「……き、君は?」
現れた少女を前に、俺は思わず声を漏らした。
――ヒロイン召喚。
何度経験しても、この瞬間だけは慣れない。
光の中から現れる存在は、いつだって現実離れしていて、そして妙に“完成されている”。
目の前の少女もそうだった。
透き通るような黒髪。
整った顔立ちに、どこか人形めいた無機質さ。
感情の起伏を感じさせない紫色の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。
豊葦原学園の制服とは明らかに違う。
白を基調とした制服に、頭には紫色のヘアバンド。
「クリス・カヌ。……あなた様の奴隷です。
「……ど、奴隷?」
あまりにも自然に言われ、逆に反応が遅れた。
少女――クリスさんは淡々と頷く。
「はい。失礼ながら、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あー……悪い。俺の名前は幹隆。影山幹隆だ。んで、後ろにいるのが――」
「マスターの一番奴隷のサクラなんだよ!」
いつの間にお前は俺の奴隷になったんだ。
……と、反射的にツッコミかけたが、サクラが得意げに胸を張っているので途中でやめた。
相変わらず変なところでポンコツというか、自由というか……。
そんなことを考えている間にも、クリスはじっとこちらを見つめていた。
「……幹隆様」
小さく名前を呟く。
その声音は驚くほど静かで、感情が薄い。
だが、どこか確かめるような響きがあった。
そして彼女は、そのまま考え込むように黙り込んでしまう。
――そこでようやく、俺の記憶が繋がった。
「あ……」
思い出した。
彼女は――『EDEN-最終戦争少女伝説-』のヒロインの一人だ。
ただ、途中で未完のまま終わってた気がする。
前世の世界ではもう完結はしてるんだろうか。続きが気になる。
――『EDEN-最終戦争少女伝説-』。
物語の舞台は、『
それは、夏休みの離島旅行から始まる現代ファンタジーアクションノベルだ。
主人公たちは学園の仲間たちと共に、九日間の旅行へ向かう。
最初はただの退屈な学生旅行になるはずだった。
だが、島に到着した瞬間から全てが狂い始める。
人が死ぬ。首が飛び回る。怪異が現れる。
助けに入った人間すら、あっさり殺される。
島全体が、理解不能な災厄に飲み込まれていく。
そんな極限状態の中、主人公はクラスメイトの少女――
だが、その行動すら新たな悲劇の引き金となってしまう。
そして最後には、島そのものを消し飛ばすほどの破滅が訪れる。
逃げ場はない。 誰も助からない。
主人公も、ヒロインも、島にいる全員が死を迎える。
――しかし、物語はそこで終わらない。
死の間際。
主人公の脳裏に蘇るのは、ある少女と交わした『心臓と手のひらの契約』の記憶。
絶望と死に満ちた世界の中で、それでも誰かを救おうともがく。
「クリスさんだっけ? いろいろ質問していい?」
「はい、なんなりと。……あと、幹隆様……カヌとお呼びください」
「な、なんで?」
すると彼女は少し視線を伏せ、どこか申し訳なさそうに口を開いた。
「それは……奴隷の分際で、王に敬称で呼んでいただくなど……恐れ多いことです。も、もちろん、不快でしたら今のままでも構いません」
「いや、不快とかじゃないけど……」
なんというか、距離感が極端だ。
サクラの図々しさを少し分けてやりたくなるレベルである。
「わかったよ。……カヌ」
一瞬。彼女の紫色の瞳がわずかに見開かれた。
「はい! ありがとうございます!」
ぱあっ、と。
今までほとんど無表情だった顔に、小さな笑みが咲く。
……いや、そんな喜ぶことか?
名前を呼んだだけなんだが。
この子、もしかして凄く自己肯定感が低いのでは……?
