そそくさと教室を後にした俺は、廊下を早足で歩きながら、サクラとマリィへ念話を飛ばしていた。
新しいスキル——《念話》。
これは距離の概念を完全に無視して、パーティメンバー間で直接脳内に声を届ける便利能力だ。
誰がどこに居ようと関係ない。外から異空間。ダンジョンから異空間。
さながら、俺たち専用の携帯電話といったところか。
『――サクラ、今どこだ?』
『いつもの丘なんだよ~』
頭の中に直接響いてきたのは、間延びした明るい声。
どうやら本当に、学園の外でひなたぼっこしているらしい。
念話の回線越しからでも、よだれを垂らして寝転がっていそうな気の抜けた空気が伝ってくる。
『お日様ぽかぽかで気持ちいいんだよ……あと三時間くらい寝られそうなんだよ……』
『寝るな。授業終わったから後で呼び出すからな』
『えへへ、待ってるんだよ』
楽しそうな笑い声が耳の奥で弾ける。
一方で、もう一つの回線はしんと静まり返っていた。
『マリィ?』
少しの間が空いた後、ぽつりと声が返ってくる。
『……いま、戦ってるの』
『は? ダンジョンにでも行ったのか?』
『ううん。ラスボス。……この、魔人ザビエルが、強い』
どうやら異空間の居間で、俺が前世から持ち込んだエロゲーをプレイしているらしい。
今やってるのはおそらく『戦国ランス』だろう。
感情の薄かったはずの“黄昏の女神”は、どういうわけかゲームという文明の利器にどっぷりはまっていた。
それも、文字を読むだけのノベルゲームではなく、緻密な戦略を求められるRPGやシミュレーションといった「ゲーム性」の強い作品が好みらしい。
今朝段ボールごと異空間に放り込んだばかりだというのに、すでに何作かを攻略し、嬉しそうに感想を念話で送りつけてくるレベルだ。
最初は感情表現も薄く、何を考えているのかわからないことが多かったが、今では普通にゲームする程度には俗っぽくなっている。
『……あと少しで、天下統一できる』
『そうか、頑張れ』
思わず苦笑しながら念話を切る。
階段を降りながら、俺は少しだけ表情を引き締めた。
サクラとマリィには、この学園の危険性についてある程度説明してある。
性欲。暴力。支配。それらが異常なほど身近で、剥き出しになっている世界だ。
力のある者が上に立ち、弱い者は徹底的に搾取される。それがこの豊葦原学園の「ルール」だった。
(まあ、サクラが普通の生徒相手に遅れを取るとは思えんが……)
あいつは普段こそポンコツ気味だが、戦闘能力に関しては「歩く戦略兵器」そのものだ。
エンジョイ勢の上級生程度なら、文字通り一撃で塵にできる。
無闇に目立てば厄介事が増えるため、外でのスキル使用は禁止しているが、俺は彼女たちに何度も念を押してある。
「もし自分たちの身に危険が迫ったら、遠慮なく全力でぶっ飛ばせ」と。
幸い、マリィの方は人混みを嫌って自発的に外へ出たがらない。
俺かサクラが一緒の時にだけ、たまに散歩へ出る程度だ。
基本的には異空間のソファで、お菓子を片手に本を読んでいるかゲームをしている。
かつて「人に触れれば殺してしまう」という呪いのような人生を送ってきた彼女にとって、他者との距離感はまだ手探りなのだろう。
それでも、最近は笑うことが増えた。自分から俺の袖を引いて話しかけてくることもある。
時折見せるその表情は、どこにでもいる年相応の少女そのものだった。
(……悪くない変化だな)
そんなことを考えながら、俺は午後の柔らかな日差しが差し込む校舎を後にした。
