ダンジョンダイブを終えた俺は、彼らと別れ、そのまま異空間へ戻っていた。
結論から言えば――かなり疲れた。
「これからも一緒に潜らないか」
そう誘われたが、当然のように断った。俱楽部への勧誘も含めて、全部だ。
(これ以上、深く関わりたくないしな……)
現状、俺たちが抱えている問題は明確だ。
『文官系』の職業がいないせいで、次の階層へ進めない。
それ自体は、たしかに大きな問題ではある。
だが――。
原作ストーリーへの本格的な巻き込まれと天秤にかけた結果、俺の答えは圧倒的に「関わらない」へ傾いた。
当たり前だ。
今日のダイブだけでも、叶馬がいつ暴走するのか内心ずっと気が気じゃなかった。
あいつは静かだ。静かすぎる。だからこそ怖い。
戦闘中も基本的に無表情。 淡々としていて、感情の起伏が見えない。なのに、敵を見た瞬間だけ獣みたいな目をする。
――あれは怖い。
理性で抑えている猛獣を目の前に置かれている感覚に近い。今はまだ制御されている。
だが、何かの拍子でタガが外れたらどうなるのか想像したくない。
実際にこれから叶馬は複数の俱楽部を壊滅状態に追い込むしな。
今回、俺がいくつか情報を開示したのは、完全にリスク管理の甘さが招いた結果だった。
(前世では、よくリスクアセスメントが甘いと上司に言われたな)
正直、ここまで見せるつもりはなかった。
だが、あのまま何も切らなければ、もっと深く踏み込まれていた可能性が高い。
だからある程度の情報を与え、「俺がソロでやれている理由」を見せることで納得させた。
――異空間。ソロ活動の根幹。最大級の切り札の一つ。
本来なら、絶対に他人へ見せたくなかった能力だ。
もちろん、全部を話したわけじゃない。
俺がマリィと融合した力も、「そういうスキル」程度の認識で止まっているはずだ。
本質――”創造位階”や”流出位階”へ至る可能性については、一切話していない。
『
叶馬が見えていたのは、せいぜいレベルと職業程度。
スキルの詳細までは看破されていないだろう。
途中、彼らがゴブリン相手に怪我をしていた場面もあった。
だが、俺は「
冷たいと言われれば、それまでだ。
けれど、あの程度なら死ぬような状況ではなかったし、実力的にも対処可能だった。
俺が介入する理由はない。
向こうから敵意を向けられない限り、こちらから積極的に関わるつもりもない。
あくまで自己防衛。そのスタンスだけは崩さない。
それに、『
俺個人の感情だけで、彼らをどうこうするつもりもなかった。
とはいえ――。異空間へ招待したのは、やはり失策だったと思う。
あれは切りたくなかったカードだ。開示したのは俺の最大のミスだろう。
まあ、ある程度の“答え”を見せた。
「俺がソロで成立しているのは、この能力のおかげだ」
そう説明することで、彼らも一応は納得した。
もちろん、異空間内部では時間が停止できることや、その他の制約については何も話していない。
そんなことまで知られたら、最悪ずっと入り浸られる可能性がある。冗談じゃない。
結果として、今後の方針は――「協力関係は維持する。ただし、攻略は基本的に別行動」
その形で落ち着いた。ここまで持っていくのに、かなり神経を使ったが。
(主に説得対象は叶馬だったけどな……)
その代わりいつか手合わせすることになった。時期は未定だがな。
テキトーに引き延ばすだけ引き延ばして有耶無耶にしてしまおうかなと考えている。
誠一が間に入ってくれなければ、もっと面倒なことになっていただろう。
あいつはまだ話が通じる。俺が距離を取りたがっていることも、ある程度察してくれていた。
原作では、パーティメンバーの非常識さに振り回されているが、頑張ってこれからも叶馬の相手をしていて欲しいところだ。
一方で、問題はやはり叶馬だ。
なぜ俺がここまであいつを警戒しているのか。理由はいくつかある。
まず、顔と雰囲気。
単純に怖い。人を数人殺していても不思議じゃない鋭い目つき。
能面みたいに感情の読めない表情。
しかも本人に威圧している自覚がないのが、なお悪い。
二つ目は、極端に自己中心的な思考。思い込みが激しい。
そして厄介なことに、本人が強すぎるせいで、大抵そのまま押し通れてしまう。
だから矯正されない。
三つ目。致命的なレベルでコミュニケーション能力が低い。
……いや、俺もぼっちなので人のことは言えないのだが。
それでも今日一日で理解した。
あいつ、本当に何を考えているかわからない時がある。
急に黙る。急にこっちを見る。して無言のまま圧をかけてくる。
怖い。