というか、『王』とか『奴隷』とか。
俺は気を取り直すように軽く咳払いする。
「じゃあ、まず聞きたいんだけど。カヌは神様的なモノに呼ばれて、ここに来たのか?」
その質問を聞いた瞬間、彼女は少し黙り込んだ。
まるで、自分の記憶を慎重に探るように。
「……神様、ですか」
小さく呟き、カヌはゆっくり首を横に振る。
「すみません……よく、わからないんです」
「わからない?」
「はい。何かに呼ばれた感覚はありました。ですが、それが何なのかまでは……」
そう言いながら、彼女は胸元に手を当てる。
「ただ、確かにわかったんです。この世界に、“幹隆様”がいると」
「……俺が?」
「はい。私が探していた王が、この世界に存在していると。その声を聞いた瞬間、気づけばここにいました」
王。
またその単語だ。
けれどカヌは、冗談を言っている様子ではなかった。
むしろ、それを疑う発想自体が存在しないような口調だった。
「その前までは?」
俺が尋ねると、彼女は静かに答える。
「……エデンにいました」
その言葉と同時に、彼女の瞳の奥に微かな陰が落ちた。
「……エデンって?」
「私が住んでいた島の名前です」
つまり、島からこの世界へ転移してきたのか。
それとも、“エデン”そのものが別世界に存在していたのか。
どのみち、豊葦原学園じゃインターネットは使えない。
今ここで調べることは不可能だ。
「カヌ。この世界には、そのエデンは存在するのか?」
「まだ存在は確認できておりませんが……限りなく、“無い”可能性が高いかと」
カヌは静かに首を横へ振る。
その声音には、どこか諦めにも似た響きが混じっていた。
やはり、サクラとマリィと同じパターンか。
世界そのものではなく、“彼女だけ”がこちらへ渡ってきた可能性が高い。
「わかった。じゃあ次の質問なんだが……なんで俺が王なんだ?」
「それについては、私と幹隆様との関係からお話いたします」
カヌは背筋を正し、まるで謁見の場で報告でもするように姿勢を整えた。
「今の幹隆様にお会いしたのは、今回が初めてです。ですが私は――太陽暦で12000年前。幹隆様が“別のお姿”をされていた頃より、お仕えしておりました」
別の姿だと?こちとら前世は一般サラリーマンやっていたんだが、それとは違うってことか。
つまり、この転生体ボディのことを言ってるのか。心は社畜。身体は王様ってか。ハハハ
『
最近の俺、属性盛りすぎてキャラ設定が渋滞起こしてるんだが。
「ええっと、つまり俺は生まれ変わりみたいな感じか?」
「はい。そのようなものだと思っていただいて問題ございません」
確かカヌは不老だったのは覚えている。まさか、そんなに年上だったとは
「そして私は、肉体も記憶も当時のまま――12000年間を生き続けてきました」
「……まじかよ」
思わず素で声が漏れた。
確かにカヌが不老だという話は覚えていた。だが、“12000年”はスケールがおかしい。
歴史の教科書どころの話じゃない。文明そのものを見てきたレベルだ。
「たしか……現在は12016歳になるかと思われます。……少々記憶がおぼろげなので、正確ではないかもしれませんが」
「おお……めっちゃおばあちゃんなんだよ」
「おいコラ、サクラ」
即座にツッコミを入れる。だが当のサクラは悪気ゼロだった。
純粋な感想だったのだろう。
「だ、だって一万年以上だよ!? もう伝説超えてるんだよ!」
「それはそうだが!」
「い、いえ……
カヌは慌てた様子で首を振る。というかこの子、本当に怒らないな。
いや、怒れないのか?
“王に仕える奴隷”という立場が、そこまで彼女を縛っているのかもしれない。
話が少し脱線してしまった。
それにしても12000年。
俺の前世込みの人生全部足しても、砂粒ほどにも届かない時間だ。
「では、説明を続けさせていただきます」
カヌは胸元へ手を添えながら、静かに語る。
「私たちのクニ――『ムー帝国』。その王こそが、幹隆様なのです」
「ムー帝国……」
その名を聞いた瞬間、脳裏に断片的な知識が浮かぶ。
確か。
かつて“万物の創造主たる神”を崇め。
“太陽の化身”とされる王を中心に栄えた、人類史上最古の超文明国家。
その王が――俺?
