隷属させたばかりの彼女には少々申し訳ないが、俺の忠実な手駒として、さっそく働いてもらっている。
具体的には、以前に謎の崩壊を遂げた補習レイドの一つ——『テュイルリー
俺自身は間近に迫った倶楽部対抗戦の準備で動けないため、自由に動ける彼女にその役目を丸投げした形になる。
そして、学園のシステムを利用して、
バッジの申請時、『
無関係な彼女たちを俺の都合に巻き込むわけにはいかない。
(——まあ、すでに抱いてしまった
というか、あの場で毅然と断っていなければ、倶楽部の女子大半が俺のパートナーに名乗りを上げそうな異常な勢いだった。
流石にそんなことになれば、色んな意味で俺の身が持たない。
今のところ俱楽部の先輩で手を出したのは、幹部メンバーの
——現在、合計4人。
ただでさえ倶楽部棟を歩いているだけで、あらゆる方向から淫らな誘惑や視線が飛んでくる状態だ。
この環境は、男にとっては非常に危険極まりない。
一方で、俺の所属するクラスの方といえば、あの一件以来、一年生の4人(
だが、幸いにも周囲から特段深くツッコまれるような事態にはなっていない。
ただ、誠一から、「お前、いきなり女を侍らすようになったな。もしかして、叶馬と同じ系統なのか?」などと不名誉な疑問をぶつけられた。
あの無自覚ハーレムと一緒くたにされるのは心底お断りしたい。
とはいえ、彼女たちを「隷属」させてしまった「けじめ」として、4人全員を俺のパートナーに登録したのは事実だ。
そのため、誠一の言葉を完全には否定しきれなかった。
結果として、今俺の制服の襟元に輝いている『パートナーバッジ』は、
一気に手を広げすぎて、やってしまった感は否めないが、もう後戻りはできない。
せめて、彼女たちの人生は最後まで責任を持って面倒を見るつもりだ。
面倒を見ると言っても、今の俺にできるのは一緒にダンジョンに潜ってレベルを引き上げることくらいなのだが、たったそれだけのことでも、彼女たちからは涙を流さんばかりに感謝された。
とりあえずの目標として、彼女たちが「第三段階」の上位
今の俺には、パーティー編成による『経験値共有システム』と、お馴染みの『
彼女たちのレベルなど、一瞬で一気に引き上げることができるだろう。
ちなみに俺とサクラ達は、みんなレベル『100』を超えた。
ホーネットだけまだ、レベルが『80』台である。
もちろん、今後のダンジョンダイブを考えて、4人にはサクラたちの存在や異空間の拠点の秘密、そして固有スキルのパーティー編成について最低限の説明は済ませてある。
話すたびに目を丸くして驚かれたが、もうそれにも慣れた。
驚かれることに慣れるというのも変な話だが、驚愕する彼女たちには「決して質の悪いドッキリとかじゃないから安心してほしい」と、一応伝えておいた。
……………………。
「……マスター。さっきからそんなに難しい顔をして、一体どうしたんだよ?」
「いや、これからの計画を少し整理して考えていただけだ。特に問題が起きたわけじゃないから、安心していいぞ」
「そう? ならいいんだよ。マスターは放っておくと、何でも一人で抱え込んじゃうのが悪い癖なんだよ。もう少し、この頼れる相棒を頼ってほしいんだよ」
「ああ。ありがとうな、サクラ」
そう言って、隣を歩くサクラの頭を優しく撫でてやる。
すると、サクラは嬉しそうに目を細め気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
当初は転生者たちの目を警戒して、サクラたちを異空間から外に出すことを渋っていたのだが、結局のところ、出しておく方針に変えた。
そもそも、俺が単独行動している瞬間に不意を突かれる方が、よほど危険だという結論に至ったからだ。
その代わり、外に出る際は「必ず二人以上で行動すること」、もしくは「俺の傍から離れないこと」という厳格な条件を付けている。
一応、一目でエロゲーのキャラクターだとバレないよう、最低限の変装も施していた。
サクラの鮮やかなピンク髪や、ホーネットの翡翠色の髪は、この世界ではどうしても目立ちすぎる。
そのため、現在は購買部で見つけたマジックアイテムの特殊なカラー剤を使い、一時的にシックな黒髪へと染め変えさせていた。
