「それじゃあ、これから合同で訓練しようか。と言っても、ガチの殺し合いをするわけじゃないから安心してね。目的は、レイドに向けてお互いの実力を把握すること。連携できるかどうかを見る感じかな」
だが、その目だけは笑っていない。Aランク俱楽部の『
その幹部たちが揃っている時点で、“軽い訓練”で済むわけがない。
俺たちは、波留先輩の案内で俱楽部棟の地下区画へと降りていく。
一般生徒立入禁止。厚い金属扉を幾つも通り抜けた先に、その施設は存在していた。
――専用のトレーニングエリア。
扉が開いた瞬間、肌にまとわりつくような瘴気の感覚が全身を撫でた。
「……これは」
思わず呟く。
地上であるにもかかわらず、この空間にはダンジョン内部に近い環境が人工的に再現されていた。
空気中に漂う微量の瘴気、わずかに歪んだ魔力の流れ。
肺へ吸い込むだけで、身体の奥に眠るスキルが活性化していくのが分かる。
「高ランク俱楽部には、こういう専用施設が支給されるんだよねぇ。瘴気濃度を調整して、地上でもスキル使用を可能にしてるの」
波留先輩が得意げに笑う。
なるほど、上位俱楽部が強い理由は、才能だけじゃない。
こういう環境面の差も大きいのだろう。
俺たちはそのまま奥へ進む。
地下とは思えないほど広い空間だった。
中央には、バスケットボールコート数面分はありそうな巨大な訓練場が広がっている。
床は白色の硬質素材で統一されており、踏み込むたび鈍い反響音が返ってくる。
壁面は灰色の無機質な構造。
一見するとコンクリートにも見えるが、おそらく普通の建材ではない。
瘴気への耐性、衝撃吸収、魔力干渉対策。
そういった加工が施されたダンジョン素材なのだろう。
さらに周囲には観戦スペースらしきガラス張りの部屋まで設置されていた。
普通の学校施設とは思えない。もはや軍事基地に近い。
「おおーっ! すっごい広いんだよ!」
サクラが目を輝かせながら走り回る。
マリィは静かに周囲を観察し。
カヌは無意識に俺の半歩後ろへ位置取っていた。
対する『
完全に猛獣の檻へ放り込まれた気分だった。
「さて、と。それじゃあ誰からやる?」
波留先輩がパン、と手を叩く。その瞬間。
ピリ――――ッ、と空気が張り詰めた。
ついさっきまで雑談していたはずの先輩たちから、一斉に戦闘者としての気配が溢れ出す。
瘴気が揺れ、空間が軋む。
視界に見えない圧力が、この訓練場全体へ広がっていく。
……強い。それも、生半可な強さじゃない。
ただ立っているだけで空気を支配している。
これがAランク俱楽部『
今の俺たちの実力がどの程度通用するのか。
それを知るには、これ以上ない相手だった。
彼らは既に第二十階層『
つまり、今の俺たちが目標としている領域へ、すでに到達している連中ということになる。
……なら、ここで通用しなければ、その先はない。
「波留、俺からやらせてくれねぇか」
獅騎先輩が首を鳴らしながら前へ出る。
骨が軋む音が、やけに大きく響いた。
「こんなところで、一年に舐められてたまるかよ」
その目は完全に戦士のものだった。
獲物を値踏みする猛獣。
闘争そのものを生き甲斐にしている人間の目だ。
「……う~ん。いいよ。じゃあ最初は獅騎君にお願いしようかな」
波留先輩は軽い調子で許可を出す。
だが周囲の先輩たちは、すでに少し距離を取っていた。
たぶん。獅騎先輩が暴れると周囲を巻き込むのだろう。
「よし、マスター。わたしが――」
サクラが勢いよく前へ出ようとした瞬間。
「カヌ、先に行ってくれ」
「……承知しました、幹隆様」
俺の言葉に、カヌは即座に一歩前へ出る。
対照的に、サクラの動きがぴたりと止まった。
「……サクラは、さっき失言した説教が終わってないからな」
「ひぃっ……」
サクラの肩がびくっと跳ねる。
「マ、マスターがお怒りモードなんだよ……」
そのまま逃げるようにマリィの背後へぴたっと隠れた。