しかも周囲の環境もよくない。
特に静香さん。
あの人、完全に“叶馬全肯定マシーン”になっている。
叶馬が何をしても基本的に否定しない。
だから本人も、自分が他人とズレていることを自覚できていない節がある。
結果として、パーティの意思疎通は主に誠一が担っていた。
今回の連携や今後の話し合いも、ほとんど誠一経由だったしな。
今回、一緒に潜った理由は単純だ。
どのみち、原作を知っている以上、いつかは接触する運命だった。
だったら早めに力量を測っておきたかった。
――ただ、それだけだ。
「はぁ……」
異空間のソファへ深く腰を沈める。静かな空間。
誰にも干渉されない、自分だけの領域。
ようやく張り詰めていた神経が緩んでいく。
今日は本当に疲れた。
体じゃない。精神が。メンタルが。
まるでヤスリで少しずつ削られ続けたみたいに、じわじわと消耗している感覚だった。
――――
さて、この後どうしようか。今は異空間の時間停止機能をオンにしている。
外では時間が進まない。だから、ゆっくりしていても問題はなかった。
倉庫の整理でもしようかな。戦利品や素材もかなり増えてきた。
ゴブリン系のドロップ、ブラックドッグの牙、オウルベアの毛皮、未鑑定品――。
放り込むだけ放り込んでいたせいで、そろそろ整理しないと大変なことになりそうだ。
気分転換にはちょうどいい。
そんなことを考えながら体を起こそうとした瞬間――
「サクラ、膝枕ありがとうな。もういいぞ。マリィもマッサージありがとな」
頭を持ち上げかける。
だが、後頭部に触れていた柔らかな感触が離れる前に、ぐいっと押し戻された。
「ダメなんだよ。今日のマスター、すっごく頑張ったんだから。もっと癒されるべきなんだよ」
サクラは少し頬を膨らませ、不満そうに言いながら、俺の頭を自分の膝へ押しつける。
華奢な見た目に反して、意外と力が強い。逃がす気がまるでなかった。
ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐる。陽だまりみたいに暖かい匂い。
柔らかな太ももの感触と、優しく髪を梳く指先。
叶馬とのダンジョンダイブで張り詰めていた神経が、少しずつ溶けていく。
「……ん。幹隆は疲れてるから、今日は私たちがちゃんと癒してあげるの」
静かな声と共に、今度は太ももに心地よい刺激が走る。
マリィが俺の脚を丁寧に揉みほぐしていた。
白く細い指先が、筋肉の張った場所を正確に探り当てる。
力加減も絶妙だった。強すぎず、弱すぎず。
痛みを与えず、けれど芯に残った疲労だけをゆっくり押し流していく。
「ここ……気持ちいい?」
「……ああ」
素直に答えると、マリィはどこか嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ、顔が緩んでるんだよ」
サクラが楽しそうに笑う。
視界の端では、マリィも静かに微笑んでいた。
叶馬たちとのダンジョンダイブ。張り詰めていた空気。命のやり取り。
戦闘中は気を張っていたせいで忘れていたが、疲労は確実に蓄積していたらしい。
それが今、二人の温もりに包まれながらゆっくり解けていく。
美少女二人に世話を焼かれながら寝転がっているこの状況は、もはやちょっとした王族待遇だった。
――いや。
下手な王より、よっぽど贅沢かもしれない。
そんな馬鹿みたいなことを考えながら、俺は小さく息を吐く。
今くらいは。この心地よさに甘えても、罰は当たらないだろう。
…………。
………………。
「…………ん」
薄く目を開ける。どうやら、そのまま眠ってしまっていたらしい。
ぼんやりとした視界の先。
覗き込むように、マリィがこちらを見下ろしていた。
翡翠色の瞳。その奥に、柔らかな感情が揺れている。
どうやら今は、マリィに膝枕をしてもらっているらしい。
……いつの間に交代したんだ。全然気づかなかった。
「おはよう……幹隆」
「……ああ、おはよう」
マリィの長く透き通った金色の髪が、さらりと俺の頬を撫でる。
甘く、優しい香りがした。
以前の彼女なら、こんな穏やかな表情は絶対に浮かべなかっただろう。
人を知らず。触れ合いを知らず。感情すら希薄だった少女。
そんな彼女が今、こうして誰かを慈しむような目をしている。
その変化が、少し嬉しかった。
「そろそろ起きるよ」
「うん」
マリィは名残惜しそうにしながらも、小さく頷く。
俺はゆっくりと身を起こした。
「サクラはどこだ?」
「……あそこ」
マリィが指差した先を見る。
畳部屋の窓の向こう。