魔力を流すことで手軽に髪色を変えられる優れもので、効力は24時間の使い切りタイプだ。
今日は週に一度の、ダンジョンダイブがオフとなる休日。
そして今、俺たちは
俺の左右には、カヌとサクラが付き従うように並んで歩いていた。
ちなみにマリィとホーネットは今日はお留守番だ。
彼女たちの間でいつの間にか妙なコミュニティが形成されたらしく、勝手に『幹隆のお世話係』なる制度が作られたらしい。
今日の当番が、たまたまこの二人だったというわけだ。
このローテーションは日々変わるらしいが……。
要するに、外で勝手に女を増やした俺に対する、実質的な「不倫監視の目」でもあるのだろう。
恐ろしい限りだ。
「ごめんねー、幹隆君。せっかくの貴重なオフの日なのに、私のお願いに付き合ってもらっちゃって」
「いえ、お気になさらないでください。特にこれといった予定もなかったので、大丈夫ですよ」
「ちょっと、マスター!予定ならあったんだよ!私と一緒に芝生の上で日向ぼっこするっていう、大事な先約が……!」
「いや、そんな約束した覚えはねーよ。それに日向ぼっこなら、異空間の中でいつでもできるだろ」
「チッチッ!マスターは全然わかってないんだよ!異空間の疑似太陽でやる日向ぼっこと、現世の太陽の下でやる日向ぼっこの、決定的な違いが!」
「分かるわけないだろ、そんな細かい違い」
「ははははっ!相変わらず仲が良いね、二人とも!」
俺たちの漫才のようなやり取りを見て、前を歩く
「
サクラが可愛く
「ああん、やっぱりサクラちゃんは可愛いねぇ!ねえ幹隆君、この子ちょっともらっていい?倶楽部で可愛がりたいんだけど」
「まあ、普段はわりとポンコツですけど、戦闘ではそれなりに役に立つと思うので、それでよければよろしくお願いします」
「ええっ!? マスター、まさかわたしのこと捨てちゃうの……っ!?」
驚いた顔でしょぼくれるサクラ。
一つ一つの反応がオーバーリアクションで面白くて、ついついからかってしまった。
「ははっ、冗談だって。サクラが可愛い反応をするから、少しからかっただけだ。悪かったよ」
「もう……っ!マスターのいじわるっ!!」
ぷくーっとフグのように頬を膨らませるサクラ。実に微笑ましい。
俺は苦笑しながら、カラー剤で綺麗に染まった彼女の黒髪を、今度は念入りにわしわしと撫で回して機嫌をとった。
「——それで、幹隆様。私たちは一体、どこへ向かわれているのでしょうか?」
それまで一歩引いて冷静に状況を見ていたカヌが、静かに尋ねてくる。
「ああ、それはだな——」
「『
俺が口を開くより早く、サクラがドヤ顔で遮ってきた。
……おい、俺のセリフを奪っていくなよ、このピンク。
豊葦原学園の広大な敷地内には、様々な訓練・育成施設が存在する。
今から俺たちが向かっている『
学園の公式行事がある期間を除けば、事前に申請を出すことで、どの倶楽部でも自由に利用可能となっている。
ただし、その使用料は、決して安くはない。
一回借りるだけで、最低でも「十万銭」という大金が吹っ飛ぶ。
また、個人での申請は不可で、俱楽部単位での団体申請のみが受付対象となっていた。
倶楽部対抗戦が間近に迫っている現在、対モンスターの戦闘ではなく、対人戦を想定した実戦訓練を行う場所として、地上でスキルを使用できる施設は非常に重宝されている。
モンスターの奇襲や不確定要素を考慮すると、さすがにダンジョン内での対人訓練は非効率的だからだ。
原作では、十一月に開催される方の倶楽部対抗戦のメイン舞台として利用される場所だ。
だが、現時点のこの時期であれば、ただの訓練施設として立ち入る分には何の問題もない。
この『
いわゆる『
そして今、俺たちは波留先輩の案内のもと、倶楽部内での実戦訓練のため、その下見に行くというわけだ。
重厚な門をくぐり、俺たちはその内部へと足を踏み入れた。
————
————『
闘技場の形状は、中央にある巨大な円形の舞台を、すり鉢状の階段席がぐるりと囲む古き良き古代建築のスタイルだった。
広大な舞台は、それぞれ東西南北四つのステージに区分されており、個別に環境やトラップといった「ステージギミック」が変更可能となっている仕様だ。