――――
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』
――第肆階層、『既知外』領域
サクラとマリィと合流した俺は『
以前ログアウトした第三階層のゲートを潜り、さらに一段下へと降りる。
界門を越えた瞬間、肌を刺すような冷気と、ねっとりとした瘴気が空間を支配した。
肺の奥が重くなるような感覚。薄暗い通路の奥から、どこか不気味な水音が響いてくる。
第三階層とは比較にならないほど、迷宮そのものが放つ「瘴気圧」が濃くなっているのが分かった。
幸い、界門を降りた直後の玄室はセーフティゾーン扱いになっており、モンスターの姿はない。
天井は異様に高く、黒ずんだ岩肌には巨大な何かが親しみ深く這い回ったような痕跡が残っている。
壁面に群生する青白い燐光苔が、俺たちの影を細長く不気味に浮かび上がらせていた。
ダンジョンの構図は、第三階層と変わらず通路と玄室の作りになっていた。
玄室の作りとしては、第三階層に比べるとかなり広くなっている。
原作知識がなければ、こうして既知外領域を進むのはかなり危険だろう。
「今日もたくさんモンスターを倒して、レベルアップなんだよ!」
サクラがぶんぶんと両拳を振り回し、楽しそうにシャドーボクシングを始める。やる気は満々だ。
桜色の髪を揺らして跳ねる姿は小動物じみているが、その実態は歩く人型戦略兵器である。
「……幹隆、いつでもいけるよ」
対照的に、マリィは静かに俺の隣へ寄り添った。
白い指先を胸元で重ね、
その澄んだ瞳に見つめられるだけで、胸の奥をそっと撫でられるような不思議な高揚感があった。
ゲームを覚えて俗っぽくなったとはいえ、彼女が纏う神秘的なオーラは健在だ。
俺は二人を見渡し、小さく息を吐く。
「……よし、行くか」
俺たちは武器を構え、最初の玄室へと踏み込んだ。――その瞬間、無数の気配がこちらをロックオンする。
そこにいたのは、数十体の『ブラックドッグ』。
煤けた黒い剛毛に覆われた、大型犬というよりは肉食獣に近いモンスターだ。
暗闇の中で赤黒い眼球だけが不気味に爛々と輝き、口元からは粘ついた唾液がボタボタと石床に垂れている。
そしてその奥に鎮座するのは、三体の『オウルベア』。
猛禽類の凶悪な面構えに、巨大な熊の肉体を無理やり繋ぎ合わせたような異形の怪物。
丸太のような腕に生えた鉤爪が石床をガリガリと削り、ぐるりと首をこちらへ向けてきた。
「サクラは奥のデカブツ三体を頼む。俺は手前の犬どもを片付ける」
「任せるんだよ、マスター!」
サクラが元気よく頷く。
俺は意識をぐっと内側へ沈めた。魂の底、契約で繋がった“
「「
重なる二人の声。
瞬間、マリィの身体が眩い黄金の粒子へと霧散し、俺の右腕へと吸い込まれていく。
骨へ、血へ、魂へ。
――ドッッ!
重い衝撃と共に、俺の右腕から巨大な黒い刃が出現した。
空気が軋み、視界のコントラストが跳ね上がる。
何もかもを断ち切れるような、異常な万能感が身体を満たしていた。
それと同時に、マリィの気配が優しく俺を包み込んだ。
それは死の力でありながら、どこか黄昏時の陽だまりのように温かい。
――さあ。今宵の
『血、血、血、血が欲しい。ギロチンに注ごう、飲み物を。ギロチンの渇きを癒すために』
脳内に黄昏のリフレインが鳴り響く。
狂気じみているのに、美しい。そんな矛盾した旋律。
気づけば、俺は地を蹴っていた。
――ザシュッ!
