※この作品はR-18です。

エロゲーハックアンドスラッシュ   作:げしゅたるうぃんぷす

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  ――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』

  ――第拾階層、『既知外』領域

 

 

 湿った熱気と濃厚な瘴気が肌を刺す密林地帯の奥深くへ、俺たちは確実に足を進めていた。

 俺の持つ神奥百科全書(ナラヤナ・シリーズ)――その一角である《境界の記(ヘルメス)》のスキル『神路導標(サイコポンポス)』。

 そのレーダーが示す座標を正確に辿った結果、次のステージへと繋がる界門(ゲート)は、もう目と鼻の先だった。

 

 ここまで何度か戦闘はあったが、第九階層以下の単調な湧き方とは違い、ここは不規則かつ神出鬼没に敵がリポップする。

 そのため、エンカウントの回数自体はそこまで多くはなかった。

 それに、俺とサクラたちの戦力だけでも、この階層の攻略は特に苦戦していなかったのだ。

 そこに学園トップクラスの実力であるAランク倶楽部の幹部メンバーが加わっているのだから、現状は完全に過剰戦力だった。

 

 「――そういえば、幹隆君には、まだ私の本当の実力を見せていなかったっけ?」

 

 不意に、隣を歩いていた波留先輩が、悪戯っぽく微笑みながら小首をかしげた。

 

 「そうですね。前回の合同訓練でも、先輩が戦う姿はまだ見てないです」

 「ふふ、それじゃあ、ここでちょっとだけ、お姉さんのかっこいい所、見せちゃおうかな」

 

 言葉が終わるのと同時だった。

 頭上の巨大な巨木の枝葉がサァッと不自然に揺れ、空間の輪郭が歪む。

 ――キシャァァァッ!!

 鋭い金属が擦れる音のような鳴き声と共に、俺たちの周囲を十数体の『樹上暗殺竜(ラプトル・ブレード)』が完全包囲していた。

 前足と尻尾がカミソリのような有機質の刃と化している小型の肉食竜。

 周囲の緑に完璧に同化する光学迷彩を解除し、ぎらついた捕食者の瞳でこちらを睨みつけている。

 

 普通の探索者なら悲鳴を上げる全方位からの奇襲。だが、波留先輩の笑みは消えない。

 彼女は手にした豪奢な杖を、まるで指揮者が楽譜をめくるように優雅に一閃させた。

 

 「――《愉快幻想世界(ワンダーランド)》」

 

 冷徹な詠唱と共に、波留先輩の足元から突如としてサイケデリックな幾何学模様の光陣が爆発的に広がった。

 光の波は一瞬で周囲の木々を侵食し、直径数十メートルの巨大な円形領域を形成する。

 その瞬間、世界の『重力(ルール)』が書き換わった。

 

 「え――?」

 

 波留先輩の身体が、そして突撃しようと地面を蹴ったはずの全ての樹上暗殺竜(ラプトル・ブレード)たちの巨体が、一斉にフワリと上空へ()()()()()のだ。

 俺自身も何が起きたのか一瞬理解できなかったが、明らかに空を飛んでいる。

 足場を失ったラプトルたちは、わけがわからないといった様子で、虚空をジタバタと必死に掻いている。

 まるで無重力空間に放り出された哀れな小動物だ。

 重力を、空間の法を、規格外(イリーガルクラス)としての権能で完全掌握している。

 

 波留先輩は重力から完全に解放されたように、さらに上空へと優雅に昇りつめ、哀れな獲物たちを冷たく見下ろした。

 その細い手に持つ杖が、怪しく輝きだす。

 

 「烈風よ――全てを切り裂き無に還せ」

 

 ――グギャアアアアアオオオッ!?

