高まるデメリットも存在する。
ダンジョン攻略が安定しない一年生は大人数でダイブすることは多いとされる。
「よし、これで全員揃ったな。悪いな俺たちのログインポイントに合わせてもらって」
誠一の言葉に俺は問題ないとばかりに首を振る。
空間がゆがみ叶馬たちが現れた。ダンジョンの転移制限が6人なため、俺は誠一と麻衣の三人でダイブしている。
ふと、思ったんだがサクラとマリィの分は人数にカウントされているのだろうか。いつかは検証しないとな。
今回の場合もし含まれていても5名だったので問題はなかった。
「てか、ほんとに武器とか装備してねぇのな。それも秘密の内の一つなのか?」
誠一がこちらを振り向き問いかける。
本当ならばここで手の内を明かすのは良くないと思っている。
だが、これ以上干渉されないためにも多少のリスクは背負うか。
「ああ、それも今から説明する。ただし、これから見るものは周囲に黙っていてくれ。俺としてはあまり目立ちたくはないんでね」
「無論だ」
叶馬の同意に頷くかのように他も神妙な面持ちで肯定する。
「……”異空間生成”。サクラ、マリィ出てきてくれ」
目の前に黒い渦が生まれる。周囲の反応は様々だった。
驚愕し口を開く者。面白いものを見つけたと口元を歪ませる者。
黒い渦はゆっくりと広がり、その奥から二つの影が姿を現す。
先に飛び出してきたのは、桜色の髪を揺らした少女だった。
「おお!今日はマスターが言ってたとおりたくさん人がいるんだよ!」
元気いっぱいにそう言いながら、サクラは俺の隣へ駆け寄る。
対して、その後ろから現れた金髪の少女――マリィは静かだった。
淡い金髪。透き通るような白い肌。そして、どこか現実感の薄い翡翠の瞳。
まるで黄昏そのものが人の形を取ったような少女。
その二人の姿を見た瞬間。空気が変わった。
俺は既に念話でこの状況を二人に共有済みだ。
「……は?」
最初に声を漏らしたのは誠一だった。
他のメンバーも目を丸くして固まっている。
だが――。一番反応を示したのは、やはり叶馬だった。
「…………なるほど」
低く、抑えた声。その目が細められる。
『
サクラとマリィへ向ける視線が、明らかに普通ではない。
(やっぱ見えてるか)
叶馬のチートスキル『
本来なら看破不可能な情報すら覗き見る規格外の能力。
おそらく今、こいつの視界には、俺たちの異常性が映っている。
普通ならあり得ない情報ばかりだ。それでも、叶馬はすぐに問い詰めたりはしなかった。
むしろ――楽しんでいる。新しいおもちゃを見つけた子供のように。
「まあ、これが俺の秘密のうちの一つだな」
肩を竦めながら言う。
「いや、意味分かんねーよ」
誠一がたまらずツッコミを入れた。
「隠し玉とかそういうレベルじゃねぇだろ! 女の子二人が異空間から出てくるってなんだよ!」
「その女の子たち誰? 幹隆くんのパートナー? てか、さっきの黒いのどうやって出したの?」
麻衣が矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
目が完全に好奇心で輝いていた。俺は軽く息を吐く。
「この二人は……まあ、俺のパートナーだ。事情があって俺と行動してる」
そこまで言ってから、背後の黒い渦へ視線を向ける。
「さっきのは異空間に繋がるゲート。俺のスキルの一つだと思ってくれ」
周囲の空気が一瞬止まった。周囲を見てもまだ信じられないという目を向けている。
まあ当然の反応だな。叶馬が俺も同じものを持っているぞ。と言わんばかりに
誠一が引きつった顔をする。
「……お前、さらっととんでもないこと言ってない?もしかして、二人目の叶馬がここにいた!?」
「いや、そこまで非常識な存在じゃない」
「遺憾である」
俺は苦笑しつつ二人を手で示す。
「こっちのピンク髪がサクラ。後ろにいるのがマリィだ」
「よろしくなんだよ!」
サクラは元気よく手を振る。対してマリィは一歩後ろに立ったまま、小さく頭を下げた。
「……よろしくね」
静かな声。けれど、その場にいた全員が、無意識に彼女へ視線を向けていた。