「そして、私は“王室奴隷騎士団”の一人です」
そう言って、カヌは自らの胸元に触れた。
そこには淡く輝く紋様――『護者の証』が刻まれている。
「この証は、王へ絶対の忠誠を誓う者へ宿るもの。幹隆様が“王”であることを、何より確かに示しております」
王室奴隷騎士団。確か、カヌ以外にも三人存在していたはずだ。
選ばれる条件は一つではない。
戦闘能力。護衛能力。 誠心。
そして――美貌や、知識・書を扱う才。
要するに。
王に仕えるために必要なあらゆる資質を兼ね備えた、“最高峰”だけを集めた存在ということだろう。
「カヌ以外の王室奴隷騎士団もこの世界に来ているのか?」
原作設定を思い返しながら問いかける。
もし他の連中まで来ているなら、色々な意味で洒落にならない。
設定上、王室奴隷騎士団は単騎で国を落とせる化け物クラスだったはずだ。
「いえ……おそらく、わたしだけかと……」
カヌは静かに首を横へ振った。
その言葉に、少しだけ安堵する。
いや、“安心”と言っていいのかわからないが。
もし四人全員がこの世界に現れたら、豊葦原学園どころか国家レベルで大騒ぎになる未来しか見えない。
「そうか……」
すると今度は、カヌのほうが遠慮がちに口を開いた。
「私からも、お聞きしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか」
「ん? ああ、別にいいぞ」
「ここは……どこなのでしょうか」
そう言って彼女は周囲を見渡した。石造りの壁。
無造作に積み上げられた素材や武具。
空間そのものが静止しているような、不思議な空気。
異空間の倉庫。
普通の人間なら、せいぜい“妙な部屋”程度の認識だろう。
だがカヌは違った。
彼女はこの空間そのものに宿る異質さを、肌で感じ取っているようだった。
「ここは、俺が作り出した異空間の倉庫だ」
「……異空間」
その瞬間。カヌの瞳がわずかに揺れる。
驚愕。 あるいは、畏怖。
「幹隆様も、神の奇跡である――
「いや、この力は
俺は軽く首を振る。
「とある神から貰ったスキルの一つだ」
その答えを聞いた瞬間。カヌは小さく息を呑んだ。
まるで、信じ難いものを見るように。
「神より……直接、力を……」
彼女がぽつりと呟く。
その反応を見る限り、どうやら向こうの世界でも相当レアケースらしい。
それは、創造神ナラヤナによってこの世界へ遣わされた存在。
神々。聖獣。精霊。
あるいは、その他人智を超越した存在たち。
そうした“神秘”の力――奇跡を。
脆弱な人間でも扱えるよう体系化した禁書群。
言うなれば。
“神の権能を、人が再現するための手引書”だ。
当然、扱える者は限られる。
才能。適性。膨大な知識。
そして、時には神性との接触すら必要になる。
「そういえば、忘れていた。こっちの状況も話さないとな。悪い、サクラ。マリィを呼んできてくれ」
「わかったんだよ」
サクラは軽く手を振ると、ぱたぱたと奥の居間へ走っていった。
その背中を見送りながら、俺は改めてカヌへ向き直る。
「さて……どこから説明したもんかな」
「幹隆様のお話でしたら、どれほど長くともお聞きいたします」
相変わらず真面目すぎる返答である。しかも姿勢が妙に正しい。
なんかもう、面接官に説明してる気分になってきた。
俺は頭を掻きながら、今までのことを順番に説明していった。
前世では普通のサラリーマンだったこと。
死後、この世界へ転生したこと。
そして現在。
豊葦原学園に通いながら、ダンジョン攻略を行っていること。
神から授かったスキル。
異空間。召喚能力。
その他諸々の、もはや自分でも把握しきれていないチート群。
さらにはサクラとマリィのこと。
二人が単なる人間ではないこと。
この世界の住人ですらない可能性が高いこと。
途中、カヌは何度か小さく目を見開いていた。
特にマリィについて説明したときは、さすがに衝撃が大きかったらしい。
「……神格存在を、従えている……?」
「いや、従えてるっていうか……普通に一緒に暮らしてるだけなんだが」
「それが異常なのです」
真顔で断言された。そんなにか。
サクラについても、霊的存在としての性質や異常な成長速度を話すと、カヌは神妙な顔で頷いていた。
どうやら向こうの世界基準でも、二人は相当規格外らしい。
それから俺は、豊葦原学園の現状についても説明した。
ダンジョン。モンスター。俱楽部。パートナー制度。
豊葦原学園の特殊性。日常的に行われる性行為。
そして――俺の目的。
ただ生き残るだけじゃない。
この力を使い、ダンジョンを攻略していくこと。
そのために戦力を集め、強くなる必要があること。
神の真意を探ること。
カヌは途中で一度も話を遮らなかった。
ただ静かに、真剣な眼差しで耳を傾けていた。
まるで。
王の言葉を一つたりとも聞き漏らすまいとする臣下のように。
いや、実際そういう立場なんだろうけど。
どれくらい時間が経ったのかはわからない。
異空間内は外界と時間感覚がズレるせいで、余計に感覚が曖昧になる。
気づけば、かなり長い時間話し込んでいたらしい。
「……幹隆、お腹空いたよ」
マリィが、ぐてっとした様子で呟いた。
「ああ、そうだな」
