※この作品はR-18です。

エロゲーハックアンドスラッシュ   作:げしゅたるうぃんぷす

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 ――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』

 ――第拾階層、『既知外』領域

 

 

 

 遂に俺たちは、第十階層までやってくることができた。

 

 転移ゲートを抜けた瞬間。

 まず最初に感じたのは、“空気の軽さ”だった。

 今までの階層とは、明らかに違う。

 

 第一階層から第九階層までは、典型的な迷宮型ダンジョンだった。

 無機質な岩壁が延々と続き、視界の先には常に薄暗い通路が伸びている。

 閉塞感は凄まじく、長時間潜っていると息苦しさすら覚えるほどだ。

 空気には濃密な瘴気が混ざっており、鉄錆と血を混ぜたような臭気が常に鼻へまとわりついていた。

 特に『既知外』領域は、その傾向がより顕著だった。

 まるで巨大な地下墓地か、魔物の臓腑の中を歩かされているような感覚。

 探索というより、“死地へ潜っている”という表現の方が正しかったかもしれない。

 

 だが――今、俺たちの頭上には“空”がある。

 青空だった。

 白い雲がゆっくり流れ、暖かな日差しが地上へ降り注いでいる。

 風が草原を撫で、遠くでは木々が揺れていた。

 ダンジョンの中なのに晴れている。

 その事実が、妙に現実感を狂わせる。

 

 「おお~! マスター! ダンジョンの中なのに、お日様の日差しがあるんだよ!」

 

 サクラが嬉しそうに駆け回っていた。

 今まで潜ってきたのは、薄暗い洞窟ばかりだったからな。

 こうして開けた景色を見るだけで、かなり気分が違う。

 俺も肺いっぱいに空気を吸い込む。

 草と土の匂いが混ざった風が、身体の奥へ染み込んでいくようだった。

 

 「確かにな……さっきまでとは全然違うな」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。

 

 このようなフィールド型のダンジョンは、”ネイチャーフィールド”と呼ばれているらしい。

 第十階層から第二十階層までは、この形式の階層が続くと教材に書かれていた。

 もっとも、基本的なダンジョンルールそのものは変わらない。

 魔物を倒し、探索を進め、さらに下層へ続く界門を探す。

 やること自体は今までと同じだ。ただ、問題はこの広さだった。

 迷宮型と違い、ネイチャーフィールドには地平がある。

 森林、丘陵、河川、下層によっては気候すら変わるらしい。

 

 つまり、ここから先は“環境そのもの”が敵になる。

 

 「……なんで、このダンジョンには空があるの? さっきまで天井は岩で囲まれていたのに」

 

 融合を解除したマリィが、不思議そうに空を見上げながら聞いてくる。

 その疑問はもっともだった。

 地下迷宮の奥へ進んだ先に、空がある。

 普通に考えれば、物理法則として成立していない。

 

 「詳しくは分からん」

 

 俺も空を見上げながら答える。

 

 「ただ、俺の予想だと……このダンジョン自体が、異空間同士を繋ぎ合わせたものなのかもしれない」

 

 風が吹き抜ける。草原が波みたいに揺れた。

 

 「複数の世界。複数の位相。そういう異界同士が折り重なって、一つの巨大迷宮になってる。……羅城門ダンジョンっていうのは、そういう存在なんじゃないかと思ってる」

 

 だから階層ごとに環境法則が違う。

 空間構造も、生態系も、時には空の有無すら変化する。

 そう考えた方が、今まで見てきた異常現象にも説明がつく。

 もっとも――。

 

 「このダンジョンが、どうやって作られたのか。誰が作ったのか。そこまでは全然分からないけどな」

 

 俺の仮説を交えながら説明する。

 実際、原作でもこの辺りは詳しく語られていなかった。

 羅城門の正体、レイドと世界構造の関係、その辺りは最後まで謎が多かったはずだ。

 もし、俺がこの世界へ転生した理由が、このダンジョンと関係しているのなら。

 この迷宮の奥には、きっと何かがある。

 そんなことを考えていると、不意にサクラがこちらを振り返った。

 

 「マスター、ここってどういうモンスターが出てくるの?」

 

 未知の階層への不安よりも、新しいものを見られる楽しさの方が勝っているのだろう。

 子供みたいに胸を躍らせているのが、表情を見るだけで伝わってくる。

 

