※この作品はR-18です。

再生の日   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。
ここから六章です。


久し振りの再会

 何者かがドームの一部に穴を空けた瞬間から、居住区には耳障りな警報が鳴り響いた。避難が間に合わなかった人々が外の気に当てられてばたばたと倒れる中、ハイブリッド種は修復作業に従事するよう、通達された。

 

「あー!? 足りなきゃ技研からありったけ集めてこい! ……はー!? 費用もへったくれもねえだろうがよ!」

 

 通信機を通して叫んでから水輝は苛立ちをこめて舌打ちをした。

 

 あれから散々だった。バスルームで着替えている間に寝室の壁に穴は空けられるわ、優一郎は急に不機嫌になるわ、青藍は泣き喚くわ、そのうえおまけにこうして緊急招集されるわでろくなことがない。青藍は一時的に託児所に預けてはあるが、穴がドームの分厚い壁を貫通しているため、作業がいつ終わるか判らない。

 

 現場の周辺は大騒動になっていた。ドームの壁を修繕する者、倒れた者を病院に運ぶ者、騒ぎに乗じた放火による火災なども起こっているらしい。水輝は苛々しながら力を編み、穴を塞ぐ作業に加わった。

 

 見た目の穴のサイズはさほどではない。が、雑に掘られた穴は細く、しかも壁の中をうねって外に続いている。とりあえずは力で塞いでいるから、これ以上の被害は出ないだろうが、どれだけの犠牲者が出たのかは見当もつかない。

 

 苛々しながら作業を続けていた水輝は、不意に背中に冷たいものを感じてひくりと引きつった。その直後、足許で悲鳴に似た声が一斉にあがる。水輝は額に汗を浮かべて恐る恐る視線を下げた。

 

 見覚えのある二人連れがドームの壁を越えて立っている。作業に従事していたはずのハイブリッド種が二人を遠巻きにしている。

 

「水輝さん、おひさしぶりです」

 

 二人連れの片方がにっこりと笑って水輝を見上げる。その瞬間、二人を遠巻きにしていたハイブリッドたちが一斉に水輝を見る。またおまえか、とでも言いたそうな視線を受けながら水輝は片手を上げてみせた。

 

「よう、しばらく。元気……そうだな」

 

 二人連れの片方は奈月という少女だ。もう片方の老人は翠という。水輝に挨拶したのは奈月の方だった。

 

「穢れの中でのみ生きるものたちよ。清らかな気にあてられ奪われし命、奈月の名において、取りもどさん」

 

 奈月が静かな声で呪文を紡いだ瞬間、一気に魔法の力が広がる。水輝は顔を引きつらせて力の行方を辛うじて目で追った。あらゆるところで倒れていた人々が奈月の放った魔法により命を取り戻して起きあがる。奈月の放った力は『塔』にまで届き、昨日の事故で死んでしまったはずの者たちまで蘇った。そのことを見取った水輝は真っ青になって奈月を見下ろした。

 

 怒っている。静かに、しかも激しく、これ以上はないというほど怒っている。奈月の怒りを感じた水輝は空中で硬直した。

 

「申し訳ありません。どこか、静かにお話できる部屋を、どなたか貸していただけないでしょうか?」

 

 奈月が周囲にいた者にそう話しかける。すると二人を遠巻きにしていた人々の輪がずざっ、と一回り大きくなった。彼らは急に現れてとんでもない力を使った奈月を本能的に恐れているのだ。

 

「い、いや、あのな? おれたちはほら、修復作業中で……」

 

 水輝が慌てて言うと、今度は翠の方がゆらりと動いた。どれ、と笑って翠が壁に手を当てた直後、穿たれていた穴があっという間に塞がって綺麗さっぱり元通りになる。翠はあの一瞬でドームの穴の時間だけを巻き戻したのだ。

 

「水輝さん。それでは、佑さんはどちらにいらっしゃいますか?」

 

 奈月がにっこりと笑って言う。水輝は冷や汗をかきながら奈月を見下ろした。だがどう言ったところで奈月には嘘は通用しないだろう。水輝は諦めのため息を吐いて奈月と翠の前に舞い降りた。

 

「説明するのが面倒だ。読め」

 

 仏頂面で言って水輝は奈月の額に自分の額をくっつけた。

 

「……」

 

 奈月が無言で能面のような無表情になる。水輝は瞼を閉じてあえて奈月の顔を見ないようにした。

 

 かつて奈月は水輝の傍にずっといた存在だった。様々な事件を経た末に奈月は結局、水輝の恋人ではなく妹という立場なのだと判明した。その後、奈月は翠と結ばれ、二人の間には子供が出来た。

 

 ……のだが、その奈月がこれほど猛烈に怒っているのを水輝はこれまで見たことがなかった。

 

「水輝さん、お互いに誤解しあって、傷つけ合った時のこと、覚えてらっしゃいますか?」

 

 額を離した後、奈月が静かな声音で言う。水輝は目を開けて奈月を見た。

 

「ああ。覚えてる」

「あの時の佑さんは優一郎さんでした。翠さんのお母さんです」

 

 淡々と奈月が言葉を継ぐ。それまで遠巻きにしていた者たちがじりじりと輪を縮めてくる。水輝はゆらりと振り返って彼らをぎらりと睨みつけた。すると野次馬根性を出してこちらを伺おうとしていた連中が泡を食って走り去っていく。

 

「そうだな」

 

 奈月に目を戻して水輝は答えた。

 

「水輝さんは、佑さんを、一度、消し去りました。その後、この世界から、白銀さんを使って連れてこられた。そうですよね?」

 