 無重力の檻に囚われたラプトルたちの断末魔が響き渡る。

 不可視の、あまりにも巨大な刃によって空間ごとラプトルたちをミキサーのように細かく切り刻んでいく。

 肉の弾ける音と、刃のような鱗が砕け散る金属音が交錯する。

 その光景は、戦いというよりは一方的な――あまりにも残酷な処刑だった。

 

 しかし、血の雨が降るその狂宴の中心で、杖を構える波留先輩は――聖母のような可憐な笑みを浮かべたまま、心底楽しそうにけらけらと笑っていた。

 (おいおい、やばすぎだろ……。これが、Aランク倶楽部の部長クラスの力かよ……)

 

 見た目の可愛らしさとは裏腹な、その圧倒的な火力と底知れない狂気。

 俺は差し出す手を凍りつかせた紬結(つゆ)先輩の気持ちが、今ならほんの少しだけ分かる気がした。

 

 「どう?幹隆君。私も結構やるでしょ」

 「ははっ、そうですね。想像の遥か上をいってて、正直ビビりました」

 

 ふわりと重力を置き去りにして俺の前に着地した波留先輩が、上機嫌にニコニコした顔でこちらに詰め寄ってくる。距離が近い。

 だが、流石だなと心底感心する。これがAランクの俱楽部か。ただレベルアップを重ねただけの一般職では、逆立ちしてもこの次元には遠く及ばないだろう。

 それほどまでに、希少な規格外(イリーガルクラス)と通常クラスの間には、絶望的な強さの壁が存在していた。

 

 「……まもなく、前方に強い固有の熱源を感知。十階層の『界門守護者(ゲートキーパー)』が座すボスエリアに到着します。皆さん、迎撃体勢を」

 

 いつの間にか、3メートルほどもある巨大な銀狼の背にちょこんと乗った小柄な紬結(つゆ)先輩が、全員に伝える。

 銀狼は、モンスターカードで召喚し、使役しているモンスターなのだろう。

 流石だ。文官系の第三段階職業だけあって、ダンジョンに足を踏み入れてからの彼女は、完全に有能な戦術管制官(IGL)だった。

 こういった戦況把握とリアルタイムの全体共有は、俺たちには真似できない領域だ。

 俺の持つ《境界の記(ヘルメス)》や、サクラの持つ超演算『対魔術兵器戦略思考(ミーミスブルン)』によってもたらされる情報はあまりに膨大で、かつ濃密すぎる。

 俺のパーティー内なら《念話》スキルで即時伝達できるが、こうして他のパーティーと組む場合、情報を翻訳して伝達せねばならず、どうしても一手遅れてしまうのだ。

 だからこそ、紬結(つゆ)先輩の『神域観測官(ディバイン・アナリスト)』による正確なマッピングが、情報処理のクッションになってくれるのは非常に助かった。

 

 ――そして。俺たちはついに、その界門の領域へと足を踏み入れた。

 

 ズシン――! ズシン――!!

 大気を、そして足元の強固な岩盤すらも物理的に激しく揺さぶる、重苦しい地響き。

 密林の巨木たちを小枝のようにへし折りながら、周囲を圧殺せんばかりの威容を誇る巨大なモンスターがそこにいた。

 サクラの対魔術兵器戦略思考(ミーミスブルン)の結果からあの巨大な竜種の名前は――界門守護者(ゲートキーパー)の『溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)』。

 全長はゆうに30メートルを超えている。見上げるような巨体はビル3階分に相当し、ただそこに佇んでいるだけで、大地が自重でひび割れ、陥没していく。

 さらに最悪なのは、その岩石のような硬質の黒曜石の体表から、間欠泉のように噴出している漆黒の瘴気だ。

 大気そのものが腐食していくのが目に見えて分かる。

 

 「でかいな……」

 

 腰の刀の柄にそっと手を置いたまま、楓夕(ふゆ)先輩が鋭い視線でぼそりと呟く。

 

 「マスター! ここは私に任せてほしいんだよ!」

 

 その絶望的な巨体を前にして、胸を大きく張ったサクラが自信満々にそう宣言した。

 

 「いけるのか、サクラ? 流石にここはみんなで一斉に連携して叩いた方がいいんじゃないか?」

 「チッ! チッ! 甘いんだよマスター。私だけまだ、この人たちの前で本当の”真の実力”を見せてないんだよ! だからここで、ババーンと活躍する姿を見せつけたいんだよ!」

 