 「……簡単に言うと、恐竜だな」

 

 俺がそう答えると、サクラは「きょうりゅう?」と不思議そうに瞬きをした。

 一方で、カヌはすぐに反応を返す。

 

 「……恐竜ですか。12000年前より遥か古代に存在していた巨大生物群ですね。文献では知っています」

 

 俺は少し感心しながら頷いた。

 

 「カヌの世界にも恐竜はいたのか。そこら辺の歴史は、ムー帝国と共通してるのかもしれないな」

 

 もっとも、本当に同じ歴史を辿っているのかは分からない。俺は周囲へ視線を巡らせる。

 第十階層『密林竜園(ドラゴンガーデン)』――その名の通り、この階層に出現するモンスターの大半は竜種系統だ。

 しかも、ここは『既知外』領域。通常個体など存在しない。

 出現する魔物は、どれも異常なまでに巨大化しており、その膂力も常識外れだった。

 上位クラブですら、この階層は攻略に苦戦すると言われていた。

 

 「ここから出てくるモンスターは、さっきまでの豚鬼(オーク)とは比べものにならないぐらい強い」

 

 俺は三人へ視線を向ける。

 

 「油断だけはするなよ」

 「レッツゴー、なんだよ!」

 

 サクラが元気よく拳を突き上げる。

 

 「……うん、いこう」

 

 マリィは静かに頷き。

 

 「どこまでもお供いたします」

 

 カヌは迷いなく一礼した。

 そのまま俺たちは、密林の奥へと足を踏み入れる。

 内部は想像以上に鬱蒼としていた。

 空そのものは存在しているはずなのに、頭上を覆う巨大樹木の枝葉が日光を遮っているせいで、森の内部は薄暗い。

 湿った熱気が肌へまとわりつき、地面には巨大なシダ植物や蔦が絡みついていた。

 どこからか獣の唸り声が聞こえる。

 ガサリ、と茂みが揺れるたびに神経が反応する。

 迷宮型ダンジョンと違い、ここでは視界による索敵がほとんど機能しない。

 木々が死角を生み、複雑な地形が気配を遮断する。

 気づいた時には、目の前まで捕食者が迫っている――そんな環境だった。

 

 だからこそ、索敵能力が重要になる。

 

 「――《境界の記(ヘルメス)》」

 

 瞬間、脳内へ周囲の地形情報が立体的に展開された。

 木々の位置。瘴気濃度。生体反応。空間の歪み。

 《境界探知(リミナル・ヴィジョン)》によって、視界に頼らず周囲の情報を把握していく。

 ――ズシン。

 地面が微かに揺れる。

 続けて、ズシン……ズシン……と重低音の足音が密林へ響き始めた。

 どうやら、さっそく近くにモンスターがいるらしい。

 俺は木々の隙間から、ゆっくりとその姿を確認する。

 巨大だった。頭部だけで二~三メートル近くある。

 金槌のように肥大化した岩塊状の頭部を、ゴリゴリと樹木へ擦りつけながら歩いていた。

 灰褐色の外皮は岩盤みたいに硬質化しており、ところどころ結晶化した瘴気鉱石が突き出ている。

 その全長は二十メートル超、四足歩行型大型竜種――岩石恐竜(ロックダイナソー)

 見た目だけなら草食恐竜に近いが、その突進力と重量は戦車そのもの。

 

 「おおー! あれが恐竜なんだ! すっごく大きいんだよ!」

 

 サクラが少し興奮した様子で目を輝かせていた。

 まるで動物園へ来た子供みたいな反応である。

 ……いや、気持ちは分かるけどな。

 現実で見ると、本当に規格外だ。

 存在感だけで周囲の空気が震えている。

 

 「……じゃあ、いつも通りいくぞ」

 

 俺は視線を二人へ向ける。

 

 「俺とカヌで動きを止める。その間にサクラがレーヴァテインで仕留めろ」

 「わかったんだよ!」

 

 サクラが元気よく頷く。

 

 「マリィ……いけるか?」

 「……うん」

 

 静かな返答。次の瞬間。

 

 「――形成」

 

 マリィの聖遺物と融合。魂と武装が一体化する。

 黒い魔力が右腕へ収束し、漆黒の刃が形成された。

 同時に肉体性能が一気に引き上がる。

 

