濃厚な情事を終えた俺は、疲れて眠る三人を起こさないよう、細心の注意を払ってそっと寝室を後にした。
異空間から現実の時間を意識してハッとする。
どうやら、貪るように眠っていた時間と、彼女たちの肢体を激しく貪っていた時間で、丸一日をまるまる消費してしまったようだ。
軽く身体を伸ばしながら廊下を歩いていると、客室の一つの扉が開いており、中から微かな人影が漏れ出ているのに気づいた。
何やら真剣な様子で、手元にある何かを食い入るように吟味している。
どうやら、俱楽部の先輩の一人のようだ。
「……
「むむっ!? これは主殿! ご無沙汰でござる!」
振り返り、特徴的な時代がかった口調で応じたのは、同じ俱楽部の三年の
その体型は横に極めて大きく、まるで冬眠前の熊を思わせる凄まじい体格をしている。
しかし、その威圧的な外見とは裏腹に、根はかなりの小心者だ。
以前、同じ俱楽部内のギャル集団に捕まり、性的な玩具としていじめ倒されている光景を目撃したことがある。
(なお、本人は涙目になりながらも至福の表情で喜んでいた模様……)
とはいえ、物腰は常に柔らかく、新参者である俺に対しても偏見なく優しく接してくれる、非常に気のいい先輩なのは間違いない。
そして何より、この人はこう見えて『
本人曰く、本来なら一段階ずつ進むべきところを、三次職へのランクアップ時に段階をすっ飛ばして一気に四次職へと就いたらしい。
この学園のシステムにおいて、階梯を飛び越えて次の職業に就いた者は『スキップ』と呼ばれ、学園の中でも極めて珍しいとされる。
ちなみに先輩の二次職は、あの『
「その……『主殿』っていうの、慣れないのでやめてもらえませんか?」
「これは失礼いたした。では、幹隆殿。拙者は今、幹隆殿が所有している『これ』について、少々調べさせてもらっていたのでござる」
一郎先輩の手には、転生と一緒に送られ、学園の荷物に入っていたエロゲー達だった。
どうやらそのカラフルなパッケージの山に興味を惹かれ、内容を確認していたらしい。
エロゲーのパッケージ自体は、誰でも手に取れるように共有スペースの広場に堂々と置いてある。
もちろん、サクラやマリィといった「ゲームの世界に実在するヒロイン」が描かれているパッケージだけは、万が一の身バレを防ぐために誰の手も届かない秘密の場所に厳重に保管してある。
もっとも、ゲームを起動するには専用のPCがいるので普通に起動させることはできない。
そして、そのPCは主にマリィが管理しているので、俺以外の倶楽部メンバーがエロゲーを実際にプレイすることは不可能なのだが。
「幹隆殿、この表紙に描かれた記号……何て読むのでござるか?」
そう言って、一郎先輩から一つのパッケージが手渡される。
これは、ゆずソフトの最新作『ライムライト・レモネードジャム』じゃないか。
20連勤を終えた後、やろうとしていたエロゲーだ。まあ、やる前に死んでしまったんだけどな。
時間あるときにいつかやるか、と思いつつ一郎先輩にこのゲームタイトルを教える。
「これは『ライムライト・レモネードジャム』っていうゲーム……いえ、エロゲーですよ」
「ほうほう、らいむらいと……。なるほど、拙者の高位鑑定スキルを以てしても文字を読み解くことができず、どのようなアイテムなのか全く判別できなかったのでござる。幹隆殿の所有するこれらは、一体どういった代物なんですかな?」
先輩の純粋な疑問に、俺は硬直した。
「……え?……え~とゲームですね。ええ、ゲームの一種だと思います」
咄嗟に答えたが、あまりにも当たり前すぎて、脳の理解が追いつかない。
俺にとっては見慣れた日本語であり、この学園世界で使われている公用語や文字形態と全く同じものとして認識していた。
だが、どうやら――この世界の住人にとっては、エロゲーのパッケージに書かれた日本語は、『
(待てよ、ここは異空間であってもダンジョン内ではある。だから一郎先輩の『
スキルが不発に終わっているのではない。『
前世の俺がただの趣味で集めていたエロゲーたちが、この世界の住人から見れば、「
(このエロゲー達も何か俺の転生に関係あるのか……)
思考の霧が急速に濃くなっていく。
マリィは、問題なく読めていたし、サクラやカヌに見せた時だって、特に問題はなかった。
でも、待てよ。
それなら――あいつは、なんでこれが『エロゲー』だって分かったんだ?