まあ、普段の訓練でそんな機能が利用されることはまずないのだが……。
舞台を支える巨大な石柱や観客席の随所には、獰猛な猛獣や禍々しくも美しい装飾が
だが、現在の闘技場は、訓練のための静寂とは程遠い、ただならぬ緊張感に包まれていた。
中央の舞台を囲むようにして、互いに激しく睨み合っている四つの倶楽部がいたのだ。
『
彼らは、この学園に十二枠しか存在しない『Aランク倶楽部』。
実質的な学園のトップとして君臨する精鋭集団たちだった。
(うーん。どうしてこうなった……)
俺は押し寄せる頭痛を覚えながら、内心で深く後悔していた。
確かに原作のイベントシーンでも、ここの利用権を巡って複数の倶楽部が睨み合う描写は存在していた。
だが、その時点では『
まさか、学園側の手違いで予約がバッティングしたのだろうか。
当然、互いに火花を散らして睨み合っている時点で、場を支配する空気は最悪の一言に尽きる。
うちの倶楽部も含め、Aランクにまで登り詰めている面々は総じてプライドが高く、傲慢だ。
この場を無条件で譲る気など毛頭ないのだろう。
実際問題、隣にいる波留先輩は、いつも以上に「とても悪そうないい笑顔」でニコニコしている。
これ、完全に波留先輩の悪いスイッチ入っちゃってるやつだ。
「……気に入らねぇなぁ」
最初に沈黙を破って不快そうに口を開いたのは、西の舞台に陣取っている『
ツンツンに尖らせたソフトモヒカンが特徴の、いかにも素行の悪そうな男だ。
一言で言って、めちゃくちゃモテなさそうなツラをしている。
彼らの倶楽部は、「健全な男女交際を一切許さない」という謎の使命感をモットーに活動している、拗らせた男子ばかりが集まった集団だ。
なぜそんなリア充絶対許さないマンたちの俱楽部が、この学園の上位に君臨できているのかは甚だ謎である。
「それはこっちの台詞よう……」
退屈そうに腕を組みながら、北の舞台から声を響かせたのは、『
肩まで伸ばしたウェーブがかった長い黒髪が印象的なイケメンだが、どこか中性的な色気を漂わせている。
以前、俺がサクラたちと、ピクニックをしていた時に一度接触したことのある男だ。
そして彼は、さっきからなぜか俺の方をチラチラと値推みするように見つめてきている。
もしかして、以前に彼らの倶楽部棟へ行く約束をすっぽかしたことを、未だに根に持っているのだろうか。
「どうでもいいんだけど、私たちの邪魔だけはしないでちょうだい」
忌々しそうに周囲の有象無象を鋭い眼光で睨みつけているのは、東の舞台に立つ『
明るく染めた髪をヘアバンドで留め、ミニスカートの後ろに差した日本刀の鍔を、親指でカチン、カチンと神経質そうに鳴らしている。
明らかに苛立っている様子だ。
彼らの俱楽部『
ダンジョン攻略やモンスターとの殺し合いに異常な快感を見出した、生粋の戦闘狂どもだ。
現在、最も『Sランク』に近い倶楽部であると噂されている。
「いやいや、ここは可愛い可愛い後輩に譲るべきでしょ、先輩方?」
最後に、南の舞台から鈴を転がすような、周囲を煽る声を上げたのは、我らが『
原作では、この場所に居合わせるはずのなかった我が倶楽部が、俺という異分子の介入によって、歴史の歯車を変えて相まみえていた。
実力的には、俺たちも武闘派のメンバーで構成されており、最大の特徴は「ほぼ女子メンバーのみ」という尖った点だ。
もっとも、——現在のこの倶楽部には、『魔王』である俺や、エロゲーヒロインが加わっている。
純粋な戦闘戦力だけで言えば、うちは既にAランクどころか、学園の最高峰である『Sランク』の枠すらとうに凌駕していると、俺は確信していた。
————
東西南北の四つの舞台に張りつめていた空気は、もはや一触即発の限界にまで達していた。
互いの武器から放たれる殺気が、目に見える火花となって大気をチリチリと焦がしていく。
——バリ、ボリ、ガリッ。
その時、静寂を切り裂くように、何か硬いものを力任せに噛み砕く、場違い極まりない不快な音が響き渡った。
音が聞こえてきたのは、四つの舞台が交差する北のエリア。
ちょうど『
そこには、長身の体を大股に開き、無表情のままこちらを見つめて煎餅を貪る、この世界の原作主人公――『
――バリ、ボリ、ガリッ!