 ゆっくりと奈月が言葉を継ぐ。水輝はぴくりと眉を上げてその時のことを思い出した。確かに奈月の言う通りだ。

 

「ああ」

「水輝さんは、わたしにおっしゃいました。本気の本音で好きなのは、佑さんだと」

「あ、ああ」

 

 段々と気まずいものを感じて水輝は思わず奈月から目を逸らした。

 

「水輝さんの好きな佑さんとは、誰なんですか?」

「う」

 

 水輝は横を向いて全身に冷や汗をかいた。奈月はじっと水輝を見つめている。水輝は落ち着けおれ、と自分に言い聞かせて深呼吸をした。それから思い切って奈月に目を戻す。

 

「あの時に嘘を吐いた覚えはない。あの時は本当に佑が好きだったんだよ」

「わかります。水輝さんは流れゆく者ですから。ですけど、だからこそ」

 

 真剣な目で水輝を見据えて奈月が言葉を継ぐ。

 

「想いの方向をきちんと見定めるべきだと思います。本当に、この佑さんを、今、愛してらっしゃるんですか?」

「この?」

 

 訝りを覚えて言葉を返してから水輝ははっと振り返った。振り返った先にはいつの間にか優一郎が立っていた。

 

「好きじゃまずいか?」

 

 半ばやけくそで水輝は低い声で答えた。

 

「いいえ」

 

 奈月がにっこりと笑う。水輝は眉を寄せて奈月と翠を見比べた。翠は相変わらず思惟の読めない人好きのする笑みを浮かべている。奈月も今は微笑んでいる。だが水輝は妙な威圧感を覚えていた。

 

「また、時は流れ想いの向きが変わりゆくこともあると思います。今だけを見て、未来と、そして過去を見失わないでください」

「……結局、助けて貰って借りが出来たのか? でも奈月は怒ってたよな? 助けに来てくれたって訳でもねえよな? じゃあ、なにしに来たんだ?」

 

 眉を寄せて水輝は矢継ぎ早に質問を投げかけた。

 

「あの、こちらに来たのは、おまけです」

「あ、そう……」

 

 奈月の答えに釈然としないものを感じつつ水輝は何となく頷いた。深々とため息を吐いて頭をかく。

 

「わたしが怒りを感じたのは水輝さんにとっては理不尽だったと思います。ごめんなさい」

「いや、謝られても困るんだが……。まあいいか。用が済んだならおれは戻るぞ。猛烈に疲れた」

 

 水輝はため息を吐いてぐったりと肩を落とした。

 

「水輝さん……。わたしは」

「あ?」

 

 奈月の声を聞いて水輝は俯けていた顔を上げた。

 

「また。また、いつか、お会いしましょう」

 

 そう言って奈月がくるりと踵を返し、ドームに向かって駆けていく。その後をのんびりと翠がついて歩いていく。二人が去ったのを見送って水輝は顔をしかめた。

 

「なんだったんだ、結局」

 

 ぼそりと呟いた水輝の背後に足音が近付く。水輝は近付いてきた優一郎を振り返って肩を竦めた。何故か優一郎は真っ赤な顔をしている。訝りを覚えた水輝は何となく周囲を見回して硬直した。

 

 現場には多くの報道陣が詰めかけていた。どうやらさっきのやり取りがばっちり撮られてしまったらしい。水輝は頬を引きつらせて優一郎を見つめ、小声でごめん、と詫びた。

 

「いえ。これで良かったのかもしれません」

 

 にっこりと笑う優一郎の顔は赤いままだ。水輝はうー、と低い声で呻いてぼそぼそと呟いた。

 

「やっぱりあれか。ここは解決策として、ここにいない奴の名前を出して好きって叫ぶとか」

 

 つらつらと考えを巡らせながら水輝は腕組みをした。

 

「これ以上、混乱させるのは辞めてください!」

 

 目を吊り上げて優一郎が喚く。水輝はでもなあ、と言って眉間に皺を寄せた。

 

「ここにいない奴だぞ? ほら、立城とか順とかその辺り」

 

 かつて三群で関わってきた者たちの名を水輝は何となく引き合いに出した。すると優一郎がぴしりと顔を強ばらせる。

 

「水輝さん……」

 

 いつか、僕も……。消沈した面持ちになって優一郎が呟く。は? と声を返して水輝は訝りに眉を寄せた。うなだれた優一郎の顔を下から覗き込み、水輝はひらひらと手を振った。

 

「おーい。生きてるかー? 意識無事かー?」

 

 優一郎の顔の前で何度か手を振ってから、水輝はため息を吐いた。

 

***

 

 とぼとぼと力なく歩く奈月の少し後ろを翠が歩いている。

 

 もう、水輝に自分の言葉は届かない。

 

 以前はあんなに近くに感じられた水輝の存在が、酷く遠く、もう見えないところに離れてしまったような気がする。

 

 水輝の中で、奈月と過ごしたあの頃のことは過去に流れ去ってしまっているのだろう。

 

「わたし……」

 

 自惚れていた。恋人として想われていなくても水輝の中では特別なのだと。消沈した顔をする奈月の肩をぽんと翠が叩く。

 

「やれ、帰ろうかのう。美味い茶を淹れてくれんかな?」

 

 にこにこと優しい笑みを浮かべて翠が言う。奈月は頬を濡らしていた涙を拭き、翠の差し出した手につかまった。




水輝が奈月と久し振りに会いました。
水輝時間でかなり前に会った、ということになっています。
が、奈月は翠と一緒にいるのでそこまで時間は経っていないはずです。

奈月のシーンは短かったので後ろに足しました。
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