キーンコーンカーンコーン――。
授業開始を告げるチャイムが教室内に響き渡る。
「それじゃあ幹隆君、さっきの話、よろしくね!」
「お、お願いします……っ!」
嵐のように去っていった彼女たちの背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
(ふむ……とりあえず、この件は後で、波留先輩に相談してみるか)
以前の俺なら、極力トラブルを避けるために今回のダイブの誘いも頑なに断っていただろう。
だが、これから本格的な『
手駒となる人手は、多ければ多いほどいい。
インターネットが遮断されたこの学園において、転生者たち情報を集めるには、人海戦術が一番の情報源だからだ。
彼女たちを利用する価値は十分にあるだろう。
ふと、原作主人公である叶馬の席を横目で盗み見た。
相変わらず、何を考えているのか全く読めない無表情のまま授業に臨んでいる。
俺が攻略した『
ふむ、叶馬のあの平然とした様子を見る限り、特に問題なく原作通りのイベントをこなしてきたように見える。
(まあ、適当に推測してみたものの、結局のところは何も分からんが……)
かと言って、叶馬に直接「補習レイドどうだった? おかしな奴とかいなかった?」なんて聞けるはずもない。
うーん、ひとまず他の補習レイドがなぜ同時に消滅したのか、その原因は独自に調べていく必要がありそうだ。
原作では、『
つまり原因がほぼ割れているため、こちらは後回しでいいだろう。
問題は、もう一つの『テュイルリー
こればかりは原作本編に書かれていない全くのイレギュラーである。
一刻も早く調査を始めたいところだが、実はそれすら後回しにせざるを得ない直近の事情が俺にはあった。
そう、間近に迫った『倶楽部対抗戦』の話だ。
まだ学園側からの正式なルール発表はされていない。
しかし、俺はすでにレギュラーメンバーへの抜擢が確定しており、出場は免れないだろう。
波留先輩曰く「実質的な部長は幹隆君なんだから、君が出ないと他のメンバーが納得しないでしょ」とのことだ。
出場すること自体に異論はない。だが、一つだけ決めていることがある。
——今回の倶楽部対抗戦では、マリィとの合体、エイヴィヒカイトは使わないつもりだ。
他の転生者が暗躍している可能性が浮上した以上、手の内を安易に明かすのは悪手でしかないからだ。
(その分鍛えないとな。また、カヌ辺りお願いするか……)
魔王になってもその辺は社畜の習性が働くのか、従来の勤勉な日本人の性質なのかはわからないが俺は自分の力を過信できていないため全力で鍛えるつもりだ。
となると、今後の俺のメイン活動は二つ。
倶楽部対抗戦に向けて「マリィの力に頼らない実戦訓練」を行うこと。
そして「『テュイルリー
そう考えると、学園内で自由に動ける「現地の協力者」を作ることは、極めて理にかなっている。
サクラたちを学園内で大っぴらに動かすには、どうしても色々と制限が多すぎるからだ。
あと、忘れてはいけないのは、友達を頑張って作ろうと思う。
目指せ、脱ボッチライフ!
※叶馬は友達にカウントしていません。
「——皆さんもクラスチェンジを済ませ、
教壇に立つ翠先生の声が耳に届く。
今の科目は、彼女が担当する『迷宮概論』だ。
1年生の必須科目に指定されている、ダンジョンの基礎を広く浅く学ぶための授業である。
内容自体はそこまで専門的ではないため、前世でこの手のゲーム知識が皆無だった俺でも、問題なく授業についていけていた。
それにしても、翠先生のタイトなスーツに包まれたお尻のラインが強調されすぎていて、大半の男子生徒は授業どころではない様子だ。
目が完全に据わっている奴もいる。
かといって、ここで彼女に急に襲いかかるような無法者はいない。
理由は単純で、当たり前なんだが、校則で「授業中の性行為」は原則禁止されているからだ。
……日常的な搾取やレイプは平然と黙認するくせに、授業中だけは風紀を乱すなという。
相変わらず、この世界の倫理観と校則の線引きは訳が分からない。
「次に、スキルに関する間違った認識について解説します。クラスを獲得すれば、それだけで自動的にスキルを使いこなせると思っている人がいますが……これは正確ではありません。スキルはシステムから与えられるだけでなく、自身の肉体と感覚で『覚え、身につける』ステップを経て、初めて十全に発動させることができるのです」
