ホーネットが正式に仲間に加わった。
その確かな実力と心強い意思を確認した俺は、彼女を『
その時だった。
『――――※※ 緊急警報・侵入者を確認しました ※※――――』
『――――※※ 緊急警報・侵入者を確認しました ※※――――』
『――――※※ 緊急警報・侵入者を確認しました ※※――――』
脳内を直接かき毟るような、けたたましいアラートが連続して響き渡る。
(これは……俺が許可していない何者かが、この異空間に足を踏み入れた時の警報ッ!?)
ハッと血の気が引く。そうだ、思い出した。
あの紫の密林に墜落した後、意識朦朧としながら異空間のゲートを開き、あろうことか『空間固定』のスキルで開きっぱなしにしたまま放置していたんだ。
まずい。まただ。
また俺の、この致命的なまでの迂闊さと油断のせいで、仲間を危険に晒してしまう。
クソッ……!
迷い込んだのがただの量産型スケルトンなら、異空間内にいる先輩たちの敵ではない。
だが、もしもあの規格外のネームドモンスターだった場合、倶楽部のみんなが危ない。
俺は血相を変えてすぐさま異空間のゲートを遠隔で遮断し、脳内に簡易マップを展開して侵入者の位置を確認する。
(もう交戦中か!? 場所は中庭……戦っているのは、
最悪の予感が脳裏をよぎる。
マップ上の赤点は凄まじい密度の魔力と瘴気を放っており、ただ迷い込んだ雑魚のそれとは次元が違っていた。
スケルトンという線は、この時点で完全に消える。
確実に、あの柴田勝家と同じ幹部クラスだ。
「幹隆、どうしましたか? 顔色が急に悪くなっていますが」
異変を察知したホーネットが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「そうだよ、マスター! そんなに急に焦ってどうしたんだよ?」
サクラ、マリィ、カヌも、突然立ち止まって脂汗を流す俺の姿にきょとんとした表情を浮かべる。
「侵入者だ……! 俺のミスで、この異空間に敵を招き入れちまった。今、中庭で先輩たちが交戦してる。早く向かわないと全滅する……っ! それと、マリィ、いけるか!?」
「うん、いつでもいけるよ」
マリィは、いつにもなく真剣な表情で頷く。
呼吸を合わせ、俺たちは同時にその言霊を紡いだ。
「「
大気を引き裂く重低音とともに、禍々しい漆黒のギロチンの刃が俺の右腕へと形成されていく。
その悍ましくも圧倒的な聖遺物の具現化を初めて目の当たりにしたホーネットが、息を呑んで驚愕の表情を浮かべた。
「悪い、説明は後だ! 先輩たちが心配だから先に行く! 場所は中庭だ ――――
ドォンッ! と足元の空間を魔力の爆発で踏み抜き、俺は凄まじい衝撃波を残して中庭へと弾丸のように直行した。
――――
視界が開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、あまりにも惨烈な光景だった。
中庭の石畳の上には、既に片腕を根元から叩き切られたのか、左腕を失って鮮血に染まる
そしてそのすぐ側には、全身を無数の弾丸で穿たれ、生肉の塊のようになってピクリとも動かない
侵入のアラートが鳴ってから、まだ一分程度しか経過していない。
それなのに、あの『
二人の前に立ちはだかるのは、あの禍々しい髑髏武者の魔人『
そして、長い腕を四本も生やし、それぞれに銃口を構えた異形の魔人『
柴田勝家が、膝をついて満身創痍の楓夕先輩を見下ろし、容赦なくその巨大な大剣を振り下ろそうとしていた。
死の刃が先輩の首筋へと届く――その一瞬の刹那。
「そこを、どけぇぇぇぇッ!!」
振り下ろされる大剣よりも、空間を跳躍した俺のギロチンの刃の方が、確実に早かった。
俺は無我夢中で、全体重と殺意を込めて、柴田勝家の右腕めがけて斜め一閃に刃を振り抜いた。
ガキィィィンッ!! ―― ズシャアッ!!