一閃。
最前列にいたブラックドッグの首が、まるでバターでも切るかのように滑らかに宙を舞う。
斬られたことすら気づいていない胴体が二、三歩進み、それから盛大な血飛沫を上げて崩れ落ちた。
「グルル、ワンッ!」「ガルゥッ!」
仲間を殺された犬どもが、怒り狂って一斉に飛びかかってくる。
「来いよ、犬っころども。全員まとめて——斬首刑だ」
自然と口元が吊り上がる。脳が恐ろしいほど冴え渡っていく。
エイヴィヒカイトそのものの性質なのか、黒い刃が血を吸うたびに、力が湧き上がる感覚。
「おおー! マスターとマリィちゃん、ノリノリなんだよ!」
後方からサクラの呑気な声が聞こえる。
その視線の先では、三体のオウルベアが地響きを立てて突進してきていた。
「「「ホウウウッ!!」」」
「わたしもやるんだよ!——
サクラが小さな手を前に突き出した瞬間、彼女の周囲に桜色の光粒子が爆発的に集束した。
一つ、二つ、三つ。
それぞれが高密度の光の聖剣へ変換される。
サクラの周囲に光の粒子が三つほど集まり、粒子砲のように展開される。
次の瞬間、放たれた三条の閃光が、突進してきたオウルベアたちを正面から跡形もなく飲み込んだ。
轟音と爆風が玄室を揺らし、視界が桜色の光で焼き潰される。
「「「ホウッ!?」」」
断末魔すら途中で掻き消える。
レベルアップによって、サクラのスキルも明らかに強化されていた。
以前は単発でしか『
もちろん、一発一発の威力自体は単発時より若干落ちているのだろう。
(十分すぎる威力だな)
少なくとも第四階層のモンスター相手でも、威力不足になることは、まずなさそうだった。
光が収まったとき、そこには肉片すら残っていなかった。
ただ、転々とクリスタルだけが転がっている。
俺の方も、すべてのブラックドッグの首を綺麗に切り落とし終えていた。
黒い血が床を濡らし、転がる頭部が次々と霧になって消えていく。
「戦闘お疲れさん。サクラ、残りの魔力はどれくらいだ?」
周囲に散らばったドロップ品やクリスタルを拾い集めながら尋ねる。
「う~ん、まだまだ余裕なんだよ! あと三十発くらいは撃てそうなんだよ!」
サクラは、腕を組みながら得意げに胸を張った。
最初のダンジョンダイブでは一発撃っただけで即座にガス欠を起こし、その場に倒れ伏していたというのに、凄まじい成長だ。
(レベルアップによる性欲上昇の高揚感も倒れた原因ではあると思うが……)
だが今は違う。
二度のダイブによるレベルアップ。
そして――毎晩の性交による魔力循環の効果。
サクラの中には、以前とは比較にならないほど膨大な魔力が蓄積されていた。
原作にはない仕様だが、どうやら俺とのセックスには特殊な作用があるらしい。
俺が精を放つことで、サクラは魔力を補充できる。
そしてマリィは、人としての感情を少しずつ取り戻していく。
……正直、理屈はよく分からない。
ただ、結果だけ見れば明らかだった。
サクラは以前より遥かに強くなっているし、マリィも日に日に感情表現が豊かになっている。
(……俺のおちんちん、どうなってんだよ)
前世と比べて、下半身がマジカル仕様になってしまった気がする。
「マスター? どうかしたんだよ?」
「いや……なんでもない」
危うく真顔で自分の下半身を見て、慌てて咳払いする。
『……幹隆、したくなったの?』
脳内からマリィが、じとーっとしたニュアンスを含んだ声で語りかけてくる。
「……まだ大丈夫だ。……先、進むぞ」
たぶん精神的な意味で疲れている。
俺は調子を狂わされながらも、第四階層のさらに奥へと歩き出した。
通路を進んでいくと、突如として石畳を突き破り、一本の巨大な樹木が堂々とそびえ立っていた。
地下の密閉空間、しかも石造りの回廊にポツンと生える大木。
石畳を突き破るように根を張り、枝葉を広げている。
周囲が地下迷宮であることを考えると、どう考えても不自然だ。