 人差し指をちっちっと左右に振りながら、これ以上ないほどのドヤ顔を決めるサクラ。

 まあ、確かに彼女の言うことにも一理ある。

 これまでの道中のエンカウントは、ほとんど、マリィと融合した俺とカヌ、そして楓夕(ふゆ)先輩と獅騎(しき)先輩の前衛四人で綺麗に完結してしまっていた。

 数に任せて奇襲してくる雑魚狩り程度ではサクラの最大火力は活かしづらいし、何よりここが鬱蒼とした密林のネイチャーフィールドだからな。

 視界を遮る障害物や巨木が多すぎて、彼女の戦闘スタイルとは絶望的に相性が悪かったのだ。

 だが、目の前の広大な広場と巨大な単体ボスなら話は別だ。

 

 「それで言うと、私もまだ。……力を見せてなかった。だから、私も手伝うよ」

 

 サクラの宣言に、被せるようにして、抑揚のない平坦な声で亜季(あき)先輩が話しかけてきた。

 前髪は相変わらず顔のすべてを覆い隠しており、その表情を読み取ることはまったくできない。

 まあ確かに、この先輩もダンジョンに入ってからというもの、影のように後ろをついてくるだけで、それらしい戦闘姿を一度も見せていなかった。

 これほどの強さを持つAランク倶楽部の幹部たちだ。

 ここまで来たら、彼女が一体どんな『規格外の権能(イリーガルスキル)』を隠し持っているのか、見物させてもらおうじゃないか。

 

 「そうだね、ならここはサクラちゃんと亜季ちゃんに任せて。危なくなったら私たち全員参加するって感じでいいかな」

 「わかりました。――サクラ、危なくなったらちゃんと言うんだぞ」

 

 俺は、波留先輩の意見に賛同し、この場の界門守護者(ゲートキーパー)はサクラと亜季先輩の二人が担当することに決まった。

 するとサクラは、こちらを振り向いて満面の笑顔で小気味よくピースサインを返してきた。

 これから30メートルの化け物を相手にするというのに、緊張感をミリ単位すら感じさせないその大物ぶりに、俺は思わず苦笑してしまう。

 

 「ん、……サクラちゃんはどんな戦い方するの?」

 

 前髪の奥から、亜季先輩が淡々と質問を投げかける。

 

 「遠くからドーンッ!! ってやるのが一番得意なんだよ!」

 

 ……おい。そんな頭の悪そうな擬音まみれの回答で伝わるわけがないだろ。

 ちゃんと自分の魔術の仕様を説明しろよ……

 今から活躍することに興奮しているのか、サクラは相変わらず肝心なところでポンコツな本領を発揮していた。

 

 「……わかった。……なら、私が足止めをするから。……そしたらサクラちゃんが仕留めて」

 「了解なんだよー!」

 

 今ので亜季先輩は、サクラの言ってることが伝わったらしい。

 ここからは二人の独壇場だ。

 俺たちは巻き込まれないようにカヌの『母神沐浴(モーダカスキン)』の内側に入る。

 視覚的には数メートル先に二人をバッチリ捉えているが、実際は間に数キロメートル以上の仮想の距離を設定しており、攻撃の余波が飛んでくることはないだろう。

 

 戦場の中央、亜季先輩が泥濘む大地を踏みしめ、悠然と『溟壊暴竜《ヴェノム・レックス・ギガント》』の足元へと近づいていく。

 30メートルの巨体と、女子高生の華奢な体躯。その対比はあまりにも絶望的だ。

 ―――グルルルルルルルッ……!!

 

 巨躯の暴竜が、自らの絶対領域を侵す亜季先輩気づき、歪んだ偽眼を一斉に収縮させていた。

 

 「……あまり戦いは好きじゃないんだけど。仕方ないから、あなたを今すぐ冥府の底へ送ってあげる」

 

 暴竜が威嚇のために放った凄まじい鼻息――その突風によって、亜季先輩の長い前髪がフワリと大きく掻き上げられた。

 露わになったその素顔に、俺の息が止まる。

 前髪の下に隠されていたのは、息を呑むような超絶美少女の容顔。そして何より異彩を放っていたのは、その双眸だった。

 右目が冷徹な不凍の青、左目が妖しく燃える黄金。それは光の格差を宿した、魅惑的なオッドアイだった。

 

 「――《永久葬送圏(コキュートス)》」

 

