優一郎は『塔』の本部に向かった。監査局のIDでゲートを抜け、優一郎はエレベーターで地下に移動した。人気のない廊下を進んで実験室に向かう。関係者以外立ち入り禁止区域であるここには人の気配はない。
監視システムのある部屋のドアを開け、優一郎は端末を立ち上げた。部屋の明かりが点くと透明な壁の向こうに青い球体が浮き上がる。優一郎は目を細めて壁越しにその星を見た。
管理番号358。かつて水輝と出会った世界を優一郎はじっと見つめた。
「安定化が進んでいるね……」
端末画面に映されたデータを見ながら優一郎は口許に嗤いを浮かべた。画面のデータをざっと見てから優一郎は青い球体に目を戻した。
「まず、父上と母上には、彼を討ってもらうことにしよう」
優一郎はそう呟いて手の中に力を寄せた。優一郎の手の中に寄せられた深い闇色の力が渦を巻く。力が溜まったところで優一郎はそれを青い球体に向かって放った。透明な壁を越えた力が青い球体に吸い込まれてすぐに見えなくなる。
「次は、斎姫。あの人を上手く絡め取ったみたいだね。ご褒美と、新しい指令を」
そう呟いて優一郎は手を差し伸べた。優一郎の手のひらの上にゆっくりと力が集まる。
「これでよしと。今の君なら、あの人を討てるよね」
優一郎はくすくすと笑いながら、集まった力を青い球体に向かって放った。透明な壁を越えた力が再び青い球体に吸い込まれて見えなくなる。
水輝が名前を口に出した二人はこれで消える。優一郎は目を細めて青い球体を見下ろした。
「でも、用心には越したことは無いよね」
そう呟いて優一郎は思案した。あの二人のことだ。もしかしたら予定通りに事は進まないかも知れない。何しろあの世界に居るハイブリッドの中では群を抜いた力を誇っているのだ。しかもやたらとしぶといことを優一郎は経験からよく知っていた。
「姉さん。人質を取らせてもらうよ」
そう言って優一郎は端末を操作した。
「要さんと、ちなり、大事にしてるんだよね」
くすりと笑って優一郎は青い球体に目をやった。後は……。と呟いて目を細める。
優一郎の生みの親の二人はあの世界の地底でひっそりと生きていた。だがきっとこれで彼らは立城という名の龍神を討つために動き出すだろう。斎姫というのはかつて優一郎が作ったヒューマノイドだ。彼女はこれで順という名の龍神を討つため動き出す。優一郎が姉と呼んだのは透という名の龍神だ。そして透の大事にしている要とちなりという二人の女性は優一郎が作ったヒューマノイドだ。そしてヒューマノイドにはマスターが他者であっても、製作者である優一郎が望めば自由に外部から操作できるように、バックドアを仕込んでおいたのだ。
「あの人は、そうだ、配下の全てのヒューマノイドが突然暴走して、為す術もなく壊れるっていうのはどうかな? 祐も全く危険性が無いとは言えないからね。そして」
考えを巡らせながら優一郎は透明な壁の前に立った。青い球体は変わりなくゆっくりと自転している。
「母さん。あなたも、危険だよね。ヒューマノイドの寿命っていう設定に説得力を持たせるためにも、一番最初に、おもいっきりぶざまに、自慰をしながら崩壊してもらうよ」
かつて巡り会った人々のことを思い出しながら優一郎はくすくすと笑った。彼らはそして水輝のこともよく知っている。彼らは水輝が居なくなってから少しずつ世界を安定させる方向に進んでいた。
これまで何度か水輝にこの世界に行けないかと問われたことがある。そのたびに優一郎は色んな方法でごまかしてきた。やがて水輝はこの世界のことを殆ど口に出さなくなった。
だが今日の水輝ははっきりと彼らの名前を口にした。ごく僅かでも水輝の気を惹く可能性のあるものを残しておけば、いつまた水輝がこの世界に引っ張られるか判らない。
ヒューマノイドを自立させようだなんて、どうしてそんな馬鹿なプロジェクトを始めたんだろう。ヒューマノイドは道具として自由自在に操れてこそ意味があるのに。
じっと青い球体を見つめて考えを巡らせていた優一郎はびくりと身を竦めた。ズボンのポケットの中で通信機が震えている。優一郎は我に返って通信機を耳にあてがった。
「はい。吉良です」
『あ、パパー? 理子だよー』
いつもの通り、元気のいい理子の声が聞こえてくる。優一郎は緊張に震える手を胸に当てた。
「理子、どうしたんだい?」
『どうしたって……えー? やだ、パパったら! いつもこの時間にお話してるでしょ?』
明るい声で言って理子がけらけらと笑う。優一郎はその声を聞いて内心でほっと息を吐いた。
「そうだね。理子。ごめん。今日はいろいろあったから、時間の感覚が無くなってて」
何食わぬ素振りで話を続けながら優一郎は端末画面にちらりと目をやった。確かに通常勤務時間を過ぎている。
『そうそう! 今日のパパもナイスだったよー! さすが、パパ! この調子でがんばるのだ! あっはっは!』
どうやらカメラを介して水輝との交わりを見ていたらしい。通信機の向こうで理子が満足そうに笑う。
「うん。理子、頑張るよ。君も応援してくれてとても嬉しい」
くすくすと笑いながら優一郎は透明な壁に寄りかかった。当たり前でしょ、と理子が笑う。
『今日はね! まふまふ音頭で踊りながらお風呂に入るのだ! じゃあねー!』
元気な声で報告してから理子が通信を切る。優一郎は口許に薄い笑みを浮かべて耳から通信機を外した。肩越しに青い球体を見返る。
手は打った。後は、逃亡した失敗作を見つけ出して、そして……。
心の底で呟いて優一郎は深い笑みを浮かべ、静かにその部屋を後にした。
これまでの話の登場人物が出てきます。
判らない方もいらっしゃるかと……。
優一郎はこういうところがあるんですよねー。