(いや、ありえないだろ……)
せめて森型フィールドで出現しろ。
石造りの地下通路に一本だけ木が立っている光景はシュールすぎる。
ダンジョンの雑な配置センスに、思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
「マスター、あれもモンスターなの?」
サクラが首を傾げながら尋ねる。
「そうだぞ」
「ほんとだ!『
「ああ、あれで擬態してるつもりらしい。サクラ、やっていいぞ」
「ポンコツなモンスターなんだよ」
クスクス笑いながら腕を前に構え『
樹木型モンスター『エント』は、悲鳴を上げる暇すらなく消し飛んだ。
爆散した木片が辺りへ散り、地面には透明なクリスタルだけが転がっている。
……哀れなくらい一方的だった。
(原作で叶馬が言ってた通りか……)
どうやら、この第四階層のテーマは“どうぶつの森”的な自然系モンスターのようだが、フィールドと噛み合っていないせいで、擬態や奇襲が全く機能していない。
普通のウサギの頭部に一本角を生やした『ボーンラビット』も、ぴょんぴょん跳ねながら胞子を撒き散らすキノコ『マタンゴ』も、俺たちの前ではただの「歩く経験値」でしかなかった。
陰に潜み、不意打ちを狙ってくる蔦植物型のモンスターまでいたが――どれも、俺たちの敵ではなかった。
『……弱いね』
マリィが静かに呟く。
俺の腕から放たれた漆黒の斬撃がボーンラビットを寸分の狂いなく両断し、同時にサクラの光弾がマタンゴの群れを広範囲ごとまとめて消し飛ばす。
もはや戦闘というより、ただの効率的な除草・害獣駆除作業だった。
次から次へと湧いてくるモンスターたちは、経験値へ変換されるだけの存在に成り下がっている。
むしろ――こちらへ向かってくる様子が滑稽ですらあった。
原作主人公クラスならともかく、普通の一年生が来れば苦戦するのだろう。
だが、今の俺たちには物足りなかった。
ここはまだ、牙を研ぐための退屈な前哨戦に過ぎなかった。
――――
ダンジョンダイブを終えた俺は、一人で学園の校舎を歩いていた。
窓の外は夕暮れ。
境界線の向こう側から差し込む橙色の光が、長い影を床に落としている。
「お腹空いたんだよー!マスター今日は、お肉が食べたいんだよ!」
「……私は、冷たくて甘いものが食べたいな」
そう言い残し、二人はさっさと異空間の黒い渦の中へ帰っていった。
今の異空間には、事前に俺が買い込んでおいた食料が山ほど備蓄されている。
コンビニで売っている菓子パン、カップ麺、スナック菓子、冷凍食品。
さらには購買部で買った惣菜やレトルト食品まで置いてあった。
もはや簡易シェルターというより、小さな生活空間だ。
サクラは特にポテチとプリンを気に入っている。
マリィは意外にもゲームをしながら甘いカフェオレを飲むのが好きらしい。
完全に現代のだらけたジャンク生活に染まりつつあった。
もっとも、二人とも学園の食堂の料理をかなり気に入っている。
特にサクラは毎回、「今日はコロッケがあるんだよ!」、「カレーの日なんだよ!」と、やたらテンションが高い。
ただ、流石に二人だけで食堂へ行かせるわけにはいかなかった。
今の学園は、力の有無がそのまま立場へ直結する場所だ。
サクラも、マリィも見た目だけなら目立ちすぎる。
桜色の髪をした美少女。翡翠の瞳を持つ幻想的な金髪少女で、放っておけば確実に上級生の目につくだろう。
実際、一度サクラとのデート中に絡まれている。
あの時は逃げ切れたが、毎回うまくいく保証はない。
だから基本的に、二人が外へ出る時は俺が一緒だ。
その代わり、異空間の中ではかなり自由にさせている。
サクラは畳の部屋でごろごろ昼寝したり、マリィは居間でゲームをしたり、本を読んだり。
ただ、……そのうち本気で生活環境を整えたほうが、いいかもしれない、と思っている。