翠先生の言葉を聞きながら、俺は自分の手のひらを見つめた。
そういえば、俺はこの世界に来てからスキルの発動について、特に意識してこなかったな。
通常、この世界の住人が
これは
例えば、波留先輩の持つ
だが、それはあくまで「この世界のシステム(ルール)」の話だ。
俺や、召喚したヒロインズは、全く異なるリソースを消費して戦っている。
例えば、サクラやホーネットは、自身の中に蓄えた膨大な『魔力』を消費して魔法を行使する。
より詳細に言えば、彼女たちの魔法の法則概念すらそれぞれ異なっているのだが、その辺は考え出すとキリがない。
そして、カヌや俺が持つ『
ただ「権能」として発動する。強いて言えば、ほんの少しの集中力を使う程度だ。
要するに、別概念で使用する俺たちの魔法や権能は、この世界のSPやGPを削って放つスキルに比べて、あまりにも強力なのだ。
以前、俺が波留先輩の能力を『
つまり、俺たちは、この世界では確認されていない未知のエネルギーを消費し、戦う
「先生。気分が優れないので早退させて下さい」
そんな思考に耽っていたら、不意に前方の席から声が上がった。
見れば、ヒロインの一人である静香さんが、叶馬の手を引いてそそくさと教室を出ていくところだった。
(ふむ、また
俺は二人の後ろ姿を冷めた目で見送り、再び翠先生の講義へと意識を戻した。
————
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』
――第拾壱階層、『既知外』領域
翠先生の授業を終えた俺は、その足でダンジョン攻略に臨んでいた。
今回のパーティーは、俺と4人のヒロインズ――サクラ、マリィ、カヌ、そして新加入のホーネットという布陣だ。
俺たちだけでダンジョン攻略というのは、久しぶりな気がする。
目的はホーネットのレベリング、そして今月中に開催される『倶楽部対抗戦』に向けて、俺自身が「マリィの力に頼らずどこまで戦えるか」を確かめるための実戦特訓である。
「それにしても、驚きました。幹隆様が転生させられた理由が、そのようなふざけた神の気まぐれだったとは……。いくら神とはいえ、到底許せるものではありませんね」
カヌが、普段の穏やかな笑みを完全に消し去り、冷徹な声音でそう言った。
先ほど、俺は異空間での休憩中に、ヒロインたちへ、創造神ルドラサウムと出会ったこと、そしてこれから学園で始まる『
話を聞いた彼女たちの憤りは凄まじかった。
滅多に怒り感情を表に出さないマリィでさえ、その翡翠の瞳に怒りを宿し、「騙して連れてくるなんて、ひどい……」と俺を弄んだ神に対して静かに激昂していたほどだ。
「そうだよ、絶対に許せないんだよ、マスター! どんな奴が来ても、私が絶対にマスターを守ってみせるからね!」
「……ありがとうな、サクラ。みんなも、俺のためにありがとうな」
彼女たちの温かい言葉が、不安になっていた心に染み渡る。
未知の敵が相手になろうが、少なくともこの子たちだけは絶対に俺の味方でいてくれる。
その事実だけで、俺の心は満たされていた。
「それで、6月に入ったわけだが……事前に少し話していた『あれ』が、いよいよ今月中に開催される」
「『あれ』、とは……?」
俺の言葉に、新参のホーネットが美しく整った首を傾げた。
「ぐ——」
「『倶楽部対抗戦』が始まるんだよ!」
俺が言い切るより早く、サクラが我が物顔でバッと胸を張って割り込んできた。
(おい!一応、俺のセリフなんだが……)
「倶楽部対抗戦……。一体どのような催しなのでしょうか?」
「ああ、ホーネットにはまだ詳しく説明していなかったな」
俺は苦笑しつつ、戦況を確認しながら解説を口にする。
「倶楽部対抗戦は、年に3回行われる、倶楽部同士の文字通りのランク戦のことだ。学園内の全倶楽部は、実力順に上から『S・A・B・C・F』の5つのランクに大きく分けられている。今、俺が所属している『
「……なるほど。……では、私たちもその対抗戦に、出場すればよろしいのですね?」
「いや、今回出るのは俺だけだ。基本的にお前たちの存在は学園にバラしたくない。それに……」
「他の転生者の存在が確認された以上、無闇に手の内を晒すのは得策ではない、ということですね、幹隆様」
カヌが俺の意図を正確に汲み取って頷く。
