「あーきたきた。幹隆君こっちだよ~」
羅城門ダンジョンに潜る前の手前のラウンジでAランクの俱楽部の『
以前に約束していたダンジョンダイブを果たすため、俺は指定された時間にやってきた。
彼女らとダンジョンに潜るのはこれが初めてである。
俺はまだ、『
学校が休みなので連休明けに申請を出すつもりだ。
「すみません。お待たせしてしまって」
「大丈夫だよ。時間ぴったりだし、私たちも今来たところだからね」
だが、周囲の一般探索者たちの視線はまるで違う。
畏怖と羨望が混ざったような目で、こちらを遠巻きに凝視していた。それもそのはずだ。
ニコニコと楽しそうにしている
値踏みするように俺の観察を始めた
相変わらず一言も発せず、愛刀の柄に手をかけたまま柱に背を預けている
前髪の隙間から時折のぞく瞳が何を考えているか読めない
そして、今すぐにでも武器を抜いて暴れたそうな、やる気満々の
歩く天災、あるいはイレギュラー。そんな形容が相応しい幹部メンバーが五人いる。
――そして、その中心で、なぜか小刻みに震えている女子生徒がもう一人。
「あの、そちらの方は?」
「ああ、ごめんごめん。事前に伝えておくのを忘れていたね。彼女は
「……に、二年の……
髪を少し高めの位置でポニテールに縛っている。
そして何より、視線が釘付けになった。
身長は低く、全体的に小柄なのだが
――胸部の一点だけが、物理法則を無視したかのように突出している。
その容姿も相まって、完全なるロリ爆乳だった。
「幹隆君、
「え? まじっすか」
波留先輩の提案に思わず素のトーンで食い気味に答えてしまった。男のサガには抗えない。
ふむふむ、なるほど。さすがにこれほどの乳は前世を含めてもお目にかかったことがない。
男として、じっと見てしまうのは不可抗力だろう。
ちなみに俺のニッチな性癖を告白すると、サイズが大きいのは大前提として、さらにその先――乳首の主張が激しいタイプだと、さらに興奮する仕様になっている。
だが、当の
まあ、それもそうか。これだけのイリーガルクラスの怪物たちに囲まれて日常を過ごしているのだ。
普通の胃袋なら今頃ストレスで穴が空いている。可哀想に、これまで頼れる男がいなかったんだな。
よし、俺が彼女のその立派なおっぱいに懸けて、全力で守ってあげなくては(謎の使命感)。
安心させてあげようと、俺は努めて爽やかな営業スマイルを浮かべ、ゆっくりと握手を求めるように手を差し出した。
「ひっ……! ご、ごめんなさいぃ……っ!」
「え」
紬結先輩は短い悲鳴を上げ、まるで肉食獣に狙われた小動物のように顔を青ざめさせた。
その瞳に浮かんでいるのは、明らかな恐怖だった。
(嘘だろ……?)
あまりの拒絶っぷりに、差し出した手がピキリと凍りつく。
クラスメイトの女の子たちでも俺、怖がられたことないのに、イリーガルクラス特有の圧も出してないはずだ。
普通にショックなんだが……。
転生して無双ライフを始めてから、初対面でここまで嫌われたのは初めてだった。
脳裏に、前世の忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
あれは社畜時代、新卒で入ってきた年下の生意気な女の子に、すれ違いざまボソリと「うわ、顔面きもっ……」と呟かれたあの日。
俺が何をしたっていうんだ。ただ普通に生きて、普通に業務を引き継ごうとしただけなのに。
あの日は、ボロアパートに帰ってから枕を涙で濡らし、朝まで泣き明かしたっけ。
まさか異世界に転生して強くなっても、あのトラウマを掘り起こされる羽目になるとは思わなかった。
「あらら。幹隆君、いきなり
凍りつく俺を見て、波留先輩がクスクスと面白そうに喉を鳴らした。
おいおい笑い事じゃない、こっちは前世の古傷(トラウマ)抉られて致命傷なんだぞ。
「えええ……そんな、初対面から露骨に怯えられるなんて……」
「まあ、落ち込まないでよ。紬結ちゃんはね、ちょっと特殊な『眼』を持ってるんだ。対象の特性や性質――要するに、その人の魂の格を見抜くことができるの。まあ、一種の魔眼だね」
魔眼。その言葉に、俺はビクッと震えている紬結先輩に視線を戻した。