そんなことを考えながら、人通りの途絶えた薄暗い廊下の角を曲がろうとした時――物陰の奥から、押し殺したか細い悲鳴が鼓膜に届いた。
「……やめて、ください」
「い、いや……やめ、て」
下卑た笑い声。衣類の擦れる荒々しい音。
ドカッと壁に強引に押し付けられる鈍い衝撃音。
……この学園では、もはや日常茶飯事の、ありふれた光景。
力のある者が理不尽に奪い、弱い者はただ泣き寝入りして従う。
それが半ば黙認されているのが『
適当な男子に捕まってしまったんだろうか。
……本来なら、ここはスルーして関わるべきではないだろう。
目立つことは避けたいし、余計な因縁も作りたくないからだ。
そう判断し、俺はいつも通り視線を逸らして横を通り過ぎようとした。
だがその瞬間、隙間からちらりと見えた被害者の顔に、見覚えがあった。
『
そして、その隣で涙目を浮かべて小刻みに震えているのは、
乱れた制服、恐怖に怯えきった青白い表情、男たちの大きな手に強引に押さえつけられた細い腕。
(……よりにもよって、あの二人か)
俺が今から向かおうとしていた場所は、他ならぬ『匠工房』の工房だ。
ここで二人を見捨てるという選択肢は、その瞬間に脳内から消え去った。
(面倒だな……。けど、助けるしかないか……)
心の中で冷酷に計算しつつも、肉体はすでに一切の無駄なく動いていた。
『マリィ、少し力を借りるぞ……』
『うん』
異空間にいるマリィが、静かに応えた。その瞬間。体の奥深く。
瞬時に、魂の底に深く沈んでいた“黄昏の女神”の力が呼び覚まされた。
エイヴィヒカイトの位階を、『活動』段階まで引き上げる。
身体に熱が走り、筋肉が軋み、感覚が研ぎ澄まされていく。
視界が鮮明になり、呼吸一つで空気の流れすら理解できるような錯覚になる。
俺は一切の足音と気配を消し、レイプ未遂の二人の男の後方へと気づかれないように肉薄した。
今の俺の身体能力からすれば、この程度の雑魚二人の背後を取るなど、呼吸をするよりも容易い。
男たちは、背後に俺が立っていることなど、全く気づいている様子はなかった。
「おい、暴れるなって――痛くしな——」
その言葉の途中で、俺は男たちそれぞれの肩へと手を置いた。
底知れぬ漆黒の殺意と共に《斬首の呪い》を発動すると同時に、鼓膜にだけ届く超低音で呟く。
「——
次の瞬間。
「が――あッ!?!? げ、はっ……!?」
「ぎ、あ、あああ、あ、あああぁあッ!?!?」
二人の男の身体が、まるで数万ボルトの落雷でも直接脳内に受けたかのように、激しく弓なりに跳ね上がった。
そして、白目を剥き、口から泡を吹いてその場に泥のように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。
外傷は一切ない。首も綺麗に繋がっているし、血の一滴すら流れていない。
なぜなら、『
だが――「首を撥ねられ、命を絶たれた」という、脳が刻んだ恐怖と激痛の記憶までは、決して巻き戻せない。
彼らは今、確かに自分たちの首を容赦なく撥ねられる死の絶望をリアルに味わったのだ。
外傷なき確実な精神破壊と死の恐怖。
二人はそのあまりの過負荷に耐えきれず、ショックでそのまま気絶したのだ。
生きながらにして、死の深淵を見たのだ。
「ふぅ……」
軽く息を吐き、スキルの位階を解除する。
体内を満たしていた黄昏の熱が、静かに引いていった。
静まり返った薄暗い廊下。足元に転がる、無傷のまま廃人のように気絶した二人の男。
そして、今目の前で何が起きたのか、そのあまりの超常現象を全く理解できず、涙を流して腰を抜かしたまま、怯えと畏怖の入り混じった目でこちらを見上げる、二人の先輩。
……さて。これをどう説明したものか。
「通りすがりの正義の味方です」で通じる雰囲気では、到底なかった。
俺は小さく頭を掻きながら、彼女たちに手を差し伸べた。