あいつは俺の部屋に転がっているパッケージの山を見るなり、「お前……これ、全部エロゲーじゃねえか!!」と、当然のように笑っていた。
一郎先輩の『
この世界の住人には、バグコードにしか見えないはずの歪んだ文字列。
それを、あいつは平然と認識していた。
(もしかしたら、浩一にも何か秘密があるのか……)
――――
一郎先輩と会話を終えて客室を後にした俺は、そのまま重厚な引き戸を開け、異空間の中枢である『大広間』へと足を運んだ。
先ほど、脳内に直接響く『念話』で、
どうやら、先行して周囲の索敵に赴いていた楓夕先輩が、無事に探索から帰還したらしい。
(もともと、かなり前に帰還してはいたらしいんだが……)
俺が寝室でサクラたちと盛大にセックスに耽っていると察し、気を利かせて情事が終わるまで待機してくれていたのだという。
なんというか、非常に申し訳ないし、居心地が悪い。
ここの大広間が、基本的に『
空間を支える磨き上げられた黒色系統の木柱が等間隔に並び、床一面にはい草の香りが微かに残る上質な畳が敷き詰められている。
見上げるほどに高い天井には、うねる大蛇のような太い梁が渡され、部屋全体に圧倒的な重厚感と威圧感を与えていた。
数十人の血気盛んな戦闘職たちが同時に集まってもなお、一切の窮屈さを感じさせない圧倒的なキャパシティ。
それでいて、不思議と肌にピリピリと張り付くような、冷徹な静寂が空間を満たしている。
配置された長い文机と座布団の各所では、すでに先輩たちがいくつかのグループに分かれて座り、談笑していた。
俺は彼女らの視線を浴びながら部屋の最奥へと進む。
そこには波留先輩をはじめとする、この倶楽部の幹部メンバーが顔を揃えていた。
「――すみません、お待たせしました」
軽く頭を下げ、幹部たちの輪の中に用意されていた空席へと滑り込む。
すると、正面に座っていた波留先輩が、形の良い唇を妖艶に歪めてニヤニヤとした視線を送ってきた。
「ずいぶんとお盛んだったねぇ、幹隆くん? でも、あんまり自分の子ばかり
開口一番、大広間の緊張感を微塵も気に留めない強烈なセクハラとからかいが飛んでくる。
「……善処します。作戦が終わって、時間があればいつでもお相手しますよ」
「えー! 波留ちゃん、それは
隣にいた
幹部女性陣の奔放な発言の応酬に、俺が内心で冷や汗を流していると、それまで腕を組んで目を閉じていた巨漢が重々しく口を開いた。
「おい、お前ら。今回は
その鋭い眼光に、波留先輩は「ごめんね~」と大して反省もしていなさそうな調子で両手を合わせた。
「ちょっと脱線しちゃった。それじゃあ、気を取り直して。楓夕ちん、報告をお願いね」
「ああ、わかった」
話を振られた楓夕先輩が、鋭い双眸をさらに細め、机の上に簡易的な地図を広げた。
「結論から言う。この拠点周辺の森林地帯を広く探索してきたが、出現したモンスターは、全て『スケルトン系』の
「数、ですか?」
「ああ。小競り合いも含めて、異空間の周辺だけで既に100体近くは間引いた。しかし、異常なのはその先だ。森を抜けた先に広がる草原エリアには、森の中とは比較にならない密度の軍勢がひしめいていた。……驚いたことに、まるで統率された軍隊のように、モンスターどもが『陣形』を組んで待機していたよ。この学園のダンジョンで、あのような知的かつ異様な光景を見たのは初めてだ」
楓夕先輩の言葉に、大広間の空気が一気に張り詰める。
モンスターが組織的な陣形を組む。
それは背後に、それらを一括して統率する高位のボス――あるいはネームドモンスターが存在することの証明に他ならない。
「なるほど、状況は分かりました。それで、目的地である『安土城』へのルートは確保できそうですか?」
俺の問いかけに、楓夕先輩は不敵な笑みを浮かべた。
「ルート自体は問題ない。城の目と鼻の先までは近づいていないから詳細は不明だが、森や草原から溢れ出てくる程度の雑魚なら、正面から叩き潰して進むだけだ。あ、それとな……」
先輩は思い出したように、指先で地図の一角をトントンと叩く。
「探索の途中で、『補習組』の拠点をいくつか目撃した。おそらく、まともな戦力もないので……差し当たってすべて『無視』しておいた。下手に接触して、ここに私たちが、いることがバレると面倒だからな」