彼女のポニテールが細かく揺れている。
よく見ると、潤んだ瞳の奥で、淡い燐光のような不可思議な紋様が収縮を繰り返していた。
あれが魔眼か。
「私たちもイリーガルクラスを手にしてるから、大概の“異質”には慣れてるつもりなんだけどねぇ」
「そんな紬結ちゃんが、ここまでガタガタ震えるなんて……。ねえ、幹隆君。君のナカには、一体どれほど強烈な“バケモノ”が潜んでいるのかな?」
その声音は軽い。だが、目だけは笑っていなかった。
まるで獣が獲物を観察するみたいに。
あるいは、未知の怪異を前にした研究者みたいに。
底知れない。その視線に、俺は僅かに背筋が寒くなるのを感じた。
「……波留先輩は、あんまり驚かないんですね」
そう返すと、
「これでもかなり驚いてるんだよ? たださぁ――これからダンジョンに潜ろうって時に、この程度のことで驚いていたら身が持たないよ」
けらけら笑いながらそう答える。
さすがはAランク倶楽部のトップだ、肝が据わりまくっている。
実際、今回の合同ダンジョンダイブの目的は大きく分けて二つある。
一つ目は、『
前回の合同訓練では、
彼女たちは間違いなく、俺の『形成位階』と同等か、それ以上のイカれた戦闘力を持っている。
今回は、まだ見ぬ他のメンバーの底を見極める絶好の機会だ。
二つ目は、以前倉庫を整理した時に出てきた、使い道のない高ランクの武器や防具の処分。
カヌに見合う装備があるかの相談と、不要な装備品の譲渡だ。
現状、俺のインベントリに眠らせておくには宝の持ち腐れだしな。
これからの『ヒロイン召喚』で呼び出す予定の彼女たちの装備分だけ残しておけば、あとは『
「なるほど。では……今回のダイブ、そちらは六人全員での参加ということでいいですか?」
「そうだね~」
「そうなると、少し問題がありますね。羅城門の転送ゲートが一度に送り出せる定員は最大六人。俺が入ると七人になるので、二パーティーに分かれて別々のポイントに、ダイブすることになりますが……」
「うん、だから今回は
「え? でも、外ではスキルが使えないんじゃ……?」
俺の疑問に、波留先輩は「めっ」という風に人差し指をチッチと振った。
「もー、勉強不足だよ、幹隆君。確かに地上ではスキルを使うことはできないけど、羅城門の前では少量の瘴気常に溢れ出しているから、限定的だけどスキルの使用は可能なんだよね」
「なるほど……それは知らなかったです」
学園世界のルール、奥が深い。
原作を知っていても、ここまで細かい設定は、覚えていなかった。
現役Aランク探索者と関わらなければ、一生知らないままだったかもしれない。
「――あ、ところでさ。幹隆君の可愛いハーレムちゃんたちはどこにいるの? 今日は連れてこなかったんだ?」
「ああ、それについては後ほどゆっくり説明します。今回は俺だけでダイブするので」
「ふーん?」
波留先輩の瞳の奥には、明らかに好奇心の炎が揺らめいていた。
だが、それ以上は野暮に深追いしてこなかった。
「話はまとまったか、波留。そろそろ行くとしよう」
「うん、そうだね。行こうか」
そうして俺たちは、階段を降りた地下の奥にある『羅城門』の
先ほどまでの和気あいあいとした談笑はピタリと止み、全員の視線が、不気味な紫の光を放つ巨大な円形の転移門へと向けられる。
たしかに、意識を集中してみると肌を刺すようなかすかな瘴気を感じた。微量だったため今まで気づかなかった。
「そういえば、幹隆君の現在の攻略階層ってどこだっけ?」
「ああ、言ってませんでしたっけ。十階層の『
「……は? まじかよ、もうそこまで進んでんのかよ!?」
十階層といえば、並の倶楽部なら死屍累々となる最初の大きな壁だ。
それを
「へぇ……やっぱり君、底が知れないね。ボクね、君のこと、もっともっと興味が湧いてきちゃった」
奈津先輩がいたずらっぽく目を細め、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「……ま、マーキング、完了しました。……私たちの座標の紐付け、いつでも大丈夫です……」
「よし、それじゃあチーム分けどうする? あ、私は当然、幹隆君と一緒のグループね!」