 「行くぞ、カヌ」

 「はい」

 

 次の瞬間、俺とカヌの姿が掻き消える。

 瞬間魔力換装(ブリューゲル・ブリッツ)の魔力噴射による超加速。

 地面を爆ぜさせながら、一気に《岩石恐竜(ロックダイナソー)》の懐へ潜り込む。

 巨体ゆえに反応が遅い。完全に死角だ。

 

 「――ッ!」

 

 右脚へ向けて黒刃を振り抜く。

 同時に、反対側からカヌの白銀剣閃が走った。

 

 ――一閃。次の瞬間。

 岩石恐竜(ロックダイナソー)の後脚二本が、同時に切断される。

 大量の黒血が噴き上がった。

 

 「バアアアァァァァッ――――!?」

 

 突然現れた天敵に、岩石恐竜(ロックダイナソー)が絶叫を上げる。

 自分の脚が消えている。理解が追いついていないのだろう。

 超重量級の巨体がバランスを崩し、そのまま横倒しになった。大地が揺れる。

 

 「止めなんだよ――《穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)》!!」

 

 サクラの声と同時に、膨大な魔力光が収束した。桜色の輝きが一直線に圧縮される。

 極太の光条が密林を貫いた。

 ――スドォォォォォォンッ!!

 爆発的な閃光。熱風が周囲の木々を薙ぎ払う。

 空気そのものが焼き切れた。

 岩石恐竜(ロックダイナソー)の巨体は、断末魔を上げる暇すらなく光に呑み込まれる。

 やがて照射が収まる。

 そこに残っていたのは、抉れた大地と高熱でガラス化した地面。

 そして――数個のドロップ品だけだった。

 

 「おおー! 一撃なんだよ!」

 

 サクラが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

 俺は苦笑しながらドロップ品を確認した。

 すると、その中に見慣れないカード状アイテムが混ざっている。

 

 「……モンスターカードか」

 

 幸先がいい。

 拾い上げると、カード表面には《竜種|岩石恐竜(ロックダイナソー)》の文字が浮かび上がっていた。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 午前中のダンジョンダイブを終えた俺たちは、そのまま学生食堂へやってきていた。

 休日にもかかわらず、食堂の中はかなり賑わっている。

 俺たちは空いていた丸テーブルへ腰を下ろし、それぞれ昼食を取っていた。

 今日の俺の定食は、生姜焼き定食。

 鉄板の上で焼かれた豚肉に、濃厚な甘辛ダレが絡んでいる。

 立ち上る香りだけで白米が消えそうだった。

 

 「いただきます、なんだよ!」

 

 サクラが元気よく手を合わせる。

 その勢いのまま食べ始めた彼女のトレーを見て、俺は思わず二度見した。

 揚げ物、ラーメン、山盛りポテト、巨大パフェ、さらにプリンまである。

 ……炭水化物と糖分しかない。

 

 「お前、好きなものだけ取っただろ……」

 「? 美味しそうだったんだよ!」

 

 満面の笑みだった。

 いやまあ、精霊だから太らないんだろうけどさ。

 隣へ視線を向ける。

 

 「………………」

 

 マリィは無言だった。

 その代わり、目の前に置かれているのは意味不明なサイズのジャンボパフェである。

 もはや小型建築物みたいなサイズ感だった。

 そんな超巨大パフェを、マリィは黙々と食べている。

 小さな口で一生懸命スプーンを動かし、頬をふくらませながら食べ続ける姿は、妙に小動物感があった。

 ハムスターとかリスとか、その辺に近い。……可愛いな。

 

 「……この焼き加減、絶妙ですね」

 

 正面では、カヌが静かに焼き魚定食を味わっていた。

 選んだのは鯖の塩焼き定食らしい。やたら和食が似合う。しかも食べ方が綺麗だった。

 箸使いも完璧で、魚を食べる手つきに一切無駄がない。

 骨を外す所作まで妙に優雅である。

 

 ……うちのパーティ、食事風景だけ見ると完全に平和なんだよな。

 そんなことを考えながら、生姜焼きを口へ運ぶ。

 濃厚なタレが染み込んだ豚肉の旨味が広がった。

 疲労した身体に塩分と脂が染み渡っていく。

 