庭に吊るされたハンモックの上で、サクラが気持ちよさそうにひなたぼっこしていた。
春の日差しを浴びながら、尻尾でもあれば振っていそうなくらいご機嫌である。
「おーい、サクラ」
声をかけると、サクラはぴょこんと体を起こした。
「呼んだんだよ?」
ぱたぱたとこちらへ駆け寄ってくる。
その姿を見ながら、俺は改めて二人へ向き直った。
「今日はありがとう。俺の無茶な頼みに付き合ってくれて」
少しだけ間を置く。
「……あれが、以前から話していた原作主人公なんだ。これからも、ああいう唐突なハプニングに巻き込まれる可能性は高いと思う」
叶馬。 原作の中心人物。
この世界を大きく動かす存在。
関われば、間違いなく面倒事も増える。
「だから、その……すまない。迷惑をかける」
そう言うと。二人は顔を見合わせてから、同時にこちらを見た。
最初に口を開いたのはサクラだった。
「私はマスターの『
胸を張る。小柄な身体なのに、その言葉には妙な説得力があった。
「だから、これからもずっとマスターのこと支えるんだよ。マスターに守りたいものとか、やりたいことがあるなら、わたしは全部力になりたい」
そして、少し照れ臭そうに笑う。
「……だって、わたしとマスターは二心同体なんだから」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
続けて、マリィが静かに口を開いた。
「……わたしは、まだ“青春”が何なのか、ちゃんとはわからない」
翡翠の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「でも、幹隆と繋がるたびに、色んな想いが流れ込んでくるの」
嬉しい。楽しい。愛しい。温かい。
そんな感情。
「それは、とても暖かくて……わたしを満たしてくれる」
誰とも触れ合えなかった少女。
触れれば、人を殺してしまった少女。
そんな彼女が、今は自分から“温もり”を求めている。
「誰とも触れ合えなかったわたしに、幹隆は温もりを教えてくれた」
そっと。マリィは俺の服の裾を掴む。
「だから……わたしも、幹隆の力になりたい。いっぱい、使って欲しい」
その言葉に。俺は自然と笑みを浮かべていた。
「ありがとう、二人とも」
そっと。 優しく。二人を抱き寄せる。
サクラの暖かな体温。マリィの柔らかな感触。
左右から伝わる温もりは、不思議と心を落ち着かせた。
この世界は狂っている。
ダンジョンも。学園も。原作主人公も。
けれど。少なくとも今この瞬間だけは。
俺にとって、確かな“居場所”だった。
――――
俺は今、異空間の倉庫の掃除をしていた。
雑に何でも放り込んでいるせいで、倉庫の中はかなり悲惨なことになっている。
ドロップ品は床に散乱し、折れたゴブリンの槍が壁に突き刺さったまま放置され、ブラックウルフの牙が入った袋は破れて中身が床へ転がっていた。
こうして定期的に整理しないと、本当に足の踏み場がなくなる。
最近になって、ようやくクリスタルだけは毎回同じ場所へ収納できるようになった。
異空間を開く際は、“どこへ繋げるか”をイメージする必要がある。
ドロップ品ならこの倉庫全体。
クリスタルなら専用の袋――そんな感じで意識を分けることで、ある程度収納先を固定できるらしい。
もっとも、最初から上手くできたわけじゃない。
慣れるまではクリスタルと素材が一緒くたになって大惨事だった。
サクラやマリィもこうした片付けは苦手なのか俺が担当していた。おそらく片づけたことがないのだろう。
二人とも物を適当に置く癖があるせいで、片付けた数時間後にはまた散らかっているのだ。
……まあ、今まで誰かに片付けを教わる環境でもなかったのだろう。
床に転がっていたゴブリンの短剣を拾い、適当に棚へ放り込む。
その時、視界の端に一冊の本が映った。
黒ずんだ革表紙。乾いた血のような染みが浮かぶ、不気味な本。
以前、凛子先輩に鑑定してもらった『境界の記』だった。
(『きょうかいのき』、ね……)
何となく手に取り、ページを開く。
中には血塗られたような赤黒い文字がびっしりと刻まれていた。
以前見た時は気味が悪くてまともに読む気になれなかったが、今なら多少は理解できる。
――《境界探知》――《神路導標》
辛うじて、その文字だけ読み取れた。
ページを見つめていると、頭の奥がじわりと熱を持つ。
まるで、本そのものがこちらを覗き返しているようだった。思わず眉をひそめる。
《境界探知》……名前からして、ゲートの位置でも探知する能力か?