波留先輩が嬉しそうにパッと俺の隣をキープする。めちゃくちゃ気に入られてるじゃん、俺。
「波留、それはずるいぞ。私も幹隆君と同時にダイブする」
どうやら
おいおい、転生前の人生では縁もゆかりもなかったモテ期が、ここに来てビッグウェーブとなって押し寄せてきているぞ。
っていうか、どうせ後から紬結先輩の能力で同じ場所に合流するんだから、ずるいとか関係ない気もするのだが。
「あはは、じゃあボクも一緒に行くよ。ニシシ……」
奈津先輩が楽しそうに笑いながら、俺の右腕をがっしりと掴んできた。
――とその瞬間、右腕に凄まじい柔らかさが押し当てられた。
あのう、先輩。胸が、思いっきり当たっています。
探索者用の硬質な防具越しですら、はっきりと自己主張してくる圧倒的な質量と弾力に、俺の心臓がうるさいほど跳ね上がった。
「うーん。それじゃあ人数バランスを考えて、私と
「はぁ……わかりました」
結局、あとから合流するなら誰と一緒でも同じじゃね? と内心でツッコミつつ了承する。
俺が首を縦に振った瞬間、待ってましたとばかりに波留先輩がニコニコ笑いながら、今度は空いている左腕に自身の腕をぎゅっと絡ませてきた。
――うおっ、こっちもすごい。奈津先輩のそれとはまた違う、しっとりとした豊満な肉の柔らかさが腕を包み込む。
さらに、背後に回った楓夕先輩が、逃がさないとばかりに俺の腰に後ろから腕を回して抱きついてきた。
当然、俺の背中には、彼女の大きくて形が、良いであろう双丘が隙間なく押し付けられる。
右から奈津先輩、左から波留先輩、背後から楓夕先輩。
三方向からの凄まじいおっぱいパッシブスキルに、俺の脳内ステータスは完全にパニック状態だ。
「あの~、先輩方……こんなに密着しなくても、問題なくダンジョンダイブはできると思いますが……」
「ん? 引っ付かれるのは嫌だった?」
「いや、嫌というわけでは、決して、断じてないですが……(むしろ天国です)」
――だが、そこでふと、俺の脳裏に一つの懸念がよぎる。
現在、俺の異空間の中には、サクラ、マリィ、カヌの三人が待機している。
そして今、この転移陣の上に立っているのは、俺、波留先輩、奈津先輩、楓夕先輩の四人。
表向きは四人だが、もしシステムが俺の異空間内にいる人数までカウントしていた場合、合計は七人になる。
確か、羅城門の転移装置が一度に送り出せる定員は、
もし引っかかったら、最悪の場合、転移エラーが起きるんじゃ……?
そんな、不吉な思考がよぎった瞬間、ガガ、と世界が激しく鳴動し、俺たちの視界がグニャリと歪んだ。
――――
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』
――第拾階層、『既知外』領域
ぐにゃりと歪んでいた視界が、一気に弾けて光を取り戻す。
俺はすぐさま周囲の状況を確認した。視界に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る巨大な原生林と、鼻を突く濃厚な植物の匂い。
そして――左右と背中に残る、まだ冷めやらぬ三つの極上の感触。
(……ふぅ、よかった。三人とも問題なく転移できてるな)
どうやら懸念していた六人制限は杞憂に終わったらしい。俺の異空間の中にいるサクラたちは、システムの人数カウントからは完全に除外されている。
つまり『認識外の存在』として処理されたわけだ。これは今後のダンジョン攻略において、大きなアドバンテージになるかもしれない。
そんな思考を巡らせていると、俺たちの背後の空間がパチパチと青白い火花を散らし、時間差で残りの三人――
「どうやら、無事、全員合流できたようだね~」
波留先輩がメンバー全員を見渡し、ふわりと髪を揺らしながら満足そうに微笑む。
無事に合流できた安心感からか、ラウンジの時のような弛緩した空気が一瞬流れたが、それを切り裂いたのは、楓夕先輩の鋭い声だった。
「……待て。波留、油断するな。ここはいつもの十階層『
楓夕先輩が愛刀の柄を握る手に力を込め、警戒するように周囲の密林を睨みつける。さすがは前線で戦う剣士、違和感に気づくのが早い。