 「みんな、聞いてくれ」

 

 俺が真面目な声を出した瞬間。三人の視線がこちらへ集まった。

 

 「おそらくだが、このままダンジョンを攻略し続けても、レイドをクリアするのは難しいと思う」

 

 サクラが箸を止める。

 マリィもパフェを食べる手を止め、カヌは静かに耳を傾けていた。

 

 「理由は単純だ。敵の数が多すぎる」

 

 脳裏に、資料で見た情報を思い浮かべる。

 餓者髑髏城(がしゃどくろじょう)極級(アルティメットランク)レイド、融合(コンプレクス)様式、嫌な要素しかない。

 

 「調べた限りだと、内部には万単位の敵戦力が存在してる可能性が高い。俺たちは確かに強い。全員、一騎当千レベルではあると思う」

 

 だが、と続ける。

 

 「連戦になれば話は別だ。体力も精神力も無限じゃない。特に今回は、帰還手段がない補習レイドだ。ある程度は、異空間で休息はできると思う。ただ、アクシデントは想定しておくべきだ」

 

 サクラが少し不安そうにこちらを見る。

 

 「マスター、そのレイドって……そんなに危ないの?」

 「全部のレイドが危険ってわけじゃない。だが、今回のは別格だ」

 

 俺は小さく息を吐く。

 

 「もし、これが本当に“神の試練”として設計されたレイドなら、学園側が言ってる“上級の補習(ハイランクレイド)”なんて言葉は当てにならない。実態は、おそらく極級(アルティメットランク)だ」

 

 空気が静まった。

 食堂の周囲は賑わっているのに、俺たちのテーブルだけ別空間みたいだった。

 

 「……それなら、時間をかけて敵を殲滅するのはどうでしょうか」

 

 カヌが冷静に提案する。

 

 「それも考えた。でも補習レイドの期間は三日間。時間圧差を考慮しても、内部活動限界は二十~三十日前後だと思う」

 

 つまり、と続ける。

 

 「長期攻略前提で動くのは危険すぎる。学園のダンジョンみたいに、危なくなったら即帰還ってわけにもいかない」

 

 マリィがスプーンを置いた。

 

 「……なら、短期決戦?」

 「ああ。結局そこに行き着く」

 

 問題は、どうやって万単位の軍勢を突破するか。

 範囲殲滅、継戦能力、前線維持。

 現状だと、時間をかけてサクラのレーヴァテインで突破するぐらいしか思いつかない。

 ただそれだとサクラに凄い負担をかけてしまうだろう。

 いくら異空間での休憩が無制限で、できるとはいえ、精神的な疲労は無くならないしな。

 それに、そんなやり方は俺がやりたくない。彼女ばかりに負担をかけるのは間違っていると思う。

 

 現状の俺たちに足りない要素が多すぎる。

 三人も、それを理解しているのだろう。

 それぞれ難しい顔で考え込んでいた。

 

 ――その時だった。

 

 「あれあれ~? 幹隆君じゃん」

 

 軽い声音。

 場違いなくらい明るい声だった。

 

 視線を向ける。

 

 そこにいたのは、二年の波留(はる)先輩だった。

 

 茶色の髪をサイドテールにまとめ、着崩した制服をラフに纏っている。

 胸元のボタンは緩く、豊満な谷間がちらりと覗いていた。

 周囲の男子生徒たちがチラチラ視線を送っている。

 まあ、目立つよな、この人。

 

 「こんなところで会うなんて奇遇だね~?」

 

 にこにこと笑いながら、自然にこちらへ近づいてくる。――その瞬間。

 

 「……幹隆様。お知り合いですか?」

 

 カヌの声が、僅かに低くなった。

 

 「もし害意があるのでしたら、排除しますが」

 

 怖い怖い怖い。

 

 「いや、排除はしなくていいから」

 

 即座に止める。

 カヌは真顔だから冗談に聞こえないんだよ。

 

 「前に少し関わっただけだ」

 「あははっ、ひどーい」

 

 波留先輩は楽しそうに笑う。

 だが、その笑顔の奥。イリーガルクラス特有の圧。

 空気の密度が違う。この人は、強い。

 学園でも間違いなく上位側の人間だ。

 

 「……それにしてもさぁ」

 