「……ぬっ!?」
「……はっ!」
激しい金属音の直後、、勝家の大刀を握る太い骨の腕が宙を舞い、中庭の草の上をごろごろと転がった。
(今度は……斬り飛ばすことが、できた……!? なんでだ、あの『無敵結界』はどうした!?)
髑髏武者『柴田勝家』は、自身の絶対的な防御を破られ、片腕を斬り飛ばされたという事実に、眼窩の炎を激しく揺らして驚愕している。
だが、一番驚いていたのは俺自身だった。
なぜ今回はあっさりと刃が通ったんだ?
最初に戦った時は、攻撃が目に見えない壁に弾かれたようだったのに。
原因は分からない。しかし、今は考察に耽っている時間などない。
まずは先輩たちの命を救うのが先決だ。
「…………『異空間生成』 ――― “復元する世界《ダ・カーポ》”!!」
俺の叫びに応じ、瀕死の先輩二人を包み込むように、純白のドーム状の隔離空間が急速に展開していく。
ドームの内部では、時間が巻き戻るかのように、失われた左腕や全身の銃創が急速に塞がり、修復されていくのが見えた。
奈津先輩は既に意識を失っているが、これでひとまず命の危機は脱したはずだ。
以前、俺はこの自身の固有スキルである異空間の内部で、さらに『異空間生成』を使ったらどうなるかという実験をしたことがあった。
その結果は、「異空間の内部に、さらに強力な不可侵の空間を広げる」という、俺が許可した者以外は絶対に干渉できない『絶対不可侵領域』の生成だった。
当時は実戦での使い道が思いつかなかったが、まさかこんな最悪の状況で、先輩たちを保護するための盾として役立つとは夢にも思わなかった。
「幹隆君……すまない……っ。不覚を取った。先輩として、情けない……」
白き不可侵領域の向こう側から、傷が癒え始めた
「いいえ、全ては俺のミスです。俺が異空間の扉をちゃんと閉じておけば、こんなことにはならなかった……本当に、すみません。今作ったその領域からは、絶対に外に出ないでください。ここは俺に任せてください」
申し訳なさと激しい自己嫌悪で胸が押し潰されそうになる。
このレイドにダイブしてから、俺は一体何回同じような油断と過ちを繰り返せば気が済むんだ。
情けないのは、間違いなく俺の方だ。
「ふむ、不粋な横槍が入ったと思えば……以前、儂が叩き伏せた異界の小僧ではないか。やはり、あの程度では死んでおらんかったか。はっはっは!」
自分の腕を斬り落とされたというのに、勝家は未だに余裕を崩さず、カタカタと不気味に顎を鳴らして笑っている。
「勝家殿、笑い事ではありませんよ。腕が丸々一本なくなっているのですからね、貴方は。……しかし、おかしいですね。どうやらこの奇妙な空間の内部では、我ら魔人の力がうまく働いていないようですね」
四本腕の魔人、丹羽長秀が糸目を僅かに開き、中庭の空間そのものを値踏みするように見回す。
「む、確かに言われてみればそうじゃな。おい幹隆とやら、儂には信長様より賜った『無敵結界』があるというのに、どうやって儂の腕を斬り飛ばした? 」
勝家が堂々と問いかけてくるが、いや、俺だってその原因を今必死に考えているところだ。
必死に記憶を貪り、最初に戦った時と今との『違い』を洗い出す。
さっきはただ無我夢中でギロチンの刃を放っただけだ。
それで俺の隠された覚醒パワーが解き放たれて結界をブチ破った。
――なんて、そんな都合のいいエロゲーの主人公みたいな超展開はあるわけがない。
シチュエーション自体に大きな差はないはずだ。
どちらの戦いも、俺はマリィの力をその身に宿した状態で斬撃を加えている。
短時間で俺が急激にパワーアップしたわけでもなければ、目の前の化け物たちが急に弱体化したとも思えない。
だとすれば、決定的に違うのは一つだけ。――『場所』だ。
前回戦ったのは、あの不気味な異界の上空。
そして今回は、俺の固有スキルによって構築された、ダンジョンから隔離された俺の異空間の内部。
もしかして、異界と異空間で無敵結界の条件が変わるのか……!