マリィは無表情のまま受け入れている。完全に小動物の避難場所である。
「……幹隆、怒ると怖い」
「いや、お前らの自己紹介が自由すぎるんだよ」
「だって本当のこと」
「なお悪いわ」
俺が頭を押さえると、周囲から小さく笑いが漏れる。
「ははっ、面白いなぁ君たち」
奈津先輩が肩を震わせながら笑う。
「……おい」
獅騎先輩が、ゆっくりとカヌを見る。
「護衛役みてぇな女を最初に出してくるとはな。随分余裕じゃねぇか」
ドン――――ッ、踏み込んだ瞬間。
床が震えた。獅騎先輩の全身から、凄まじい闘気が噴き上がる。
筋肉が膨張し、血管が浮き上がり、獣みたいな圧迫感が訓練場へ広がっていく。
戦士系第四段階レア職――『
おそらく純粋な近接戦闘能力だけなら、この場でも上位。
真正面から殴り合うことに特化した職業。
その手には、自身の身長とほぼ同じ大きさの大剣。
普通の人間なら持ち上げることすら困難な質量兵器を、獅騎先輩は片手で軽々と担いでいた。
対するカヌは静かだった。
腰の剣へそっと手を添え、呼吸すら乱さず、ただ真っ直ぐに獅騎先輩を見据えている。
王室奴隷騎士団。王を守る盾。そして――
カヌには、『
今のカヌの表情を見る限り、まるで緊張感がない。
……完全に格下を見る顔だ。
「……それじゃあ、始め!」
波留先輩の声が響いた瞬間。カヌの姿が消えた。
空気が遅れて裂ける。
次の瞬間には、獅騎先輩の背後にカヌが立っていた。
――斬。白銀の軌跡が一閃する。
「……あぐっ!?」
獅騎先輩の背中から鮮血が噴き上がった。
だが、それで終わらない。
右脚。脇腹。肩。左腕。
斬撃。斬撃。斬撃。斬撃。
高速を超えた連続攻撃。
まるで最初から身体が切り刻まれていたかのように、遅れて血飛沫が噴き出す。
「ぐっ……がァッ!?」
獅騎先輩が大剣を振ろうとする。
しかし、その動きより先にカヌの斬撃が入る。
完全な速度差。いや、もはや次元が違う。
(……カヌにしては珍しいな)
俺は静かに戦況を見る。
普通なら初撃で首を飛ばして終わっている。
それをしないということは――
(手加減してるのか)
おそらく、相手を殺さない範囲で、“実力差”を理解させようとしている。
多分、俺に対してのさっきの先輩の態度が気にいらないとか思ってるんだろうな。
「ああぁぁぁッッ!! クソがァァァ!!」
獅騎先輩が咆哮する。
「『
ドバッ――――!!赤黒い闘気が爆発した。
瘴気を纏ったオーラが肉体へ流れ込み、獅騎先輩の筋肉がさらに膨れ上がる。
皮膚硬度、筋力、反応速度。
全てを強引に引き上げる身体強化系スキル。
その瞬間――カキン。
乾いた音が響いた。
カヌの剣が、途中から折れていた。
まあ、ゴブリンソードだから、仕方ないと思う。
強化された『
「死ねやァァァァァァッ!!」
血塗れの獅騎先輩が、咆哮と共に大剣を振り下ろす。
(完全に訓練のこと忘れてるなこの人……)
暴風、衝撃、空気が裂ける。
直撃すれば、人間などミンチになる一撃。
だが、カヌは避けなかった。
「――
静かな声。
次の瞬間――獅騎先輩の大剣が、カヌの目前で停止した。
「……あぁ……は?」
獅騎先輩の顔が、困惑に染まる。
大剣は止まっているわけじゃない。正確には、“進めていない”。
カヌと刃の間に、異常な距離が発生しているのだ。
――
たとえ目の前にいようと、間に数キロメートルの距離を生成されれば、攻撃は永遠に届かない。
理不尽極まりない防御能力。
「な、んだ……それ……」
獅騎先輩が唖然と呟いた瞬間、カヌの脚が動いた。
――ドゴォォォン!!回し蹴り。
それだけだった。
だが、『
壁へ激突。轟音。
衝撃で訓練場全体が震え、粉塵が舞い上がった。
そして、静まり返る訓練場の中央で、折れた剣を片手に持ったまま、カヌだけが静かに立っていた。