まるで石でも齧っているかのような硬質な破砕音が、広大な闘技場の内部に反響する。
一触即発だったはずの
原作では、この場には彼のパーティメンバーである誠一が一緒に同行していたはずなのだ。
しかし、なぜか今そこにいるのは、叶馬ただ
「……構わん。続けろ」
一通り顎を動かした後、喉を鳴らして煎餅を強引に飲み干した叶馬が、低く淡々とした声で言い放つ。
一言それだけ告げると、彼は何事もなかったかのようにビニール袋から新しい煎餅を取り出し――再びバリ、ボリ、ガリッと、盛大に音を立てて咀嚼を再開した。
(あいつ、一人でこんなところで何してんだ……。おい誠一、お前の叶馬係の仕事はどうしたんだ)
「……おいオメェら、今日は俺たちの貸し切りだ。とっとと出て行ってもらおうか」
「……先輩たちこそ、いい加減に出ていくべきだと思うなぁ。もしかして、他人に場所を譲れないくらい実力に余裕がない感じ?」
「……ハッ。小娘が舐めた口きいてんじゃないわよ。私に命令しないで頂戴」
「……困ったわねぇ。私たちに争うつもりはないのだけど」
――バリ、ボリ、ガリッ。
各倶楽部が言い分をぶつけ合い、再び一触即発の空気が高まっていく。
だが、俺が今本当に危惧しているのは、Aランク倶楽部同士の縄張り争いなどではない。
背後で不気味に煎餅を咀嚼し続けている、あの
「わかっているんでしょうね。私たちは実力行使も辞さな——って、ねぇ、ちょっと、アンタ!」
ついに耐えかねたように、『
「どんだけ硬いお煎餅を食べてるのよ!いや、そうじゃなくて、何なのよアンタは!さっきから空気読みなさいよ!」
叶馬は静かに煎餅を飲み込み、向けられた鋭い視線に対して、感情の消えた瞳のまま、そっと手元の煎餅袋を『
「違うから!別に一枚頂戴って催促したわけじゃないから!」
「うーん。誰だろあの子。一年生みたいだけど、見たことないなぁ~?」
「あらあら、せっかくの緊張感が台無しね……。でも本当、見覚えの無い顔だわ。どこの倶楽部の所属かしら?」
「オォイオォイ。坊やに色目かぁ?相変わらずキ色悪いな、このカマ野郎が」
「あ゛ア?おいモヒカン、純真なレディに向かって今ナンつった? その汚い頭、今すぐここで潰すぞ、三下が」
「ポテチも要らないから!飴ちゃんもいらな……えっ、何ソレ。カルメラ焼き?なんでどれもそんなに硬そうなの」
突如として現れた規格外の不審者によって、舞台中央で火花を散らしていたはずの先輩たちの張りつめた空気は、完全に瓦解を始めていた。
「つうか、そもそも何なんだオメェは。見世物でも眺めてるつもりか、この雑魚が」
顔中に青筋を浮かべた『
これは、Aランク倶楽部間における暗黙の了解を踏み越えた、明確な宣戦布告に他ならない。
「ホラ、吹っ飛んで消えろ。雑魚が!」
モヒカン先輩は、叶馬が差し出していた煎餅の袋を乱暴に叩き落とし、そのまま彼の顔面に向けて凶悪な蹴りを振りかぶった。
だが、その足が叶馬の身体に届くことは決してなかった。
――ゴキン!!!
肉を打つ音とは思えない、鈍く重い破砕音が闘技場に響き渡る。
次の瞬間、モヒカン先輩は上下の感覚を失ったかのように、舞台の頑丈な石畳に頭部から深々とめり込み、ピクピクと足を震わせていた。
「……食い物を粗末にする輩は、死ぬがいい」
感情の失せた冷徹な声と共に、拳を固く握りしめた叶馬が、ゆっくりと丸太のベンチから立ち上がる。
(あー、最悪だ!今ので叶馬の奴、完全にスイッチ入っちゃったぞ!これは冗談抜きでまずい!)