今の知識だけじゃあまだ結論に辿り着くことはできない。
だけど、もし、もしも本当にこの異空間の中において、奴らの「無敵結界」無効化されているのだとしたら――。
(――勝てる。ここに引きずり込みさえすれば、この化け物どもを殺せるッ!!)
暗闇に閉ざされていた俺の視界に、初めて明確な『勝機』の光が差し込んできた。
右腕のギロチンが、獲物の首を求めて激しく鳴動を始める。
やってやる。俺のテリトリーにノコノコとやってきたことを後悔させてやる。
「単純にカルシウム不足だろ、骨野郎。軟弱過ぎて何の抵抗もなく簡単に切断できたわ。……すぐにその残った骨も、粉々に砕いてあの世に送ってやるよ」
被害がこれ以上、不可侵領域の先輩たちや本館へと拡散しないよう、俺はあえて傲岸不遜な態度で目の前の化け物どもを激しく挑発する。
「ぬかせぃッ! 異界のゴミムシがぁぁぁッ!!」
「待て!勝家殿、挑発です!」
激昂して残された左腕で大刀を構え直す勝家と、それを鋭く制そうとする長秀。
だが、もう遅い。俺は全神経を集中させ、『スキル強化』を発動。
己の魂の格、すなわち『エイヴィヒカイト』の位階を強引に一つ上へと引き上げる。
一日わずか一時間という極めて厳しい時間制限。だが、今の俺にはそれで十分すぎる。
今ここで、この空間に踏み込んできた不遜なる二凶を、確実に屠る。
脳裏に浮かぶのは、世界を呪い、愛し、停止させるための残酷なる絶対の言霊。
俺とマリィの魂が完全に同調し、五臓六腑を灼くような狂おしい渇望が、深紅の魔力となって異空間の全域へと吹き荒れた。
「――
「――
「――
「――
「――
「――
「――
歪む世界、停止する因果の狭間で、俺はその名を世界へと告げた。
「――
ドクン、と世界が拍動を止める。
次の瞬間、世界の理から完全に逸脱した、漆黒の光が底なしの奔流となって溢れ出した。
「――
瞬間――。
広大な異空間全体が、俺から噴き出した圧倒的な魔力と、どす黒く濃密な死の瘴気によって瞬時に塗りつぶされる。
時間制限付きの、いわば前借りの力。だが、エイヴィヒカイトの極致である『創造位階』へと到達した俺の“速度”を捉え、その影を踏むことすら、もうこの世界の誰にもできない。
「な、何だこれは……っ!? その禍々しい武器は何なのですか!そんな、『死』そのものを剥き出しで纏っておいて、人間の身でその正気を保っていられる訳がない……っ!」
四本腕の異形、丹羽長秀が異様な気配を察知して激しく狼狽する。
その冷徹だった糸目は見開かれ、眼球には隠しようのない純粋な『恐怖』の色が明滅していた。
「おい、名乗れよ。戦の法を先に説いてきたのは、そっちのほうだろう?」
静止した世界の中を滑るように間合いを詰め、俺は冷酷に言い放つ。
右腕の断頭台が、獲物の血を求めて歓喜の歌を歌うように、キィキィと甲高い金属音を立てて震えている。
「異界の餓鬼が、調子に乗るんじゃねぇぞ……! 儂は織田信長様の最強の家臣、織田四天王の一人――『
「同じく、……織田四天王の一人『
「俺の名は、『
俺の胸の内には、すでにどす黒く煮え滾るほどの怒りが満ちていた。