「……その通りだと思います」
俺は深く頷いた。まさに楓夕先輩の言う通りだ。
今回、俺以外の倶楽部メンバーは、正規の手続きをせずにダイブしているのでなるべく関わらないほうがいいだろう。
「報告ありがとう。よし、それじゃあ、基本の作戦としては――まずは機動力と隠密性に優れた少数精鋭のメンバーと、幹隆くんを含めた本隊で安土城へと最速で潜入。城内部の部屋を一つ確保、鎮圧したところで、幹隆くんに『異空間』を繋いでもらい、そこから倶楽部の全戦力を一気に城内へと直接突入させる。……これで決まりかな?」
「そうですね。まず第一フェーズで安土城に近づくこと。そして第二フェーズで潜入し、場所の確保ですね」
波留先輩が提示した、俺のチートスキルである『異空間生成』を最大限に組み込んだ戦術に、俺は全面的に賛同の意を示す。
これなら、外の狂ったような大軍勢と正面から消耗戦を繰り広げるリスクを最小限に抑えられる。
「むぅ……。それだと、私は今回、道中であまり暴れることができないということか?」
作戦を前に、楓夕先輩がひどく不満そうに口元を歪めた。
さすがは倶楽部屈指の戦闘狂だ。敵を斬り刻みたくてウズウズしているらしい。
「いえ、必ず
俺がそう告げると、波留先輩も悪戯っぽくウインクを投げかけた。
「そうそう。それにね、今回幹隆くんが事前に持ち帰ってくれた情報通りなら、このダンジョンの難易度は完全にバグってる。ちょっとでも油断してたら、私たちでもあっさり首を飛ばされかねないからねぇ。気を引き締めていこうよ、楓夕ちん」
「――フッ、そうか。それは、最高に楽しみだ」
死線の気配を察知した楓夕先輩の顔に、獰猛な肉食獣のような笑みが浮かぶ。
相変わらずの戦闘狂っぷりに苦笑しつつも、この圧倒的に頼もしい先輩たちが味方にいるという事実が、俺の胸の中にある攻略への確信を、さらに強固なものへと変えていくのだった。
「それじゃあ、作戦決行時間は今から十時間後ね。その間、各自消耗品の補充や装備の点検を済ませて、しっかり準備しておくように」
「はい、わかりました」
波留先輩の言葉を聞き、俺は深く一礼して大広間を後にした。
廊下に出ると、ひんやりとした空気が火照った身体を心地よく冷やしてくれる。
決行まであと十時間。長いようであっという間に過ぎ去るであろうその時間は、この異常な難易度のダンジョンを攻略するための、嵐の前の静けさそのものだった。
(十時間か……。まずは部屋に戻って、これからの立ち回りをもう一度整理するか)
――――
波留先輩たちと別れた後、俺は一人、静まり返った誰もいない自室に籠って、横になりながら休憩していた。
(本当に上手くいくのだろうか……このレイド攻略)
一人になって思考が内向きになった瞬間、胸の奥底に溜まっていた不安が、一気にせり上がってくる。
内心、俺はこの『
俺は、あの原作ゲームの主人公達みたいに、高潔な理想を掲げて誰かを救ったり、世界の危機を前に何かを成し遂げられるような特別な人間じゃない。
ただ前世で死に、たまたま都合のいいチート能力をポンと与えられただけの、ただそれだけの存在だ。
中身を開ければ、血生臭い戦闘の恐怖に足をすくませ、目先の快楽に溺れる凡夫に過ぎない。
でも――そんな俺にだって、どうしても手放したくない、命を懸けてでも守りたい人たちができてしまった。
サクラ、マリィ、カヌ。俺を全霊で信じ、愛を注いでくれる彼女たちの温もりを知ってしまった。
だったら、せめて今この手の中にある強大な力は、すべてアイツらを、みんなを護るために使いたい。
所詮、俺は前世が、社畜のただの一般人だ。
正直、『召喚せし者』、『エイヴィヒカイト』、『ムー帝国の王』とか俺には荷が重すぎる。
けど、ここで逃げるわけにはいかない。
たとえこの理不尽な状況のすべてが、神や誰か別の存在に仕組まれていたとしても。
俺は自分の未来と彼女たちの笑顔を護るため、死力を尽くしてこの絶望的な異界を完全攻略してやる。
そういえば、この異界に足を踏み入れてから、まだ自分のステータスを詳細に確認していなかったな。
俺は一応、毎日欠かさず自身のステータスを開いて現状を把握する習慣を身につけている。
