「何かご存知なんですか? 水輝さんのこと?」
「いいえー。別になんにもー。あー、そういえばー」
嫌そうな顔をして実鈴がため息を吐く。くそ、と小声で呟いてから実鈴は優一郎を横目に睨んだ。
「今日は技研で見かけましたよー。なんかー、部品とかー? 取りに来たって言ってましたけどー?」
とげとげしい声で言ってから実鈴がけっ、と喉の奥で言う。その直後、テーブルに着いていた女性たちが胸の前で手を組み合わせ、目を潤ませて実鈴を見つめる。
「課長! それでこそオトコです!」
「涙を飲んで身を引く! ナイスです、課長!」
「うるさいですー。とっとと飯食うですよー、午後からも実験が入ってるんですからー」
渋い顔で言ってから実鈴がテーブルの下で優一郎の足を蹴り飛ばす。食事の手をぴたりと止めて優一郎はまじまじと実鈴を見た。
「ありがとうございます。技研ですね」
慌ただしく食事を片付け、優一郎は席を立った。成り行きではあるが、何故か急がなければならない気がして優一郎は食堂を急いで出た。技術総括局の棟に行き、技術研究部がある階層に向かう途中、エレベーターの前でばったりと水輝と出くわす。水輝が渋い顔をしてエレベーターを降り、優一郎の脇を行きすぎる。
「水輝さん、待ってください。どうして僕を避けるんですか?」
優一郎は慌てて水輝の腕をつかまえて引き留めた。嫌そうな顔をして水輝が優一郎の手を振り払う。
「おまえな。場所とか考えろよ。目立つだろうが」
ぼそぼそと低い声で言ってから水輝はじゃあな、と言って出口に向かって歩き始めた。
「それでしたら、目立たない場所でお話しましょう」
水輝の後を追いながら優一郎はそう言った。すると水輝が呆れたような顔をして振り返る。
「話はないってーの。おまえ、仕事中だろうが」
足早にゲート前に向かった水輝が手早くチェックを済ませてさっさとゲートを越えてしまう。優一郎はそれを追って棟の入り口であるゲートを越えた。
「待ってください」
「おまえが一番好きなのは誰だ」
振り返りもせずに歩きながら水輝が唐突にそんなことを言う。優一郎の脳裏には理子の姿が鮮やかに思い浮かんだ。
「それは……!? 水輝さん、昨日のあれを返してください!」
「理子のことが浮かんだろ? よし、正常。ノーマルおめでとう」
中庭を突っ切りながら水輝が笑い混じりに言う。優一郎は苛立ちに歯を食いしばって水輝に追いついた。横に並んだ優一郎を水輝が呆れた顔をして見る。
「あれが無い状態では、正確な答えを返せないと思います」
「いいじゃねえか、別に正確だろうがどうだろうが。今はそうなんだから」
眉を寄せた水輝が『塔』の入り口で立ち止まる。
「どうして返してくれないんですか? そんなに返すのが嫌ならなぜ佑から取り返したんですか?」
「何の話だよ。あ、らっきー。バスだ」
ちょうど、『塔』の入り口近くの停留所で乗り合いのバスが停車する。水輝は『塔』のチェックを終えてさっさと門を越えた。優一郎は慌ただしくチェックを通して門を走り出た。水輝を乗せたバスがドアを閉めようとしたところに優一郎は強引に割り込んだ。
「おまえなー……。仕事中だろうが」
座席についていた水輝が近付いた優一郎に呆れた顔で言う。
「どうしても気になるんです。Mタイプも返却していただかなければなりませんし」
淡々と説明して優一郎は水輝の隣に無理やり腰を下ろした。座席に乗せていた荷物を嫌そうな顔をして水輝が取り上げ、膝に乗せる。
「勝手にしろ」
仏頂面で言った水輝がふい、と窓の方を向く。二人を乗せたバスが静かに走り出す。しばらく走ったところで水輝は無言で優一郎に顎をしゃくった。どうやら降りるらしい。優一郎が席を立つと水輝は停まったバスから黙って降りた。
途中でガソリンを買い付けてから水輝がどこかに向かって歩いていく。優一郎は黙ってその後をついて歩いた。途中で何度か公共の乗り物を乗り継いでから、水輝が家に向かう。水輝が玄関の鍵を開けると、青藍がはしゃいだ声を上げて水輝の足にしがみついた。
「あ、悪い。もう起きてたか。ごめんな」
青藍にそう詫びてから水輝がゆらりと優一郎を振り返る。
「入るんだろ?」
「お邪魔します」
そう断って優一郎は水輝の家にあがった。足にまとわりつく青藍をあしらいながら、水輝が寝室に向かう。ベッドには桂が横たわっていた。
「えーと? 給油だっけか? ガソリン買ってきたぞ」
『ありがとうございます』
「……!」
淡々とした一号の声とは対照的に、桂が息を飲む。優一郎はまじまじと桂を見つめた。水輝が床に広げた道具の中から、給油用のポンプのついたものを取り上げる。
『二号は黙っているように』
一号が抑揚のない声で言う。桂は何か言おうとしているのだろう。口が声もなく開閉する。
「こら、青藍。邪魔すんなよ……っと、悪い。優一郎。ちょっとの間、青藍連れて出ててくんねえか? 給油終わったら行くから」
「わかりました」
頷いて優一郎は水輝にまとわりついていた青藍を連れて寝室を出た。リビングに辿り着いたところで壁の時計を見上げる。とっくに午後の業務開始時間は過ぎている。
しばしの後、水輝がリビングに現れる。悪いな、と言ってから水輝はひょいと青藍を抱え上げた。腕に抱かれた青藍がべったりと水輝に抱きつく。
「いえ、こちらこそ、押しかけてしまって申し訳ありません」
「いや、別にいいけど」
そう言って水輝が青藍を抱えたままソファに腰掛ける。
「それで? 話ってなんだ?」
膝の上に立とうとしていた青藍を支えながら水輝が言う。
「昨日、僕が気絶している間に何があったんですか?」
向かいに座る水輝をじっと見つめて優一郎は問い掛けた。青藍を膝に座らせながら水輝が苦笑する。
青藍が間に入ってるのでBL風味が薄い……?
ような気がする……?w