そういえば、かなり時間が経っていた。そろそろ夕食の時間か。
すると、カヌが遠慮がちに口を開いた。
「で、では……私がお作りしてもよろしいでしょうか」
「ん? カヌ、料理できるのか?」
「はい。王に仕えるための家事全般は、一通り修めておりますので」
その言い方が、さらっと重い。
料理。掃除。 洗濯。護衛。戦闘。教養。書物管理。
全部込みで“王室奴隷騎士団”らしい。
なんだその万能メイド騎士みたいな存在。
「そうか。じゃあ頼む。キッチンはそっちだな」
「はい」
カヌは静かに頭を下げると、迷いのない足取りでキッチンへ向かった。
その動きには無駄がなかった。
まるで長年その役目を果たし続けてきた人間の所作。
自然すぎて、“仕える”ことが呼吸になっているようにすら見える。
「……なんか、すごい人増えたんだよ」
サクラがぽつりと呟く。
「うん。……本当に“王の側近”という感じだね」
その後。
完成した料理が食卓に並べられる。
湯気を立てるスープ。香草の香りが漂う肉料理。
焼き立てのパン。 色鮮やかな野菜料理。
どれも見た目からして明らかにレベルが高い。
「……なんか、すごいんだよ」
サクラが目を丸くする。
「お口に合えばよいのですが……」
そう言ってカヌは静かに頭を下げる。
そして――
「「おいしい……!」」
サクラとマリィの声が綺麗に重なった。
サクラは夢中で頬張り。
マリィは上品に口へ運びながらも、隠しきれない驚きを表情に浮かべている。
俺も一口食べてみる。
「……うまっ」
思わず素で声が漏れた。味付けが絶妙だ。
素材の旨味をしっかり活かしているし、何より食べていて妙に落ち着く。
学園の食堂も決して不味くはない。むしろかなり良い部類だ。
だが、これはそれ以上だった。
「えへへ、カヌちゃんすごいんだよ!」
「……お店を出せるレベルだと思う」
「そ、そこまででは……」
二人に褒められ、カヌは少しだけ困ったように視線を逸らす。
けれど、その口元はほんの僅かに緩んでいた。
どうやら褒められるのは普通に嬉しいらしい。
その後も、四人で他愛もない話をしながら食事を続けた。
その光景が少しだけ不思議で――悪くないと思った。
食事が一段落した頃。カヌが静かに口を開いた。
「……幹隆様」
「ん?」
「私も、ダンジョンへ連れて行ってください」
その声音は穏やかだった。
だが、その瞳には強い意思が宿っている。
「役には立つと思います」
「危険だぞ」
俺は即座に返す。モンスターとの戦いは、一歩間違えれば死ぬ。
だがカヌは、まったく怯まなかった。
「王のお傍に仕えることこそ、王室奴隷騎士団の役目です」
彼女は胸元へそっと手を当てる。
そこに刻まれた『護者の証』が、淡く輝いた気がした。
「幹隆様をお守りすること。それが私の存在価値ですから……問題ありません」
存在価値。その言葉の重さに、思わず少し黙ってしまう。
この子は本気なのだ。
自分の命すら、“王へ捧げるためのもの”として扱っている。
そこには迷いも恐れもない。
……忠誠心が重い。いや、もう信仰に近い。
「わかった。じゃあよろしくな」
そう言った瞬間。
「――はい!」
ぱあっ、と。カヌの表情が明るくなった。
今までで一番わかりやすい笑顔だった。
「よろしくなんだよ!」
サクラが元気よく手を振る。
「……よろしくね」
マリィも小さく微笑みながら頷いた。
カヌは二人へ向き直り、深々と頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
その姿はどこまでも丁寧で。
どこまでも真面目だった。
……うん。 たぶん、このメンバー。
賑やかになるな。
『EDEN-最終戦争少女伝説-』のヒロイン――クリス・カヌが、正式に俺のパーティへ加わった。
――――
――翌日。朝。
豊葦原学園の教室『
ダンジョンダイブの話。 昨夜どこの寮で寝泊まりしただの。
新しくパートナーを作っただの。
そんな猥雑な会話が飛び交う。
その中で。俺は一人、席に座りながら頬杖をついていた。
昨日のこともあってか。
教室では叶馬がちらりとこちらを見ていた。
いや、“ちらり”というレベルではない。
普通に観察されている。 しかも隠す気がない。
『
……めんどくせぇ。だが。
俺は気づかないふりをして、そのまま視線を窓の外へ逃がした。
今のところ、こちらから積極的に関わる気はない。
昨日の共闘で、ある程度の実力は見せた。十分だろう。
下手に近づけば、原作の流れへ深く巻き込まれる可能性が高い。
俺としては、なるべく安全圏から立ち回りたい。
……まあ。
既に安全圏からだいぶ外れてる気もするが。
『
昨日の時点では、まだ叶馬と彼女たちは接触していなかった。
だが、あいつのことだ。 近いうちに絶対見つける。
原作でも、あの俱楽部との出会いが『
なら。今のうちに距離を取っておくべきだろう。 少なくとも、恩は十分売れた。
あとは必要な時だけ関わればいい。
そんなことを考えながら、俺はダンジョン探索を思い返す。
第肆階層。そして、その奥。――第伍階層へ続く界門。
まだ発見できてはいない。
だが。今なら、なんとなくわかる気がしていた。