大切な仲間を、先輩たちを、虫ケラのように無慈悲に傷つけ、尊厳を蹂躙したこの目の前の化け物どもを、生かして帰す理由など微塵もない。
泣き叫ぶ暇すら与えず、今すぐその首を叩き切ってやる。
――動いたのは、刹那。先に仕掛けたのは俺だった。
文字通り、世界の時間が完全に停止した領域。
この絶対的な静止空間において、俺の神速の足取りに追随できる者など、天地がひっくり返ろうとも存在しない。
実際は、俺の体感時間で時間が停止しているように感じるほどの超加速――周囲のすべてが完全に停滞し、俺だけが絶対的な速度で動けば、それは事実上『時間停止』と同等である。
奴らが認識することすら不可能な神速の世界で、俺は死神と化す。
確かに、柴田勝家という魔人が有する、因果律の操作は脅威だ。
まともに付き合えばこちらの命がいくつあっても足りない。
だが、対処法は至極単純だ。奴がその凶悪な斬撃を放ち、能力を発動させるよりも前に、こちらが一方的に仕留めてしまえばいい。
因果を歪められる前に、肉体を消滅させてしまえばいいのだ。
ガッ!! と爆発的な踏み込みとともに、俺はその圧倒的なスピードで柴田勝家の懐をすり抜け、無防備な背後へと回り込む。
「終わりだ、骸骨野郎」
冷徹な宣告とともに、右腕のギロチンを真横一文字に全力で振り抜いた。
不気味な黒い軌跡が虚空を走り――凄まじい硬度を誇るはずの勝家の首が、今度は一切の抵抗もなく、呆気なく宙を舞った。
だが、俺の殺意はそれだけでは止まらない。
万が一にも、因果操作で死を無効化され、再生されるような事態は断固として防ぐ。
俺は冷酷な機械と化し、落ちていく首と、立ち尽くす骨の肉体へ向けて、狂気的な速度でギロチンの刃を乱舞させた。
――ザシュ! ――ザシュ! ――ザシュ! ――ザシュウゥッ!!
肉を断ち、骨を微塵に粉砕する、おぞましく生々しい音が中庭に連続して響き渡る。
数瞬の後、かつて幹隆を絶望の底に突き落とした凶悪な鎧武者は、見る影もないほど無惨な骨の細切れへと成り果てた。
俺は最後に、石畳の上をごろりと転がった、勝家の頭部であった髑髏を、何の躊躇もなく靴の底で容赦なく踏み潰した。
ベキィッ!! と甲高い破壊音とともに、眼窩の業火が完全に掻き消える。
主を失った無数の残骸は、もはや形を維持することすらできず、ドス黒い瘴気の霧となって異空間の虚空へと霧散していかった。
「な、何だと……っ!? 勝家殿を、これほど容易く殺したというのですか……この、化け物め!!」
時間が動き出した瞬間、勝家の気配が完全に消滅した事実を突きつけられ、丹羽長秀が驚愕に顔を歪める。
その四本の異形の腕が、一斉に俺の全身へと四条の魔銃を向けた。
だが――その引き金が引かれるよりも早く、中庭の背後から、大気を激しく震わせる二つの苛烈な咆哮が響き渡った。
「――『
「――『六色破壊光線』――ッ!!」
それは、空間を焼き尽くすほどの熱量を孕んだ、サクラとホーネットによる怒涛の同時遠隔砲撃だった。
純白と桜色の神聖な光の奔流、そして万物を分解する六色の破滅的なレーザーが、寸分の狂いもなく交差する。
ズドォォォォォンッ!!!