「ああ、そうだ。だから今回の倶楽部対抗戦では、俺はマリィとの融合も封印して、純粋な
「そ、そんな……幹隆、私を置いていくの……?もう用済み……?」
隣を歩いていたマリィが、大袈裟にショックを受けた様子でシクシクと嘘泣きのポーズを取り始めた。
「いや、マリィ、一時的な話だからね!?ダンジョン攻略ではこれまで通りお前の力を借りるから、そんな悲しそうな顔しないでくれ!」
「ふふ、冗談だよ。幹隆が私たちのことを誰よりも大切に考えてくれているの、ちゃんと知ってるから。気にしてないよ」
(……マリィも冗談を言うようになったんだな。マリィになら、いくらでも騙されていいや。……可愛いし)
ともあれ、ヒロインたちとの現状認識の共有はすべて終わった。
『
やるべきことは山積みだが――今は目の前のダンジョン攻略に集中するとしよう。
俺は腰の鞘から、一本の美しい太刀を引き抜いた。
刀身は夜闇をそのまま切り取ったかのように深い黒色を帯び、淡い桜色の刃文が浮かんでいる。
以前、サクラが『
「今回、対抗戦に出られない、代わりに持って行って、使って欲しんだよ」とサクラから譲り受けた。
この黒い刀は、ただ美しいだけではない。立派な『
この世界の装備品やマジックアイテムには、3つの等級が存在する。
普及品である『
このうち『
『
例えば、
「黒炎よ――この地を焦土と化せ!」というあの台詞は、中二病の格好つけではなく、
「マスター、前方にモンスターの反応なんだよ!」
サクラが嬉しそうに声を上げた。
どうやら本日最初の獲物の見つけたらしい。
見れば、荒涼とした砂地を泳ぐようにしてこちらへ急接近してくる、5体の巨大な蛇型モンスター――『
体長はゆうに10メートルを超え、剥き出しになった鋭い牙には、一滴で象をも即死させる猛毒が滴っている。
「よし、カヌはマリィの護衛に回れ。俺、サクラ、ホーネットで仕留めるぞ!」
俺の号令と同時に、全員が速やかに動き出す。
最初に仕掛けたのはホーネットだった。純粋な移動速度であれば俺やカヌが上回るが、こと魔法の発動スピードに関しては、彼女の右に出る者はいない。
サクラの『
「——『絶対零度』——」
ホーネットの周囲を浮遊する6つの属性球のうち、深青の珠が鋭く輝き、広範囲の氷結魔法が解き放たれた。
津波のように押し寄せた絶対零度の冷気が、突進してきた『
ちなみに『絶対零度』は、魔法の技能がレベル2じゃないと放てない。
ランス世界における最上級の攻撃魔法の一つだ。
「——『
凍りついた獲物を見据え、俺は足元に込めた魔力を一気に爆発させて地を蹴った。
一瞬で距離を詰め、肉眼では捉えられない速度で『
バキバキという小気味いい破壊音と共に、氷漬けになった
「ふふん! マスター、ホーちゃん、私の準備も完了なんだよ! レーヴァ――」
「サクラ、もう戦闘は終わったよ。幹隆とホーネットの二人が、一瞬で片付けちゃったみたい」
「ガガーーーーン! 私の出番が、1ミリもないんだよ……っ!」
ショックで膝をつくサクラを横目に、俺は自分の手のひらを見つめてニヤリと笑う。
やはり、魔王化した影響は凄まじい。
エイヴィヒカイトによる融合を行っていなくても、身体能力が以前とは桁違いに跳ね上がっている。
魔王化は、エイヴィヒカイトの基準で言えば『創造位階』に達したときと、同等以上に肉体が強化されていると感じる。
先ほどの踏み込みも、斬撃も、俺自身の予想を遥かに超える速度とパワーだった。
何より最高なのは、エイヴィヒカイトと違って、この魔王の力は己の魂、精神を消費しない常時発動の「パッシブスキル」だという点だ。
燃費を気にする必要が一切ない。
(これでまた一つ、人間をやめてしまったな、俺……)
強くなった半面、もう一般人には戻れないという虚しさを感じた。
————
ここの第十一階層のネイチャーフィールド「
そしてそれは、俺たちにとっても例外ではなかった。
俺たちの今日の目的は、レベル上げだ。
『殺し合い』にしろ、『俱楽部対抗戦』にしろレベルが低いとお話にならない。
そのため、俺たちは普通の一年生、いや、誰が見ても正気を疑うような、超高効率の『
やり方はシンプル。機動力に優れる俺とカヌが
そこを、後方に控えるサクラとホーネットの超広範囲・高火力魔法による爆撃で塵に帰すのだ。
——ドドドドドドドドド!!