副部長を一撃で沈められた『
「女と、そこの友は――下がっているがいい」
ぞっとするような冷たい視線が、一瞬だけ俺の姿を捉える。
どうやら、俺も、ちゃっかりと認識されているっぽいな。
「……アンタ、マジで何なの? 」
「……あらまあ」
「うーん、これはちょっと、洒落にならないレベルでやばいんじゃないかな~?」
叶馬は、舞台に取り残されていた俺や波留先輩、香瑠先輩、そして『
「オイ、コラぁ。ヒャッペン氏んだぞ、テメェ!」
「二度と顔を上げて歩けねぇようにキョウイクしてやんぞ、コラァ!」
「その奇麗なツラをフッ飛ばしてやる!」
「――さあ、戦え。命の煌めきを俺に見せろ、人間ども」
頭の悪そうな怒号を、叶馬の圧倒的なプレッシャーが容易く塗り潰していく。
このままいけば、『
どうするべきか。ここで俺が介入して力ずくで止めてもいいのだが……。
原作において、彼のこの狂乱暴走を止めたのは相棒である誠一だ。
ここで下手に俺が出しゃばって、万が一にも叶馬から敵対認定された場合、今後のシナリオも含めてとんでもない大惨事になる。
(……おい、マジでどこに行ったんだよ誠一!こんな時限爆弾自由を、野放しで一人行動させていいわけがないだろう!)
俺が内心で毒突いている間にも、『
(あ~~ひっじょうにまずいですね、これは。いや本当にどうしよう……)
「さあ! お喋りの時間はお仕舞いだ。剣を取れ、雄叫びを上げろ!牙を剥いて猛り狂え!殺せ、争え、闘争こそが至高の快楽だ!クハ、ハハハッ、ハーッハッハッハ!!」
叶馬が天を仰いで吠える。
完全に
大気が震える。彼を中心に辺り一帯の瘴気が濃くなる。
この圧倒的なプレッシャーは、まるでレイドボスと正面から対峙しているかのようだ。
叶馬の足元から放たれる凄まじい圧力によって、舞台の石畳がビキビキと蜘蛛の巣状に割れていく。
その光景を目の当たりにした『
しかし、そんな彼らなどお構いなしに、叶馬は単身でその渦中へと容赦なく突貫していった。
せっかくの貴重な休みの日だというのに、どうして俺はこんな大迷惑なイベントに巻き込まれているのだろうか。
…………泣。
「ねぇ、マスター。叶馬、完全に目が据わっててやばそうだけど、どうするんだよ?」
黒髪に変装したサクラが、袖を引っぱりながら心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
彼女は以前、一度だけ彼のパーティーと一緒にダンジョンへ潜ったことがあるため、その顔と名前をしっかりと記憶していたようだ。
「あの子、叶馬くんって言うんだ。やっぱり、あの狂った感じ私と同類かな。もしかして、幹隆君の知り合いなの?」
「一応、俺のクラスメイトです……。多分、今あいつの
波留先輩の表情から、いつもの飄々とした雰囲気が消え失せる。
さっきまで浮かべていた笑顔ではなく、もっと本質的で、獰猛な戦士の笑みをその唇に刻んでいた。
「ちょっと何なの、アレは!? アンタたちの差し金なわけ!?ちょっと、何とか言いなさいよ!」
『
「いや、俺の差し金なわけがないでしょう。あいつが勝手にここに紛れ込んで、勝手に暴走しているだけです」
「はあ!? なにそれ、ふざけてんじゃないわよ!てか、さっきから平然と解説してるけど、アンタ一体誰よ!」
「彼は幹隆君。私たち『
なぜか隣でサクラに負けないほどのドヤ顔を浮かべ、胸を張って答える
先輩、俺は極力目立ちたくないから穏便にって何度も言っていたはずなのに、どうしてそんな周囲の誤解を招くような紹介するんですか。
「王様ぁ!? なにいってんのよ。てか、よく見たらこいつも一年でしょ! 普通に考えて、この時期の一年がこんな場所にいること自体おかしいじゃない!」
うん。至極真っ当で正しいリアクションだ。
というか、そもそも俺が今日ここにいる理由は、波留先輩に「下見に付き合って」と連れてこられただけなんですよね。
そんな俺たちの押し問答の間にも、前方では『
強大すぎる叶馬の暴力の前では、いくら学園上位のAランク倶楽部生とはいえ歯が立たないようだ。
だが、どれほど凄まじい破壊力があろうとも、今の彼の動きには洗練された技の片鱗すら見当たらない。
ただただ内から溢れる莫大な力に任せて、目の前の動くものを蹂躙しているだけだ。