もし本当にそうなら、かなり便利かもしれない。今度、ダンジョンダイブで検証してみるか。
そう考え、本を棚へ戻した。
他にも床には様々なドロップ品が転がっている。
その中でも特に目を引いたのは、モンスターカードだった。
俺たちはほぼ毎回のダンジョンダイブで百体以上のモンスターを狩っている。
そのせいか、カードもかなりの数が溜まっていた。
「ゴブリン」が二十枚弱。「ブラックウルフ」も十枚近くある。
他にもエントやマタンゴのカードまで混ざっていた。
購買部へ持っていけば、かなりの額で買い取ってもらえる。
モンスターカードはそれくらい貴重らしい。
もっとも、今の俺はそこまで金に困っていない。
だから売らずにこうして保管している。
いつか全種類集めてみるのも面白いかもしれない。
それに、このカードを利用して『文官系』の探索者を雇うのも一つの手だ。
モンスターカードは通常職では扱えない。使用できるのは基本職業の『文官系』だけだ。
俺も試したことはあるが、まるで反応しなかった。当然、サクラやマリィも使えない。
ただ、『文官系』が扱えば話は別らしい。
使役、戦闘、偵察――様々な用途に転用できるとか何とか。
だからこそ需要が高く、高値で取引されている。
カードを一枚手に取り、ぼんやり眺める。
そこには牙を剥いたブラックウルフの姿が描かれていた。
そういえば、サクラは動物系モンスターをやたら気に入っていたな。
ブラックドックを仲間にしたい、と以前も騒いでいた。
……撫でたいらしい。どう考えても噛まれる未来しか見えない。
そんなことを考えていると――
「マスター、お掃除終わったの?」
倉庫の扉から、ひょこっとサクラが顔を覗かせた。
桜色の髪を揺らしながら、こちらの様子を窺っている。
手にはなぜかアイスクリームが握られていた。
……どこから持ってきたんだ、それ。
「あー、もう少しで終わるぞ」
そう答えると、サクラはぱっと表情を明るくした。
「じゃあ私も手伝うんだよ!」
元気よくそう言って、ぱたぱたと倉庫の中へ駆け込んでくる。
勢いそのままに床へ散らばっていた素材袋を拾い上げるが――
「あっ」
抱え過ぎたせいで、中身を盛大にぶちまけた。
ブラックウルフの牙やゴブリンの魔石が床に転がり、がしゃがしゃと音を立てる。
「…………」
「…………」
気まずそうにこちらを見るサクラ。 俺は小さく溜息を吐いた。
「手伝う前に増やすな」
「えへへ……」
全く反省していない笑みだった。まあ、いつものことか。
結局、俺たちは二人で散らばった素材を回収し始める。
サクラは棚の位置を覚えていないため、「これはどこ?」「これなに?」と何度も聞いてくる。
その度に説明しながら片付けていくせいで、一人でやるよりむしろ時間がかかっていた。
だが、不思議と嫌な気分ではない。
「そういえば、マスター。新しい子呼ばないの?」
棚にゴブリンカードを戻しながら、サクラが思い出したように言った。
「今日召喚するって言ってなかった?」
「ああ……そういえば言ってたな」
今日は色々ありすぎて、完全に頭から抜け落ちていた。
叶馬とのダンジョンダイブに、戦闘に、探索に、倉庫整理。
気づけばもうかなり時間が経っている。
「ふふん!わたしは賢いからなんでも覚えてるんだよ!」
胸を張って得意げに笑うサクラ。だが、その直後。