「二人と俺は、普段ダンジョンを攻略してる。さっき見せたスキルがあるから、周囲からはソロだと思われてるんだろうな」
「いやいやいや、そんな隠し方ありかよ……」
誠一が頭を抱える。その横で、叶馬だけが妙に静かだった。
そして。
「その二人、この学園の生徒ではないな」
確信を持った声で言う。
「ああ、違う。この二人も俺がスキルで呼んだ」
「召喚系……か」
叶馬の口元が歪む。楽しそうに。
「しかも、ただの召喚じゃない」
「まあな」
「……まじかよ」
誠一が半ば呆然と呟く。
ダンジョンでの召喚と言ったらモンスターカードを指すことが多い。『文官系』の職業についているものがモンスタカードを媒介にしモンスターを召喚できる。
が、彼女たちはカードで召喚されている存在ではない。その事実に一同は驚いていた。
この時期の一年で文官系がモンスターカードを持っていたとしても『コボルト』や『ゴブリン』だろう。
モンスターカード自体全然ドロップしないので希少価値はあるのだが……
だが、目の前にいる二人はどう見てもそんなレベルではない。
特にサクラ。明るく笑っているが、その内側に圧倒的な暴力が詰まっている。
「今日の目的は、そっちの双子姉妹のレベル上げだったか?」
俺が話題を変える。
「俺たちはすでにこの階層であまり経験値が入らない段階になってる。だから、基本的に経験値はそっちで持っていってくれて構わない」
その言葉に、麻衣が目を丸くした。
「え、いいの?」
「問題ない。それに今回はお互いがどれくらいのレベルの実力を見るためのものだろう?叶馬」
「イグザクトリー」
実際、第参階層程度ではもう伸びが悪い。
俺もサクラもマリィも、次を見据えている段階だ。
「それじゃあ、そっちにあんましメリットなくねぇか」
誠一が怪訝そうに眉をひそめる。
「俺たちもメリットはある。実は文官系の当てがなくて、次の階層に進めなくて困ってるんだ」
ダンジョンは、ただ強ければいいわけじゃない。
罠の解析。地図作成。素材鑑定。
階層が深くなるほど、“戦えないが必要不可欠な役割”が増えていく。
特に『既知外』領域は情報が少ない。 脳筋だけでは確実に詰む。
「ちなみに今はどの階層でやってるんだ?」
誠一の問いに、俺はあっさり答えた。
「第肆階層だ」
一瞬、空気が止まる。
「……は?俺たちより三つも上じゃねぇか」
「何言ってんだ、ここは第参階層だろ」
「まじかよ、……どこでずれたんだ」
俺の言葉に誠一は頭を抱える。
「マスター、前方に敵が複数いるんだよ」
サクラが通路の奥を見ながら言う。軽い調子だった。
まるで「野良犬がいるよ」くらいのテンションである。
「どうする?とりあえず先にやろうか?」
俺がそう提案すると、麻衣がニヤニヤしながらこちらを見てきた。
「幹隆くんがどんな風に戦うか、楽しみだなぁ」
完全に見世物を見る顔だった。まあ、気持ちはわかる。
異空間。召喚。謎の少女二人。
ここまで見せられたら、戦闘も気になるだろう。
「静姉様、私も斬りたいのですが……」
腰の刀へ手を添えながら沙姫が呟く。
「沙姫、順番ですよ」
静香が静かな声で窘めた。
――ギギッ。
――ギギ、ギギッ。
複数のゴブリンが姿を現した。その数――二十五。
「……じゃ、軽くやるか。サクラはその場で待機していてくれ。マリィいくぞ」
「……うん」
俺は前へ出る。その瞬間。後ろにいたマリィが静かに目を閉じた。
淡い金色の粒子が舞う。
黄昏の色をした光が、ゆっくりと俺の右腕へ絡みついていく。
そして――。
「「
祝詞が重なった瞬間。黒き断頭刃が、俺の右腕から出現した。
その場にいた全員の空気が、凍りつく。
体の細胞一つ一つが活性化していく。心臓の鼓動が早まる。
そして同時に――。“何でも斬れる”。そんな万能感が脳を満たしていく。
黄昏の女神が、俺の内側で微笑んでいた。
俺は瞬時に魔力を全身へ巡らせる。
筋肉。骨格。神経。
肉体の全てへ暴力的なまでの強化を叩き込む。
「――
次の瞬間。足元で魔力が爆ぜた。
――ドンッ!!