「ちょっと、そこで不毛な言い合いをしてる暇があるなら、まずはあの狂乱状態をどうにかした方がいいんじゃないかしら……」
「はぁ……もう、仕方ないわね。精々、痛くないように首を落としてあげる」
チャキ、と腰に差した愛刀の鯉口を親指で切った『
「うーん。完全に我を忘れてる狂乱タイプの
波留先輩も、いつの間にか自身の腰のホルダーからワンドを取り出し、魔力を充填し始める。
「すぐに蘇生させてあげるから心配しないでね。ナイスガイ君」
この豊葦原学園において、『
ここで万が一生命活動が完全に停止した場合、肉体に一時的に魂魄がとどまり続ける仕組みになっている。
これが、闘技場内で重傷や死亡事故が起きても許容されている理由だ。
闘技場の禁止ルールである、肉体の完全な消滅さえなければ、高品位のポーションなどを用いて肉体損傷を回復させることで、その場で蘇生することが可能である。
もっとも、適切な処置をせずに長時間死体のまま放置していれば、魂魄は徐々に霧散して本当に消えて無くなってしまうのだが……。
今俺は急速に頭を回転させていた。
よし、仕方ない、これで行こう。
俺は頭の中で、この最悪な状況を最も穏便に打開するためのプランを急速に組み立てた。
まず前提として、俺がここで派手にスキルを使うと、他の俱楽部の先輩方に、俺の隠された能力や秘密が露見してしまう。
よって、『エイヴィヒカイト』や『異空間生成』はとりあえずなしだ。
さらに、この場でホーネットやマリィを呼び出すのも悪手だ。余計に目立ってしまう。
ならば、今この場にいるサクラ、カヌ、そして波留先輩の戦力で何とか切り抜けるしかない。
具体的な作戦としては、まず俺が前線で時間を稼ぎ、叶馬の突撃をここで食い止める。
その間に、彼の暴走を止める鍵である誠一か、静香、あるいは沙姫あたりを学園内から探して連れてきてもらう。
彼らさえ来れば、叶馬をどうにかしてくれるはずだ。
(……ん、待てよ?あいつらの顔と名前を一致して知っているのは、俺かサクラしかいないじゃないか)
かといって、サクラを一人で学園内に行かせるわけにはいかない。
不測の事態が起きたら危険だ。
ここは一時的にこちらの戦力が削れてしまうが、背に腹は変えられない。
俺はすっと
「なるほどね、わかったよ幹隆君。要するに、私はサクラちゃんと一緒に、大急ぎであの暴走少年のパーティーメンバーを探しに行けばいいんだね?」
「はい、お願いします。おそらく今なら、寮の『
「ふふん! そういうことなら、任してなんだよ!全力で見つけて引っ張ってくるんだよ!」
俺の意図を正確に汲み取ると、二人はすぐさま反転し、『
「ちょっと、どこへ行くのよ!敵前逃亡!?」
「すみません、波留先輩には急ぎであいつのパーティーメンバーを連れてきてもらうよう頼みました。あいつの身内なら、きっと正気に戻せるはずなので」
「なっ、何よそれ! アンタが勝手に仕切って決めてんじゃないわよ!」
「まあまあ、落ち着きなさい。彼にも何か確たる考えがあるのでしょう。今は残された私たちにできることをしましょ」
不満げに俺に突っかかってくる『
「助かります、
「あら、私の名前をちゃんと覚えていてくれたのね。嬉しいわ……。でも、後で貴方には色々と詳しく聞きたいことがあるから、これが無事に終わったら、少しだけ私に時間を頂戴ね?」
「……善処します」
笑顔の奥にある瞳が笑っていない。
間違いなく、以前に招待された『
今目の前にあるトラブルだけでも十分に厄介なのに、これが終わった後にも別の厄介ごとが確定しているとか、一体何の罰ゲームだ。
(はぁ、気分が重い)
俺は内心で大きなため息を吐き出す。
何はともあれ、サクラたちの捜索が間に合うことを祈るばかりだ。
だがその前に、こちら側の戦力だけでひとまず叶馬を無力化できるか、やれるだけのことは試しておくとしよう。
なんと言っても、今の俺の隣には――ムー帝国最強と謳われた王室奴隷騎士団の一人、『
現在の彼女の姿は、どこにでもいる豊葦原学園の一般生徒の制服姿だ。
多少派手に動いて目立ったとしても、彼女の真の正体まで露見することはないだろう。
「王よ、——ご命令を」
カヌが静かに一歩前に出ながら、鋭い双眸で獲物を見据えるように叶馬を捉えた。
「――あいつの動きを止めて無力化するぞ、カヌ。極力、殺さない程度にな」
「承知いたしました。幹隆様」