 彼女の唇から、青白い凍気を孕んだ呪詛が紡がれる。

 刹那、世界の色彩が反転した。亜季先輩を中心に広がった絶対零度の波紋が、周囲のあらゆる原生林の『生命力』を強制的に吸い上げていく。

 木々や肉食植物が光の粒子となって分解され、すべて亜季先輩の細い身体へとバックバッファのように吸い込まれていくのだ。

 当然、その絶対的な死の宣告は、溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)とて例外ではない。

 黒曜石の鱗が悲鳴を上げ、暴竜は苦しげに巨体を震わせて唸った。

 みるみるうちに足元から死の荒野へと変わっていく光景は、まさに歩く終焉。

 だが、さすがは十階層の『既知外』の守護者だ。

 暴竜は己の命を削られながらも、凄まじい敵意を燃やして亜季先輩へと突撃を開始した。

 地響きが連続し、空間が爆ぜる。巨体からは到底想像もつかない速さの突進。

 (このままでは、亜季先輩が肉塊すら残さず踏み潰される――!)

 

 「我が眷属よ――彼の者を捕らえ、その髄まで衰弱させよ」

 

 だが、先輩の表情はピクリとも動かない。

 彼女の内に溜まっていた膨大な青い命の奔流が、突如として空間を突き破り、二本の巨人の両腕となって顕現した。

 そのサイズは、30メートル級の溟壊暴竜を丸ごと包み込めるほどに 巨大で、かつ禍々しい。

 ドズゥゥゥンッ!!

 漆黒の瘴気を切り裂き、その青白い巨腕が暴竜の頭部と胴体をガッシリと鷲掴みにした。

 信じられないことに、大人が玩具のトカゲを持ち上げるかのように、虚空にその巨体を晒す。

 (これが亜季先輩のイリーガルスキル……!なるほど、確かにこんな周囲の生命を巻き込む死の領域、対人戦の合同訓練じゃ絶対に使えるわけがないな……)

 

 空中で拘束された溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)は、狂ったように顎をガタガタと鳴らして暴れ狂っているが、その巨大な手から逃げ出すことができない。

 

 「……無駄。その手に掴まれた時点で、あなたの死は確定している」

 

 先輩の言葉通り、巨腕の触れている箇所から暴竜の生命力吸収(ドレイン)が加速し、その巨体が急速に萎びていく。

 だが、溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)の様子が少しおかしい気がする。

 さっきまであれほど激しく咆哮していた化け物が、急に不気味なほど固く口を閉ざしたのだ。

 喉の奥が、あり得ないほどの超高熱で赤黒く脈動している。

 まるで、相打ち覚悟の全弾放出(ラスト・バースト)を準備するかのように――!

 

 「亜季先輩、まずい……!」

 「準備完了なんだよ!主役は、最後に決めてみせるんだよ」

 

 見れば、彼女の周囲には、幾何学的な光を放つ七つの超巨大な魔法陣が、同心円状に連なってギチギチと高負荷の音を立てていた。

 固有スキル『解放されし九つの鍵(レーギャルン)』――その第七の鍵までが、完全に解き放たれている。

 ステージ全体の瘴気すらも光エネルギーへと変換され、彼女の頭上に集約していく。

 空間そのものが限界容量を超えたかのように、ビリビリと激しく共鳴して鳴動していた。

 

 「――多重式屈折次元収束魔導砲(デュアル・レーヴァテイン)!!!」

 

 限界まで圧縮された神話級の光の質量兵器が、咆哮を上げようとした溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)向かって一斉に照射された。

 放たれたレーザーの1発1発が、『穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)』と同等の熱量を有している。

 それが多重式に屈折し、収束しながら降り注ぐのだ。

 あまりの絶対的な光度と熱量に、俺は思わず母神沐浴(モーダカスキン)があるのを忘れ、視界を腕で遮り、目を強く瞑った。

 ―――ゴウッ!!! ドカァァァァァァァンッッ!!!

 

 一瞬遅れて、鼓膜を容赦なく破壊するような爆音。

 純白の光の粒子に完全に呑み込まれた溟壊暴竜(ヴェノム・レックス・ギガント)は、避けることも、自爆ブレスを放つことも許されず、その圧倒的な火力を正面からまともに食らった。

 光の残光が収まり、ゆっくりと視界が開けていく。

 そこには――首から上の存在を完全に消失させ、炭化しかけた暴竜の残骸があった。

 技を発動させる隙すら与えない、完全なる一撃必殺。

 ―――ズドォォォォォン……!