「――”ステータス”」
小さく呟くと、鮮やかな青い光を放ちながら、お馴染みのシステム画面が展開された。
=====≪STATUS≫=====
名:影山幹隆
レベル77
職業:
(
スキル:ヒロイン召喚 レベル3
ステータス レベル5
異空間生成 レベル5
エイヴィヒカイト 形成
(
スキルポイント:30
パーティ: (リーダー)幹隆 / (メンバー)28人
クエスト:【難易度(高)発生中!!】
=================
「なんだこれ……?」
目の前に並ぶ文字列の最下層を見つめ、俺の思考が停止した。
ステータスの青い画面には、この異界に挑む前には影も形もなかった『クエスト』という謎の項目が、まるで警告灯のように赤く明滅しながら追加されていたのだ。
それだけじゃない。よく見たら『スキルポイント』の数値も明らかにおかしい。
この異界にダイブする直前、俺の手持ちポイントは『20』だったはずだ。
それが、今確認したら一気に『30』まで跳ね上がっている。
何が起きているのかを確かめるべく、俺は『クエスト』の項目を指先で慎重にタッチした。
画面が滑らかに切り替わり、詳細なウインドウが展開される。
――――――≪レイドクエスト≫――――――
・『
・『織田信長』の討伐……10ポイント
・『豊臣秀吉』の討伐……5ポイント
・『織田四天王』の討伐×4……各5ポイント
・『スケルトン』の討伐×100……10ポイント《CLEAR!》
―――――――――――――――――――――
一体いつの間に、こんなゲームのようなレイドミッションが自動生成されていたんだろうか。
湧き上がる疑問は尽きないが、ひとまずスキルポイントが10ポイントも増えていた原因は、この一番下に記載されている「『スケルトン』の討伐×100」が達成されたからで間違いない。
このクエスト機能、どうやら純粋にスキルポイントを大量に獲得するための救済措置プログラムのようだ。
しかし――俺自身は、この異界に来てからスケルトンなんて1体も倒した覚えはない。
「どこで討伐数がカウントされたんだ?」と眉をひそめた直後、脳裏にある仮説が浮かび上がった。
「………………ん? もしかして……」
さっき大広間で、楓夕先輩が周囲の森林地帯を索敵・偵察している最中に「スケルトン系を100体近く間引いた」と言っていた。
(これって……俺自身が直接手を下さなくても、パーティメンバーが倒した敵なら、誰の戦果であっても共有されて自動でカウントされる仕組みなのか)
そのあまりにも都合のいいシステム仕様に、思わず口元が歪む。
それにしても、クエスト報酬の費用対効果は凄まじく美味しい。
正直、レベル上げだけでスキルポイントを増やすのはしんどいんじゃないのかと考えていたところだ。
そして、このクエスト内容を確認した限り、『柴田勝家』級のネームドモンスターは6体いるのだろう。
ここに並ぶボス格は間違いなく全員が、あの厄介極まりない『無敵結界』を所有していると思う。
文字通りの地獄のような難易度である。
そんな中、一番下の雑魚討伐ミッションだけが、妙に親切というか難易度が低く感じられる。
だが、これだけでスキルポイントが『10』も手に入ったのだ。
「30ポイントか……」
手元に転がり込んできた貴重なリソースをどう分配すべきか、俺はシステム画面のウィンドウを『スキル強化一覧』へと切り替えた。
・ヒロイン召喚…………次のレベルまで残り30ポイント。
・ステータス…………次のレベルまで残り8ポイント。
・異空間生成…………次のレベルまで残り8ポイント。
「丁度、『ヒロイン召喚』をあげるためのスキルポイントは、足りているな」
画面を凝視しながら、俺は思考を急速に回転させる。
次の戦いにおいて、最大の障壁となるのは間違いなく敵将たちが纏う『無敵結界』だ。
もしここで、あの『ランスシリーズ』に登場する無敵結界を破ることができる聖刀『日光』を引き当てることができれば、このレイド攻略の難易度は劇的に跳ね下がる。
ちなみに、もう一振りの無敵結界を無効にする魔剣『カオス』は、作中で男として書かれていたので召喚は無理だろう。
(けど、そんなピンポイントで都合のいい神引きができるか……?)