鼓膜を震わせる凄まじい爆音とともに、中庭の一角が目も眩むような大爆発に包まれた。
猛烈な衝撃波が吹き荒れ、あたり一帯の石畳が跡形もなく消し飛び、文字通り大地が抉れる。
「……いや、どう考えてもやり過ぎだろ」
俺は思わず頬を引きつらせ、冷や汗を流した。
撃った方向が異空間の何もない虚空の方だったため、こちらの本館や不可侵領域への被害は奇跡的に免れたが、目の前の光景は明らかに度を越したオーバーキルだ。
チリ一つ残すまいとする容赦のなさに、背筋が少し寒くなる。
呆然としながら後ろを振り向くと、そこには今まさに中庭に到着したばかりの、サクラ、カヌ、そして新加入のホーネットの姿があった。
「ふぅー!やってやたんだよ!」
もうもうと立ち上る硝煙を背に、サクラはカッコよくポーズを決め、胸を張って完璧なドヤ顔をこちらに向けている。
「……ふむ。何とか間に合いましたか。魔人だと話を伺っていたので警戒していましたが、どうやら、今の攻撃で完全に消滅したようですね」
ホーネットはどこか興味深そうに、塵となって消え去った長秀のいた場所を眺めている。
ふと、二体の魔人が消滅した跡地に目を落とすと、焦げ付いた石畳の上に、妖しく輝く深紅のビー玉のような塊が二つ、転がっているのが見えた。
俺は歩み寄り、それを拾い上げて手のひらに載せる。
「……ホーネット、これはもしかして、『
俺の言葉に、ホーネットがじっと手元を覗き込んできた。
「はい、間違いないようです。魔王の生命と力の結晶――『
「ってことは、あの二体の異形が『魔人』だったことは確定か……。でも、それなら何でだ? 何でさっきの戦いでは、奴らの『無敵結界』が発動していなかったんだ?」
「ふむ、確かに妙ですね。本来、魔人の『無敵結界』を破るためには、自身が自らの意思で解除するか、あるいは『魔剣カオス』や『聖刀日光』といった、『無敵結界』を無効化する武器を用いなければ不可能なはずですが……」
ホーネットの言う通り、確かにおかしい。こんなにあっさり魔人を倒せてしまっていいものだろうか。
本来ならもっと、血を吐くような苦戦を強いられるはずだったんだ。
俺は先ほど、戦闘中で考えていた『ある仮説』を思い出し、それをホーネットに打ち明けてみることにした。
「なぁ、もしも魔人の『無敵結界』というシステムそのものに、有効領域が存在するとしたらどう思う?」
「魔人の力の有効領域……ですか? そうですね。……それで言うと、私がいた世界は『創造神ルドラサウム』がいたので、全大陸が有効領域だと思います」
「なるほど、………………ん?待てよ、ルドラサウムのルール範囲……そうか、そういうことか! 原因がわかったぞ!」
霧が晴れるように、脳内のパズルが急速に噛み合っていく。
おそらくだが、この仮説が真実に最も近いはずだ。
基本的に魔人の『無敵結界』は、異世界へと渡った後でもなお有効であると考えられている。
だからこそ、この『
元のゲームの歴史を思い返しても、魔王が異世界へ渡る描写はあったが、そこでも魔王の権能や無敵結界は不都合なく機能していた。
なぜなら、大抵の異世界には、ルドラサウム級の『世界法則を書き換えるほどの創造神』が存在しないからだ。
ゆえに、一度成立した魔王のルールは、外の世界でも法則に干渉されることなく、慣性のように機能し続ける。
ただし――そんなゲームの世界でも、たった一つだけ『例外』が存在した。
同じアリスソフトの作品である、『イブニクル』の世界だ。
あの世界だけは別格だ。
『ランス』の世界は、創造神ルドラサウムを頂点とし、そこから派生した上位存在たちが世界の理そのものを管理している。
『イブニクル』の世界では、ルドラサウム級の創造神が別の世界のルールを独自に作っていた。
そこでは、ルドラサウムのローカルルールに過ぎない『無敵結界』は一切機能しない設定だった。