 

 山のような巨体が盛大な地響きを立てて地面に横たわり、徐々に黒い粒子となって霧散していく。

 (……相変わらず凄まじい威力だな)

 

 原作でもサクラが使っていた最強の必殺技だ。ただ俺が知ってるゲーム画面の技より強化されているような気がする。

 レベルアップによるステータス上昇の恩恵か、それとも俺とのパスが繋がった影響か。

 彼女が扱う『神話魔術』の威力は、この世界の既存の枠組みを完全に破壊し始めていた。

 

 「……サクラちゃん、ありがとう。……ミスをカバーしてくれて、助かった」

 

 巨大な青い腕を霧散させ、再び前髪でオッドアイを隠した亜季先輩が、ボソリと静かに感謝を口にする。

 

「へへん!亜季ちゃんもナイス連携なんだよ!あの拘束があったから、ブレずに全弾直撃できたんだよ!」

 

 サクラと亜季先輩が、戦いを終えた戦友として互いに健闘を称え合っていた。擬音だらけの会話から始まった割には、意外にも抜群のコンビネーションだったな。

 

「二人ともお疲れ様! それにしてもサクラちゃんのあの魔法、凄まじい威力だね。ちょっとびっくりしちゃった」

 

 カヌの『母神沐浴(モーダカスキン)』が解かれると同時に、波留先輩がパチパチと手を叩きながら歩み寄ってきた。

 その瞳は――まるで、極上の新しい玩具を見つけた子供のように、爛々と怪しい知的好奇心で輝いている。

 

 「マスター、マスター!見ててくれた!?私、大活躍したんだよ!すっごく格好良かったでしょ!」

 

 今度は俺の方へとタタタッと駆け寄ってきて、これ以上ないほどのドヤ顔を決めるサクラ。

 おっぱいをこれでもかと強調するように、ふんす、と鼻を鳴らして胸を張っている。

 ……うん、非常に可愛い。

 

 「ああ、ばっちり見てたぞ。めちゃくちゃ格好良かった。流石は俺の自慢のパートナーだな」

 

 そう言って、労うようにサクラの桜色の髪を優しく撫でてやる。

 すると、彼女は嬉しそうに目を細め、まるで甘える飼い猫のようにゴロゴロと俺の胸へと身体を預けてきた。

 

 「――さてと。波留先輩、とりあえずボスのドロップ品だけササッと回収して、次の十一階層のセーフティエリアで休憩にしますか」

 「うん、そうだね。……一旦次へ行こうか」

 

 大量の魔石や、黒曜石のように輝くレア素材『溟壊暴竜の逆鱗』を異空間へと滑り込ませながら、俺たち合同パーティーは、未知なる十一階層の界門を目指して歩き出すのだった。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』

 ――第拾壱階層、『既知外』領域

 

 

 門をくぐり、転移の浮遊感が収まった瞬間、視界が一気に開けた。

 第十一階層、その名は『砂漠草原(デザートサバンナ)』。

 先ほどまでの湿気と瘴気が澱む『密林竜園(ドラゴンガーデン)』とは打って変わり、地平線の彼方まで続く見晴らしの良い荒野と、どこまでも乾いた大地が広がっていた。

 この階層は動物系のモンスターを中心に、鳥獣系から獰猛な爬虫類系まで、幅広い種類のポップが確認されている。

 遮蔽物が少なく視界の確保が容易なこと、そして何よりモンスターの密集率が高く経験値を稼ぎやすい点から、効率を求める探索者たちにとって、人気の狩場だ。

 正直、『密林竜園(ドラゴンガーデン)』の難易度が高すぎる話ではあるが……

 

 「う――――んっ!太陽の光がすっごく気持ちいいんだよ!さっきのジメジメしたジャングルと違って、ここなら最高のひなたぼっこができそうなんだよー!」

 

 サクラが青空に向かって両手をいっぱいに広げ、背伸びをしながら嬉しそうにはしゃいでいる。

 

 「ねえ、幹隆。さっきまでは深いジャングルにいたのに、なんで一瞬でこんなカラカラの荒野にいるの? お空もあるし……不思議」

 

 マリィが不思議そうに首を傾げながらトコトコと隣に並んできた。

 