背後からは、体長2メートルを超える狂暴な鹿型モンスター『
このエリアの草食・群生型モンスターが持つ「仲間が襲われたら周囲の個体が連鎖的に敵対する」というヘイトシステムを逆手に取った引き撃ちだ。
『ホーネット、サクラ、準備はいいか? もうすぐチェックポイントに辿り着く』
『ええ、問題ありません。いつでも大丈夫です、魔王様』
『こっちもいつでもバッチリなんだよ、マスター!』
脳内の念話でホーネットとサクラの二人に合図を送る。
「よし、カヌ、あそこの岩陰の狭路へ滑り込ませるぞ!」
「はい、承知いたしました、幹隆様。——『
カヌが持つ『
瞬間、俺たちと背後のモンスターたちを包み込むように、目視できない仮想の不可視の
カヌが設定したこの空間は、一度足を踏み入れたが最後、出口に到達するまで絶対に方向転換も脱出もできないという法則が組み込まれている。
もし途中でパニックを起こして逃げ出そうとしても、『
(もっとも、理性を失って激昂しているモンスターどもは、そんな仕掛けに気づくこともなく、ただ一本道に整列して俺たちを追いかけてくるだけだがな……)
綺麗に一列の縦隊に整理された哀れなモンスターたちが、狙い通りの
俺はチェックポイントである高台の岩の上に飛び乗り、眼下を埋め尽くす大群を見下ろしながら、手にした『
そして、そのままトリガーワードを解き放つ。
「——
黒い刀身が一瞬だけ明滅したかと思うと、次の瞬間、周囲の光が文字通り消失し、追いかけてきていた100体以上のモンスターたちの視界を暗黒が塗りつぶした。
突然、視界の暗転にパニックを起こし、大混乱に陥る怪物の群れ。
だが――もう遅い。
「――『
「――『六色破壊光線』――ッ!!」
高台の左右から、桜色と六色の、二条の破壊光線が奔流となって解き放たれた。
凄まじい大爆音と衝撃波が砂漠の空気を震わせ、光の波に飲み込まれた100体以上の巨獣たちは、悲鳴を上げる間すら与えられず、細胞の一片すら残さずに一瞬で消滅した。
あとに残されたのは、ただ広大なクレーターと、きらきらと輝く膨大な
「ふぅ……。これで、このモンスタートレインも
時計を確認する。
驚くべきことに、全員の連携が洗練されていった結果、作業スピードは回を追うごとに跳ね上がっていた。
すでに今日だけで討伐したモンスターの数は、優に500体を超えている。
それによって、停滞していたレベルアップも一気に捗っていた。
レベルが『77』で止まっていたホーネット以外の俺たちは、現在は『90』まで到達し、ホーネットに至っては、すでにレベル『50』を超えていた。
今日、潜った時はレベル『1』だったが、『パーティー編成』の経験値共有の効果もあり、一気にレベルアップすることができたな。
当然、短時間でこれほど急激にレベルを上げれば、その副作用として『性欲の上昇』に襲われる。
そのため、道中では何度か、安全な異空間で休憩を挟み、ハーレムセックスを楽しんだ。
倶楽部対抗戦が始まる今月中には、全員のレベルを『100』の大台に乗せるのが目標だ。
ステータスの基準において、レベル61~100は『第三段階クラス』、101~150は『第四段階クラス』と定義されている。
Aランク倶楽部の主力を張る以上、対抗戦までにはなんとしてもレベル100以上の第四段階に到達しておきたい。
とはいえ、俺たちが開発したこの
(……毎日、真面目にレベル上げている一般の生徒たちには、申し訳なくなるな。こんな脱法の経験値稼ぎ……)
これほど旨い稼ぎ方があるなら、学園の他のトップ倶楽部も真似すればいいと思うかもしれない。
だが、断言するが彼らには逆立ちしても不可能だろう。
理由はいくつかある。
まず大前提として、俺たちが狩場にしているのは学園の管理外である『既知外』階層のモンスターだ。
ここに出現するモンスターは、『既知内』階層と違い、群れで襲ってくることが多く、また個体のレベルも上限まで育ちきっている。
この時点で、普通のパーティーならまとめて狩る以前に、圧殺されて終わりだろう。
さらに、
俺たちのパーティーでは、その不可能を俺とカヌの機動力で補い、火力面ではサクラとホーネットという規格外の火力を持つ二人が担当している。
仮に学園のトップクラスの『
その点、魔力という別リソースを持つサクラとホーネットは、何十発撃とうが涼しい顔をしているし、万が一消耗しても、時間の流れない異空間でいくらでも回復できる。
あらゆるチートを組み合わせた、「脱法のレベル上げ」。
これこそが、俺が今、考えた現時点での最高効率の経験値稼ぎだ。
「よし。この調子なら、明日の今頃には全員レベル100突破だな。……さあ、カヌ、次の群れを引っ張ってくるか!」
「はい、幹隆様!」
俺は『