石畳が砕ける。俺の身体は砲弾みたいに前方へ射出されていた。
エイヴィヒカイトで形成位階まで引き上げられた身体能力。
そこへ魔力強化を重ねた超加速。
もはや人間の動体視力で追える速度ではない。叶馬たちの視界から、俺の姿が“消えた”。
「――え?」
麻衣が間抜けな声を漏らす。その頃には、もう終わっていた。
――ザンッ。――ザシュ。――ギャリッ。
黒い刃が閃くたび、肉と骨が断ち切られる。玄室にいた二十五体のゴブリン。
その全ての手足が、一瞬で宙を舞った。
切断。切断。切断。
首ではない。わざと殺していない。
戦闘不能に留めるためだけの、精密すぎる斬撃。
そして。俺が最初の位置へ戻った時。
まだゴブリンたちは、自分たちが斬られたことすら理解していなかった。
時間にして、一秒未満。
静寂。その後。
「「「グギギギギャァァァァァ!!」」」
絶叫が遅れて玄室へ響き渡った。大量の血飛沫が石床へ撒き散らされる。
手足を失ったゴブリンどもが、何が起きたかわからないまま転げ回っていた。
俺はゆっくりと振り返る。そこには、完全に言葉を失っている叶馬たちがいた。
誠一は口を開けたまま固まり。
麻衣は目を見開き。
沙姫は興奮したように瞳を輝かせ。
静香ですら僅かに息を呑んでいる。
海春と夏海は顔を青くしていた。
そして。叶馬だけが。 異様に楽しそうな顔をしていた。
「……ハハハハハハハ」
大きく笑っている。こいつ、本当に戦闘狂だな。
「まあ、こんな感じだ」
淡々と言う。黒き断頭刃を軽く振る。
刃についた血が、赤い線を描きながら床へ散った。
「一応、止めは刺してない」
その言葉に。誠一が引きつった顔で呟く。
「……いや、“こんな感じ”で済ませていい戦いじゃねぇだろ、それ」
「えっと……それ、本当に腕なの? なんかもう武器っていうか、呪いの塊みたいなんだけど……」
俺の黒い刃となった右腕を指差し、困惑気味に麻衣が話しかけてくる。
半ば引き気味だった。無理もない。
俺の右腕から生えているそれは、もはや人間の一部には見えない。
黒鉄のような質感。禍々しく湾曲した巨大な刃。
まるで“処刑”という概念そのものを具現化したみたいな異形だった。
「ああ、そうだ。スキルの力で俺とマリィが一体化した姿だ」
そう言いながら、俺は地面を転げ回っているゴブリンどもへ視線を向ける。 切断面から血を噴き出し、絶叫を上げている。
まだ生きている。だから。
「それより、早く止めを刺しに行った方がいいと思うが……」
俺がそう促した瞬間。双子姉妹はいそいそとナイフを取り出し、倒れているゴブリンへ止めを刺し始めた。
「えいっ……!」「こ、これで……!」
まだ戦い慣れていないのだろう。
ぎこちない動きだったが、それでも必死に刃を突き立てていく。
「合体は漢のロマンだな」
叶馬が妙に真剣な顔で頷いていた。何に納得してるんだこいつ。
しかも。
「そうですね、旦那様。私も一度、手合わせしてみたいです」
沙姫まで妙に乗り気だった。
腰の刀へ触れながら、ギラついた目でこちらを見ている。
完全に強者と戦いたがるタイプだ。
「……二人とも、少し落ち着いてください」
静香が小さくため息を吐く。だが、静香自身も俺の右腕をじっと観察していた。
警戒。分析。
それと、ほんの少しの興味。
この場で一番冷静なのは、多分彼女だろう。
俺はそんな戦闘狂二人を適当に流しながら、誠一へ視線を向ける。
「それが幹隆の強さってことか」
「ああ、まあな」
右腕の黒刃を軽く振る。
ブゥン、と低い風切り音が鳴った。
「基本的には、そこにいるサクラも俺と同じくらいの実力があると思ってくれ」
その後、俺は彼らの戦い方を観察していた。
原作通り――第参階層程度のモンスターでは、叶馬たちの相手にはなっていない。
途中で『
それを見た誠一は、わかりやすく顔を引き攣らせていたが……。
現在は、互いの職業やレベルについて話しているところだった。
そこで、叶馬の“情報閲覧”についても教えてもらった。
誠一は最初こそ渋っていたものの、叶馬曰く――俺はすでに“友達判定”らしく、問題ないそうだ。
叶馬には、俺たち三人の職業とレベルだけが見えているらしい。
それ以外の情報までは閲覧できないとのことだった。
また、俺が生還していると気づいたのも、ファーストダイブ終了時点でクラスの中で俺だけレベルが上がっていたかららしい。
「全員がアンノウンクラスってまじかよ」
誠一が驚愕したように呟く。
「みんな、叶馬くんと同じってことか!」
「まあな。俺に関しては、おそらく『
そう答えると、
「いやいや、それはないでしょ」
麻衣が呆れ半分といった様子で否定した。
「麻衣。友の職業は『
「いや、差別とかじゃなくてさぁ……」
麻衣が頭を抱える。
ゴブリンを切り刻んどいて、“術師系っぽい”は無理がある――そう言いたいのだろう。
その後も何体かゴブリンを狩っていたのだが――。
途中から、叶馬たちの空気が妙に甘くなり始めた。
視線。距離感。触れ合い方。
どう見ても、このままダンジョン内でおっぱじめる流れである。
流石に止めた。
俺は半ば強引に、彼らを異空間へ招待した。
黒い渦を抜けた先――広々とした和風の空間を見て、七人は揃って目を見開いていた。
そんな反応を横目に、俺は空いている部屋を貸してやる。
ダンジョン内で盛られても困る。
溜まったリビドーは、ちゃんと安全な場所で発散してもらうべきだ。
無論――。
隣の部屋では、俺もサクラとマリィを抱いていたのだが……。