 波留先輩の視線が、サクラ、マリィ、カヌへ順番に向く。

 サクラはもぐもぐと唐揚げを頬張りながらも、じーっと波留先輩を見返している。

 マリィは巨大パフェを食べる手を止めず、無表情のまま視線だけを向けていた。

 そしてカヌは――静かに微笑んでいた。

 だが、その微笑みの奥にあるものを、上位者(ハイランカー)として場数を踏んでいる波留先輩は、本能的に感じ取っているのだろう。

 

 「幹隆君、お姉さんの誘いは断ったくせに、こんな可愛い子たち囲ってハーレム作ってたんだ?」

 「誤解を招く言い方やめてください」

 「えー? でも事実じゃない?」

 

 ぐい、と距離を詰めてくる。近い。香水の甘い匂いがした。

 

 「それで今日は何の用事でしょうか?」

 「う~ん。そんな邪険にされたら、お姉さんちょっと傷ついちゃうなぁ」

 

 わざとらしく肩を落とす波留先輩。

 だが次の瞬間、ふと思い出したように口を開いた。

 

 「あ、そうだ。さっきレイドがどうとか話してたよね? 今度どこか攻略する予定あるの?」

 

 聞かれていたか。まあ、レイド関連の会話自体は学園では珍しくない。

 特別不自然というわけではないだろう。

 

 「まあ、そうですね。……今度挑戦する予定です」

 「へぇ~」

 

 波留先輩が感心したように目を細める。

 

 「早いねぇ。やっぱり私の見込んだ一年生だ。優秀優秀。この時期からレイドに挑戦なんて大したものだよ」

 

 そう言いながら、彼女はテーブルへ肘をつき、興味津々といった顔でこちらを覗き込んできた。

 

 「それで? 攻略ランクはいくつなの?」

 「…………」

 

 しまった。ここで誤魔化すべきか。

 いや、でも今さら変に濁す方が怪しい。

 というか俺、割とこういうところあるんだよな。

 頭に浮かんだことをそのまま喋ってしまうというか。

 脊髄反射で情報を出してから「あ、やべ」ってなるタイプだ。

 ……まあいいか。

 原作でも詳細不明だったレイドだし、ここで話した程度で大きく未来が変わるとも思えない。

 いや、そもそも俺が存在してる時点で、原作ルートからかなり逸脱してる気もするが。

 

 「……ランクはおそらく、極級(アルティメットランク)になると思います」

 「………………は?!」

 

 波留先輩の動きが止まった。

 食堂の喧騒の中、その一言だけが妙に浮いて聞こえる。

 彼女は数秒固まったあと、信じられないものを見る目でこちらを見返してきた。

 

 「ちょ、待って。今なんて言った?」

 「極級、ですね」

 「いやいやいやいや」

 

 波留先輩が頭を抱えた。

 

 「無理無理無理無理! 幹隆君、流石にそれは無茶だって!」

 

 珍しく本気の声だった。

 

 「極級(アルティメットランク)ってね?SランクとAランクの上位クラブが複数合同で挑んでも、攻略できるかわからないレベルなんだよ!?」

 

 どうやら“極級”という単語だけで相当インパクトがあるらしい。

 

 「しかも一年生でしょ!? この時期にレイド挑戦してるだけでも異常なのに、極級とか普通にムリゲーだからね!?わかってるの?」

 

 机をばんばん叩きながら力説する波留先輩。

 だが、それでも俺は視線を逸らさなかった。

 

 「はい。……けど、俺には挑まないといけない理由があるんです」

 

 自然と声が低くなる。

 

 「その理由は話せませんが」

 「ははははははは、あはっはっはっはっ!」

 

 突然。

 波留先輩が腹を抱えながら笑い始めた。

 食堂の周囲にいた生徒たちが何事かとこちらを見る。

 だが本人はそんな視線など気にも留めず、楽しそうに肩を震わせている。

 

 「幹隆君、最高に面白いよ」

 

 涙を拭いながら、先輩はにやにやとこちらを見た。

 

 「そんな真面目な顔で、無茶なこと言うんだからさ」

 

 からかっているようにも見える。

 けれど、その目には妙な熱が宿っていた。

 

 「うん、決めた」

 

 波留先輩は、ぱんっと手を叩く。

 

 「面白そうだし、楽しそうだから――お姉さんも力を貸してあげる」

 「……え?」

 