「いえ、
「……どういうことだ?」
「ここは、学園の管理が及んでいない『既知外《きちがい》』領域です。だから通常の『既知内』エリアとは比較にならないほど、大気中の瘴気が濃くなっているんだと思います」
楓夕先輩の疑問に俺が淡々とそう告げると、その場の空気が一瞬で張り詰めた。
『既知外』領域――学園の管理が及ばない、真の未開拓地。モンスターのレベルや質が跳ね上がるのはもちろん、一歩間違えれば一瞬で命を落としかねない未知の領域。
「嘘だろ、マジかよ……ッ!?」
それもそのはずだ。十階層というただでさえ強力なドラゴンタイプがのさばるステージの、さらに『既知外』エリア。
そこは、名だたる上位の倶楽部グループであっても、万全の準備を整えて挑まなければ一瞬で全滅して死に戻る、悪夢のような最高難度スポットなのだから。
「いやいやいや、おかしいよ。いくら幹隆君が強いとはいえ、十階層の『既知外』で攻略を進めるだなんて、自殺志願者以外の何物でもないよ!?」
普段は余裕に満ちている波留先輩が、完全に素のトーンで声を荒らげた。
周囲の先輩方も、俺を頭のネジが数本吹き飛んだ狂人でも見るような目で凝視し、驚きで言葉を失っているみたいだ。
いや、そんなに驚かれても困る。俺からすれば、安全な『既知内』領域だと他のパーティーと遭遇して獲物を奪い合ったり、俺の手の内を見られたりするデメリットがあるのだ。
その点、誰も来ない『既知外』領域の方が、誰にも気兼ねせず全力を出せるから圧倒的に効率が良い。
いわば、極限の効率厨が行き着く最高の穴場スポットなのだ。
とはいえ、今は彼女たちのパニックを鎮める方が先か。
とりあえず、先輩たちにはこのエリア特有の濃密な瘴気に身体を慣らしてもらうため、少し落ち着いてもらうことにした。
「――驚かせてすみません。それじゃあ、そろそろサクラたちをここに呼んでも大丈夫ですか?」
「え、あ、うん。そうだね。呼んでいいよ。モンスターカードで呼び出すのかな?」
波留先輩が少し動揺を残したまま頷く。
「いえ、違います。俺の場合はカードなんて必要ありません。スキルで直接呼び出します。――“異空間生成”」
俺が静かに呟くと、空間の因果が歪み、眼前にボコボコと不気味に沸き立つ漆黒の渦が出現した。
大気中の瘴気が一気にその渦へと吸い込まれていく。
「あ……それって、ボクと手合わせした時に使ったスキルだよね?」
奈津先輩が目を丸くし、ごくりと唾を飲み込みながらその黒い渦を指差した。
「はい、そうです。あの時は防御壁として使いましたが、本来の用途はこうして異なる固有空間をこじ開け、中身を呼び出すことにあります」
そう説明していると異空間から三人の少女たちが姿を現した。
説明が終わると同時に、黒い渦の境界が弾けた。
そこから、三者三様の足取りで三人の少女たちが姿を現す。
「おお! みんなもう集まっているんだよ! マスター、お待たせー!」
「……う……ん……おはよ……」
「幹隆様、お待たせいたしました」
サクラは相変わらず元気いっぱいに飛び出してきて、俺の服の裾をギュッと掴む。
一方でマリィは、完全に寝起きなのだろう、目をこすりながらぼーっと佇んでいる。
そしてカヌは、いつも通り恭しく頭を下げながら、優雅に出てきた。
「そう、それが、幹隆君がカードを必要としない理由なんだね」
波留先輩がその光景を食い入るように見つめ、納得と、それ以上の畏怖をその瞳に宿らせた。
「そうですね。彼女たちは俺がスキルで生み出し、紐付けた存在です。ですが、この世界の一般的なモンスターカードとは決定的な違いがあります。彼女たちは、二十四時間いつでも消滅することなく活動できます。――もちろん、スキルが制限されているはずの地上であってもです」
俺が事も無げに言い放つと、先輩たちの間に再び激震が走った。
文官系の能力を知っている彼女たちなら、この言葉の恐ろしさが瞬時に理解できるはずだ。
地上でスキルを使えるという事実。そして、地上でも軍勢を維持できるという異常性。
俺のチートスキルの片鱗を前に、Aランク倶楽部の面々は完全に言葉を失っていた。