そして、今の状況をその例外に照らし合わせてみる。
この『異空間生成』という俺の固有スキルは、俺をこの世界に転生させたあの胡散臭い神から授かったものだ。
仮に、俺を送り込んだあの神が、ルドラサウムに匹敵する、あるいはそれを凌駕するほどの神格を持っていたとしたら――。
この完全に独立した俺の『異空間』の内部は、ルドラサウムの敷いたシステム領域の「完全なる範囲外」ということになる。
だからこそ、この空間に入ってきた勝家と長秀の無敵結界は、世界のルールで強制的に無効化されていたのだ。
「――ふぅ。要するに、ここが『俺の領域』だからこそ、奴らのチート能力が無効化された、って結論で間違いなさそうだ」
一連の推論を噛み砕いて説明すると、ホーネットは深く納得したように美しい顎を引いた。
「成程、極めて理にかなった推論です。確かにその前提であれば、今私たちがいるこの異空間は、『創造神ルドラサウム』の因果が届かない隔離領域。無敵結界が無効化されるのも当然の理ですね」
「やっぱりそうだよな」
「それで、……幹隆。その、貴方の手元にある『
「……え?」
唐突な申し出に、俺は思わず声を漏らした。
手のひらの上の赤い結晶をじっと見つめるホーネットの瞳には、かつてないほど鋭く、冷徹なまでの決意が宿っていた。
「先ほどの戦闘を僅かながら見させてもらいました。……そして、今の私のままでは、この先、貴方たちの足手纏いになってしまうことが分かりました。だからこそ、その『
やけに協力的な姿勢を見せる。何か裏でもあるんだろうかと考えたが、おそらく『ヒロイン召喚』の好感度上昇の影響だろうとすぐに結論付ける。
今までのヒロイン達は、始めから俺に協力的だったのであまり効果を感じなかったがしっかりと効いていたらしい。
「でも、もし魔王がホントにいたら命令に逆らえなくなるんじゃ……?」
「そうですね。ですが、先ほど幹隆が仰った通り、『魔王』が存在している可能性は限りなく低い。……そして、万が一にも私が『魔王』の命令で、貴方たちの敵に回るようなことがあれば――その時は、この異空間の内部で、私を容赦なく殺していただいて構いません」
「い、いや、いくら何でも殺したりはしないが……」
淡々と、しかも自らの死をも天秤にかけたホーネットの圧倒的な覚悟の重さに、俺は気圧される。
本来、元の世界における『魔王』の権能には、いくつか絶対的なルールが存在する。
地上最強クラスの身体能力の付与、不老不死の肉体(ただし期間は1000年)。
そして、自身の血を分け与えることで最大24体の強力な『魔人』を生み出す権能。
何より恐ろしいのは、そうして生み出した魔人やモンスターに対する『絶対遵守の命令権』だ。
もっとも、この「ハイスクールハックアンドスラッシュ」の世界において、ランスの世界とは違った、モンスター形態であるため命令できるかは不明。
ただ、魔人に対しては有効だろう。
俺がホーネットにこの『
――けれど。こういう、理屈だけでは答えの出ない局面のときこそ、自分の『直感』を信じるべきだ。
そして、俺の直感は、渡すべきだと判断した。
「わかった。この『
「ふふ、心配ご無用ですよ。こう見えても私は、魔人筆頭でしたので」
ホーネットは妖艶に微笑むと、俺の手のひらから『
ゴクリ、と喉が鳴る。
瞬間――。
中庭の、いや、異空間全体の空気が、肌を刺すような絶対的な圧力とともに一変した。
彼女の華奢な輪郭から噴き出したのは、先ほどの勝家たちとは比較にすらならない、濃密で、かつ極めて洗練された神聖なまでの魔力の奔流。
背後に揺らめくのは、万物を平伏させる絶対強者のオーラ。
そこに佇んでいたのは、ただの魔人ではない。
完全なる力を取り戻し、真の覚醒を遂げた――最強の魔人、ホーネットだった。