悩んで、迷って、出し惜しみをして全滅するくらいなら、今は一縷の望みに賭けて博打を打つべき局面だ。
俺は意を決して、手持ちの30ポイントをすべて『ヒロイン召喚』へと注ぎ込んだ。
・ヒロイン召喚 レベル4――
召喚で呼び出せる制限数が上昇。レベル4の時点で4人まで。さらに、ヒロインの好感度上昇補正が大幅強化。
ヒロイン召喚…………次のレベルまで残り40ポイント
制限数が増えたということは、今の俺ならもう一人、この世界に新しいヒロインを顕現させることができるということだ。
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺は自室の空間に向けて、そのスキル名を強く唱えた。
「――――”ヒロイン召喚”!」
刹那、視界が割れるような眩い白銀の光が部屋全体に炸裂した。
あまりの激しい発光に、俺は思わず腕で両目を覆う。
毎回のことながら、別の世界線を無理やり
やがて、荒れ狂っていた光の粒子が、中心の一点へと収束するように静まり返っていった。
発光が完全に収まったその場所に、一人の少女が音もなく佇んでいた。
腰まで緩やかに届く淡い
その隙間から覗く黄金の双眸は、この世のあらゆる有象無象を見透かすような、絶対的な冷ややかさと気高き輝きを宿していた。
見た目こそ十代前半の年端もいかぬ少女の姿をしているが、彼女がただそこに立っているというだけで、全人類を強制的に跪かせるような、肌を刺す圧倒的な威厳が部屋中に満ちていく。
彼女が身に纏うのは、漆黒と深紫を基調とした重厚なドレス調の衣装。
そしてその上を覆うように配された不気味な黄金の装甲は、禍々しくも息を呑むほど美しい造形を誇っていた。
当の本人は、感情の起伏を一切感じさせない無表情のまま、じっとこちらを見つめている。
(……嘘だろ。マジかよ、おい……。確かに狙い通り同じ『ランスシリーズ』だけど……!)
冷や汗が背中を
目の前にいる彼女は、ただの人間ではない。
そして、俺が喉から手が出るほど欲していた聖刀『日光』でもない。
あの『柴田勝家』と同じ無敵結界をもつ魔人。
魔物界の正統なるプリンセスにして、魔王ガイの娘。
「――貴方は、一体誰なんでしょうか? ……それに、ここは……」
鈴の音のように澄んだ、しかし酷く無機質な声が室内に響く。
あまりの衝撃的な巡り合わせに、俺は完全に言葉を失っていた。
というか、毎回、このスキルを使うたびに心臓が止まりそうなほど驚愕している気がする。
『ランスシリーズ』における魔人は、人類を遥かに超越した、生ける天災だ。
この時点で俺と敵対するようなことがあれば、この拠点は一瞬で消し飛ぶだろう。
人知れず内心で盛大にヒヤヒヤしながら、俺は最悪の結末を回避すべく、乾いた喉を鳴らして彼女への第一声を必死に模索し始めた。