レベル差や体格差はあったと思う。だが、結果としてカヌの圧勝で終わった。
ムー帝国の奴隷戦士は、未だ負け知らずだ。
「幹隆様。……申し訳ございません。頂いた剣を折ってしまいました」
訓練を終えたカヌが、折れた剣を両手で持ちながらこちらへ歩いてくる。
どこか叱られる子供みたいな顔だった。
「ああ、うん。大丈夫だよ。あれゴブリンソードだし」
「ですが……王より賜った武具を破損するなど、本来であれば万死に値する失態です」
「この学園でそんなブラック会社みたいなルール適用しなくていいからな?」
俺が苦笑しながら剣を受け取る。
その間にも、訓練場は妙な静けさに包まれていた。
先ほどまで偉そうにしていた獅騎先輩は、現在進行形で亜季先輩に担がれている。
どうやら意識自体はあるらしい。
壁にめり込んだ時点で終わったかと思ったが、流石は前衛職。
耐久力だけは異常だった。
俺は、そのまま獅騎先輩の方へ歩いていく。
「……なんだぁ」
獅騎先輩が血塗れの顔で睨んでくる。
「俺のこと笑いに来たのか」
「いえ、違います」
俺はその場でしゃがみ込む。
「傷、治そうと思って。ここダンジョンじゃないので、放置すると普通に危ないですし」
そして、小さく呟く。
「――『
淡い光が、獅騎先輩の身体を包み込んだ。
砕けた骨、裂けた筋肉、内出血、斬り裂かれた皮膚。
それらが、まるで時間を巻き戻すように修復されていく。
血が消え、傷が閉じ、歪んでいた呼吸が正常へ戻る。
数秒後には、先ほどまで満身創痍だったとは思えないほど完全に治癒していた。
「……は?」
最初に固まったのは、獅騎先輩を抱えていた亜季先輩だった。
「やばすぎ……!」
波留先輩が勢いよくこちらへ詰め寄ってきた。
「カヌちゃんの戦闘もそうだけど、幹隆君のそのスキル何!? 完全に回復してるんですけど!?」
「いやぁ……まあ、職業スキルですね」
「いや、“まあ”じゃないからね?!」
普通、治癒スキルは極めて希少だ。
そもそも習得者が少ない。
加えて、回復職は戦闘能力が低い傾向にあるため、高難度ダンジョンでは育成難易度が高い。
だからこそ、探索者たちは基本的にポーションへ頼る。
上位階層になればなるほど、専属ヒーラーの存在価値は跳ね上がる。
それほど回復能力というのは重要なのだ。
そして俺の『
「カヌは純粋な身体能力ですよ」
「いやいや、ただの身体能力であれは無理でしょ……」
奈津先輩がツッコミを入れる。
「いくら獅騎君が、私たちの中で一番弱いとはいえ、こんな一方的な試合になるなんて普通ありえないからね?」
「おい波留ォ……」
治ったばかりの獅騎先輩が低い声を出す。
ナチュラルに精神へ追撃が入っていた。
「波留先輩も言ってたじゃないですか。俺たちは普通じゃないって」
「……そう、そうなんだけどさぁ」
波留先輩が唸る。だがその顔は、困惑というより楽しそうだった。
その時だった。
「波留」
静かな声。見ると、楓夕先輩が立ち上がっていた。
長い黒髪を揺らす。切れ長の瞳には、明確な熱が宿っている。
「次は、私にやらせてくれ」
刀の鍔へ指を添えながら、獰猛に笑う。
「……もう我慢できそうにない」
完全に戦闘狂の顔だった。
「早くやりたいんだ、君と」
その視線は、真っ直ぐ俺へ向けられていた。
「構いませんけど」
俺は肩を竦める。
「俺、少し特殊で。そこのマリィと一緒じゃないと本領発揮できないんです」
「……ほう?」
楓夕先輩の口元が楽しそうに歪む。
「だから、先輩方ももう一人選出してもらっていいですか?じゃないと不公平でしょ」
一瞬、静寂。
「……ふふ」
楓夕先輩が笑う。
「はっはっはっはっ!」
空気を震わせるほど楽しそうな笑い声だった。
「本当に面白いな君は。私としては、二人まとめて来られても問題ないんだがな」
戦意、高揚、そして、歓喜。
まるで待ち望んでいた玩具を見つけた子供みたいな顔だった。