 思わず聞き返す。

 すると先輩は、悪戯っぽく笑いながら胸を張った。

 

 「そうだね、うん。私だけでもあれだから、私たち『大殺戮陣営(ジェノサイド・レギオン)』が協力してあげるよ」

 

 一瞬、思考が止まった。

 『大殺戮陣営(ジェノサイド・レギオン)』――豊葦原学園でも上位に位置するAランク俱楽部。

 

 「……そんな、先輩たちに迷惑が掛かります」

 「う~ん、私の勘が言ってるんだよね。……幹隆君と一緒にレイドに、潜ったら絶対楽しいことになるって」

 

 その言葉には妙な確信があった。

 

 「それに、俱楽部のことは気にしなくていいよ。こう見えて私、部長だから」

 

 正直、内心ではかなりありがたかった。今の俺たちだけでも戦えなくはない。

 だが、“勝ち切れるか”となると話は別だ。

 もちろん代償もある。 

 ヒロインズの能力、俺のスキル、色々と隠していた部分が多少露見する可能性は高い。

 だが、それを差し引いても、この提案は魅力的だった。

 

 「……でも、こちらからは大した見返りを出せませんよ」

 

 すると波留先輩は、待ってましたと言わんばかりに笑った。

 

 「あー、それなら大丈夫」

 

 ぐいっと顔を近づけてくる。

 

 「幹隆君が、うちの俱楽部に入ればいいだけだから」

 「…………」

 「もちろん、その子たちも一緒にね」

 

 波留先輩の視線が、サクラ、マリィ、カヌへ向く。

 

 「うち、女子率高いから馴染みやすいと思うよ?」

 「それが条件ってことですか」

 「うん、まぁそうなるかな」

 

 あっさり認めた。

 

 「でも悪い話じゃないと思うんだよねぇ。普通の生徒なら入りたがる人かなり多いし」

 

 確かに、それはそうだ。Aランク俱楽部所属というだけで将来性も待遇も変わる。

 だが、俺が気になったのはそこじゃない。

 

 「……どうして、そんなに俺を買ってるんですか?」

 

 波留先輩は少しだけ目を細めた。

 

 「この学園にいるとね、なんとなく分かるんだよ」

 

 騒がしい食堂。

 その喧騒の中で、先輩の声だけが妙に鮮明に聞こえた。

 

 「“普通じゃないやつ”って」

 

 その言葉に、一瞬だけ空気が変わった気がした。

 

 「それに私は、楽しいことが好きなの」

 

 にこり、と笑う。

 

 「幹隆君をうちへ入れたら、絶対楽しい」

 「……楽しい、ですか」

 「そ」

 

 波留先輩は頬杖をつきながら笑った。

 

 「私にとって一番大事なのって、“楽しいかどうか”だから」

 

 ――楽しいかどうか。その言葉が、不思議なくらい胸に残った。

 

 気づけば俺は、ずっと追われていた。

 確かに俺は楽しいことを忘れていたのかもしれない。

 頭の中は、常にダンジョンやレイドのことで一杯で、いつの間にか、“楽しむ”という感覚を忘れていたのかもしれない。

 ……そうだ。

 俺がこの世界に転生した理由。

 それは、前世で失った青春を取り戻すためだった。

 女の子と笑って、仲間と騒いで、馬鹿みたいな時間を過ごして。

 そういう“楽しい”を、もう一度手に入れるため。

 波留先輩の言葉を聞きながら、俺は、そんな自分の願いを改めて思い出していた。

 

 「それで?」

 

 波留先輩が、机に頬杖をつきながらこちらを見る。

 

 「挑むレイドって何なの?」

 

 その声音は軽い。けれど瞳の奥には、強者特有の好奇心が宿っていた。

 俺は数秒だけ黙り込み――静かに口を開く。

 

 「……攻略不可認定されている『餓者髑髏城(がしゃどくろじょう)』です」

 

 だが波留先輩は――数秒の沈黙のあと。

 口元をゆっくり吊り上げた。

 

 「……わぉ」

 

 ぞくり、とするほど嬉しそうに。

 

 「それは――とても楽しそうなことになりそうだね」

 

 その笑顔は、まるで危険へ飛び込むことを心から楽しんでいる、規格外(イリーガル)のそれだった。

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