 「ここが『荒野』のネイチャーフィールドだからだよ。この迷宮は十階層を境にして、各階層ごとにまったく異なる気候や生態系のフィールドへ変化する仕様なんだ。もっと下の階層に行けば、あたり一面が『海』のフィールドだってある。そこなら水着で泳いだりもできるぞ」

 「海……泳ぐの、それはとっても楽しみだね」

 

 マリィの素朴な疑問に答えてやると、彼女はふにゃりと愛らしくにっこり微笑んだ。

 彼女の艶やかな金髪が、サバンナの強烈な太陽光を反射して、まるで祝福の光のように美しく煌めいていた。

 

 「やはり、この世界の構造は実に不可思議ですね。私のいた世界には『ダンジョン』などという概念自体が存在しませんでした。ですが、幹隆様がこの地に転生されて、いらっしゃるということは……この迷宮の最深部には、ムー帝国の失われた秘密が眠っているかもしれませんね」

 

 カヌはふんふんと一人で納得しながら、真剣な面持ちでそんな壮大な仮説を立てている。

 ダンジョンの中にムー帝国の残滓がある、か。それについては、俺も同じ仮説を立てていた。

 俺の存在や、『神奥百科全書(ナラヤナ・シリーズ)』がダンジョンにあったことから何か関係していると俺も思ってる。

 

 「そうだな。いつか最深部まで潜れば、その答えも全部分かるさ」

 

 俺がカヌの頭を軽く叩きながらそう応じた、その時だった。

 少し離れた場所にある巨大な岩陰から、聞き馴染んだ軽快な声が響いた。

 

 「おーーい! 幹隆君、みんなー! こっちこっち! ちょうどいい日陰を見つけたから、ここで一旦休憩を取ろうか!」

 

 見れば、先行していた波留先輩たちが、手際よく即席のセーフティキャンプの設営を終えて、こちらに向かって手を振っていた。

 さすがは手慣れたAランク倶楽部、準備も早いな。

 だが、手を振り返そうとした俺は、そこでハッと動きを止めた。

 (あ……しまったな……。完全にやらかした……)

 

 俺の脳裏を冷や汗が伝う。

 これから休憩を取るなら、俺の固有スキルで快適な『異空間』へと先輩たちを招待して、安全かつ最高環境の部屋でラグジュアリーに休んでもらうつもりだったのだ。

 俺の異空間なら、わざわざ荒野の砂埃の中で野営する必要なんてこれっぽっちもない。

 それを事前に先輩たちに伝え忘れていたせいで、彼女たちにわざわざ無駄なキャンプの準備をさせる羽目になってしまった。

 

 「えっと……波留先輩、あの、実はですね……っ」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、せっせとテントを広げてくれている先輩たちのもとへと、慌てて足を早めた。

 

 「ん……?どうしたの、そんなに慌てて」

 「いえ、そうじゃなくて。せっかくキャンプを設営していただいたところを本当に申し訳ないのですが、もしよければ皆さんを俺の『異空間』に招待しようと思いまして。サバンナのど真ん中で砂埃に塗れるより、そっちの方が安全ですし、寛げると思います」

 

 俺が慌てて事情を説明すると、作業中だった先輩たちの手がピタリと止まった。

 

 「異空間……それって、さっきサクラちゃんたちが出てきたあの黒い渦の向こう側だよね。あの中って、ボクたちも入れるの」

 

 奈津(なつ)先輩が興味深そうに目を細め、じっと俺の顔を覗き込んできた。

 ……うん、さっきから本当にこの人、物理的な距離感が近すぎる。

 吐息が届きそうな距離でそんな風に見つめられると、前世で全くモテず、女子と話すだけで心拍数が爆上がりしていた陰キャ社畜の精神が悲鳴を上げるのだ。

 いや、奈津先輩だけじゃない。波留(はる)先輩も楓夕(ふゆ)先輩も、何気にボディタッチやスキンシップの頻度が明らかに過剰な気がする。

 毎回内心で心臓をバクバクさせながら、必死にポーカーフェイスを維持していた。

 

 「はい、俺が門を開いている間なら、何人でも、引き連れて入ることができますよ」

 「へぇ~それはすごく楽しみだね」

 

 波留先輩が楽しそうに目を輝かせ、即座に設営中のテントを放り出した。

 