しかも。強敵と戦うこと自体を楽しむタイプだ。
刀の鍔へ指を添えながら、楓夕先輩は獣みたいな目で俺を見つめていた。
すると、横から軽い声が割り込む。
「それじゃあ、僕が一緒に出るよ」
奈津先輩だった。
ひらひらと片手を上げながら、楽しそうにこちらを見る。
「彼の力の秘密、気になってたしねぇ」
その笑みは柔らかい。
だが、油断できるタイプではないと本能が告げていた。
あの飄々とした態度の裏に、何か底知れないものを感じる。
「うんうん、それじゃあ決まりだね!」
波留先輩が、ぱんっと手を叩く。
「幹隆君の実力、これではっきりわかるね。いやぁ、楽しみだなぁ」
楽しそうに笑う波留先輩。
だが、その目は完全に観察者のものだった。
この合同訓練は、ただの顔合わせじゃない。
誰がどれほど戦えるのか。どこまで信用できるのか。
『
――それを見極めるための場だ。
「……マリィ、いこうか」
「……うん」
短いやり取り。それだけで十分だった。
俺とマリィは並んでコート中央へ歩いていく。
訓練場の床を踏むたび、靴音が静かに反響した。
対面では、奈津先輩と楓夕先輩もこちらへ向かってくる。
楓夕先輩の腰には、二本の刀。
細身ながら異様な存在感を放っていた。
対する奈津先輩の両手には、漆黒の
逆手に構えられた刃は、音もなく瘴気を揺らしていた。
「二人とも、見たところ武器を持ってないようだが……素手で戦うのかい?」
亜季先輩が興味深そうに問いかける。
「いえ、違いますよ。……まあ、今から見せます」
そう答えながら、俺は隣に立つマリィへ目を向けた。
マリィは静かにこちらを見る。その瞳には、一切の迷いがなかった。
――準備はできている。
言葉なんて必要ない。俺たちは、もうそれだけで通じる。
空気が静まり返る。
自身の魂へ意識を沈める。
深く、さらに深く。その先にある、“彼女”との繋がりへ触れる。
――ドクン。心臓が脈打つ。
俺とマリィの境界線が曖昧になっていく。
「「
詠唱が重なると、同時にマリィの体は光の粒子へ変換される。
さらさらと崩れながら、空中へ溶けていく。幻想的ですらある光景。
そして――俺の右腕にギロチンの刃が落ちる。
瘴気が爆発的に吹き荒れる。床が軋み、空気が震える。
そして、俺の右腕には、“黒い刃”が形成されていた。
生きているみたいに脈動する漆黒の刀身。
それが、俺たち二人の形。
まるで世界そのものを掌握できるような――万能感。
「……なるほど」
楓夕先輩が、ゆっくりと笑みを深める。その目は完全に獣のそれだった。
「それが、“二人で戦う”って意味か」
刀の鍔へ指を添えながら、俺の右腕をじっと見つめている。
「まさか、本当に融合するなんて驚きだよ。今日だけで何回驚かせてくれるの」
奈津先輩が驚いた様子でこちらを見ていた。
すると、少し離れた場所で波留先輩が楽しそうに笑う。
「……ほんと、幹隆君って面白いなぁ」
彼女は目を細めながら、嬉しそうに言った。
「私もワクワクしてきたよ」
訓練場全体の空気が、一気に張り詰めた。
楓夕先輩が刀へ手をかける。
奈津先輩の短剣が僅かに下がる。
俺は黒刃を構える。
――そして。
「よし。両者とも位置についたね」
一瞬の静寂。訓練場を満たしていた瘴気が、ぴたりと止まった。
そして、波留先輩が、満面の笑みで告げた。
「……それじゃあ、始め!」
合図と同時に
魔力を脚部へ瞬間圧縮。身体能力を爆発的に加速させ、空間を滑るように疾走する。
踏み込んだ床が弾け飛び、次の瞬間には、俺はすでに楓夕先輩の背後へ回り込んでいた。
「――ッ」
振り抜く。右腕から生えた黒き刃――マリィの斬撃。
空気そのものを裂く一撃。
本来なら、認識した時には斬られている速度。
だが、――ギィィンッ!!
火花が散った。楓夕先輩は、振り向きざま。
右手の刀一本だけで、俺の斬撃を受け止めていた。
(防いだ……!?)