棚へ戻そうとしていた箱を逆さに持っていたせいで、中身がまた床へ雪崩れ落ちた。
「…………」
「…………あれ?」
俺は無言でサクラを見る。サクラは視線を逸らした。
「……そうだな」
とりあえず、それだけ返しておいた。そして軽く頭を撫でる。
するとサクラは嬉しそうに目を細め、猫みたいにこちらへ擦り寄ってきた。
アイスを食べながら。
……頼むから倉庫で食うな。
「よし、せっかくだから今から使うかー」
――“ヒロイン召喚”。
俺が持つ異質なスキル。
初めて使用した時、現れたのはサクラだった。
底抜けに明るく、距離感が近く、騒がしくて。
最初は振り回されっぱなしだったが、今では俺にとってかけがえのない存在になっている。
ダンジョンダイブでも、日常でも。
いつだって隣で笑っていた。
そして二回目。
召喚されたのはマリィだった。
金髪を揺らしながらこちらを見下ろした姿は、まさに女神そのものだった。
神秘的という言葉すら生ぬるい。
正直、初対面の時は跪きたくなった。
今ではそんな女神様も、普通に俺へ甘えてくるのだから慣れとは恐ろしい。
そして今回で三回目。どんな存在が現れるのか。
期待と、わずかな緊張が胸の奥で混ざり合う。
「新しい子だー!」
サクラは楽しそうに目を輝かせている。 完全にイベント感覚だ。
まあ、気持ちはわからなくもない。
俺は一度深く息を吐き、意識を集中させた。
異空間の空気が静かに張り詰める。
「――”ヒロイン召喚”」
瞬間。倉庫全体が、白く染まった。
凄まじい光が空間そのものを埋め尽くし、視界を焼く。
棚に置かれていたクリスタルが共鳴するように淡く震え、空気が低く唸った。
思わず目を閉じる。
――熱い。いや、違う。これは圧だ。
存在そのものが押し寄せてくるような感覚。
サクラも思わず息を呑んでいた。
やがて、ゆっくりと光が収まっていく。
閉じていた目を開けた、その瞬間。
そこに、一人の少女がいた。
黒。まず最初に目に入ったのは、腰まで届く艶やかな黒髪だった。
まるで夜そのものを切り取ったような、深く美しい色。
そして、その隙間から覗く瞳は紫水晶のようなアメジスト。
吸い込まれそうなほど透き通っている。
整いすぎた容姿に、一瞬呼吸を忘れた。
人形じみているわけじゃない。
むしろ逆だ。
あまりにも完成されすぎていて、現実感が薄い。
白い指先。 長い睫毛。静かに伏せられた視線。
その少女は、まるで古い時代の騎士のように片膝をつき、俺へ深く頭を垂れていた。
まるで、王へ忠誠を誓う臣下のように。
静寂が落ちる。
そして少女は、震えるような声で口を開いた。
「……12000年ぶりです」
透き通る声だった。
けれど、その声音には抑え切れない感情が滲んでいる。
「お会いしとう……ございました……王よ」
言葉の最後が微かに震える。
まるで、長い長い時間を耐え続けてきたみたいに。
「…………え?」
間の抜けた声が漏れた。頭が理解を拒絶している。
いや、待て。
“12000年ぶり”?
“王”?
そんな単語に覚えは――
……いや。ある。
脳裏に、一つのエロゲーが浮かぶ。
断片的な夢のような光景。美しい宮殿。
そして、自分を“王”と呼んでいた誰か。
まさか。
まさか、この子は――
俺は無意識に少女を見つめた。
少女もまた、潤んだ紫の瞳でこちらを見上げていた。