 「そっか、そういう特別な提案をしてくれるなら、お言葉に甘えてお邪魔しちゃおうかな! みんなもそれでいいよね?」

 「……ああ、幹隆君がそう言うなら構わない。外の瘴気を吸い続けるよりは合理的だ」

 「俺も問題ねえぜ。つーか、その異空間ってやつに興味津々だわ!」

 

 楓夕(ふゆ)先輩が愛刀の鯉口を軽く鳴らし、獅騎(しき)先輩が不敵に笑って波留先輩の呼びかけに答える。

 

 「わかりました。では皆さん、俺の後に付いてきてください。――“異空間生成”」

 

 俺が空間の座標を固定し、鍵を開くように呟くと、サバンナの乾いた空気の中に再び漆黒の歪みが出現した。

 俺を先頭に、サクラたち、そして『大殺戮陣営(ジェノサイド・レギオン)』のメンバーが次々とその門をくぐり抜けていく。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――そして、中に入った瞬間。学園トップクラスと謳われるAランク倶楽部の面々は、完全に言葉を失っていた。

 (今日で驚かすの何回目だろうか……)

 

 静まり返る空間の中で、俺は自身のスキルのヤバさを改めて再確認していた。

 それもそのはずだ。さっきまで地平線が広がる剥き出しの荒野地帯にいたはずなのに、今、彼女たちの足元にあるのは――格調高い磨き抜かれた一枚板の床。

 視界に広がるのは、最高級の老舗温泉旅館を彷彿とさせる、豪奢でどこか厳かな和風の純和風の玄関ロビーなのだから。

 心地よいお香の香りが漂い、サバンナの熱気は完全に遮断され、完璧に温度管理された清涼な空気が満ちている。

 

 「う、うそでしょ……」

 「あり得ない。こんなものは有り得ない」

 「これほどまでとは……」

 「……すごい」

 「……やばすぎだろ」

 「……………………(ガタガタガタ)」

 

 波留先輩は絶句し、奈津先輩は自身の知識がゲシュタルト崩壊を起こしたように頭を抱え、楓夕先輩と獅騎先輩はあちこちを凝視して戦慄している。

 亜季先輩は目を輝かせ、紬結先輩にいたっては、俺が空間の神か何かに見えているのか、小動物のように再びガタガタと震えだしていた。

 全員が見事にキャパシティオーバーを起こしている。

 

 「カヌ、とりあえず皆さんをお通しするから、冷たいお茶の準備をしてくれ」

 「はい、承知いたしました。我が王の賓客に相応しい最高級の茶葉をご用意いたします」

 

 俺がカヌにそう頼むと、彼女はメイドのように完璧な一礼をして奥の厨房へと消えていった。

 

 「とりあえず、広い客間に案内しますね。皆さん、どうぞ」

 

 呆然と立ち尽くす先輩たちを促し、高級感溢れる畳敷きの客間へと連れて行く。

 そうして、一息つかせるついでに、この異空間の基本ルールを軽く説明することにした。

 

 「一応、ここのルールを説明しておきますね。この異空間内では、基本的に外部の『時間』が停止しています。なので、ここでどれだけゆっくり休んでも、外の時間は経過しません。それと、空間内は独自の二十四時間周期で動いていて、内部をどれだけ汚したり散らかしたりしても、自動で掃除される仕様になっています。なので、空いている部屋はどこでも好きに使って、我が家のように休んでもらって構いませんよ。――ああ、一応、奥にある武器庫や倉庫のエリアには、防犯システムが作動するので立ち入らないようにお願いしますね」

 

 だが、説明を聞いている先輩方の瞳は全員完全にハイライトが消えており、上の空だった。

 俺のチート情報が過剰に供給されすぎて、脳の処理が追いついていないらしい。

 前にクラスメイトの叶馬たちをここに招待したときは、まだここまで空間の規模が拡張されていなかったし、彼らはこれを『便利なアイテムボックスの延長線上』として解釈していたから、ここまで大きなショックは受けていなかった。

 だが、さすがはAランク倶楽部のトップランカーたちだ。

 この空間が持つ「世界の法則を無視した異常性」と「戦術的価値」の凄まじさを、正確に理解できてしまうからこそ

 ――彼女たちの驚愕は、文字通り桁違いのものになっているようだった。 

 

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