完全な死角。それも超加速状態からの初撃。
十階層の『既知外』モンスターでさえ反応できない超スピードだ。普通なら対応すらできない。
なのに楓夕先輩は、まるで最初からそこに来ると知っていたみたいに刀を合わせてきた。
(しかも、マリィの斬撃を受け止めた……?)
俺の右腕――融合状態のマリィは、半端な武器じゃ受け止められない。
にもかかわらず、楓夕先輩の刀は耐えていた。
聖遺物並みの強度はあるみたいだ。
だが、無理矢理受けたせいか、楓夕先輩の体勢が僅かに崩れる。
――取れる。俺は、その隙へ二撃目を叩き込もうとした。
瞬時に重心を踏み替え、脇腹へ向けて横薙ぎを放つ。
「――危ないね」
ヒュン――――ッ!!横合いから銀閃が走った。
奈津先輩の投擲した
回転しながら俺の首筋へ一直線に飛来する。
舌打ち、追撃を中断し、身体を捻って回避。
頬を掠めた刃が後方の壁へ突き刺さる。
コンクリートめいた壁面が、まるで紙みたいに裂けた。
俺はそのまま後方へ飛び退き、一旦距離を取る。
そして、どういう仕組みかは、分からないが
「……はぁ」
肺から息を吐く。
流石だ。スピードならカヌに負けてないはずなんだが、それでも先輩達は対応してきた。
しかも、楓夕先輩は背面から受け、奈津先輩は完璧なタイミングで援護。
連携が完成されている。
「いや、危ない。ここまでの強さは想定外だ」
楓夕先輩が、刀を構え直しながら低く呟く。
「確かに危なかったねぇ。僕がいなかったら、今ので終わってたんじゃない?」
奈津先輩が軽い口調で笑う。
「……ふん。ぬかせ、奈津。あれを使う」
「あーあ。じゃあ僕も使うしかないじゃん。楓夕ちんの巻き添えとか嫌だし」
「その呼び方、本当に流行ってるのか……?」
「ハルが言ってたから真似してるだけー」
「はぁ……まあいい」
楓夕先輩がゆっくり刀を構える。
訓練場の空気が、変わる。
殺気、熱量、圧力、全てが、一段階上へ跳ね上がった。
「幹隆君」
楓夕先輩の瞳が、獣みたいに細められる。
「君の強さに、私も応えるとしよう」
刀身が黒く染まる。否。違う。
空間そのものが燃えていた。
「――『
ドォォォォォン――――ッ!!!黒炎が噴き上がった。
楓夕先輩の足元から灼熱の魔力が吹き荒れ、訓練場全体を焼き尽くす勢いで広がっていく。
床が融解する。空気が焦げる。
呼吸するだけで肺が焼けそうだった。
彼女の周囲だけ、戦場そのものが終末へ変貌していく。
敵意へ反応し、自動的に破壊を撒き散らす権能。
これが――《憤怒》のイリーガルクラス『
「ほんと君、一年生?」
対する奈津先輩は、楽しそうに笑っていた。
「しかもまだ五月とかさぁ。僕も結構早熟な方だけど、流石にこれは驚くよ」
ぱちん、と指を鳴らす。
「だから――手加減はなしね」
その瞬間。訓練場の床全体が淡く発光した。
まるで星空みたいな光。色彩が踊り。
音楽すら聞こえる錯覚が広がっていく。
「――《
ぶわっ、と、空気が一変した。
さっきまでの重苦しい殺気が、嘘みたいに消える。
心が軽い。身体が熱い。高揚感が溢れてくる。
楽しい。戦いたい。笑いたい。
そんな感情が、強制的に脳へ流し込まれてくる。
(これ……精神干渉か……!?)
危険だ。だが同時に理解する。
この空間では、“感情”そのものが力になる。
歓喜が高まるほど、奈津先輩の魔力は増幅するのだろう。
戦場そのものを祝祭へ変える能力。
《歓喜》のイリーガルクラス『
黒炎の終末。星彩の祝祭。
相反する二つの規格外が同時展開され、訓練場は完全に異界へ変貌していた。
そして、その中心で、楓夕先輩が、獰猛に笑う。
「さぁ、第二ラウンドだ」
ゾクリ、と背筋が震えた。――楽しくなってきた。